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救出


 その場の全員を避難させることなど到底不可能で、何もできないままにエレベーターの扉は機械的に開かれた。中に誰も乗ってないことを祈るが、その願いは当然聞き入れられるわけもなく、大きい銃器を抱えた大柄な男が一人、姿を現した。

 そして、立っている帷月と、捕まっている三人の仲間の姿を認めると、男は容赦なく目の前の帷月へ向けて引き金を引いた。

 パンッ

 渇いた音が室内に響いた。同時に数人の女の悲鳴も響く。

 ・・・が、一方で男の目は怖いものでも見るように恐怖の色を浮かべて大きく見開かれた。

 その男の視線の先には・・・十ミリ口径の銃弾を歯でかんで止めている帷月の姿があった。帷月は男のその表情を見て、口角を上げた。そして、まだ煙の上がる銃弾を自分の足下にペッと吐き出した。

「残念だったな。私は普通の人間より少し丈夫なんだ」

 帷月は先ほど吐き出した銃弾を、人間ではあり得ないはずの速度で上方向に蹴り上げた。弾は銃から打ち出された時のような速度で、次の瞬間には男の肩を抉っていた。

「あれ・・・足に当てるつもりだったのに・・・コントロール、しくじった・・・?」

 帷月は微かに顔をしかめた。完全に上方向へ飛びすぎている。

「・・・ま、いっか。当たったし」

 帷月はそう言うと男の首に素早く手刀を入れて気絶さした。そしてエレベーターの扉のところに、新庄からパチってきた手錠で固定した。扉が閉まらないようにするためのストッパー代わりだ。

 帷月はエレベーターの上部にある扉を押し開けて軽く跳躍し、エレベーターの上へのぼった。

 そこは、足場は狭く、頭上は天井が何処にあるのかわからないほど高く続く、とても薄暗い場所だった。あまり気持ちのいい空間とはお世辞にも言えそうにない。

「どうだ?」

 下から新庄がこちらを見上げている。

「イヤな雰囲気です。・・・一息で上がりたいんで、解いてもいいですか」

 これはもちろん、帷月の封印されている力の一部のことだ。

「・・・一日に二回も解除して大丈夫なのか」

 新庄は当然のごとく心配した。

「私、そんなにヤワな奴に見えますか?ホント、心配性ですね。・・・大丈夫ですよ」

 新庄はそれでもかなり渋っていたが、結局帷月に押し負けて了承した。

「ンじゃ、いってきます。上に着いて安全確認できたらロープ下ろすんで、掴まってください。そしたら私、引き上げますから」

「わかった。・・・気をつけろよ」

 新庄がそう言うと、帷月は微かに苦笑した。

「ホントに、正真正銘の心配性ですね。死ぬワケじゃないんですから」

 そう言うと、帷月の目の下に逆三角形の赤い模様が現れた。そして、それとほぼ同時に、帷月は力強く屋根を蹴って真上へ跳び上がった。

 新庄は帷月が行ってしまった後も、しばらくずっと去っていった後を見上げていた。

 帷月のことだから、確かに死ぬことは万が一にもあり得ないだろう。新庄だってそれくらいは理解できる。それでも、新庄としては帷月はまだまだ子供で、不安要素が多々あった。

 加えて、今は精神状態もあまり良い状態とは言えない。

 くだらねぇことで、ヘマすんじゃねぇぞ・・・上矢。

「あの・・・あの子は・・・?」

 そう新庄に話しかけてきたのは、先ほどと同じ女性だった。無理に話そうとするのは、この場の重苦しい空気を少しでも軽くしようとする彼女なりの努力の結果なのだろう。

「アイツは、我が 教会 が誇る優秀な人間ですよ。だから、安心して大丈夫です」

 だから新庄もなるべく柔らかく、少し微笑んで言った。一番安心できていないのは自分なのかもしれない、と心の隅で思いながら。


 帷月はエレベーターの入り口にある足場をうまく使って、あっと言う間に最上階へとたどり着いていた。

 扉の近くに人の気配がないことをしっかり確認してから、帷月は扉のわずかな隙間に指を滑り込ませて力付くでこじ開けた。もう一度周囲に目を走らせて安全確認し終えると、帷月は腰に下げていた長い丈夫なロープの端を下へと放り投げた。感覚的に新庄がロープにちゃんと掴まったことを認めると、帷月は力一杯ロープを巻き上げた。高さが高さなので少々時間がかかりはしたが、数分後には無事に新庄が姿を現した。

「どうだ」

 新庄が周囲に目を向けながら言った。

「周囲に人がいるような気配はありません」

 新庄が合図したので2人で足音を殺しながら奥へ進む。

・・・あれ? 私がこっち戻ってきたのって何のためだったっけ?

