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殺しの天才  作者: 迫田啓伸
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1-1

残酷描写あり。

主人公の真似は、絶対にしないでください。

 俺は公園のベンチで寝ていた。仕事もないし、ホームレスといわれても否定のしようがなかった。

 もう十月も終わりに差し掛かっていたころだった。さすがに夜風は冷たく、俺は何度も目を覚ました。それなのに、酒の余韻がまだ頭に残っていて、すぐに眠りにつくことができる。目を開けると、ほぼ真上に満月があるのを知る。

 明日は晴れるな。

 薄ぼんやりした視界はすぐに暗くなり、音も聞こえなくなった。

 だが、すぐにけたたましい音に目を覚ますことになった。

バイクのエンジン音だ。一台じゃないことはすぐにわかった。

 クソ、とつぶやき、顔を上げる。時々奇声に混じり、パラリラパラリラ~という独特の下品な音色も聞こえてきた。それで完全に眠れなくなった。

 エンジン音が止まった。

 俺は目を開け、音のほうを向いた。暴走族か。あくびが出た。本やテレビで何度も目にしているし、特に珍しいものでもなかった。そいつらは夜中であるにもかかわらず、馬鹿笑いしながら、公園の中に入ってくる。

「そんでよー、そんとき……」

「エーっ、ほんとかよ。ばかじゃねぇの」

 聞きたくなくても耳に入ってくるものなのだな。暴走族の一団から顔を背け、目を閉じる。ぎゃはははは、と耳障りな笑い声がしたが、放っておくことにした。

「おい、見ろよ。ホームレスだぜ」

 この公園には俺以外は寝ていない。暴走族はにわかに静まり返った。

「じゃまだよなー」

「やっちまおうぜ」

 時々笑い声が聞こえてくる。足音が俺のほうに近づいてくる。それでも、無視。

 再びベンチの上で仰向けになる。枕代わりにしているリュックは俺の頭にあっていた。

 公園で寝るようになってから、慣れてきてしまったようだ。

 上着のポケットに手を突っ込んだまま、俺は身動きひとつしなかった。あいつらの足音のせいで、それまで聞こえていた虫の鳴き声が聞こえなくなった。

「おい、おきろよ~」

 そういい、ベンチを蹴ってきた。木製のベンチは振動した。

「おきろって言ってんだろ!」

 怒声と同時にベンチが再び揺れた。

「きこえねぇのか! こらっ!」

 うるさいなぁ。俺はのそのそと体を起こした。そのとき風が吹き、震えてしまった。

「なんだよ」

「なんだ? ここは俺たちが仕切ってんだよ。何勝手に寝てるんだよ」

 腹のそこから出したようなドスの利いた低い声だった。俺はあくびをかみ殺し、腕を掲げ背筋を伸ばした。ちょっと運動不足なのかもしれない。首筋から肩の辺りまでがびりびりと痛み出した。

 俺にとってはそれほど不安がることもなかった。

「公園は、みんなのものだろう?」

「あぁ? 馬鹿か? このこじき野郎」

「こじきはひどいな。確かに仕事はないけど」

「てめぇ、ぶっ殺されてぇのかよ!」

 やれやれ。俺は思わずそう口にしていた。暴走族はすごんでいるつもりらしいが、まったく怖くない。俺は苦笑した。

「なめんな! こら! なに笑ってやがんだ!」

「たてよ!」

 一人が俺の上着の襟をつかみ、引っ張りあげた。

「やっちまおうぜ」

「ホームレス狩りってか?」

 ぎゃはははは。

 またも下品な笑い声。そして、こんな夜遅くに何大声だしているんだろう。あぁ、そうか。それができるから暴走族なのか。

「お前ら、俺を殺すのか?」

「いきがんなよ。おっさん」

「俺はまだ二十代だ」

「どっちでもいいや。ぶっ殺してやるよ」

 ばーか。

 暴走族はいっせいに俺をにらみつけた。暗くて人相がまったくわからない。俺の目が悪いことも一因なのだけどな。

「お前らに俺が殺せるわけないだろ?」

「なめんじゃねぇぞ!」

 一人が俺のすぐ目の前に来て、怒鳴った。俺の顔にちょっとつばがかかったようだ。袖でぬぐう。こいつら、いったい何やっているんだろう。迫力とかまったく無し。言ってしまえば、学芸会の演劇を目の前でやられているような感じ?

