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ヴァンパイア



「すごかったよ、帷月!」

 帰り道、まだ興奮している葵が帷月に抱きついてきた。

「どこが?痛かっただけだ・・・」

 帷月は顔をしかめる。どうやらまだ傷口が痛むらしい。

「あぁやってテロリストを倒すのかなぁ・・・『ヴァンパイア』って・・・」

『ヴァンパイア』単語に一瞬ビクッとなりつつ、帷月は適当に素っ気なく返した。

「ねぇ、どうして『ヴァンパイア』をそんなに嫌うの?」

「あいつらも、殺してる奴はテロリストとはいえ、人を殺してるんだ。だったら同じ人殺しで犯罪者だろ」

 そう、自分でも犯罪で悪いことだとわかっていながらやっていることだ。

「でもあの人達のおかげで、テロ事件は年々少なくなってるよ?」

「それでもゼロじゃないだろ!?」

 自分でも驚くほど荒々しい声が漏れていた。

 正直イライラする。『ヴァンパイア』『ヴァンパイア』ってうるさいにも程がある。いい加減鬱陶しい。

「あ・・・」

 だが、一緒に帰っていた海月と昌人の視線が痛い・・・。さすがに空気が悪くなった。

「・・・・・悪ぃ」

 帷月はバツが悪そうに顔を背け、一人スタスタと別の道を歩いていってしまった。

「怒らせちゃった・・・」

 申し訳なさそうにしゅんとなる葵。

「気にするな。アレも怒りすぎたと反省しているだろう」

 昌人は葵の頭に手を置いた。海月もにっこり笑ってみせる。昌人が帷月を“アレ”呼ばわりした事は今は完全スルーのようだ。

「どうして『ヴァンパイア』の話になるとあぁなっちゃうんだろ・・・」

 葵はポツリと言う。海月と昌人は顔を見合わせて困った顔をする。いづれバレてしまうことだ。今この場で言ってしまおうか。しかし言った時点で巻き込まれてしまうのは確実。ならばできるだけ引き延ばそう。この秘密を隠し通そう。相手が誰であっても・・・。たとえ、とても大切な友であっても。いや、大切なら尚更言えない。そう十年前に二人で決めてある。逃げている?あぁ、何と言われてもかまわない。

 そう、逃げている。大切な人が傷付くのが恐ろしいから、私達は逃げている。むやみやたらと訓練をして強くなった。それも全て逃げるためだ。ただ、テロリストを殺すと言う名目を取ってつけた・・・。他人が傷付くことで自分が傷付くことを恐れている。それによって自分が自分を失ってしまうのが怖くて・・・。

「わかっている・・・わかっているんだ・・・。でも・・・」

 誰もいない小さな公園で帷月は呟いた。自分のこんな情けない顔を誰にも見られたくなくて、帷月はその場にうずくまった。

「でも、テロリストはみんな殺さなければ・・・いけないんだ・・・」

 十年前の悪夢が脳裏に焼き付いて消えない。思い出すだけで気が狂いそうになる光景。だからそれを、テロリストを殺すことによって頑張ってかき消してきた。強くなることにのみ集中して、違うことに集中することで見ないようにしてきた光景。海月も昌人も知らない、帷月だけが知っている十年前の真実・・・・・・・


