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殺しの天才  作者: 迫田啓伸
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1-3

 一ヶ月ほど前の話になる。

 学生時代から使うことがなく、たまりにたまっていた貯金を下ろし、武器を購入した。

 この日本で銃器を持っている者といえば、やくざと警察しかいない。俺は貯金を全額おろし、立ちんぼを探した。よく歓楽街に立って「マッサージどうですか」と片言の日本語で話しかけてくる女性のことだ。彼女たちの後ろにやくざがいることは知っていた。

 福岡市のとある場所にいた一人の立ちんぼに金を握らせ、やくざを紹介させた。

 ニュースなどで知っている人もいるだろう。

 福岡県には国の指定暴力団事務所が多いのだ。

 立ちんぼが仕事をこなしている間、俺は近くで待たせてもらうことにした。なかなか客は引っかからなかった。立ちんぼはこんなものかとため息をつき、伏せ目がちのあきらめた表情で通行人に声をかけていた。

 俺の前に現れたやくざは一見サラリーマン風の男だった。背は俺と同じぐらいだが、肩幅が広い。髪を撫で付け、口を一文字に結んでいた。目の鋭さに驚いた。

「ん? お前か? 用があるってのは」

 話し方も普通だった。社会に出てからよかったことは、初対面の人とも話せるようになったことだと思う。

「はい。銃がほしいのですが」

「はぁ?」

 あきれられるのも無理はないだろう。やくざから見れば俺はただの一般人。最近のやくざは一般人と見分けがつかないほど、その独特な気配を消している。しかし彼らにとっては一般人とやくざの区別など簡単なことだろう。

 一般人が銃なんかもって何をする。彼はそう考えたに違いない。

「お前みたいな奴に銃が扱えるか、帰れ」

「金ならあります」

 俺はリュックの中の札束を見せた。

 彼は一瞬目を見開き、唸った。親指であごをなで、まじまじと金を見る。

「銃撃てるのか?」

「撃ち方を知っている人は多いと思いますが」

「ありゃテレビの中だけだぞ。それに、うちはそんなしのぎはやってないんだ」

「それでは、どこに行けば売ってもらえますか?」

 彼は少し悩んだ後、俺についてくるように言った。

 風俗街を抜け、裏通りに入る。ビルが立ち並ぶ細くて、鼻を刺激するすえたにおいのする小道を抜けていく。メインストリートの騒がしさとは逆に、静かだった。

 俺たちは一言も話さず、歩いていた。

 やがてひとつの雑居ビルに着いた。入り口には聞きなれない会社の看板がかけられていた。掃除は行き届いていた。ろくに外灯のない通りだったが、ビルの窓の明かりなどで見通しはよかった。

 エレベーターに乗り、一番上の五階に行く。

 そこが事務所のようだ。

 インタホンを押し、彼は一言二言話をする。俺のことを言っているのがわかった。

 

 中は、典型的なやくざの事務所だった。神棚があり、応接用のテーブルといすがあり、その向こうに値の張りそうな、こげ茶色のつややかな机だった。

 机に座っているのは派手な背広とネクタイの恰幅のいい中年。オールバックで三白眼、眉間には深いしわ。近くには似たような姿でひょろっとしている角刈りの男と白い背広にはだけたアロハシャツの男。

 机に座っていた中年が立ち上がった。人相は悪いが、笑顔を見せた。

「組長、手を煩わせて申し訳ありません」

 俺の前にいた男が深々と頭を下げる。

 角刈りが叫ぶ。

「たりめぇだ! ぼけっ!」

「よせ」

 中年……おそらく組長が角刈りを制する。落ち着いた静かな口調だった。 角刈りはすぐに口をつぐみ、軽く頭を下げた。

 組長は俺に目を向けた。一瞬背筋がひやりとした。まだ一言も口にしていないなのに、気配が俺を飲み込むような気がした。が、それも一瞬だった。 俺の心臓は緩やかになり、いつもの状態に戻った。

 言われるがままにいすに座ると、組長も組員を従えて俺と相対した。

「銃を売ってほしいのかね?」

「はい」

 一見近寄りがたい風貌の割には、柔和な笑顔と穏やかな口調で話しかけてくる。やくざの事務所という俺が今まで縁のなかった世界に足を踏み入れ、何が起こるのか好奇心と恐れが入り混じった緊張感があったが、それも今ではない。