 どっちにしろ、俺は何も感じなかった。


 そのとき、俺はふとある出来事を思い出していた。中学だか、高校だか、どちらにしろ俺が学生服を着ていた時分のことだった。

 俺は教室のいすに座らされていた。その周りを奴らが取り巻いていた。クラスの男連中だった。そいつらは俺に白い目を向けて、口汚く俺をののしり、恫喝するように大声を投げつけた。一方、俺はそのとき、何かにおびえていて、うまく言葉が話せなかった。

 ちなみに、今でこそまともになったと思っているが、子供のころの俺の話し方はかなり変だったらしい。聞き返されることが多く、なんといっているか分からない、と言われることも多かった。授業で当てられて答えたときも、どこからともなくクスクス笑いが聞こえてきたりする。気づかぬうちに、俺は話すこと自体が面倒になり、そして気がついたときには誰かと話すことが嫌いになっていた。

 そいつらは俺を裁いていた。俺には弁護士無しの、一方的な裁判。俺が何も言えずにいると、周囲からの言葉が次々と投げつけられていた。下手なことを言えば、これはまた一方的な暴力……。

 俺は、ここまで攻められるようなことはしなかった。あいつらが、文句があるなら直接言え、と言うから、直接言ったら話を聞くのかと口にしたくなった。そう主張すべきだった。でも、できなかった。周りを高い壁のように取り囲まれ、いくつもの白い目で見下ろされ、口を挟む暇もないほど罵倒される。以前の俺は気が弱かった。何もできず、言われっぱなしになっていた。

 しかし、今思い返せば、俺はそこまでひどいことをやっただろうか?


 俺はポケットから右手を抜いた。そしてすぐに何かが破裂するような音がした。目の前の奴は吹き飛び、仰向けに倒れて腹を押さえていた。

「殺すって?」

 俺は拳銃を握っていた。銃口から細い煙が昇っていた。9ミリパラベラム弾を使用する黒の自動拳銃。ベレッタという世界中で使用されているベストセラー銃である。

 暴走族は一瞬何が起こったのかわからないようだった。銃声だって、映画とかでしか聞いたことがないんじゃないかな。

「お、おい、どうした?」

「見てわからない?」

 公園に外灯は少なく、俺がいる位置は道路の明かりも入りにくい場所になっている。しかし、俺は彼らのシルエットが見える。それだけで十分だった。

 もう一発打つ。倒れた体は一瞬大きく手足を動かした後、動かなくなった。

「おい……おいっ。何やったんだよ!」

「お前たちが俺にしようとしていたことをやっただけだよ」

 左手をポケットから出し、引き金を引く。自動拳銃だが、右手の銃と違う種類。ジェリコという名前だ。

 そして、先ほどと同じ音。パスッという音がしたが、あいつらには聞こえなかっただろう。こういう音がしたとき、弾丸が眉間に当たった証拠だ。

 もう一人が崩れるように倒れる。

「お前達さぁ、返り討ちにあうこと、考えなかったの?」

 俺の頭に痛みがあった。寝起きだからだと思っていたが、頭の中に薄く広く布がかぶさり、その布がかすかに振動を起こしているような痛み。また来た。

 そのとき不意に俺の耳元で馬鹿笑いが聞こえた気がした。すぐに自分の記憶によるものだとすぐにわかった。

 右手の奴に何発か弾丸を撃ち込み、その後左手の奴を撃つ。

「まっ、まって……が」

 暴走族は十人ぐらいか。何人か倒れた後、我先に逃げ出していった。

 俺の頭痛はひどくなり、撃たずに入られなかった。


 ギャーハハハハハ……。

 ヘーイヘーイ……。

 ヘンナオージサーン……。

 バーカバーカ……。

 ウンコマーン……。


 耳に入ってくるのは暴走族の悲鳴。なのに、もうひとつの声が聞こえてくる。また、幻聴。酒が少なかったのかもしれない。

 他にも色々な銃を扱ったが、この二つは気に入っている。マグナムもほしいが、高い。それに手に入らない。この二つの銃で使用している9ミリ弾は手に入りやすいし、使える銃も多い。

