2-3
彼らは共に夜勤の日に見つかり、一人になるのを見計らうと俺は銃を持って近づいていく。闇夜にまぎれ、目立つことがないのがいい。
「あ、S」
数多くいる労働者の中で、俺はいろんな意味で目立つようだ。入ってはすぐに辞める人間もいるのにな。
まず、初めの職場の上司。
「おう、今どうしてる?」
「別に何も」
「仕事はしてるか? ずいぶん、ぼろぼろみたいだが」
「まあちょっと」
「お前が辞めて大変だったんだよ。なんか用か」
「殺しに来ました」
そういい、俺は銃を突きつけた。
「何を言ってるんだ?」
「お前さえいなければ」
「ちょっと待て。何が不満だったんだ。そんなの向けられても」
「うるさい」
「お前が悪いんだろ。頭おかしいんじゃねぇの?」
「なにぃ!」
激高した。
こいつはいつもこれしか言わない。他に言うことは「頭を使え」
当時の俺はそればかり言われ、その通りに考えた。
どうすればうまくいくようになるのか。
そんなことより、頭がおかしい、というのはどういうことだろう。
「そうかもしれない。俺は頭がおかしい。だからこんなこと、できるのかもな」
上司はあわてたが、俺は迷わず引き金を引いた。
この人の場合、ちょっと時間があいたこともあり、それほど怒りもしなかった。忘れかけていたのかもしれない。しかし、俺は頭を撃った。
即死だった。
「邪魔者がいなくなって、せいせいしたんじゃないのか? 追い出すようなまねして、自分たちの首絞めやがって、馬鹿が!」
死んだ後も、俺は銃を撃った。公道とはいえ、どうせ山の中。気づく奴はいない。
そういえば俺は自分の行動範囲内でのトラブルは、周りの人間からすべて俺のせいにされてしまった。他の奴がやったミスで、見たことのないやつからいきなり怒鳴れたこともある。
『Sが通れば、何かが起こる』
そんなうわさまで立っていたようだ。だから、俺の行くところで何かが起これば、とりあえずSを怒れ、ということになってしまったらしい。
上司の頭は既に原形をとどめていなかった。正常な人が見れば吐き気をもよおしそうな光景だ。
道路はどこにでもある一車線のものだ。その左右には山林が広がる。宗像市は最近でこそ住宅地として発展してきたが、やはり田舎である。少し外れにいくと民家のない山地に出る。
工場もそういう場所だから建てられたのだろう。
上司の死体は山肌に放り投げた。斜面を下り、木々の間を抜けていった。
道路に血が残っているので、事件は早々と知られるだろう。
次の奴。辞めるきっかけになった上司だ。
彼は俺が姿を現すと、にこやかに近づいてきた。
「おぉ、Sか。どうした」
「お礼参りです」
上司は笑った。
「元気らしいな。何して……」
上司の言葉は途中で途切れた。俺が殴りつけたからだ。
「何するんだ!」
「俺にそんな口を叩かないほうがいいですよ」
「なにを……ふざけんな、コラァ!」
ベレッタのグリップで殴った。奴は頭を抑え、昏倒する。
「お礼参りって言いましたよ。冗談だと思ったのですか? そういえば、俺のことを不良と言いましたね?」
「言ったか?」
「とぼけても無駄です。俺があまりに仕事ができなくて『なんで言われたことができないんだ! やりたくないのか? お前不良だったろ?』と。そして、こうも言っていましたね『お前ビビリか?』」
「何が言いたいんだ?」
俺は再び上司の頭を殴った。そして、ベルトをつかみ、持ち上げた。重たい。歯を食いしばり、足を曲げ、腰を痛めないように気をつけた。
「俺を辞めさせるまで追い詰める、とかぬかしたな」
「あれは冗談、冗談だって……」
「あ? ふざけんなよ」
「なんだと」
声のトーンが変わった。低くなった。
「笑わせんな! こんなことしていいと……」
俺は上司の体を思い切りアスファルトに叩きつけた。悲鳴が上がり、のた打ち回る。
『冗談』
とてもそうは聞こえなかったが……。
頭を抑え転げる上司を、俺は踏みつけた。
「こんなこともあったか」
部品組みつけの際にあるボルトをとる作業を俺の工程があった。
インパクトというボルトやナットを締める機械を使っていた。
ある工程で俺が使っていたインパクトはちょっと特殊なもので、ボルトを抜きとり、その後ボルトがインパクトに接続しているホース内へと、自動的に吸い込まれるようにできていた。
