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黄昏の悪夢


 女にしては鍛えられすぎた細すぎない腕の筋肉。・・・そんなことより、何よりその場の全員を強張らせたのは・・・帷月の腕に残る無数の痛々しい傷跡。

「これを見ても・・・お前はまださっきと同じ言葉を言うことができるか?」

 葵はなんとも言えない衝撃的な顔をしていた。・・・でも、葵は決して目を逸らさなかった。帷月のことをずっとちゃんと見ていた。

 帷月は袖を下ろして、葵と背中合わせになるように座った。自分でも不思議だった。何故、葵に真実を話したのか。全く喪って自分の行動が理解不能だったが、それでも帷月は本能的に葵に話した。

「葵・・・十年前のテロ、覚えている?」

「十年前・・・?」

 葵が首を少し傾げた。この頃はもうテロなんて珍しいことじゃないからどのテロか分からないのだろう。

「黄昏の悲劇・・・と呼ばれる歴史上最大のテロのことだよ」

 海月は静かに補足的に言った。葵もハッとしたような顔をした。


 十年前、丁度黄昏時のテロだったことがこの名前の由来らしい。東京の、当時ここいらでは一番大きく賑わっていた神矢百貨店でそのテロは起きた。大規模な爆発テロだった。なんとも計算高いテロリストの仕業で、事前に火災報知機が壊されていたことが分かっている。百貨店は一夜にして灰と化し、死者は三千を超えた。その時、丁度その時刻に運悪く百貨店にいた人間はほぼ全員が死んだ。三千、という数字はかなり曖昧で、まだ人の形を残していた人間の数だ。跡形もなく灰となった人間も合わせると、もっと多くの人が死んだと分かる。

「そのテロが・・・何か関係があるの?」

 葵が少し不思議そうに聞いてきた。葵のその質問に、帷月は首を上下に振った。

「・・・『ヴァンパイア』が生まれる・・・引き金となったテロだ」

 それから帷月は遠い昔の、忘れようとしていた悪夢のような記憶を一つ一つ、丁寧に掘り出して語った。

「私はそのテロの・・・数少ない生き残りの一人だ」


 十年前、当時八歳だった帷月は父親と母親と兄の四人で神矢百貨店に来ていた。四月四日午後四時四四分。テロリスト共が好きそうな時間帯だ。その黄昏時、百貨店に爆音が響き渡り、最上階のワンフロアが一瞬にして吹き飛んだ。そして・・・そこは灰と化し、真っ赤な炎で包まれていた。たぶんそこにいた人間は即死だろう。実際、最上階は消化後、何も残ってはいなかったらしい。

 その後、立て続けに十回ほど爆音が響いた。帷月はそれが恐ろしくて母親の手をすがりつくように握った。爆風で吹き飛ばされて帷月は意識を失った。次に目を開けたとき、そこは火の海だった。

 そう・・・まさに悪夢のような光景だった。

 火に追われ、必死で逃げ惑う人の群れ。でも結局最後は真っ赤な炎に呑み込まれた。

【・・・・・テロだ。テロが起きたんだ】

 幼い帷月でもそれはわかった。

【・・・・母さんは?】

 帷月は今も母親の手を握り続けている。その手の先を目で恐る恐るたどっていった。

「・・・っ」

 帷月は焼けた喉を引きつらせた。今まさに帷月は母親の手を握っている。だが母親は手から肘までのみを残してその姿を灰に変えていた。すぐ傍には人型の真っ黒い墨の塊があった。おそらく父親の焼死体だ。確かに原形をとどめてはいるものの、誰なのかの判別はもはや不可能だった。

【母さんが灰に・・・父さんが墨に・・・兄ちゃん・・・兄ちゃんは!?】

 帷月は一縷の望みを賭けて、必死に顔だけを動かして探した。兄はとても近くにいた。

【兄ちゃん・・・よかった】

 帷月はホッとした表情を浮かべた。

「帷月」

 兄は小さく名を呼んだ。

「俺はもう駄目みたいだ・・・助からない。お前も見ただろ?父さんも母さんも死んだ。・・・いいか、お前は何としてでも生き残るんだ。あいつを・・・絶対一人になんかするなよ。・・・二人で父さんたちの分まで・・・二人で生きるんだ・・・」