 バイクはアイドリング中。暴走族は悲鳴を上げて逃げている。それでも、周囲の住民には銃声が聞こえていたんじゃないかな。

 俺は幻聴に耐え、銃を発砲していた。暴走族の衣服とかはまったくわからなかったけれど、次々と倒れていくのがわかった。


 ナントカイッテミロ、コノイヌヤロー……。

 オラオラ、キャイ~ントデモイッテミロ……。

 キャイ~ン……。


 人影が倒れていっても、声は消えない。

 不意に自分の真の前で口を大きく開けて、見下すような目で、ゆがんだ笑顔をした奴を思い出した。そいつらは俺を取り囲み、ふざけた言葉を投げつけてきた。

「消えろ。消えろ!」

 歯を食いしばり、幻影を振り払う。言葉は口の中でとどまった。

 悲鳴を消え去り、最後の人影も倒れた。既に動かなくなった奴らと違い、そいつは方を抑え、地面にのた打ち回っていた。

 幻影が消えた後、俺の胸は熱くなっていた。俺を笑った奴らは、既に俺が探し出し、殺してやった。

 それでも、覚えているものなのだな。引き金を引くだけでは飽き足らず、力を振り絞って何かを叩き壊したい気分だった。銃だと簡単なのだが、今では物足りなくなっていた。

 初めて銃を握ったときは、それはそれで興奮したものだったが。

 俺はそいつににじり寄っていく。

「ま、まって、くるな、くるなよ!」

 俺のほうを向き、地面をはいずるように移動し、何とか俺から逃げようとしている。

「なんで、なんでこんなことすんだよ! 俺らが何したって言うんだよ!」

「俺を殺すっていっただろ。お前、人は殺すのに、自分が殺されるのはいやなのか?」

「あれは、冗談。冗談だったんだよ」

 今までにもそういって、俺の悪口を言っていた奴がいたな……。

 俺はそいつの言葉をまるっきり無視して、近寄った。自慢じゃないが、俺は足が速い。

「やめて、やめてくれ。助けてよ」

 そいつが俺に背を向けたとき、俺はそいつの背中を踏みつけ、地面に伏せさせていた。

 再び足を上げ、今度は首筋に近いところを踏んだ。


 ナントカシロ! コラァ……!

 オ、ナクゾナクゾ……。

 アイツッテ、バカダヨナァー……。

 ターコ、タコタコタコタコタコー……!


 俺はベレッタをそいつの頭に向けた。

「やめて、やめて! 助けてください、助けてください!」

「お前、俺を殺そうとして、自分がやられるのはいやなのかぁ」

「いやだいやだ、死にたくない」

「おれをなめているのか!」

 いつになくドスを利かせた。のどを狭めるようにして出すと出しやすい、俺の場合は。

 しかし、似たようなことを俺に言ってきた奴らは、平気だったのかな。俺は今ちょっとのどが痛くなってきた。無駄に怒りもこみ上げてくるし、いいことなんかひとつもないような気がする。それでも、どうしてあんなことを平気で吐ける奴らがいるんだろう。

「なんだよ、助けてよ。謝っているじゃないか」

「何」

「あ、いや、すいません。助けてください」

 暴走族、泣いてる。

 ちょっと待てよ。俺は、暴走族でもない奴らに泣かされ続けてきたのか?


 オマエ、フザケンナ、コラァ……!

 イテモジャマダカラ、カエレ……!


