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殺しの天才  作者: 迫田啓伸
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1-5

 俺は別にやくざになるつもりはなかった。かといって、仕事もする気もなかった。どうせこの不況で仕事先はないし、あっても新卒の連中に取られてしまうし、仕事にありついたとしても、どうせまた孤立し、冷たい目で見られるのだろう。

 懐にドス、上着のポケットの中にベレッタとジェリコ。背中に改造したホルスターをつけてM500を入れた。

 組員は俺の活躍を聞いていた。徐々に人数が増し、気がついたら全員が集まっていた。

「殴り込みとかありますかね」

「あるな」

「なあに、大丈夫ですよ。あの人がいるから」

 期待されても困る。

 やがて組員が帰ってきた。手にした札束を四つ、組長の前においた。組長は満足げにうなずき、金を金庫に入れるように言った。

 組員は談笑を続けた。

 俺はホルスターを装備し終え、一人でいすに座っていた。

 村井が熱く語る俺の武勇伝に、帰ってきたばかりの組員もひきつけられていた。

「それでよ、運転手の撃った弾はSの顔を掠めた。Sはまったくビビルこともなく、運転手をにらんでいた。ビビッていたのは向こうだ。Sは撃った。だが、弾切れだった。俺はあわてたよ。逃げ出したくなった。運転手はにやりと笑い、そして銃を撃った。バーン! と。Sはどうしていたかというと、弾切れの銃を見ていたわけだ。おいおい何やってる! 死ぬぞ死ぬぞ、おいS! だが、Sは落ち着いてもう一丁の銃を取り出し、狙った。二人が撃ったのは同時だった。Sの弾は運転手の右目に命中。Sは全く動かなかった。だが弾はSから外れた。さて、残るは組長の刈井。Sは刈井との対決を前にドスを手にした。刈井は言った、お前どこの組のものだ? この後のSの言葉がよかったね。なんて言ったか、一般人です。一瞬あっけにとられた刈井は、銃を抜くのが遅れた。そのときだ。Sのドスがきらめき、刈井の手を切った。手から血がどばぁぁぁぁっとあふれた。遠目から見てもいい切れ味だった。それ以上にSの技が鮮やかだった。あぁ、見事としか言えない……」

 傍から聞いていて、かなりこそばゆかった。

 あれは多分まぐれだ。

 村井の話に聞き入る組員たちには悪いが、俺に期待をかけても、どこか抜けていて必ず失敗してしまう。それがSクオリティー。

 そろそろ眠くなってきたな。

 そのとき、外から車の音が聞こえてきた。最初は特に気にしなかったが、一台だけではなく、何台か連なってやってきているようだ。それに、他の組員たちも話をやめ、一気に殺気立ち始めた。

「かちこみか?」

「まだわからん」

 俺は上着のポケットの中でジェリコを握り、右手はM500を握った。まるで買ったばかりの新しいゲームソフトを早くプレーしたいゲーマーのように、俺はその銃を使ってみたかった。たった一発でいい。どんな威力か知りたいと思っていた。

 組員たちはそれぞれの武器を手に取り始めた。

 車が止まったらしい。エンジン音が聞こえなくなった。

「来るぞ!」

 誰かの緊張した声が聞こえた。組員たちは武器を構え、部屋の中にばらばらに散った。俺は銃を抜き、出入り口の近くに立った。

 廊下を走る十人程度の足音が聞こえてくる。そして、それはだんだんと大きくなってくる。俺は覚悟した。計画は実行できない。実行しないほうがいいのかもしれない。もしかしたら、実行に移す前にここで死んだほうが俺にとっては幸せだったのかもしれない。俺の隣に組長が立つ。上半身裸になっている。傷だらけだ。背中には虎の刺青があった。