 そしていつものように微笑んで、それを最後に兄は帷月の目の前で紅の炎に呑み込まれた。

「いやあああああぁぁぁああぁあっっっ!!!」

 帷月は焼けた喉をこれでもかっというほどに震わせて絶叫した。そしてギラギラと嫌らしく光って燃え上がる炎と焼け付くような煙が渦巻く中、帷月の意識はプツンッと途切れた。

 次に目を開けたとき、最初に目にとび込んで来たのは病院の白い壁。

 ぼやけた視界がだんだんと鮮明になってくる。体中が痛む。でも、右腕の感覚だけはない。

〈ねぇ、知ってる?あの女の子〉

〈あぁ、八歳の子でしょ?あのテロの数少ない生き残りの中の〉

〈そうそう。あの子、このテロで両親とお兄さんを亡くしたらしくて・・・〉

〈自分も右腕切断って・・・かわいそうよね〉

〈ホンット、もう許せないよ、すごくかわいい子だし、神様は何をしてるんだか・・・〉

 そんな看護師たちのささやき声が聞こえた。

【あぁ、私はまだ生きているのか・・・】

 帷月はただそのことに絶望を感じた。こんな無様な姿になっていても、自分はまだこの世界に存在しているのか・・・と。

 怪我も体力も半年ほどで回復した。

「痕は残るな」

 医者にそう言われたが、それでいいと思った。体中の火傷の痕が帷月の生きる存在理由となってくれるから。

 帷月の主治医は新庄俊明。若いが腕は確かな男の医師である。普段はかなり怖く、厳しくてなかなか近寄りがたい雰囲気だが、実は意外と優しかったりする反則的な医者である。実はこの医者も十四の頃にテロによって孤児となっている。それからすぐに対テロ組織〈教会〉に引き取られ、そこで戦闘訓練と医療技術を学んでいた。よって、当時はまだ十八だったが立派に医師として働いていたのである。

ある日のこと、新庄が傷の具合を調べに帷月の病室までやってきた。

「新庄先生」

「あん?」

「私・・・新しい腕が欲しいです」

 新庄は面食らった顔をしたが、すぐにいつもの顔に戻った。

「あぁ・・・いい技師、紹介してやるよ」

 なんとなくその声が悲しそうに聞こえたのは錯覚ではないだろう。

「ありがとうございます」

 それも全て理解した上で、帷月はそう言った。

「・・・一つ、言っておく」

 新庄は帷月の頭の上に手を乗せた。

「お前だけが背負い込む必要はない。お前の片割れが寂しい思いをするぞ」

 それだけ言うと新庄はその場から立ち去っていった。


 そしてその新しい腕と共に『ヴァンパイア』が生まれた。


「これが十年前の真実だ」

 帷月は今更ながらに、本当に話してよかったのだろうかと思う。

「じゃあ・・・『ヴァンパイア』の双子は・・・」

「私たちのことだ」

 帷月は心中の疑問を悟られないように静かに、しかしきっぱりとそう言った。

 葵は自分を恥じた。こんなつらい過去を思い出したい人間がどこにいるというのだろう。友達だからと簡単に話すことができる者がどこにいるというのだろうか。自分はわざわざ消し去りたい過去を掘り起こさせてしまったのだ。

 しかし、全ての謎は解けた。体育の時間は大体見学しているし、夏の猛暑日でも半袖になったことは一度たりとも、見たことがない。

 帷月は無言で立ち上がって歩き出した。

「帷月・・・」

「話は終わった。風呂に入ってくる」

 風呂場に入ってドアを閉めてからボタンをはずしてブラウスを脱ぐ。鏡で自分の姿を見る。帷月の右上半身に大きな、とても大きな火傷の痕がある。そして右腕、鈍色に光る機械鎧。

 結局あのテロの後、三人の死体は見つからなかった。三人とも完全な灰になってしまったようだった。その中から唯一発見されたモノは、その日母親が身に付けていたガーネットのペンダント・・・。帷月はこれを肌身離さず持っている。鎖が焼けてボロボロになってしまったために首にかけるという本来の使い方はできない。それでも鎖を新しいものに変えるのは憚られた。

 ・・・私はいつまでこの過去を引きずりながら生きていく・・・?


 帷月はシャワーを浴びながら思う。一緒に過去も何もかも洗い流されてしまえばいいのに・・・。



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