 以前なら、ここで許してやっていた。そのせいで、おれは……。

「お前、ニュース見る?」

「いえ、あまり」

「宗像市での事件、知っているか?」

 はい、はい、と消え入りそうな声を出した。

「詳細、いえる?」

「はい、一晩で殺人や放火が相次いで、死んだのは百人ほどで、犯人は一人だと」

「正確には死傷者が百人。ケガ人も含めての数なんだ。それに、犯人特定されてるんだよね。名前、わかる?」

「宗像百人殺しの『S』」

「そこまで言えたら、俺が誰かわかるかな。手配書の似顔絵はまったく似てないけど」

 まさか。そう口にしたとき、俺はベレッタとジェリコの引き金を引いていた。


 俺は暴走族のズボンを探った。金を取るためだ。

 食うものはゴミ箱をあさればいいが、弾丸の補充とかには金がいる。最近の子供は結構金を持っているものだな。重ねて分厚くなった一万円札を懐に入れ、財布を捨てた。

 財布の持ち主は、とても見られた姿ではなかった。

 この町に来たばかりだというのに、もう離れていかなければいけない。

 特に感傷なんかない。どうせすぐに出て行くつもりだった。

 公園内に倒れている死体を見回した。もし、俺が普通のホームレスだったら、こいつらにどういう思いを持っていただろう。仮に殺されるにしても、何を考えていただろう。

 遊びと称して、俺一人を何人かで取り囲む。後ろから尻を蹴り無様によろめく俺の姿を見てげらげらと嘲笑う。ちょっと抗議すれば、本気になって馬鹿じゃないか、と笑われる。

つくづく声が小さいことが損だと思い知らされた。だが、俺ごときが『障害がある』といえば、本当に障害を持っている方々に失礼だろう。

 考えてみてくれ。尻を蹴られてよろける姿って、結構無様だぞ。

 公園を出て、少し歩く。振り返ると、アイドリングしたままのバイクが道路上に止まっている。今ではもう乗り手がいない。

 公園内に明かりはなかったが、街頭はこうこうとバイクを照らし出していた。

 右手をポケットから出し、上着の後ろのすそをめくってその中に入れる。

 背中にホルスターがある。皮の感触を手探りで探し、ボタンをはずし、銃を取り出す。

 出てきたのは銀の銃身の、リボルバー銃だった。外見にこれといった特徴はなく、西部劇で使っているような普通の拳銃を思い浮かべてくれれば十分だろう。

 ただ、この銃の全長は38センチ。重さが2キロ。日本の警察官が持っている銃=ニューナンブは約20センチと約700グラム。比べてみたら、この銃の大きさが少しは分かるかもしれない。

 俺が取り出した銃は『S&W M500』アメリカの銃だ。9ミリ弾ではなく、50AEというかなり大き目のマグナム弾丸を使っている。高価なのは言うまでもない。それに五発しか弾をこめられないため、あまり無駄には使えない。

 俺はM500をバイクに向け、発砲した。ベレッタ、ジェリコと違い俺自身の鼓膜も突き破りそうだった。周りにも民家がある。丸聞こえだっただろう。

 しかし銃声の後、それよりも何倍も大きな爆発音が響いた。ガソリンが引火したのだ。その爆発は別のバイクを誘爆させた。かすかな地響きが連続して足元に伝わってくる。

 俺は帽子をかぶり、その場から走り去った。帽子はある工場で働いていたときに使っていたものだ。

 民家の明かりが次々とつき始めた。見つかるかもしれない。不安になっていた。銃をしまい、全力で走った。走っているときの鼓動とは別に、全然違う箇所からのプレッシャーがかかっていて、息苦しかった。

 不安になりやすい癖。これはまったく直っていないらしい。


 やがて消防車とパトカーが来たが、俺は何食わぬ顔で、裏路地を歩いた。下手に動揺すればかえって怪しまれる。この町に来たばかりのホームレスを装い、成り行きを見守るふりをした。

 ガソリンは可燃性の液体だ。マイナス二十何℃かで気化し、しかも爆発しやすい。

 それに、なぜガソリンでエンジンが動くか。それが理解できればわかりやすいだろう。ガソリンがエンジンの中で爆発し、ピストンを動かす。それが高速回転によるエネルギーを生み、タイヤに伝えているからだ。エンジンの中では稼働中は絶えずガソリンの爆発が起こっているのだ。設計されつくしたエンジンの中で。

 それが何かの衝撃で破られれば、空気やガソリンが入っていけない区画への突然の移動、その他の理由で引火してしまう。

 あれだけ派手な爆発だと誰かが通報していただろう。していないとおかしい。

 そのころになると、俺の幻聴も幻覚も消え、落ち着いてきた。

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