 よく考えてみると、俺はこのころから何か壊れていたのかもしれない。普通なら、やくざが怖くて震えだしているところだろう。それなのに、俺が平然とやくざの組長と話している。このとき、自覚はなかったが、俺は既に一般人ではなくなっていたようだ。

「金はあるかね」

「はい。ちょっとまってください」

 リュックを開けテーブルの上に札束を落とす。正確な額はわからない。諸事情で複数の口座から下ろした金をまとめて持ってきたのだから。無駄遣いせず、学生時代からのバイトの金も含め、多分九百万たらず。普通に働いて稼いだ金だ。

 ふむ、と組長は鼻を鳴らした。その後ろにいたスキンヘッドが低くドスの聞いた声で

「贋金じゃねぇだろうなぁ」

「まあ待て。おい上田、数えてみろ」

 俺を案内してきたやくざが返事をして、金を数え始めた。上田というのか。

 しばらくして、俺の金がすべて本物であることが証明された。数えている最中に組長は、上田が活動資金集めを担当しているインテリやくざだと教えてくれた。

 角刈りとスキンヘッドは荒事担当らしい。

 組長は銃をいくつか持ってくるように指示。角刈りとスキンヘッドは同時に返事し、移動した。

「兄さん。銃を何に使うつもりかね」

「ちょっと……」

 まさか「殺しです」なんていうわけにはいかないよなぁ。

「誰か殺したい奴でもおるんか?」

「まぁ」

「まあいい。銃は所詮人殺しにしか使えん。ただのコレクションなら、モデルガンのほうが安いし、ワッパもかけられんよ」

 俺は何も言えなかった。組長は俺から目をそらさず、笑顔も崩さなかった。

「兄さん。最近よく起こっている殺しをどう思う?」

「?」

「殺しだよ。恨みや義理なんかなく、自分勝手な、血を分けた肉親でさえも」

 銃をとりに行っていた二人が戻ってきた。組長は言葉をそこで区切った。

 テーブルの上に銃が並べられた。自動拳銃やリボルバーが十何点か。俺は銃のことなんかまるでわからない。形は微妙に違うものの、どれがどういう物なのかが全くわからず、全部同じに見えた。

 俺は手を伸ばした。何かひらめくものがあった。目に付いた自動拳銃を片手にひとつずつ手にしていた。右手に握ったものは黒く、なんとなく優美さを感じさせるものだった。逆に左手の銃は鋭さがあった。銃の上部、売ったときに後ろにスライドし薬莢を排出する箇所だけが白く、後は黒かった。

「どうしてそれをとった?」

「勘です」

 このとき手にしたのがベレッタとジェリコ。角刈りからこのどちらも九ミリ弾を使うことを教えられ、弾丸も一箱買った。

 東南アジア経由で日本に入ってくる銃は比較的安いらしい。それでも生活用品を買うようには行かない。以前の俺なら悲鳴を上げてしまうほど、銃は高かった。

 銃のほかにも、ドスを一振り。ドスというのは、約五十センチの短刀で、気の柄に木の鞘を使用している。よくやくざ映画で懐から取り出し、両手で構えて突進していくシーンがあるが、ああいうシーンで使用されることが多いことだろう。やくざ映画並に日本刀も売っていたが高価だし、長くて目立つ。


 銃を手にしたとき、ドスを握り締めたとき、俺は言いようのない高揚感を感じていた。

 何もしなくても心臓が激しく打っていた。気づかぬうちに表情が崩れていた

「兄さん」

 組長の声にわれに返った。既に銃は片付けられていた。

 柔和だった表情が消え、真剣な目で自分を見つめていた。

「売っておいてなんだが、それを使うときは十分覚悟しておいてくれないか。今から兄さんに言うことは、漫画の受け売りだが気に留めておいてほしい」

「なんです?」

「人を殺すのは、そいつの血縁や親類、その他周囲の連中をすべて敵に回すことになる。その誰かの縁をすべて断ち切ることになるからな。誰かを撃ったら、その者の縁を背負わなければならん。もしかしたら誰かが自分に復讐するかもしれん。その憎しみをすべて一人で受ける覚悟がなければ、銃を撃ってはいけん」

 そのとき、俺は不思議と落ち着いていた。

「俺が誰かを殺したとき、誰かが自分を殺そうとする。そういうことですか?」

「そうじゃ。兄さん。あんたは見たところ、誠実で人がよさそうだ。わしらとは対極の人生を歩んできたように見える。それだけに、いやな予感がする」

「最近起きている殺人事件のように?」

「殺すことの重大さが、全くわかっておらん」

 俺は鼻で笑った。

 なにがおかしい!

