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殺しの天才  作者: 迫田啓伸
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最終章-25

 今度はHさんが黙り込んだ。

 俺はいっそう強くカウンターを叩く。

 彼女は口を閉じ、俺を見つめてくる。

 怒っている?

 悲しんでいる?

 わからなかった。

 でも、俺は続けた。

 言わずにはいられなかった。

 Hさんはおびえてはいない。

「警察に捕まったって、俺は責められ、また怒られてしまう。小学生のころから一生懸命勉強して、人から馬鹿にされながらもまじめにやって、そのためにたくさんの時間を使ってこのざまだ! 仕事は派遣で、牢屋みたいな工場での作業だ。成績もよくない、運動もできない、人と話せない、要領もよくない、性格も明るくない。そんな俺が人よりうまくできるものは『殺し』しかなかったんだ! いつか、馬鹿な不良どもが俺をただのホームレスと思って襲ったことがあったよ。俺は全員殺してやった。他の奴らは自分の言いたいこと、したいことを押し通して人並みに暮らしているというのに。俺にはそんな普通のことさえできなかった。俺をここまで追い込んだのは、俺を取り巻いていた世界じゃないか! だからいいんだ、俺が一人になってさえいれば、何もおきないんだ。どうせ生まれてくるときも死ぬときも一人なんだから」

「それじゃ、Sさん。今私とこうして話していることも否定するんですか?」

 答えられなかった。

 俺は今、彼女はまともに話している。

 気がつかなかったが、事実だった。

「ごめんなさい、生意気なこと言っちゃって。でも、私はSさんと話していて、いやじゃないんです。時々楽しかったりもしましたよ。Sさんには悪いと思いますが……きっと死刑になるでしょうけど……その日まで生き続けるんですよ? 今まで辛い思いばかりだと思うけど、最後の日まで普通に生きてもいいと思います。どうにもできないことだけど、今から最後の瞬間まで、普通の人間として」

「俺は……俺ができることは人殺しだけだよ。それ以外能のない人間なんだよ。何もしていないとき、俺は世界から切り離されていたようだった。俺が誰かを殺して、世間が騒いだとき、はじめて俺が新聞に載ったときだったが、ほめられているような気がしてうれしかった。ほめられているわけじゃないのに。でも、そうすることでしか世界とつながることがなかった」

「私は、今も仕事のないただの店員です。こんなことに巻き込まれることになるなんて思わなかった。でも、私はSさんと話をしていて楽しかったですよ。そりゃ最初は人質になっていやだとは思いましたよ。でも、今はそんなにいやだとは感じないです。Sさん。もう少し、がんばってください。皆が経験してきたような、普通の生活を過ごしてみてください」

「Hさん。それが、とても短い時間でも?」

 彼女はうなずいた。

「あの……。世界というか、私たちを取り巻く社会? それってとても無責任だと思うんですよ。私たちじゃどうしようもないことを押し付け、運命が狂ってしまうことがあっても、それに対して全く責任を取ってくれない。私たちがどんなに怒っても、悲しんでも、全くそ知らぬ顔をしている。でも、自分たちでどうにかなる余地はあると思います。そして、自分の前に山積している問題をできることから片付けていけば、少しずつでも運命を修正していけるんじゃないですか?もちろん、完全に元通りにはならないでしょうけど」

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