表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
殺しの天才  作者: 迫田啓伸
10/134

2-2

 工場に始めて配属されたのは物を運ぶ班だった。

 これは何かというと、ラインで組み付ける部品を運び、補充する係りである。俺の場合物が大きいために大きな台車をエレカ(工場専用の電気自動車)で引っ張っていた。

 物を運ぶだけ。実に簡単な仕事だ。

 なのに、俺はそれができなくて、毎日怒られていた。台車をどこかにぶつけたりして、壊したことも一度や二度ではない。

 それ以上に『こうしろ』という注文が多かった。運ぶだけのはずだったが、次から次へと仕事が増やされ、一人では対応しきれなくなった。

 それでも『遅い』という評価だった。俺は脚を棒にして走り回って部品を届けているのに。

 ラインの人たちは何も言わなかった。しかし、俺の仕事をラインの人たちが勝手にやっているのを見て、俺は遅いんだ、と通告されている気がした。

 そのときに俺を教えた上司がいた。

『~なもんでよ!』が口癖の人だった。よく頭を使え、と怒られていた。だが俺が頭を使ってやったことは必ず怒る。こうするんだ!と。

 で、別に日にそれを実践したら、違う!と怒鳴る。わけがわからなくなった。知らないうちにその上司を避けていた。

 こんなことがあった。

 俺が運んでいた部品が足りない状態にあった。俺は急いで部品を運んだ。上司に相談すればよかったんだが、そんなことは俺の頭に思い浮かばなかった。何かあったら俺のせいになる。

 俺ではないのに、俺の責任にされたこともあった。

 それも一度や二度ではない。俺が通る道で何かが起こったら、それはすべて俺のせいになった。

 俺がかかわってない工程でもそうだった。俺が上司に何か言ってもすべて俺のせいにされて終わり。だから、俺は一人で解決するしかなかった。

 そして、俺はまたぶつけた。

 俺は泣きたくなった。

 報告したときには何も言われなかった。

 しかし、俺のせいであることには変わりない。

 そのとき、言われた。

「お前、いても何もできないんだから、帰れ!」

 俺は寮に帰って泣いた。

 この事故は俺のせいか?

 すべての要因を考えても、俺の責任なのか?

 俺はそんなにだめな人間なのか?

 その次の日、異動が知らされた。


 工場は朝勤、夜勤と一週間の交代制度で動いていた。

 朝勤は午前六時から午後三時まで。夜勤は午後四時から午前二時まで。

 来たときと帰るときの静けさが不気味だった。

 バスの中で出席を取り、いすに座る。俺はバスの運転手の顔見知りの部類になり、名前を呼ばれなくなった。

 バスの中で揺れながら目を閉じる。

 なぜか眠たい。このまま工場に着かなければいいのに。俺はいつもバスの中でこう思っていた。

 俺たちの部署からかなり離れたところのプレス機だけが動いている。規則的で、意外と響かない軽い音だった。

 詰め所、といって班ごとの集合場所がある。そこでいすに座り、一時間ばかり待つ。いつもタバコの煙が充満している。壁やテーブルは脂で汚れている。少なくとも、ここで食事はしたくない。

 周りには、同じ班の奴らがいる。俺ができない男だと知られている。誰も何も言わなくても、その場の空気だけで孤立しているのを感じる。同じ反動しだというのに、俺は誰とも会話していない。会話といえば、上司に怒られるときだけ。

 俺の非ではないときでも、面倒くさそうな表情と仕草、明らかに嫌悪している感情が見えてくる。

 ここでは誰も俺に話しかけてこない。俺も仕事の失敗だらけで、色々言われたくない。

 同じことで二回連続して言われるのは、いやだ。できるだけ、かかわりたくない。話しかけてこられないのは、ある意味ありがたい。

 真っ暗で、機械のランプだけがついていた。機械が動く駆動音だけが響いている。あたりは真っ暗。今日も怒られるのか、と憂鬱になる。俺は一生懸命やっている。なのに、誰も見ていない。見ているのは失敗したときだけ。 無機質な機械の音だけが聞こえる。休み時間には電子音の『エーデルワイス』がかかる。このときも俺は一人。

 薄暗い工場の窓から外が見える。天気がいいと、恨めしくなる。

 まるで牢屋だよ。

 一度工場が火事で、仕事が臨時休業になったことがあった。

 良かったね、と一瞬思った。

 どこがいいものか!

 その日に作る分が、他の日に回されただけだ。長い残業はさらに長くなり、休日もなくなった。俺は色々考え、行動した。しかし、正解はなかった。仕事量だけはいたずらに増えていった。

 俺はいつまで、こんなことをやっているんだと。

 女性もいる。バリバリ働いている。そんな彼女たちを見ると、俺がいかにダメ人間か思い知らされる。

 決して女性差別をしているわけではない。

 しかし、一方でこんな簡単な仕事もできない自分がいる。

 そういう事実が非常に辛かった。ダメ人間、S……。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