対面
午前零時。帷月と海月の二人はテロリストのアジトまで来ていた。
銃は帷月が五丁、海月が二丁持っている。
帷月が手に持った銃の安全装置を外した。
海月と帷月はお互い目で合図して同時に鉄の扉を蹴破り、中へ銃を向ける。中で溜まっていたテロリスト共が一瞬固まる。
「何モンだ、てめぇらッ!」
しかし、すぐに若い小娘二人だと確認し、声を荒げて威嚇する男共テロリスト。
「『ヴァンパイア』だ」
テロリスト共とは逆に静かな口調でそう言って帷月は唇の端を吊り上げて笑った。
「喜べ、我が弾を受けて地獄へ落ちれることを・・・ッ」
パンッ
銃声が響いた。帷月が一人の男の頭をぶち抜いたのだ。帷月の持つ銃からはまだ微かに煙が出ている。それを合図として激しい銃撃戦が幕を開けた。
時々海月からの援護射撃があるだけで、ほぼ一人でテロリスト全員を相手にするのは帷月にとっては慣れたことだ。
痛みを意識の外へとばし、ただ自分の弾を正確に相手の急所にぶち込むことだけを考える。殺した相手から銃を奪い取れば銃は相手が全滅するまで無限にある。
返り血が帷月の体にまとわり付く。もはや自分の血か相手の血かの区別も付かない。
・・・チッ・・・。さすがにキツいか
小規模テロリストたちとはいえ、『将軍のお膝元』としてそれなりに知れ渡っている有名なテロ組織だ。戦い方も今まで殺ってきた雑魚とは違ってきちんと訓練を受けている戦い方だ。
「・・・」
最後の一人になった時にはすでに帷月は少しばかり息が上がっていて、いつもよりも体力を消耗していた。
「お前が名高い『ヴァンパイア』か。本当に一人で全滅させられるとは・・・思わなかったな。だが・・・ここで大人しく引き下がっては死んでいった同士に顔向けできない・・・ッ!」
この男はテロリストのリーダーだったようである。懐からナイフを引き抜くと帷月に襲い掛かる。
「・・・ッ」
帷月はとっさに右手で防ぐ。不快な金属音が響いた。
「・・・ッ?何か仕込んでいるのか?」
男はナイフで帷月の服の袖を切り裂いた。帷月の右腕が現れる。
パパンッッッ
帷月の銃弾が男の頭部と胸部をそれぞれ捕らえた。
「銀・・・の・・・」
男はその言葉を最後まで言うことなくその場にくず折れ、ピクリとも動かなくなった。
「死んだ・・・か・・・」
帷月が深く息をつく。そして戻ってくる激痛。
海月が持ってきたコートを着て、フードをかぶる。その時、バタバタと慌ただしくこちらに近付いてくる足音があった。
「見つけたぞ『ヴァンパイア』!」
野太い男の声が響き渡った。そして十人ほどの男女が部屋へ入ってきた。
「隊長・・・もう終わっています」
その内の一人が先ほどの野太い声の主、隊長に言った。帷月がくるりとそちらへ振り向いた。
「お初にお目にかかります。〈教会〉さん」
「フードを外して顔を見せろ『ヴァンパイア』」
「挨拶なしでいきなりですか?せっかちですね・・・。嫌に決まってるじゃないですか」
帷月は少し嫌味ったらしく、しかしハッキリとそう言った。
「我々はこれからテロリストと全面戦争をするつもりだ。君たちに力を貸してもらいたい。・・・隣にいるその子も仲間か?」
隊長は海月を指差した。
「あぁ・・・でもまぁこいつは人を殺したことがないですけど」
帷月は不気味に笑って見せた。
「・・・『ヴァンパイア』。お前の名前はなんと言う?」
「簡単に教えるつもりなら、最初っから言ってると思いません?」
帷月は当然のようにそう言った。
「・・・でもまぁ、いつも死体の片付けしてもらってるのは本当ですから、お礼と言うことでヒントのキーワードを与えましょう」
「ヒント・・・だと?」