「帷月」


 ふいに名を呼ばれて振り向く。

「昌人・・・・・?」

「・・・ここに、いると思った」

 昌人はゆっくり帷月に歩み寄ってきた。

「お前には全部お見通し・・・ってか」

 帷月はかわいた笑みをもらした。

「オレは何も知らないから、何も言えない。無責任なこと言ったら、またお前が背負い込むだけだから。でも・・・」

 昌人は少し悲しそうな顔で帷月を見つめる。

「黙って抱え込む帷月も辛いけど、それを黙って見てるしかない海月も悲しそうだ」

 わかっている。

 心の中でそう叫ぶが帷月は俯いたまま動かない。

 そんなことはわざわざ人に言われなくてもわかっている。でも言えないんだ。だって、お前達が狂ってしまうのが目に見えているから・・・・・。


「ただいま」

 家に帰ると、海月はパソコンに向かっていた。二人で住むには大分広すぎる一軒家だ。

「おかえり、何処行ってたの?」

「別に、関係ない」

 帷月は二階へ上がる階段へ足をかける。

「葵、気にしてたよ」

「謝っただろ」

 海月の言葉に、帷月は素っ気なく返した。

「昌人は?」

「来たよ。何か言って帰った」

「そう」

 そんな短い会話が終わると、帷月は無言で二階の自室へ入った。鞄を放り出して、ベッドへ倒れ込む。帷月はゆっくり目を閉じた。

 そして昔の悪夢を見た。


 周りは火の海だった。たくさんの人々が逃げまどい、炎に焼かれ、悲痛な悲鳴を上げた。その中に倒れ込む一人の小さな少女の姿があった。

〈・・・母さん・・・父さん・・・お兄ちゃん・・・〉

 少女は必死に家族を捜している。そしてふと右手に視線を向ける。ほんの数秒前まで母親が握ってくれていた手。そして今もその感触はある。だが、少女は自分の握る母親の手の先を見た瞬間、ヒクッと喉を痙攣させた。今、少女は確かに母親の手を握っている。焼け焦げ、主を失ってしまった手のみを。少女の母親の身体は・・・原形をとどめておらず、すでに灰と化していた。その隣に、原形こそとどめているがもうすでに誰なのか判別できない焼死体。・・・おそらく少女の父親だ。

〈・・・・・・・・・・・・・?〉

 ふいに自分の名を呼ばれた気がした少女は、声のしたであろう方向へと顔を向ける。

〈・・・お兄ちゃん・・・〉

 少女はそこに兄の姿を認めると安心したように笑みを浮かべた。しかしそれも一瞬のこと。次の兄の言葉で少女の笑顔は固まった。

〈俺はもう駄目みたいだ・・・助からない。お前も見ただろ?父さんも母さんも死んだ。・・・いいか、お前は何としてでも生き残るんだ。あいつを・・・絶対一人になんかするなよ。・・・二人で父さんたちの分まで・・・二人で生きるんだ・・・〉

 兄はいつものように優しく微笑みその言葉を最後にして、少女の前で炎に呑み込まれた。

 少女は焼けた喉を限界まで震わせて絶叫した。


「・・・・・・・・っっっ!!!」

 帷月はベッドから跳ね起きた。息が荒い。ズキンッと頭の傷が痛んだ。

「いっ・・・・・・・つぅ・・・」

 傷口を押さえてうずくまる。

 その時、コンコンッとドアを叩く音が響いた。

「・・・・・・はい」

 帷月は小さい声で返事をした。少し弱弱しくも聞こえる。

「帷月?どうしたの?大丈夫?」

 海月が普段と違う帷月の声に驚いたような心配そうな声で言った。帷月は海月にさっさと用件を言うように促した。

「あの・・・葵が帷月に会いに来てて・・・それを教えに来たんだけど・・・今下で待っててもらってるけど、気分悪いんだったらまた今度でも・・・」

 帷月はフラフラと少しおぼつかない足取りでドアまで行き、ドアを開いた。

「・・・っ!?」

 海月が驚き、息を呑むのがわかった。

「どうしたの?・・・顔、真っ青だよ?」

「・・・別に。なんでもない」

 そう突き放すように言っても尚、海月が心配そうな、疑わしそうな目でじっと帷月を見つめてくるので、帷月は観念してため息をつき、ほぼ投げやりな感じで言った。

「・・・嫌な夢、見ただけだ」

「嫌な・・・夢?」

 眉間に少し皺を入れて首を傾げる海月。帷月は首を上下に振ってうなずいた。

「十年前の夢」

「え・・・・?」

 思考が停止しているかのようにその場で固まる海月。帷月はそんな海月にかまうことなく階段を下りる。下ではダイニングの机の横の床にちょこんと行儀良く座る葵の姿が確認できた。