 怖くなかった。頭がすごく冴えていた。すっきりしていた。心の中にいつもあるもやもやがこのときに限って見えなくなっていた。

「それでは、皆さんはどうなんです? 銃を使って、殺しをしていないとでも」

「てめぇ!」

「よさねぇか!」

 組長が一括した。スキンヘッドと角刈りは黙り、頭を下げた。

 そして、俺に向き直る。大きな声だった。しかし、このときの俺には何の感情もわいてこなかった。銃をホルスターにいれ、人事のように彼らを眺めていた。

「確かにわしらは人のことは言えん。わしも長いこと刑務所にいたしな。だが、わしが杯を受けた親分も、わしに同じことを言うた。わしも子分たちに同じことを言ってきた。兄さんがやろうとしていることはゲームではない」

「わかりました」

 本当にそうなのか? 今まで仕事してもこんな感じだった。わかってないのにわかったといって、上司に怒られまくった。この組長もそれを見透かしたようだ。

「本当か?」

 俺は返事をしなかった。組長は俺をにらむが、俺は目をそらさず、睨み返した。

 組員は誰も口を挟まなかった。

 事務所は静かになった。俺はなぜかいつもと変わらず行動している。このときは言葉もうまく出てくるし、全く怖くない。よく考えてみたら、俺とにらみ合っているのはやくざの組長。以前の俺なら会社の上司に怒鳴られただけで萎縮し、下手すれば声で出てこないほど震えていたのに。

 組長が口端を吊り上げる。

「銃を使う気か」

「はい」

「それだけの覚悟はあるのか?」

「はい」

 そう答えた後で俺は後悔した。本当は全く何も考えていなかった。

「それでは、ひとつテストさせてもらうぞ」

 そのテストとは、敵対する組の組長を殺してくることだった。いわゆる鉄砲玉をさせられることになったわけだ。

「いいですよ」

 二つ返事で引き受けた俺を組長と組員は驚いた目を見ていた。

「村井、案内してやれ」

「はい」

 角刈りが乾いた返事をした。

 組長が立ち上がり、机に向かう。

「名前は、なんという?」

「『S』といいます」

「うまくやれたら、これをやろう」

 机の引き出しから出てきたのは銀色の巨大なリボルバーだった。俺は息を呑み、その銃に目を奪われていた。

 デザイン的に優れているのは言うまでもない。長い銃身に大きな口径。太いグリップ。球数は五発と少なかったが、分厚い金属の塊は武骨で頼もしかった。

 持たせてもらうと、右手にしっかりとした重みがあった。銀色の銃身は自らその存在を主張していた。

 ベレッタが『優美さ』、ジェリコが『鋭さ』なら、この銃は『力強さ』を表している。

「S&W M500。今アメリカで大人気の銃だ。成功したらそれをやろう。弾もつける」


 俺は角刈り……村井に連れられ、再び歓楽街に出た。客引きなどは村井が通りかかると挨拶してきた。それだけでない、ただのチンピラ風の男も足を止めて挨拶した。結構偉い人らしい。

 俺が案内されたのはある高級キャバクラだった。

俺がいた事務所からかなりの距離がある。歩いて三十分ほどの距離だ。俺たち一般人からすれば全くわからないが、彼らやくざ同士でわかる縄張りがどこかにあったのだろう。

 俺が殺そうとしている笠井という組長は週に何回かこの店に来るそうだ。

 標的の刈井の容姿だが、百八十を越え、やや肥満気味の巨体。パンチパーマでめがねをかけているらしい。

「これに成功すれば、お前は大出世だぞ」

 別に俺はやくざにはなりたくない。組の仕事を任せてもらっても、全く名誉なことだとは思わない。大体、ダメ男だった俺にビジネスを任せようというのが間違っている。

「おい。成功したら俺とお前で稼がないか?」

「足を引っ張りそうだからやめておきます」

「お前、頭よさそうだけどな」

「悪いですよ」

 コンビニで買ってきたワンカップを飲み干し、待つ。

 不思議と緊張はしなかった。俺は今から自分がやろうとしていることが、自分でまだわかっていないらしい。下手すれば自分が殺されるかもしれない。いや、一般人である自分がやられる確率のほうが高い。それなのに、俺は落ち着いていた。

