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殺しの天才  作者: 迫田啓伸
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1-4

 俺と村井は事務所に戻った。部屋の中が少し騒がしかった。

 組員はさっきよりも増えていた。組長が見当たらなかった。村井が帰ってきたのがわかると、組員の一人が奥に引っ込み、再び現れたときは組長も一緒だった。

「おぉ」

 俺の顔を見ると大げさに声を上げ、駆け寄ってきた。

「どうだった」

「やりました。すごかったです」

「で、何人やった?」

「五人いましたが、五人とも。あっという間に終わりました」

 組長は満足そうな表情で、俺のほうを向いた。

「やってくれたか。期待してはいなかったが……。よし、約束どおり銃をやろう」

 机からM5OOと弾丸を取り出し、テーブルに置いた。

 村井は興奮していた。身振り手振りを使い、いちいち大げさな表現を使って俺のことを話した。どれだけ誇張が入っているのだ、と思いくすぐったい感じがしたが、あえてやめさせることもないだろう。悪い気はしないし。

「彼は天才です。殺しの天才です!」

 そういわれたとき、俺はちょっと引いてしまった。

 そんな天才にはなりたくねぇ、と口にしそうになった。組長は上機嫌で笑っていた。

 俺もM500をもらったことで、結構有頂天になっていたのかもしれない。日本でも有名なマグナム44よりも、威力のある銃をもらったわけだから。

 組長と村井の話をよそに、別の部屋が騒がしい。何しているのだろうと気になった。

 二人の話に首を突っ込む前に、別室から組員が出てきた。彼は興奮冷めやらぬ様子だった。組長を呼び、こちらに大またでずかずかと歩み寄ってくる。

「ダメですよ。ばらしてしまいましょう」

「どうしました?」

「おまえにゃかんけいねぇ!」

 ようやく口を挟んだが、一言で黙らされてしまった。

「ダメか?」

「へぇ」

 組長は何をしているか説明してくれた。この事務所が経営している闇金融から金を借りて返せない奴がいるらしい。そいつは事務所につれてこられ、やくざたちから責められている、というわけだ。

「どうする?」

「親父、なんですか、そいつは」

「言葉を慎め。こいつはな……」

 俺がさっきやったことを簡単に説明してくれた。


 組長と周りにいた数人の組員たちは満足そうに笑っていた。

 もしかしたら、仕事してほめられたのって初めてなのかもしれない。

 学校では成績がよかったら無条件でほめてくれる。他にも部活で活躍したり、委員会の仕事をまじめにやったときに賞賛の声が振ってくる。

 しかし、成績が落ちたときは怒られる。何があっても個人の努力不足にされてしまう。

 部活で活躍することがなかった俺だが、委員会でほめられることはよくあった。

 でも、高校に入ってからほめられることがなくなったような気がする。社会人になってからは、無能に成り下がってしまった。

 自然とほほの筋肉が緩んでくる。

 村井の話は終わり、彼らは大笑いしていた。そのとき、別の部屋から怒鳴り声とともにいすか何かがたたきつけられるような音がした。大きな音だった。俺はとっさにそちらを見た。

「ふざけんなコラァ! こっちゃ遊びでやってんじゃねえんだぞ!」

「誰か立て替えてくれる奴はいねえのか!」

 少々の沈黙の後に再び巻き舌。

「てめえの都合なんか知ったこっちゃねぇんだよ!」

「おらおらぁ!」

 また罵声の雨あられ。

 俺ももちろんだが、組長は気分を害したらしい。荒々しい声で別室の組員を呼ぶ。

「どうした?」

 別室から若い組員が現れた。

「すみません親父。あいつ、なかなかごねてまして」

「いくら借金があるんじゃ?」

 組員は額を言った。四百万円。

 どこの金融会社からも限度額いっぱいに借金しているらしい。ちなみにそいつの職業はフリーター。

 借りるなよ。

 俺はそう言いそうになった。いったい何にそんなに使うんだろう。借りるのなら返せるだけの金にしろ。返せる当てのない金なんか、どうして借りようと思うのだろう。闇金に手を出したなら、こうなることが想像出来るだろうが。

