最終章―6
その前に
「そこの四人。助かりたければ、動かないでください」
事務所の中ではHがまだ受話器を握っていた。
はい、はいと小さな声でうなずきながら話している。
俺が事務所に入っていくと、彼女ははじかれたようにこっちを向き、受話器を押さえながら一歩下がった。
事務所とは言いながら、机の後ろに配置されているテーブルの向こうには、商品の入ったダンボールが山積みになっていた。
電話のある机はドアのすぐ近くにあった。
が、机の上は書類や伝票などで散らかっていた。
少なくとも片付いているようには見えないところだった。
「えっと、誰から?」
「警察です」
「代わって」
Hさんはおずおずと受話器を差し出した。
俺はそれをそっと取り、耳に当てる。
「はい、Sです」
「Sか? 私は福岡県警の田中というものだ」
「ああ、どうも。俺の声が聞こえますか?」
「聞こえる。ずいぶん我々を煙に巻いてくれたが。今の気持ちはどうだ?」
「なんというか、とくにないです」
「そうか。実は我々、少なくとも私は非常に驚いている」
Hさんが事務所から出て行こうとしていたので、俺は彼女の腕を掴んだ。
受話器越しに聞こえてくる田中の声は若々しく、喝舌もはっきりしている。多分俺よりも少し年上だろう。
「田中さん、いわゆるネゴシエーターという奴ですか?」
「そんなところだ」
「すみませんが、連絡先を教えてくれます?」
「わかった」
俺は田中の言った電話番号をメモに書きとめた。
「それよりどうした。宗像や小倉であれだけ暴れたお前がコンビニ強盗など」
「そんなことやっていません」
「いや待て。私はお前が強盗をしていると聞いたぞ」
「俺はコンビに強盗なんかしていない」
「いやしかし、Sよ。いくら罪を重ねたとしても」
「コンビに強盗なんかしていないといっているでしょう。後で防犯カメラを見てみればわかるよ。レジの子にも金を払いました」
「いや、でもそれだとこの状況の説明が」
「俺は、強盗はしていない!」
しかし、田中は俺の話が聞こえなかったらしい。
俺が否定すればするほど、信じようとしない。
逆にそうだといい続けてきた。
なまじ冗談交じりなのが俺の癇に障る。
「俺はしていないと言っているだろ!」
「いやいや」
「俺の話を聞いているのですか?」
「聞いてますとも。でも、あのSがコンビニ強盗なんかで捕まってとなると……」
「聞いていないのかっ!」
「いえいえちゃんと……」
俺はペレッタを取り出し、受話器に近づけた。
そして、何発か撃った。
送話口のすぐそばで薬莢が飛び出した。
Hさんは悲鳴を上げ、耳をふさいでうずくまった。




