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仕事



 ここまできたら、もう隠し通すことは不可能だ。海月への侮辱にもなりかねない。故にもはやその必要性もないだろう。永遠に真実を隠すことは不可能だった。相手が海月ともなれば尚更のことだ。そろそろ潮時だったのだ。

 帷月には何となくだが、わかっていた。

 海月の姿が見えないことを確認して、帷月は壁にもたれ掛かり、深く息をついた。

 私は・・・海月にどうなってほしかった?

 帷月は心中で自分自身にそう問うた。

 自分ははたして、本当に海月に記憶を取り戻してほしくなかったのだろうか。

 それとも、本当は誰よりも、海月の記憶が戻ることを願っていたのだろうか。

 海月が、毎日の日常の中、違和感を感じないように自然に振る舞おうとすることに疲れたのだろうか。

 もういろんなことが一気に起こりすぎて、帷月の頭の中はグチャグチャになっていた。自分でも整理しきれないほどに。

 きっと、海月の頭の中はそれ以上にたくさんのことがグチャグチャになっているのだろう。

「・・・いや、あいつは整理のスピードが違うから、もう完璧に消化し終わったか・・・」

 小さくポソリと独り言のようにそう呟いてみた。

 こんなトコ、アイツが見たら何て言うだろう・・・

 帷月はふとクロノスの姿を脳裏に浮かべた。

 初めての「親」という存在。優しかった記憶がたくさん残っている。自分の生みの親も知らない帷月にとっては新しいことばかりだったのを、今でもはっきりと思い出すことができた。

 何度思い返しても懐かしい。

 もうとうの昔に死んだはずで、もう長い間顔を見てもいないのに、まだ自分の中のクロノスという存在は大きく割合を占めている。そのことに、帷月は自分でも心底驚いている。

「・・・上矢?」

 ふと人間としての名字を呼ばれて、帷月は声のした方へと顔を向けた。もちろん新庄だ。

 新庄は驚いたように少し目を丸くしていた。

 人の顔見てその反応はどうかと思う。

「ココではそうやって呼ばないでください、・・・って前も言いましたよね?」

 帷月はため息混じりにそう言った。

「誰もいないんだから別にいいだろう」

 どうやら新庄は帷月の言葉などはなから聞く気はないらしい。・・・まぁ、これも昔からで、別に特別珍しいことでもないが。自分でこうだと決めたら、他人がどんなに言ってもそれを貫き通すのが新庄だ。だから新庄に関しては全員諦めている。

 ・・・言ってるとだんだん虚しくなってくるし。無駄に疲れるだけだから。

「・・・で。こんなとこで何してるんですか」

 帷月が聞くと、新庄は用件を思い出したようでキッと目をつり上げた。

 ・・・アレ、何カ、オ怒リデゴザイマスデショウカ?

「それはこっちの台詞だ、このドアホゥッ。何でこんなとこでほっつき歩いてんだッ。探しただろうがッ」

「え・・・えぇっ。探したんですかッ?・・・って、何でですか?」

 すると再び新庄は、先ほど以上に目をつり上げた。

「し・ご・と・だッ。決まってんだろうがッ」

「ウッソ、マジですか?帰ってきて早々?」

 これにはさすがの帷月も驚いた。今日は一日訓練で潰れると思っていたが、〈教会〉もなかなか忙しい時なのだろうか。

「こんなことで嘘言ってどうする。心配するな。お前にしたら簡単な仕事だ。一応、俺とお前の二人で行動する。詳しくは隊長室で隊長から直接話しを聞く。さっさと来い。行くぞ」

 新庄はそう言うと帷月に背を向けて隊長室へと歩きだした。帷月も慌ててそれを追いかけるように隊長室へ向かった。

 新庄とのバディにしたのは〈教会〉なりの気遣いか、それとも新庄独断での気遣いか・・・。この場合は新庄独断の線が強いが、もし〈教会〉の配慮だとしたら・・・

 もう、絶対逃したくない、ということ・・・か?

 とか何とか考えを巡らしてみるが、結局は考えるだけ無駄なような気もしてきて、そう思うと途端に考えるのも面倒になった。


「防衛大臣の救出・・・ですか?」

 それがどうやら今回の仕事らしい。大臣関係、ということでまだ報道までされていない極秘事項らしいが、大臣様がテロリストに人質としてとられたらしい。

 元々警備を嫌う人物でろくに警備もつけていなかったらしい。テロリストにしてみたらいいカモだったのだろう。当然のごとくあっさり捕まってしまったようだ。

「警察庁が動けばいいじゃないですか。元はと言えば、そんな大臣一人のわがままにつき合ってこんな事態になったんですよね。自業自得じゃないですか。何でわざわざ私が行かなくちゃいけないんですか」

 あまりにもバカらしい話だったので、帷月はついまくし立ててしまった。

 ちなみに、隊長に敬語を使ってるのは隣に新庄がいて目を光らせているから。

「こんな事態を招いてしまった警察の連中が、大臣を無事に救出できるほど有能なワケはないだろう。それに加えてテロリスト絡みの事件だ。できるだけ極秘にことを済ませるために〈教会〉がかり出されたんだ」