「はい。一つ目のキーワードは『爆発テロ』です。これから皆さんが私たちを見つけることができたら、一つずつヒントのキーワードを教えてあげます。そのキーワードで私の正体を突き止めてみてください」
「何をのん気に・・・ッ」
にこやかに言った帷月に隊長がカッとなった。
「勘違いしないで」
しかし帷月の冷たい言葉が響き渡り、隊長の動きを止めた。
「これはゲームです。利用できるものは全て利用しつくす、自分がクリアするためだけのゲームにすぎません。そして・・・そのゲームのプレイヤーは私です」
隊長は言葉に詰まったようだった。
「私からの話は以上ですが、あなた方はまだ何か?」
帷月が聞くが向こうからの反応はない。
・・・何だ。腰抜けばかりじゃないか
その時、またあの隊長の野太い声が響いた。
「お前が信じているものはいったい誰だ?」
『誰』と聞いてきたところに帷月は少し感心した。『何』ではなく、あえて『誰』と聞いてきたのだ。
「唐突な質問ですね。質問の意図が分かりかねますが・・・さぁ、誰でしょうかね・・・?」
「いないのか?」
「まさか。いますよ、私も人間ですから。数人ですがいますよ」
「その中に我々は含まれていないのか」
帷月はその言葉があまりにバカみたいで思わず笑ってしまった。
「何言ってるんですか?信じていたらこんなことしてないと思いません?・・・言っておきますけど、あなた方を簡単に信じられるほど、私の過去は幸せではありませんでしたよ?」
帷月がそう皮肉っぽく言うと。相手は完全に沈黙した。
「それでは、また会う日まで」
帷月と海月は夜闇の中に姿を消した。
残された十人ほどの〈教会〉の隊員はもはや言葉も出ない。その中で思考をまともに働かせることができているのは、帷月と話していた隊長と、新庄、九条、シュナの四人だけだった。
「隊長・・・よかったんですか、『ヴァンパイア』を逃して」
九条は隊長の側に近寄った。
「かまわん。どうやらあの娘、かなり手強そうだ」
当たり前だ、と九条は思った。
あの娘が今までいったいどんな思いをして生きてきたか、どんな苦難があったのか、そんなことの知らない奴にあの娘を理解する資格なんて、ましてや飼う資格なんてあるワケがない。
「おい貴様らッ!本部へ帰ってここ十数年の爆発テロに関する資料を根こそぎ集めて調べ上げろッ!」
はっ!、と隊員が一斉に敬礼して本部へ帰っていく。
それに紛れて帰ろうとしていた新庄を隊長は呼び止めた。
「新庄」
新庄は振り返って隊長の方へ歩み寄る。
「何ですか」
自然と新庄の目は探るような目になった。
「お前はあの娘をどう思う?」
「どう・・・っと言われても・・・よく分かりませんが」
「お前はあの娘と親しいんだろ?」
新庄の目が大きく見開かれた。
・・・まさかとは思ったが・・・本当に隊長は知って・・・?
「隠さなくてもいい。別に追求もせん。だからお前の主観で今まであの娘がどのように見えたか教えてくれ」
新庄はしばし考え、やがてハッキリと言った。
「アホですね」
ぷっと隣で吹き出す音が聞こえた。吹き出したのはシュナと九条だ。
「さすが新庄、ハッキリ言うな・・・」
「まぁ・・・いきなり“アホ”はあの子がいたらスゴイ口論になりそうね」
「いや、間違いなくなるだろう、それは」
二人の笑い混じりの会話にムッとしかめっ面になる新庄。二人につられて隊長も笑い出した。新庄は・・・ますます顔をしかめた。
「別に、ウケを狙った発言ではありません・・・」
「ククッ、まぁいい。あの娘に戦闘方法を教えたのはお前らか?」
三人は揃って肯定する。
「じゃあお前らはあの娘が誰なのか知っているワケだ」
また三人は揃って肯定する。
「・・・で、教える気はないと?」
またまた三人は肯定する。
それに隊長は頷き、それ以上は何も言わなかった。