「たのむぞ」

「期待しないほうがいいです」

 組長はふん、と鼻で笑うと、刀を抜いた。俺はM500の安全装置を確認し、撃鉄を起こした。弾は入れたばかりだ。ジェリコとベレッタも補充は終わっている。

 心臓が早く打ち始めた。俺は自分の呼吸が浅く、何度も回数を繰り返していることに気がついた。

「大丈夫か?」

 うなずくしかできなかった。声が出なかった。異様なほどのどが渇いていた。

 そのとき、俺は前の仕事場のことを思い出した。思い出した、というより、その口径が目の前に現れたといったほうがいい。それだけ記憶がリアルだった。いわゆる『フラッシュバック』という奴だ。


 俺は少し前までとある工場で働いていた。最終学歴はF大の法学部。『F大』というのは『福岡某大学』の略ではなく、『Fランクのいつ倒産するかわからない危険な大学』という意味だ。法学部から工場労働者というのも変な話だが、俺が大学を卒業した当時は就職難だった。紆余曲折はあったが、結局そこしか仕事がなかったわけだ。ダメリーマン……いやダメ派遣だったのは言うまでもない。

 俺は工場のラインにいた。

 流れ作業で部品を組みつけていく仕事だ。一時期比較的平穏な時期があったが、すぐに異動。別のラインに配属された。そこでの上司と俺はそりが合わなかった。

 上司はライン外だった。

 ライン外とはラインのどこかの工程で不具合があったときに対応したり、遅れそうになったときに手伝ったりする仕事だ。

 俺はその上司から毎日怒鳴られた。

 毎日のように、ではなく毎日。つまり、仕事に行くと必ず。

「コラァ! そうじゃねぇだろ! かせっ!」

 こういわれ、俺の手からインパクトをひったくられる。

「よく見てろ! 指の形はこう! こうだって言っただろ! 何聞いてたんだこら! あぁ! お前さっきわかったって言っただろ! どうなんだ!」

「はい……」

 もともと小さな声がますます小さくなっていくようだ。

 ラインというからには、何人もの労働者がいる。俺の左右隣にも人がいる。俺は真ん中辺りにいたが、上司の怒鳴り声は両端まで届いていた。

「はい、といったな。じゃ、やれよ! 俺の言う通りにしろよ! わかったな!」

 いつお前の怒鳴り声が飛んでくるかわからないから、集中してできないんだよ! 何でも言っていいとその上司は仰ったが、こんなこと口にしたら更なる雷が落ちることは明々白々。

 俺はいつもびくびくして、萎縮して、言われたとおりに仕事しようとしている。しかし、体が言うことを聞いてくれず、ついフォームを崩してしまう。

 その上司はそれを見つけると、どこにいてもすぐに駆けつけてくる。

「コラァ! 何やってるんだ! そうじゃないって言ってるだろうが! 言ったとおりにしろ! お前この前わかったといっただろ! なんで言った通りにしないんだよ! なんでか言ってみろ!」

 いきなり隣にいて、激しくまくし立ててくる。

 なぜ、といわれても俺の体が勝手にそういう格好を取るんだ。体に染み付いて癖みたいなものだ。知らないうちにそう言う体勢になっているんだ。俺は以上のような意味の言葉を伝えると

「何わけのわからないこといってんだ! 殴られなきゃわからないのか!」

 その上司は今まで三人ほど辞めさせているらしい。本当に三人だけだろうか。

「辞めさせるぞ! それがいやならちゃんとやれ!」

 この不景気ではすぐに仕事は見つけられない。それがわかっていてこんなことが言えるのだろう。怒鳴りまくってうまくいくのなら、苦労はしない。

 また、こうも言っていたな。

「最終ラインでお前の不良が見つかったら、辞めるまで追い詰めるからな! お前のせいで俺たち全体が悪く見られるんだよ!」

 多少厳しくするのはいいとして、ここまで行くとパワーハラスメントとも言えなくもない。「辞めさせるぞ!」と怒鳴りつけるのは、強迫罪にならないか?

 こんなことが続いていた。

 俺の班で、俺に話しかけてくる奴はいない。

 仕事できないために毎日怒鳴られていることはみんな知っている。

 自分ひとりがとても惨めで、明るく振舞えない。自分ひとりが取り残されているようで、ますますふさぎこんでしまう。


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