「あ・・・」

 葵が帷月に気付いて体ごと帷月の方へ向いた。

「何か・・・用か?」

 帷月は率直に聞いた。横から海月が何か言った気がしたが無視した。

「あの・・・さっきはごめんなさい」

 葵は勢い良く頭を下げた。帷月はそれを無表情に眺めていた。

「・・・何で、お前が謝る。あれは私が勝手に怒っただけだ」

 やがて帷月は素っ気無くそう言った。

「・・・『ヴァンパイア』・・・」

 葵がポツリと呟いたその単語に帷月はピクリと反応した。

「・・・いつも私がこの単語を出すと・・・帷月の様子がおかしくなる」

「・・・・・」

 帷月は何も言わない。ただ怖いくらい無表情に黙って葵の話を聞いているだけ。反論できない、というのも本当のことだし、帷月は何も言わないことがこの場の最善の策だと考えた。

 葵は葵で、ずっと密かに持ち続けていた疑問をこの際打ち明けてしまおうと決意していた。

「帷月は・・・『ヴァンパイア』と何か関係があったりするの?」

「・・・っ」

 帷月はチラリと海月の方を見る。海月も目を丸くして驚きを隠せないようだった。

「そう・・・なんだね・・・?」

 そんな二人の反応を見て葵は確信したように言った。葵はこう見えてかなり頑固だ。・・・嫌、見た目通りか・・・?だから一度自分でそうだと確信してしまうとその考えをひっくり返すのは実に難しいことだ。

「関係のないことだ・・・お前には」

 帷月は葵を突き放すようにそう言った。

「何で!?友達でしょ!?全部話してよ・・・」

 案の定、葵は簡単には引き下がらない。葵のすがりつくような目が帷月を捕らえて決して離さない。帷月は深く息をついた。

「・・・今のお前に、私を受け入れられる器が備え付けられているとは到底思えない」

 それでも尚、帷月は葵を突き放した。

「そんなことないっ!」

 葵も負けじと声を張り上げて反論する。・・・一向に引き下がる気配を見せない。

「何を根拠にそんなこと言うの!?」

「じゃあお前は何を根拠に私を受け入れられると断言するんだ!?」

 帷月が声を荒げた。帷月が大きい声を出すのは、葵も、そして海月も初めて見る。いつもほとんど無口で、必要最低限度の言葉を必要最低限度の音量でしか話さない。帷月はストッパーがはずれたらしく、一気にまくし立てた。

「お前が私の何を知ってるって言うんだ!?何も知らないだろ!?本当の私なんて、お前は何も知らないだろ!?なのに何でっ、私の醜さを知らないくせに軽々しく受け入れられるなんてことを断言するなっ!お前に・・・お前に私の何がわかる!?」

「・・・っ」

 葵は何も反論できなかった。ただ帷月の・・・いつもの無表情が崩れて苦しそうに歪む帷月の顔を見つめることしかできなかった。

 帷月は何で自分がこんな行動をとっているのか、自分でも全く分からなかった。何故こんなにも感情的になっているのか。何故葵に対してだけこんなにもムキになっているのか.言葉ではこんなことを言っているが、本当は葵に帷月の全てを知ってもらいたいのかもしれない。いつもつまらなそうにしていて、話しかけても素っ気無い態度しかとらない帷月にとって、葵のようにめげずに話しかけてくれる人は少ない。数少ない帷月の話し相手の一人だ。帷月の、生涯ただ一人の友達かもしれない。だから、葵には全てを知った上で、これからも話し相手になってくれる・・・という一縷の望みを賭けてみたのかもしれない。じゃないと、こんな柄でもないようなことを帷月がするという説明がつかない。

「葵・・・」

 帷月は少し口調を落ち着かせて葵の名を読んだ。葵はじっと帷月を見ている。帷月は軽く深呼吸すると、左腕の袖に手をかけた。そして・・・

「・・・っ!?」

 一思いに袖を捲り上げた。葵が息を呑むのが分かった。


以前あげていたものを少しずつ修正していってます。

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