最終章-26
彼女はそこまで言うと、息をつき、顔を背け、笑いをこらえていた。
「わ、私、何言ってるんだろう」
「Hさん。それ、誰に向かって言っているの?」
俺がそう問いかけると、彼女は首を振った。
「わかりません。Sさんの話を聞いて感じたことですけれど、私自身に言っているのかもしれないし」
「俺はずるくて、全く予想もしなかった方法で、全ての責任から逃げ出そうとするかもしれないよ」
「困ります、そんなこといわれても。Sさんがどうするかまで、わからないもの」
「Hさん。俺と君がもう少し早く出会えてたらなぁ」
「そうですよね。私たち、結構仲良くなれていたかもしれません」
俺は椅子を立った。
「出ようか」
事務所に入り、田中にコンビニから出る旨を伝えた。
電話の向こうからは明るい声が返ってきた。
とはいえ、それまでの疲れは隠せてはいなかった。
「Hさんと一緒に出ますので、いきなり撃たないでください」
「わかった」
「Hさんの親御さんはいますか?」
「ああ。ちょっと疲れているようなので休んでもらっているが」
「無事に帰すと伝えてください。それから、駐車場の縁石にスピーカーを置いてください」
「どうして?」
「俺は声が小さいから。話が聞き取れないと思うので」
「わかった」
「スピーカーが置かれたら、出て行きます。Hさんも一緒です。テレビ局には、Hさんの顔にモザイクをかけるように言ってください」
「そうしよう」
「それから、ひとつ質問なんですが」
「なんだ?」
「Hさんは俺に気づきました。懸賞金はもらえますか?」
「もらえると思うが、防犯ブザーを鳴らしただけだろ? Sに関する情報という条件があるから、かなり減額されてしまうんじゃないか?」
「満額払ってやってくれませんか?」
「検討してみる」
「それと、もうひとついいですか?」
「なんだ?」
「俺はいったい何人殺したんです?」
「わかっているだけで百二十五人だ」
え!
俺は思わず大声を出してしまった。
「そ、そんなにいるんですか?」
「ああ、そうだ」
「五十人ぐらい水増ししていませんか?」
「馬鹿なことを言うな。たとえそうだったとしても、死者七十五人。結構な人数だ。お前がやったことはそれほどひどいことなんだよ。たった一人殺すだけでも結構な事件になるんだぞ。話はあとで聞くから、さっさと出てこい」
それでは、と最後に付け加えて電話を切った。