再び
学校にテロリストが襲ってきたその日から、いつも『狩り』の次の日は学校を休むようにしていたができるだけ登校するようになった。
「上矢さんっていつもどっか怪我してる?もしかして意外とドジだったりするの?」
そのせいで学校内ではあまり親しくなかった人たちにまでこんな感じで話しかけられるようになった。先日のテロの一件で、いつもはあまり目立つことはない若干不真面目な女生徒、という帷月の評価が少しばかり変わってしまったようだった。帷月はその目つきや態度からあまり人を寄せ付けないタイプだったのだが、最近はクラスの女生徒たちのたわいない話に巻き込まれることが多くなった。帷月が巻き込まれる、ということで半必然的に海月もその話に巻き込まれていった。
そんな普通じみた学校生活もなかなか乙なもんだと、二人はそれなりに割り切っていたからか、あまり悪い気分ではなかった。帷月の方は大勢の同年代の女の子たちに囲まれて・・・というのはあまり慣れていないのと元々苦手なのとで少し場違いな気分だったが。
このままテロリストたちの報復がなく平和に終わればいい、と二人とも願っていた。が、そんな願いを「はいそうですか」と受け入れてくれるような相手でないことは他の誰でもない、帷月たちが一番よくわかっていた。
そして数ヵ月後、起きてほしくなかった二次災害がやってきた。
さすがに二度目で何か学んだらしく、先に放送室が占拠された。故に人によってテロリスト侵入が伝えられたので帷月のもとまで情報が回ってきたのはかなり遅かった。
「テ、テロリストがっ。またあのテロリストが侵入してきた!」
息を切らして叫ぶようにそう言って、一人の男子生徒が教室に飛び込んできた。その男子生徒の切羽詰ったような蒼白な表情を見れば、誰であっても事態の深刻性がうかがえただろう。
「今、ヤツ等はどこに?」
真っ先に昌人が男子生徒に駆け寄って落ち着かせながらそう聞いた。
「一階はもう駄目だ。今はもう二階もほぼ占拠仕切っているかもしれない・・・」
帷月たちのいるここは丁度校舎の四階。このペースで来れば、ここまで占拠されるのにそう時間はかからないだろう。警報は鳴っていない。ということは〈教会〉に連絡はいってないのだろう。おそらく目当ては帷月一人。ならばこちらから出向いた方が他生徒への被害は小さくてすむだろう。が、相手はまさか丸腰でこんなところまで来るはずがなく、確実に銃などの武器を所持しているはずだ。とすればこちらが丸腰で行ってもさすがに勝ち目はないだろう。
帷月は制服の内ポケットから素早くケータイを取り出すと迷わず新庄の番号で発信した。
[どうした]
電話の奥からいつもの聞きなれた声が聞こえた。
「学校に先日のテロリストが再び侵入してきました」
新庄が息を呑むのが電話越しでもわかった。
[こっちに連絡はきてないぞ?]
「すでに一階が制圧されています。警報器を抑えられたようです」
[・・・わかった。すぐに隊長に知らせる]
そう言ってから、新庄が電話を切る前に帷月は言葉を続けた。
「先に制圧させてください」
電話は沈黙した。おそらく切れてはいない。やがて新庄が重々しく口を開いた。
[・・・どうせ止めても適当に言い訳を並べてやるんだろ]
若干ため息交じりなのは聞き間違いではないだろう。本当に・・・新庄は帷月がやろうとする事をよくわかっている。
[発砲許可は出せないぞ、少なくとも今すぐには。それでも、やれる自信があるか?]
