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殺しの天才  作者: 迫田啓伸
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1-7

 学生時代の繰り返し……。

 俺は我に返った。

 すぐ後ろの組員の声が聞こえた。フラッシュバックは消え、事務所にいた。右手にM500、左手にはジェリコ。ベレッタは右のポケットの中。

 胸の中の緊張感が薄れていく。それとは逆に、熱湯が胸の中に注ぎ込まれているような感じを受けた。それは殺意だった。これから来るどこかのやくざに対してではなく、会社の上司に向けられていた。指先が引き金を引きたいと震えている。

 そうだ。ここを生きて切り抜けられたら、真っ先にあいつを殺してやろう。

 あいつとはこんなことがあった。

 ラインで組み付ける部品を並べていた。そのとき、上司がいきなり怒鳴りつけてきた。

「おい! なんで挨拶しないんだよ!」

 聞こえなかった。だが、それ以上に突然だったために俺は戸惑っていた。

「俺はお前の上司なんだぞ! 上が下に声をかけて返事しないなんてどういうつもりなんだよ! 挨拶なんて常識だろ! 俺は常識のない奴が大嫌いなんだよ!」

 そんな奴らは俺の周りにはたくさんいた。あぁそうか。そいつらは俺のことを下に見ていたからか。

 俺は苦笑した。上司の言った『常識』という奴に。

 できない奴を怒鳴って、脅しつけて、辞めさせるのは工場労働者の中での常識なのかな。

 ちなみに、その上司は俺と少ししか違わない。あいつはまだ二十代なんだよな。

 足音が大きくなった。いよいよ、事務所の前まで来たらしい。俺は体を動かしたくなった。なんだかよくわからない怒りがこみ上げてきて、体を突き動かすのだ。

 ドアが蹴り破られた。

 俺は一歩踏み出し、M500を先頭の奴に突きつけた。白の派手なスーツを着た三十台半ばの男。体は大きく、髪を後ろに流し、撫で付けている。切れ長の目に小さな瞳。手には刀を持っていた。

「○×会のものだ! 動くな!」

 事務所内にいた組員たちは踏みとどまった。俺は彼らより一瞬早く動いていたらしい。右手を伸ばし、右足を踏み出し、先頭の男に銃を向けている状態で止まっていた。

 先頭の男と目が合った。熱くなっていた頭がすぅっと冷えていくのを感じる。その瞬間から彼の後ろにいる他のやくざたちが目に入らなくなっていた。

 後ろにいる組員たちは口々に何かを叫んでいた。

 先頭の男が強いことはわかっていた。だが、俺はいつになく、いや、これまで経験したことないほど冷静になれた。

「これが見えないか!」

「だ、ダイナマイト!」

 先頭の男がスーツをはだける。すると、腹の周りに見慣れない黄色の筒がいくつも連なって男の体に巻きついていた。どの筒からも一本ずつ灰色の細い紐が伸びていた。現物は見たことがなくても、それだけで誰もが大体の予測をつけられるものだった。

「見えません」

 今のは、誰が言ったんだ?

 先頭の男は小声で「何」とつぶやき、俺をにらむ。

「お前、これが怖くないのか? これに弾が当たれば、お前たちは全員死ぬんだぞ」

「それはそちらも同じでしょう」

「親の仇をうつとみんなで決めたときから、命は捨てている!」

「俺は本物を見たことがない。それが偽物という可能性もある」

「いい度胸だ。名前は?」

「Sです」

 ここまで言って、俺は気がついた。今までの言葉は、すべて俺が話している。俺は、こんな言葉を考えていない。口について出た言葉だと思うが、俺の意識は話そうとしていない。頭は冷静だが、心の中にある怒りや憎しみや恨みが何かに変化しつつあった。そうだと気がついたとき、俺は確実に何かに変貌してしまったと自覚した。

 先頭の男が普通の人間に見えた。強さも感じなくなった。俺の心が、機能を停止しかけていた。あるのは、当初の目的だけだ。過去を消すこと、そして、自分を取り巻いてきた現実を壊してしまうこと。

