最終章-29
俺は後ろから彼女を強く抱いた。
彼女の骨格は小さく、細かった。
以前のように、殺すときのように力をこめてねじりあげたら、俺はまたやってしまうところだった。
そうでなくても、俺は少し力を入れすぎたようだ。
彼女が小さく悲鳴を上げた。
俺はあわてて彼女を放した。Hさんは息をついた。
「痛かった?」
振り向かず、首を振った。
彼女は自分を抱く様な格好で、背筋を曲げて、うつむいていた。
「大丈夫?」
今度も彼女は俺を見ずに、うなずく。やがて彼女の背筋を伸ばした。
俺は再び田中に呼びかけた。
「今から、Hさんにそっちにいってもらいます。SATは俺が何をしてもいいように、銃を構えてください。俺は突発的に何をするかわかりません。怪しい動きを見せたら、迷わず撃ってください。でも、Hさんは助けてください」
「あたりまえだ。安心しろ」
「ありがとうございます」
俺は彼女の肩をたたき、 スピーカーを渡す。
Hさんは一瞬俺を見た後、すぐに背を向けた。どういう表情だったかは、わからなかった。
「すまない、Hさん。こんなことに巻き込んでしまって」
スピーカーは既に彼女に渡してある。
今、俺は地声で話している。当然警察には聞こえていない。
「Hさん。忘れろったって忘れられないだろうから、そうは言わない。でも、すぐに忘れられるよ」
彼女は何の反応も示さなかった。
俺は続けた。
「何か聞かれたら、俺のことは好きなようにしゃべってくれ。極悪人にしてくれてもいい。だから、行って。絶対に振り向かないで。もう、俺のことなんか気にしないで、Hさんのいつもの生活に戻っていって」
「コンビニでのことは正直に言います」
「ありがとう。俺は最後に君と会えてよかったと思っている」
「それなら、よかった……」
「さようなら、Hさん」
彼女は何も言わず、その場にとどまっていた。
冷たい風が俺たち二人に吹き付けてくる。
服の下は汗だらけだ。夏のときのような大粒の汗ではなく、皮膚全体から小さな汗が出ている感じだ。
厚手の服によって温度は上がっているようだが、体が感じる外気の冷たさは異様だった。
熱いのか寒いのか、はっきりしないのが不快だった。
もう行って。
俺がそう言おうとして時、彼女は歩き始めた。
何かに引きずられているみたいに、重い足取りだった。それでも俺の方には振り向かなかった。
彼女が歩き始めたのと同時に、SATが一斉に銃を構えた。
周りは静まり返っていた。
彼女の靴の音が聞こえてくる。この場で話しているものは誰もいなかった。