「どうかしたのか?」

「いえ、別に」

 ワンカップを次々と飲み干す。速いペースで飲み干す。そんな俺にあきれたようだ。もうやめとけと村井が手を押さえた。

 やがて一台の黒塗りの車が店の前に止まった。

「おい、もうすぐ出てくるぞ」

 頭が熱くなっていたが、状況だけはわかっていた。

 人が何人もわらわらと出てきた。

「どれが刈井です?」

「一番前にいる白のダブルのスーツだ。ほかの黒服は手下だ」

 俺は上着のフードをかぶり、立ち上がった。

「おい、待て」

 引きとめようと俺の腕をつかむ村井を振り払い、俺は歩き出した。ちょっと飲みすぎたかもしれない。千鳥足になり、まっすぐ歩けない。が、夜風が冷たく、気持ちよかった。

 俺たちがいたところから車までそれほど距離はなかった。

 つまずき、車の後部にぶつかってしまった。俺は短くうめき、地面に転がった。俺は酒に弱かった。

 手下が俺に気づき、駆け寄ってくる。

「おい、お前何しとんじゃ!」

「いや、すいません」

 怒鳴られてつい謝ってしまった。もはや癖になってしまっていたらしい。

 手下の一人が俺の胸倉をつかみ、立たせた。

「この酔っ払いが! なめてんじゃねぇ! くぁっ……」

 俺はジェリコの引き金を引いていた。銃口を黒服の胸に押し当て、撃った。黒服の巻き舌は途中で止まり、俺をつかんでいた手が外れそうになった。俺は懐に入れておいたドスを引き抜き、撃った傷口に差し込んだ。黒服の手下の手が外れた。俺は力任せにその手下を突き飛ばした。手下の体は俺の体から離れ、後ろにいた別の黒服に向かって倒れこんだ。

「おい!」

「なんだ!」

 黒服が口々に叫ぶ。俺につかみかかった黒服が死んだとは誰も思っていなかったらしい。

 彼らは一様に動揺していた。

 俺はジェリコとベレッタを持ち、発砲。店の明かりで視界がよく、まとも大きくて近くにいる。左右交互に引き金を引いた。

 店の外に出てきていたホステスが悲鳴を上げて耳をふさぎ、その場にうずくまる。

 場の異変に気がついた手下たちは銃を抜こうとする。しかし、遅かった。自分でも嘘だろう? と言いたくなるほど弾丸は正確に彼らの急所を打ちぬいた。火薬のにおいと血のにおいが充満した。

 運転手も出てきた。車を盾にして撃ってきた。一発が顔の横を掠めた。ベレッタで狙いをつけ引き金を引いたが、弾切れだった。ジェリコを向けたとき、もう一発撃たれる。しかし、今度も顔のすぐ横を通り過ぎていった。風圧がほほに感じた。ジェリコの弾はまだ残っていた。弾丸は運転手の右目に当たった。

 黒服たちが全員倒れた後、俺の酔いは覚め、刈井に狙いを定めていた。

「お前、どこの組のもんじゃあ!」

「一般人です」

 黒服の体からドスを引き抜いた。

 刈井は銃を取り出した。俺に向けたが、距離が近かった。俺は銃を振り払うつもりで、ドスを握った左手を振り回した。しかし、ドスの刃は刈井の手首を切り裂いていた。しかも動脈。生暖かい鮮血が噴水のように舞い上がった。

 俺は落ち着いていた。こんなにも冷静になれる人間だとは俺も思わなかった。刈井は銃を手から落とし、手首を押さえている。俺はドスを握りなおし、刺した。軽い衝撃を手で感じ、刃を深く突きたてようと、力をこめた。 刈井の体は車に押し付けられた。

 身を離し、ジェリコを向けながら手近にあった銃を拾う。

 俺は両手の銃を刈井の眉間とのど元に当て、引き金を引いた。眉間に当てた銃は弾丸を発射し、刈井の脳を破壊した。一方、のどに当てたジェリコは弾切れの合図である金属音を鳴らしただけだった。

 俺はその場から早く逃げた。

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