「ダイナマイトを腹に巻くぐらいで、驚くと思いました?」

「なんだと?」

「要は、爆発させなきゃいいんですよね?」

 俺は銃を撃った。ものすごい音だ。耳を突き破りそうな破裂音。目を閉じても何にもならないのに、俺は目を閉じてしまった。威力もあった。銃を持ったまま右腕は反動で後ろに引っ張られ、その勢いのままに俺は倒れそうになった。

 だが、さすがは世界最強の銃のひとつ。弾丸は男の首に当たり、もう少しで首をちぎりそうになっていた。俺は体勢を立て直したが、男の体はしばらく間をおいてから崩れ落ちた。右腕がしびれている。反動の大きさに腕が耐えられないのだ。

 M500を背中にしまい、ベレッタを取り出す。

「やろう! かかれっ!」

「しねやぁ!」

「おらああっ!」

 口々にののしりあいながら、互いの組員はぶつかり合った。

 このとき、俺は思いついた。そのときから俺は、常軌を逸していた。

この抗争は俺にとって僥倖だ。利用しない手はない。

 俺には何かが憑いていた。悪魔がささやくように、俺の頭に閃いた。


 敵は俺たちの約二倍いた。それでも、俺たちは互角に戦っていた。気がついたら、事務所内には死体の山。俺の弾丸も減っていた。ほとんど別の奴に任せ、俺はサボるかのように逃げ回っていたのに。それでも、狙いは正確につけ、かなりの確率で眉間を撃ちぬいた気がする。M500にも頼った。銃口を相手に押し付けて撃つと、マグナム弾は貫通し、三人ほどまとめて殺すことができた。

 サブマシンガンを撃ってくる奴も何人かいたが、そいつらは死んだ。

 さすがに組長は生き残っていた。

「な、なんだ、こいつら……」

 敵はまだ残っていた。しかし、もはや逃げ腰。俺と組長が並んで迫ると、同じ距離を保つように何歩か下がる。

 俺はさっきのダイナマイトを体に巻きつけた男の近くに立っていた。彼の上に顔見知りの死体が覆いかぶさっている。ここは、日本だよな。いつから日本はここまで治安が悪くなったんだ? 俺の知らないところで、いつもこんなことが起きているのか?

 銃を向けると、敵の表情が引きつった。

 俺は不意に頭痛を感じた。割れるような痛みだ。銃をおろし、頭を抑える。

 またもフラッシュバック。今度は中学校のどこかの部室……思い出した、野球部の部室だ。俺はそこに呼び出され、正座させられた。呼んだのは野球部のエース。成績はいい。

 以前周囲から脅されて、正直に申告したことにそいつの名前を挙げた。挙げた項目は「俺のむかつく奴」

「書け!」と強要され、鉛筆を握らされた。一枚の紙を目の前に置かれ、一番上に項目を書かされた。

 そのとき俺は「むかつく奴」と書いた。しかし、

「俺のむかつく奴、と書け!」

 周りを取り囲まれ、怒りに満ちた目で俺を見下ろす。どう抵抗しても無駄だった。俺自身は不必要だと思っていたが、書き足した。頭をひねって名前をあげた。挙げなければ、いつまでたっても解放されなかっただろう。

 そいつはそれに対して抗議だった。

 うまく言葉が出てこなかった。話すことが苦手なのは、大いに損だった。言いたいことはある。それがうまく言葉に変換できない。

 俺は瞬き、頭を振る。激しく体を動かす。その幻覚は消えた。そして、撃たれた弾丸もわずかにそれた。顔にかすり傷がついたが、それですんだ。

「このやろう……」

 俺はベレッタとジェリコを同時に撃った。やくざのサングラスが割れ、頭が吹き飛ぶ。すぐさま隣の奴を狙った。残りは三人。両手の銃を弾が無くなるまで撃った。俺の意識に罪悪感はなかった。優しさもどこかへ消えていた。以前なら引き金を引くのをためらっただろう。しかし、今は新たに二つの死体ができた。そこで弾丸はなくなった。

 ベレッタとジェリコをポケットに戻し、M500を取り出した。後一発残っていたはずだ。

 組長が何か言っていたが、そのときには既に発砲していた。


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