「先生、それ誰に向かって言ってるんですか。私は『ヴァンパイア』ですよ?」
それでも新庄はあまり行かせなくないようだった。今後の帷月たちの学校生活とか、余計なことをあれこれ考えているのだろう。帷月にとってはそんなもの、テロリストを殺すことに比べたらさして重要ではない。
かなり渋った末に、新庄はやっと了承した。
帷月はケータイをしまい、二階まで駆け降りた。その後ろから海月がついてくるのがわかった。
「この間の奴の仲間か?」
帷月は背後からそう冷たく言い放った。
「そう言うお前は、わざわざ殺されに来た馬鹿か?」
一人の男が帷月を睨んでそう言った。帷月は全く表情を変えず、無表情のままで淡々と言葉を続けた。
「私の質問に答えろ」
そんな帷月の様子に男は眉をピクリと動かした。動じなかったことに苛ついているのだろう。わかりやすくて短気なヤツのようだった。
「おいてめぇ、自分の立場わかってんのか?」
だがそんな男の言葉を帷月は完全無視して更に言葉を続けた。
「そんな簡単なことも答えられない脳味噌しか持ってないのか。ただのスポンジだな」
帷月は挑発的に口の端をつり上げて蔑むような笑みを作った。案の定、逆上した男はアホみたいに真っ直ぐ突っ込んできた。帷月は少しだけ手を動かしてものの数秒で男をねじ伏せた。
文字通り瞬殺だ。
「な、何モンだこの女っ!」
完全無視を決め込んでいた周囲も、これにはさすがに驚いたようだ。が、相手はあくまでもテロリスト。さすがに恐れをなして逃げることはしなかった。その代わりに、帷月へ向けて一斉に銃を向けた。
「・・・武器、持ったな?」
が、まさにそれこそが帷月の第一の目的でもあった。
これで正当防衛が成り立つのだから。つくづくテロリストの心理は単純で助かる。
帷月はとりあえず武器なしで的確に急所を狙い、意識だけをおとした。さすがに生徒がうじゃうじゃいる中でどうどうとナイフで殺すことはできなかった。
「うわ、激弱」
海月が帷月の後ろからひょっこりと顔を覗かせて言った。それから無駄に場所だけとる意識のないテロリストたちを先生に預けて、帷月は情報収集にあたった。放送室を中心に一階を完全に本拠地にされているようだ。
階段からこっそりと下の様子を窺うと、どこもかしこも武装したテロリストたちばかりだった。
「いったいどうなってんだよ、この学校のセキュリティーシステムは」
帷月が舌打ちしながら顔をしかめて言った。
「後でちょこっといじっとこうか」
帷月の愚痴に海月が答えた。
「許可とれたらそうした方がいいな」
帷月はそう言って頷いた。
「おいてめぇらっ!そこで何こそこそしてやがるっ!」
そこで階段の一番近くに陣取っていた一人の男が帷月と海月を見つけて怒鳴った。
いちいちうるさいヤツらだ、まったく・・・
帷月は内心うんざりしたように愚痴った。テロリストは何でも怒鳴れば脅しになるとか考えているのだろう。実に浅はかな考え方だ。
「お前らの観察」
帷月はできるだけそのイライラが表に出ないようにして言った。ついでに、その答えはあながち間違いではない。
「なんだ、この小娘。二階の奴らは何してやがる」
「あぁ・・・アレ、私が沈めた」
帷月のその言葉にはさすがにかなりの人数が反応した。こんな小娘に一体何が出来るというのか、というかなりの疑いの視線があちこちから向けられる。帷月的には、見くびってんじゃねぇ、とかなりムカつく態度だ。見た目や性別だけで下に見られるのは帷月にとっては耐え難いことだった。
「・・・私をそこいらの女子高生と一緒にしない方が身のためだな」
帷月は思わず挑発的にそう言ってしまった。背後で海月がため息混じりに呆れていることは言うまでもない。
たかが一人の女子高生になめたような口をきかれて黙っている程、テロリストたちは穏和じゃない。・・・まぁ当たり前ではあるけれど。
が、テロリストもただのバカじゃない。帷月の言葉がホントかウソかはわからないが、一階まで帷月たちは降りてきているのだ。用心に越したことはない。
テロリストは単体ではなく集団で一斉にかかる戦法を選んだようだった。
帷月にとっては虫けらが一匹で来ようが何十匹もの大群で来ようが変わりはなかった。所詮、一匹ずつがただの虫けらにすぎないのだから。
「あ、海月。少し頼みがある」
「何?」
一応聞き返してはいるが、海月には大方予想がついていた。
「急いで先生に発砲許可取ってくれ」
やっぱり・・・
「りょーかい」
予想的中。
海月はスタンバっていたケータイをすぐに新庄につないだ。発砲許可が出るまで、帷月は武器持ちのテロリストに素手で応戦していた。これでも急所を的確に狙えば気絶させることくらいは十分可能だ。特に機会鎧の右手の拳はかなりのダメージを与えているように見えた。
一方、新庄の方はかなり渋っているようで、発砲許可はなかなか出ないようだった。
さすがに武器持ち相手に素手では限度というものがある。帷月はやむを得ず、ポケットに忍ばせておいたバタフライナイフを出して応戦を始めた。銃撃もだんだんとその激しさを増していった。
「帷月・・・?」
背後から聞きなれた少女の声が自分の名を呼んだ気がした。幻聴だと思いたかった。応戦の合間、目だけで一瞬視界に入った。
階段の影に隠れるようにしてこちらを見ている女生徒―――――葵だ。
「・・・ッ、バカか。何で来た」