吸い込まれるとインパクトが止まる仕組みになっている。その作業の際に、インパクトがなかなか止まらなかったことがある
俺は上司を見下ろす。
「あの時、俺に『インパクトをとめた』といった。俺はずっと止めなかった。だけどお前は『お前が止めた!』といって俺の主張を聞かなかった。俺が止めたということを無理矢理聞き出すために怒鳴り、脅した」
「違うのか?」
「あの後、俺のインパクトのホースの中が変形し、ボルトが引っかかって吸い込まれないことがわかったろ。見つけたのはお前だな。俺はその引っ掛かりのせいでお前に怒られた。お前は俺の話を信じず、一方的に俺を犯人にした」
「あのことか? そうだったのか? 悪かった、スマン」
「スマンですんだら、俺はこんなことしていない!」
「悪かった。謝る」
「ふざけんじゃねぇ!」
上司の腹を蹴った。悲鳴があがったが、きづかないふりをした。
「俺をうそつき呼ばわりの上『お前はもう信用できん』だとな! よくそんなことがほざけたな!」
「いや、あれは……」
息が詰まり、言葉が満足につなげられないようだ。
「言い訳してんじゃないよ。□■みたいに殺されたいのか!」
「その人、どうしたんだ?」
「聞いてどうすんだよ! お前には関係ねえだろが! 俺を追い出すだと! 不良だ? 常識のないのは嫌いだといったな! お前はどうなんだ? 濡れ衣着せ、脅しつけて辞めさせるのが常識か! 答えろよ!」
「ふざけんな、てめ……」
上司は立ち上がろうとした。俺の襟に手を伸ばしてくる。
俺は再び殴った。状態をのけぞらせている上司に対し、股間を蹴り上げ、指先で突く。
目はつけなかった。が、近いところには当たった。
「ぐっ」
「俺が不良だってか? ヒビリか! おとなしくしてりゃいい気になりやがって」
顔を抑えた隙に、俺は頭髪をつかみ、膝を食らわせた。
こんなのに退職まで追い込まれたのか?
それから上司の膝を蹴り、力ずくで背中をアスファルトに叩きつけた。
頭をつかみ、何度も叩きつける。そのうち反対側、つまり顔を道路に投げつける。
何度も繰り返し何度も痛めつけてやる。そのたびに上司はうめいた。
俺が手を止めたのに気がつくと早口でまくし立てた。
「すみません、もうしません。許してください」
なさけない声だが、やめるわけにはいかない。
お前の常識なんだろ?
正しいんだろ?
何とか言ってみろよ?
ぶっ殺すぞ!
S、悪かった。謝る、土下座して謝る。
俺が言い過ぎた。申し訳ありません、許してください。
すみませんでした。どうか許してください。
上司は自分が言ったとおり土下座し、額を地面にこすりつけた。
この光景を見たかったはずだ。
だが、俺の怒りは収まるどころか、ますます燃え上がった。許さん、許さん、許さん、許さん、許さん……。許さん……。許さん……!
「今までそうやって、俺のほかに何人やめさせた? 三人だったか?」
答えない。
「何とか言え! コラァ!」
上司は今までの謝罪の言葉を繰り返すだけだった。
「なあっ!」
そう叫んでやった。この巻き舌に俺はいつも悩まされていた。仕事を一生懸命しているため、厳しくなるのはわかる。しかし、部下を脅して何が楽しい。脅して仕事がうまくいけばいい。だが実際はその逆だ。
毎日のようにやられ、俺一人だけ孤立していた。職場にいる意味がわからなかった。誰も味方はいなかった。異動になればいいと思っていた。仕事にいくのがいやでたまらなかった。
許せなかった。
俺はそんなに毎日何かやらかしていたのか。悪いことなんか何もしていないのに、どうして毎日おびえなければ……。
わかったぞ。こいつは、自分に従わない奴が嫌いなんだ。こいつはロボットがほしいんだ。不器用で、言うとおりに手足を動かせない、決まったフォームで仕事できない奴は、こいつにとっては不要、またはただのゴミなんだ。指先まで細かく言った通りにしなければいけない。
それがこいつにとっての当然。こいつにとって最高の部下は、反抗することのない、こいつのフォームや癖を寸分の狂いもなく真似できる、こいつのクローン!
上司の頭を押さえつけ、懐からドスを抜いた。そして、首筋に刺し、肉を千切るようにドスを動かした。上司は動かなくなった。