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殺しの天才  作者: 迫田啓伸
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1-6

 俺は少し前までとある工場で働いていた。

最終学歴はF大の法学部。『F大』というのは『福岡なんとか大学』の略ではなく、『Fランクのいつ倒産するかわからない危険な大学』という意味だ。法学部から工場労働者というのも変な話だが、俺が大学を卒業した当時は就職難だった。

 紆余曲折はあったが、結局そこしか仕事がなかったわけだ。

 ダメリーマン……いやダメ派遣だったのは言うまでもない。

 俺は工場のラインにいた。

 流れ作業で部品を組みつけていく仕事だ。一時期比較的平穏な時期があったが、すぐに異動。別のラインに配属された。そこでの上司と俺はそりが合わなかった。

 上司はライン外だった。ライン外とはラインのどこかの工程で不具合があったときに対応したり、遅れそうになったときに手伝ったりする仕事だ。

俺はその上司から毎日怒鳴られた。

毎日のように、ではなく毎日。つまり、仕事に行くと必ず。

「コラァ! そうじゃねぇだろ! かせっ!」

 こういわれ、俺の手からインパクトをひったくられる。

「よく見てろ! 指の形はこう! こうだって言っただろ! 何聞いてたんだこら! あぁ! お前さっきわかったって言っただろ! どうなんだ!」

「はい……」

 もともと小さな声がますます小さくなっていくようだ。

 ラインというからには、何人もの労働者がいる。俺の左右隣にも人がいる。俺は真ん中辺りにいたが、上司の怒鳴り声は両端まで届いていた。

「はい、といったな。じゃ、やれよ! 俺の言う通りにしろよ! わかったな!」

 いつお前の怒鳴り声が飛んでくるかわからないから、集中してできないんだよ! 何でも言っていいとその上司は仰ったが、こんなこと口にしたら更なる雷が落ちることは明々白々。

 俺はいつもびくびくして、萎縮して、言われたとおりに仕事しようとしている。しかし、体のほうが言うことを聞いてくれず、ついフォームを崩してしまう。

 その上司はそれを見つけると、どこにいてもすぐに駆けつけてくる。

「コラァ! 何やってるんだ! そうじゃないって言ってるだろうが! 言ったとおりにしろ! お前この前わかったといっただろ! なんで言った通りにしないんだよ! なんでか言ってみろ!」

 いきなり隣にいて、こうまで激しくまくし立ててくる。なぜ、といわれても俺の体が勝手にそういう格好を取るんだ。体に染み付いて癖みたいなものだ。知らないうちにそう言う体勢になっているんだ。俺は以上のような意味の言葉を伝えると

「何わけのわからないこといってんだ! 殴られなきゃわからないのか!」

 その上司は今まで三人ほど辞めさせているらしい。本当に三人だけだろうか。

「辞めさせるぞ! それがいやならちゃんとやれ!」

 この不景気ではすぐに仕事は見つけられない。それがわかっていてこんなことが言えるのだろう。怒鳴りまくってうまくいくのなら、苦労はしない。

 また、こうも言っていたな。

「最終ラインでお前の不良が見つかったら、辞めるまで追い詰めるからな! お前のせいで俺たち全体が悪く見られるんだよ!」

 多少厳しくするのはいいとして、ここまで行くとパワーハラスメントとも言えなくもない。「辞めさせるぞ!」と怒鳴りつけるのは、強迫罪にならないか?

 こんなことが続いていた。俺の班で、俺に話しかけてくる奴はいない。俺が仕事できないために毎日怒鳴られていることはみんな知っている。自分ひとりがとても惨めで、明るく振舞えない。自分ひとりが取り残されているようで、ますますふさぎこんでしまう。それでも、衆人監視の前で泣くわけにも行かず、泣くのはいつも寮の自室に戻ってきてからだった。酒の量も増えた。

 結局俺は逃亡した。情けないことだが、どうにもならなくなっていたのだった。

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