 役立たずのバカの上に無能までくっついてきたらもう救いようがない。

 新庄が了承したので、帷月はしぶしぶ了承した。


 帷月は愛用の銃を二丁、ホルスターに入れて腰に下げ、替えの銃弾を持った。服は私服から、新庄に強引にスーツに着替えさせられた。


「・・・で。ココですか」

 連れてこられたのは立派すぎるほど立派な高層ビルだ。この最上階にターゲットがいるらしいが、すべてのフロアをテロリストによって制圧されてしまっているのでなかなか踏み込めないらしい。

「ふむ・・・。どこから入るか・・・」

 考え込む新庄をよそに、帷月は迷わずスタスタと歩いていく。

「おい、どこへ行くっ?」

 新庄がそれに気づいて慌てて呼び止めた。何かイヤな予感がしたのだろう。

「どこって・・・決まってるじゃないですか。中に入るんですよ。他に何が?」

 帷月は当然のごとくそう言った。

「入るっていっても、何処から入る気なんだ。全フロアが制圧されてるんだぞ」

「真正面からに決まってるでしょ。そんなまどろっこしいこと・・・もしかして、新庄先生っていっつもそんなこと考えて敵陣に踏み込むんですか?」

 帷月がビックリしたように言った。

 ・・・が、新庄的には帷月の方が驚きだった。コイツは戦力の知れない敵陣に何も考えずに踏み込んでいたのか、と。

「お前、本気で力付くで乗り込む気か?」

「どこから入った方がいいかなんて悩むだけ時間の無駄です。中にテロリストがいる限り、この中に一〇〇%安全な場所なんてありません。だったらさっさと乗り込んでさっさとヤっちゃった方が、時間の有効活用です」

 帷月はそう言うと本当に正面玄関から堂々と入ってしまった。瞬間、中にいたテロリストから一斉に銃を向けられた。

 ・・・ワンフロアに三人ずつ・・・ってとこか。

 なんてことを考えながら、帷月は顔の高さで軽く右手を振った。そのフロアにいたテロリストは三人とも仲良く一瞬で墜ちた。昔、興味半分でクロノスに習った針技だ。相手を殺さずに気絶させるだけの代物だが、この状況では殺さない方が後で面倒くさくないと判断した。

 実践で試してみるのは初めてだったが、なかなか使えそうだ。

「・・・あ、先生。ちょっと頼んでいいですか」

 帷月が振り返って新庄に言った。新庄は帷月の手際の良さに圧倒されつつも、帷月の方へと顔を向けた。

「何だ」

「すいません。手錠とか私持ってないんですけど、付けといてくれませんか。あそこの手すりらへんに引っかけて」

帷月は完全に気を失っている三人の手から銃器を奪ってそう言った。新庄はそんな帷月に軽くため息をついた。

「余計な武器は持ってきてても、そっちは忘れたのか」

「だって、そんなの使う機会なんて今まで一度もなかったですし、まさか自分が使うことになるなんて全く予想してなかったんですよ。・・・でも、殺さずってなかなか難しいですね」

「アホゥ、普通はその逆だ」

 帷月の呟きめいた言葉に、新庄は拳骨を見舞いながらも冷静に突っ込んできた。

「あ、あの・・・」

 おそるおそると言った風に、一人の女が呼びかけてきた。

「あなた方は・・・?」

「・・・通りすがりの人間へ・・・」

「極秘にテロリスト逮捕の任を受けた 教会 の者です」

 帷月が全て言い終わる前に、新庄は帷月の脳天に鉄拳を落としてそう言った。付け加えるように、続けて〈教会〉の身分証明書も見せた。

 一方、鉄拳をくらった帷月はと言うと・・・頭を押さえてプルプル震えながらその場にうずくまっていた。予想以上に痛かったらしい。

 ・・・若干涙目にまでなっている。

「ッ何するんですかッ」

 人がいるので若干押さえ気味の声で、帷月は抗議の声を発した。

「必ず皆さんも大臣も無事に助けますので、ご心配なく」

 が、新庄は完全無視して女の人に優しく言った。ココのフロアにいた人間は全員集められていたようだ。

 制圧ってこうするのか・・・と、帷月はまたいらない知識を増やした。

「先生、エレベーターで一気に最上階行っちゃダメなんですか?」

 帷月は見つけたエレベーターを指さして新庄に聞いた。

「エレベーターが動いたら怪しまれるだろ。待ち伏せられたら終わりだ」

「いや、実際にエレベーターそのものを使うワケじゃないですよ。ホラ、扉を開けっ放しにして、上開けてエレベーターのヒモをつたって・・・」

「どこのスパイ映画だ。人間にそんなことできるわけないだろうが」

 新庄が若干語尾を強めて言った。


「できますよ」


 帷月はサラリと簡単に言った。

「あ、ホラ、丁度よくエレベーターが一階に降りてきましたよ。・・・中はどうなってるのか知りませんケド」

 帷月の言葉に慌ててエレベーターを見た新庄はその表情を凍り付かせた。




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