 なんて思いながら帷月は周囲を警戒して歩いた。こんな面倒くさいことはさっさと終わらせたい。

 ・・・と思うときは大抵もっと面倒くさいことになってなかなか終わらないと相場は決まっている、ような気がするだけかもしれない。

 一時すると、前方に他の部屋よりも少し丈夫そうで高級感漂う扉が見えてきた。

 その扉の前まで着くと、新庄は静かにドアノブに手をかけ、慎重にゆっくりとドアを開けた。

「・・・ッ」

 瞬間、帷月はその部屋の中に、電灯の光で反射してキラリと光る物体の存在を認めた。

 ・・・しまった・・・ッ

 帷月がそう気づいた時にはすでに手遅れだった。物体は赤い火花を散らして発光し、地響きがしそうなほどの激発音とともに爆発した。

 帷月は物体が爆発するわずかの間に新庄の腕を強引に掴んで、元来た道の方へと大きく跳躍した。

 爆風が二人に襲いかかる。

 衝撃で、あらゆるところの窓ガラスが一斉に割れる音が響いた。巨大地震が起きたかのように建物は揺れ、あちこちにヒビが入った。下の階から微かに悲鳴も聞こえてくる。

 はがれた壁のコンクリートや割れた窓ガラスの破片が爆風に乗って宙を飛び交った。数個、帷月にあたり、顔や服がわずかに裂けた。帷月はその破片の雨から新庄をかばうようにして風が止むのを待った。

 風が止むと、そこはすでに火の海と化していた。事前に壊されていたのか、それとも爆発でシステムがダメになってしまったのか、原因はわからないがスプリンクラーは一向に作動する気配を見せなかった。

 何とも用意周到な輩である。

「さっきの爆風で火が広がりました。ここは危険です」

 もはや消火器でどうこうできるような状態ではない。帷月は新庄の手を引いて一時撤退しようとした。

 しかし、ふと何処からか誰かの声が聞こえたような気がして、帷月はピタリと動きを止めた。

「・・・?どうした、上矢」

 新庄が怪訝そうな表情で帷月の顔をのぞき込んできた。

「・・・誰かいます。この向こうです」

 帷月がそう言った瞬間、突然スピーカーから音楽が流れてきた。

 そして

「こんにちは。初めまして、 教会 の方々。こんなところまでわざわざご苦労さまです。さて、人質ですが・・・大臣はあなた方の目の前にある部屋に縛り付けてきました。もし、その火と海の中、助け出せることができたら、彼を連れてここまで来てください。・・・では。無事のご帰還を、心からお待ちしております」

 そしてまた音楽が流れて放送が終わったことを知らせた。それとほぼ同時に、帷月が猛スピードで階段を下り始めた。

「おいッ」

 新庄がその後を慌てて追いかける。

 帷月は一つ下のフロアに出ると、今まさに燃え上がっている部屋の真下あたりにへと向かった。

 そして、あの部屋のちょうど真下に当たるであろう部屋の窓枠に足をあけて、大きく上へと跳躍した。

 跳び移った上の階の窓は、先ほどの爆発の風で吹き飛んでいた。帷月は素早く中を見渡した。そして、立派な高級そうな机の下に黒い影の塊を見つけ、そちらに駆け寄った。抱え起こすと、どうやら気を失っているだけらしく、息はあった。帷月はそれをひょいと肩にかつぎ上げた。

