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私とせせらぎ


 幼女が声を上げた瞬間、被せるように、別の声が、彼方から響いてきた。公園の傍を、一台の車がゆっくりと通り抜ける。スピーカーが装備されたその車は、選挙カーだった。必死に、「有野間、有野間ツヨシをお願いします。絶対党!」と叫んでいた。どこかで聞いたことのある名前だ。

 うるさいな、死ねくたばれ、と思いながら、女子高生のことを見ると、驚く。何故なら、女子高生の体が、ぶるっと震えたからだ。そのまま達磨のように、転がりそうになった。

「大丈夫?」

 思わず、そう声をかけていた。女子高生は返事をする代わりに、大きくため息をつきながら、立ち上がると、静かに口を開いた。

「あの選挙カー」

「え? あ、あぁ、あれが、どうしたの? 凄いうるさいけど」

「あそこに乗っている人、私の友達の兄、なんです」

「え、そうなんだ……」うるさいと言った手前、上手く返せない。

「有野間ツヨシ、【返り討ち事件】って、知ってます?」

 女子高生は、誰に問うているのか、わからなかった。自分自身に問い糾すように、言葉を吐き続ける。

「ネットで、少し話題になった、……あ、あの人が、そうなのか」

 【返り討ち事件】――その名前で、自分の記憶が蘇る。そうか、だから、有野間という名前に聞き覚えがあったのか。

 返り討ち事件とは、数年前に起こった騒動だ。とある政治家になりたての若者がいた。彼の世間での評判は上場で、若者を中心に、応援されもしていた。次の世代に移り変わった時に、重要なポストへつくだろうと、思われたいた。しかし、その期待が、ある日、壊れたのだ。その若者は、痴漢をしてしまった。仕事場へ向かう間に、電車内で、女子大生の尻を撫でていたという。あっという間にそれは世間に知れ渡り、若者は一瞬にして、窮地へ立たされてしまう。その若者は否定していたが、痴漢とは、男性が捕まった瞬間に、全てが決まるといっても過言ではない。

 これについて、もっとも声を大きく批判したのが、若者の所属する政党が敵対する、野党に所属する、とある議員だった。彼女は、女性の支持率が高い。鬼の首を獲ったかのように、若者を否定し、自分の支持を集めていた。

 が、事件は簡単に終わってしまう。なんと、女子大生は、痴漢をでっち上げたと、証言したのである。しかも、その女子大生は、その議員が開くお茶会の常連であり、……そう、この痴漢は、議員が陰謀した嘘だったのだ。これについて、その議員は容疑を認め、捕まった。ちなみに、「自分よりも若い女性がチヤホヤされるのがにくかった」と意味不明な言葉を残した。

 若者であった、「有野間ツヨシ」は、絶対領域アフター以外の女性には興味が無いとだけ、言葉を残し、消えてしまった。それから、数年ほど立って、突然戻ってきた彼は、絶対党という名の党をかかげ、この世界に殴りこんできたのである。


「昔は、自分の好む女の子を盗撮していた、おかしな人だったんですけど、今は、もっと変わりました」

「噂だと、黒い繋がりがあった、と聞いたことがある」

 その女子大生が証言したのも、アネゲスが簡単に折れたのも、裏に協力な力が存在していたからではないか、と話題になったことがあった。今は、もう完全に消えたけどね。

「別人ですよ。今、目指していることが何か知っていますか?」

「いや」マニフェストとか読んだこと無いし、選挙にも行ったことの無い人間にはわからないのだ。

「徴兵令」

「え? そ、それは、無理でしょ」

「強い軍隊を作り上げることが、望みみたいです」

「戦争でもする気なの?」

 そう問うと、女子高生は首を横に振った。

「私も、一度、そう聞いたことがあるんですけど、違うって」

「んじゃ、何?」

「生き残るため、だって」

 女子高生が、深いため息をついた瞬間、足元でくるくる動いていた幼女は、「つまんない!」と声を張り上げた。

「あ、そ、そうだったね、君のこと、すっかり忘れていたね」

 女子高生は、幼女の手をぎゅっと強く掴むと、視線を外へ投げた。

「では、私達は、一度、この子の家に行ってみます。もしかしたら、お姉ちゃん、帰っているかも」

「いないよ」

「そんなこと言わないで」

「いないもん!」

 幼女は頑なに動こうとしない。これだから、と自分はイライラしていると、偶然ポケットに忍ばせた手に何かがあたる。……それは、あの時に拾った飴だった。そうだ、この飴でも渡して、この幼女の機嫌をなだめよう……。

 そう思った。

 が、辞めた。

 何故なら、この幼女が、この飴を姉から貰っている可能性が高いからだ。同じのおねえちゃんから貰った、なんて言われたら、この女子高生に何か勘付かれてしまうかもしれない。だから、辞めておこう。


「ごめんね、私、これから仕事だから、もう帰るね」

 そう言って、手を合わせると、幼女は「えー、まだあそぼう」と嘆く。「駄目だよ、お仕事があるんだって、わがままいわないであげようね」と女子高生はなだめる。

 そのまま立ち去ろうとすると、「あ、待ってください!」と、女子高生に呼び止められた。

「な、何?」内心びくつきながら、問う。

「これ」

 女子高生が差し出したのは、一枚の紙だった。名刺、だ。クリーム色の紙に、黒い文字が綺麗に綴られている。

『見汐探偵事務所 見習い 会川看奈あいかわかんな


 と書かれていた。

「探偵?」

「まだ女子高生だから、見習いですけど、ここでアルバイトさせてもらっているんです。裏に、電話番号が書いてあるので、もしあの子の姉を見つけたら、電話ください」

 そう言って、ぺこりと頭を下げた。

「ふーん、面白いね。でも、どうして、探偵なんかに? 探偵って、理想と違うってよく聞くけど」

「友達を探しているんです」

「友達……」

「はい」

 会いたいんです、と声に出さずとも、そう聞き取れた。


 さて、さてさてさて、我が家に戻り、風呂へ向かうと、むっとする臭いが漂っていた。少し放置しただけなのに、もうこの臭いは凄いね。

 ゴミ袋を、四重にして、その中に入れた。一つ一つきつく締めて、上から洗剤やら色々かけて、やっと臭いが消えた。

 それを、そのまま放置して、私は目を瞑る。

 あの幼女に、お姉さんがいたよ! と言って、袋を開けたら、どうなるんだろう? と想像すると、自分は笑っていた。

 まぁ、冗談は置いといて、そうだね、山へ行こう。そこに埋めよう。運がよければ、見つからない。悪ければ、見つかる。

 久しぶりに、胸がときめいた。


 何故か、私の向かう山の空は、赤と黄色を混ぜたかのような、不気味な色を放っていた。

 なんだか、出そうだなぁ。

 宇宙人とかさ。



 【終】


これにて、『せせらぎのかすかな香り』は終了です。女子高生と有野間ツヨシは、私の執筆した『システムE ver2』に少し登場します。フリーターは、『システムE ver2』の『ver.029 『アンチマザーコンプレックス』』にわずかに登場します。

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