 借りていた奴は別室から引きずり出されてきた。茶髪にロンゲ。俺よりもおしゃれな服装。ブルージーンズに黄緑のシャツ。茶色の皮のジャンパーを着ていた。多分俺より若い。

 組員に髪をつかんで、組長の前まで引っ張られてきた。組長はいすにどっかと腰を下ろし、にらみつけた。一瞬組長と目が合ったフリーターは目をそらした。

 組長がフリーターの顔を覗き込む。

「顔を上げんかい」

「はひ……」

 なんとも気の抜けた返事だった。大丈夫かな……人事ながらも心配になってきた。だってそいつ、やくざに囲まれているという状況だけで泣き出しそうになっているのだから。

 もし、誰かが怒鳴ったら「ひぇぇ」とか悲鳴を上げて泣き出してしまいそうだ。

「おう、金がないとはどういうこっちゃい」

「はい、実は競馬ですってしまいまして。馬は一着だったんですけど、落馬してしまって。今度の日曜のレースでは絶対の自信があるんです。今度は絶対に一着を当てますから」

 多分同じことを前回も言ったんだろうな。フリーターはひざまずき、両手を組み合わせて、拝むように頼んでいた。既にその目は涙を浮かべていた。

「フザケンナ! この前もそんなこと言ってはずしたじゃないか!」

「このゴミ野郎が、甘く見てんじゃねぇぞ!」

「お前のへたくそな予想が、当たるわけないだろうが!」

「はずしたら何でもするって言ったろうが! たこ部屋行くかコラァ!」

 俺には借金が一円もない。別に恥ずかしいことではないし、一昔前まではそれが当たり前だった。

 ちなみに俺にはギャンブルの才能もない。ただのテレビゲーム(当時はファミコンだった)でもこれでもかってぐらい下手だった。おかげで子供のころ、たまに誰かと遊んでも、順番は俺には回ってこなかった。俺が下手なのでどうせすぐ終わるから、ということだ。

 でも、やっている最中は熱くなって冷静に判断できなくなるんだろうなぁ。ゲームがうまくいかないからって頭に血が上り、怒りながらやっていた奴を見たことがある。やめりゃいいのにと思うが、やっている奴はどうしてもゲームで勝たないと気がすまなくなっているようだ。ギャンブルに狂う人はこういった状態に陥っているんだろう。

 フリーターは組員たちから口汚くののしられ、罵倒され、言葉だけで死んでしまいそうなくらいだ。

 ふと思い出した。俺は学生時代クラスの奴に金を貸したことがある。が、結局返ってこなかった。返済を頼んだら「また今度」といい、はぐらかしてばかり。ちょっとむっとした声を出すと「ケチるな」そして、逆切れされてしまった。

「そんくらいのことでうるせえんだよ! 殺すぞ! なめとんのか!」

 そして、殴られた。周りにいる奴も手伝ってきた。俺はそいつ以外の奴には殴られなかったが、俺に返済をあきらめるように説得を仕掛けてきた。

「まあまあ、いいやん、そのくらい」

 これ以上ないほどの愛想のいい笑顔と穏やかな声。説得に当たるやつらはすべて投じの俺よりも喧嘩の強かった奴ら。

 運動部のエースと成績優秀者をかねている奴もいる。彼らは俺が何かを言うとする隙を与えず、絶え間無しに言葉をつなぐ。

ちなみに、金を借りた奴は不良ではないし、喧嘩もそれほど強くない。

 学生時代の俺は今から考えるとすごく弱かった。学生時代にクラスでの格付けがあったと思うが、俺は限りなく最下位に近かった。成績だけはよかったが、体育が全くダメで、無口でおとなしかった。頭の回転も遅く、とっさに気の利いたことが言えない。周りが自分をどれだけ馬鹿にしようが、全く気づいていなかったほどだ。頭がいいのと成績がいいのとは全く別物だったな。

 こんな話をしても彼らは信じるわけもなかった。

 俺は別方向を向いた。

 フリーターは床に頭をこすり付け、泣きながら謝っていた。「すみません、すみません」という細く震えた声が聞こえてくる。それでも、やくざたちは容赦しない。

「あぁ? ふざけんじゃねぇぞ! 借りたら返すんが当たり前やろうが!」

「すみません、すみません」

「スマンですんだら警察はいらんのじゃあ!」

「のぉ、どうするんだよ、借金!」

「わしらから金を借りてすっとぼけるとは、いい度胸だな!」

 フリーターの謝罪はただの泣き声にしか聞こえなくなった。

 いい気味だな。

 俺から金を返さなかった奴とそのフリーターの姿が重なった。俺の周りの奴らは借りた奴を庇った。もし、俺が借金返済をあきらめずに迫ったら、周りにいて説得してきた奴らの態度は豹変し、一方的に俺を責め立てただろう。

「あの……」

 俺は彼らに声をかけた。

「俺の戸籍貸しましょうか?」

「何?」

 彼らはいっせいに俺のほうを向いた。

「俺の名前なら、借金はゼロだし、金を借りられる。そいつに俺の名前で金を借りさせ、それを借金返済に充てるというのはどうですか?」

 彼らは互いに顔を見合わせた。どうする? という相談事のほかにあいつは誰だ、という俺に関する疑問をひそひそと話し合っていた。フリーターは顔を上げた。涙と鼻水で顔は汚れ、実に汚い。そんなフリーターを見かねたのか、組長はティッシュペーパーの箱をフリーターに投げた。

「S、いいのか?」

「何がです?」

「わしらの返済は厳しいぞ」

「明日すぐ返せ、というのではないでしょう? だったら、大丈夫です」

 どうせ、返さないし。

 俺には数日後にあることを決行しようとしていた。そのために銃器を買った。それに、今の俺には彼らがそれほど怖くない。せいぜい組長だけだ。他の奴らはそれらしき格好をして、それらしき言葉を吐いているだけのように見える。

 この後どうなろうと、俺の寿命は短い、という予感があった。

 フリーターはそれまでうずくまっていた場所から俺のところまで這ってきた。

「あ、ありがとうございます」

「べつにいいですよ」

 助けたわけではない。一時的にこのフリーターを俺にしておく必要があると思った。俺が計画を決行すれば、真っ青になるのはこいつだろうから。

 俺は免許証を渡した。フリーターは組員の一人と一緒に出て行った。

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