 部屋には黒煙が充満していて息苦しい。

 帷月は微かに顔を歪めて少しせき込んだ。炎に包まれたその光景が、わずかにあの悪夢と重なってしまった。

 帷月は再び窓枠に足をかけて下の階の窓枠に手をつき、そのまま中へ飛び込んだ。

 帷月は袖で口を押さえながら、黒煙を吐き出すように数回せき込んだ。

「おい、大丈夫かっ!?」

 帷月を今か今かと待っていた新庄が駆け寄ってきた。

「大丈夫です。気を失っているだけのようです」

 新庄は帷月のことを聞いたつもりだったのだが、帷月は救助者の容態を答えた。

「・・・ったく・・・っ。お前はすぐに危険なところへ飛び込んで行きやがって・・・。こっちの身がもたんわ、このドアホゥッ」

「別にいいじゃないですか、それが私の仕事です。結果的に要救助者は助かったんですから。・・・だいたい私を誰だと思ってるんです」

 ガミガミと説教してくる新庄に、帷月は少し膨れてブツブツと文句を言った。

 言い合いが始まるとそれこそ仕事を放棄するほどキリがなくなるので、ここは取りあえず世間的に大人の部類に入る新庄がぐっとこらえた。

 そして、先ほど帷月が救助した防衛大臣の介抱へ移った。

「・・・う・・・ーーー」

 大臣が微かにうめき声を上げた。

「気がつかれましたか、大臣」

 新庄が話しかけると、大臣はゆっくりとした動きで目を開けた。

「・・・ここは・・・?君たちはいったい・・・?」

 大臣は新庄と帷月を交互に見て混乱気味に尋ねた。

「ご安心ください。私たちはあなたの救助を命じられました、〈教会〉に所属する新庄と言います」

 新庄は身分証を見せた。

「先生。とりあえず救出はしましたけど、アイツらどうするんですか」

 のんきに自己紹介してる場合じゃないだろ、とでも言いたげに帷月は言った。『アイツら』というのはこのビル内のテロリストのことだろう。

「・・・君は・・・」

 大臣を守りながらどうやって外まで出ようかと脱出経路を考えていると、大臣が訝しむような視線を帷月に向けながら言った。

 疑問を浮かべるのも当然だろう。帷月はどう頑張って見ても決して大人には見えない。せいぜい、ちょっと大人びた少女、くらいなものだろう。

 帷月はそんな大臣を一瞥すると口を開いた。

「・・・コードネーム“アマラ”。・・・自分の身を自分で守れないならワガママでガードマン付けないなんて無謀なこと二度としないでください。たくさんの関係のない人間を巻き込んで・・・いい迷惑です」

「バッカッ!何言ってんだ、お前っ」

 冷めた声音ではっきりと言い放った帷月の失礼極まりない言葉に、新庄は躊躇なく鉄拳を落とした。

「だって本当のことじゃないですか・・・。先生だって爆発に巻き込まれるところでしたし。私何か間違ってますか?」

 不機嫌に言う帷月。

 これは相当頭にキている様子だ。

「・・・わかったわかった。お前、ここはいいから周辺見回り行ってこい。くれぐれも、危ないことするなよ」

 新庄はため息混じりにそう指示を出した。

 命令には逆らえない帷月は、まだイライラしながら見回りに向かった。

 そんな帷月の背中を見送ってから、新庄は盛大にため息をついた。

「申し訳ありません。私の部下が失礼なことを・・・。口は悪いんですけど、アイツなりに心配してるんです。火の海の中、一瞬の迷いもなく突っ込んでいってあなたを助けたのもアイツです。どうか許してやってください」

 新庄は深々と頭を下げた。それに大臣は顔を上げるよう促した。

「そうか・・・。あの子が助けてくれたのか・・・。それは、感謝しなくてはいけないな。今回は確かに、私のワガママが招いた事件だ。君たちが謝る必要はない。むしろ謝らなければならないのは私の方だ。君たちを危険にさらしてしまって、本当に申し訳ない」

 大臣はそう言って頭を下げた。そんな大臣の対応にもちろん新庄は慌てて、それを見て大臣はおかしそうに笑みを浮かべた。

「・・・して、〈教会〉ではコードネームを使うのか?」

 大臣が疑問を口にした。先ほどの帷月の発言の中のことだろう。

「いえ、普通は使いません。アイツは特別なんです。〈教会〉の中で、アイツより戦闘能力の高い奴はいません」

 新庄はそう言って、詳しいことははぐらかした。

 大臣も何か感じ取ったのか、それ以上問いつめることはしなかった。

「それは頼もしいな」

 そう言って、大臣は頬を緩ませた。




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