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オケアノス



 アルテミスは改造人間となって目を覚ましたとき、一人の研究員にその牙を突き立ててその生き血をすすった。

 驚いて止めに入った周りの研究員たちも同じように噛みつかれ、そのおよそ九割が失血死している。ただ一人死ななかったのは、研究員ではなく、そばにいた姉のアポロンだった。

 その後、アルテミスの担当研究員になったクロノスは、その性質をなんとか消去しようと試みるが結局すべて無駄に終わった。今までの生活環境の問題からか、それとも主のための無意識な体の防衛本能なのか、またはまったく別の何かが原因なのか、結局解明することは叶わなかった。

 よってクロノスは最終手段で、アルテミスはその理性を保っている間はアポロンの生き血しか受け付けないように無理矢理強制した。そして、アポロンが何らかの理由で長い時間いない場合に備えて、アポロンの血を元にしてサプリメントのようなものも作られた。

 〈教会〉を抜け出してからは、なるべく力を使わないように努め、このサプリメントのみで帷月は他の人間の血をいっさい飲まずにここまで生活してきた。

「え・・・それって、そんな何十年分もあったの?」

 海月のその問いに、榊原は首を左右に振った。

「いや、どんなに力を制御していてもせいぜい数年分あったらいい方だっただろう」

「え、じゃあもうサプリメントってないんじゃ・・・」

 その問いにも、榊原は否定の意を示した。

「じゃあ・・・帷月が〈教会〉から出た後でも、帷月にサプリメントを渡していた人がいた、ってこと?」

 榊原は海月の答えに満足そうにうなずいた。

「あぁ、その通りだ。〈教会〉には秘密でこっそりサプリメントを・・・それこそ十数年分、大量生産していた人間がいた。・・・誰だかわかるか。お前もよく知っている人間だ」

 私の・・・知ってる人間・・・?

 〈教会〉の関係者と言えば新庄先生に九条さん、それからシュナさんくらいしか思いつかないけど・・・。帷月が〈教会〉に連れていかれた日の夜の新庄先生の言葉からして、帷月がアルテミスだと確信したのは、帷月と会って、帷月の回復力を異常だと感じたとき。それまでに〈教会〉を抜け出して数年・・・その分はギリギリ足りていたとしたら、新庄先生だという線もあるにはある・・・かな?

「おそらく、今お前が頭に浮かべた人物は全員ハズレだ」

 榊原はフッと不敵に笑って言った。

 考えを巡らしていた海月はその思考を一時中断し、榊原に怪訝そうな表情を浮かべた。

「どうして・・・?」

 どうやら海月は納得できていないようだ。

 何故・・・?

 理由は簡単だ。何故なら、自分たちに関わっている〈教会〉の人間なんて、それくらいしか海月は知らないから。

「不思議に思うのも仕方はない。お前はまさかそんなヤツが〈教会〉に関わっている人間だなんて知らされていないのだから」

 教えられていないのだから知るはずもないことだ。

 もちろん、海月には検討さえつかなかった。

 帷月はすでに抵抗するのを止めていた。悔しそうに唇をかみしめて、じっとうつ伏せに押さえつけられている。

「そいつは、お前たちにとってとても近いところにいた人間だ。お前も、もちろんアルテミスも、よく懐いていた」

 近くにいて、あの帷月がとても懐いていたという人物。

 そして、気になることは、榊原の言葉がすべて過去形であるということだ。

 榊原は海月の何とも形容しがたい表情を見て、再び不敵に笑んだ。

「フフ・・・教えてやろう。お前の父親だ。・・・いや、正確には育ての親、義父か・・・」

 その言葉を聞いた瞬間、海月の周りを流れる空気が凍り付いたように固まったのが目で見て取れるほどによくわかった。

 父さん・・・死んだ父さんが・・・〈教会〉の関係者?

「お前の義父、実はお前の・・・アポロンの担当研究員でもあるんだ、これが」

「え・・・」

 榊原が楽しそうに言った言葉に、海月は予想通り、驚愕して言葉を失った。

 嘘だ。これは嘘だ。

 帷月の担当研究員を調べたとき見つけた、アポロンの担当研究員は「オケアノス」と書かれてあった。海月の義父の名前とは似ても似つかない。

「オケアノス、というのはヤツが〈教会〉内で使っていたコードネームだ。ギリシャ神話ではクロノスと兄弟に当たる人物だが・・・これは余談か。さて、これでこのことについてはほとんど話し終えたか」

 榊原はそう言うと深く息をついた。

「帷月・・・今の、ホント・・・?」

 海月は小さく細い声で、押さえつけられている帷月にそう聞いた。

 帷月は、軋むほど歯を強くかんだ。

「あぁ」

 そして低く、しかしはっきりと短くそう言った。

 二人のその会話を、榊原は満足げに見ていた。そして、自身の少しよれたズボンのポケットから、小さいケースに入ったメモリーカードを取り出した。

「これはお前の消去された記憶を復元させるための鍵だ。これをお前にやろう。記憶を取り戻すか否か・・・決めるのはお前自身だ。それの中の指示通りにやれば、お前の消去された記憶は蘇るだろう」

 榊原はそう言うと海月へ向かってカードを放った。海月はそれを慌てて手を出してギリギリのところで受け取った。そして、手の中の小さなカードをじっと見つめた。

「俺の用件はそれだけだ。じゃあまあ、姉妹仲良く、兵器らしく生きろよ」

 嫌みっぽくそう言うと、榊原はまた最後に不敵な笑みを浮かべて奥へと姿を消した。それとほぼ同時に、帷月の上の圧力も消え失せ、拘束具もとられた。

 それを見てから、帷月はゆっくりとした動作で立ち上がった。

「改造人間って・・・傷の跡もちゃんと残るし、失くなった腕も戻ってこないんだね。・・・治癒能力は高く造られてるのに」

 海月は小さくボソリと言った。帷月は少しだけ顔を歪ませた。海月の言葉はおそらくきっと、帷月のことを言っている言葉だから。

「改造人間と言ってもベースとなっているのは人間だ。治癒の速度が速いだけで、人間にとって跡が残る傷は改造人間でも跡が残る。腕も、戻ることはない」

 速度は速い。負傷しても、他の普通の人間より早くに戦闘に復帰することができる。

 が、先も言ったようにベースはあくまで人間だ。その治癒速度が速ければ速いほど、その者の身体への負担は大きくなる。さすがに人間を不老不死にさせることはできなかった。

 だから研究員たちはできるだけ長寿に、しかしすべての能力において普通の人間の倍になるように、長らく研究を重ねてきたのだ。

 こういう考えが根っこにあったからこそ、アルテミスは最高傑作とうたわれた。本人にとっては忌々しいとしか言いようのない、「生き血を食らう」ことによって、自身の身体への負担を最小限まで押さえているらしい。どのようにしてこの特性が生まれたのか、その後も数多くの改造人間が造られたが、結局どの改造人間の中にもこの特性は全く見られなかった。

 だから研究員たちはアルテミスの遺伝子を元にしてクローンを作るなんて馬鹿げたことをし始めたのだろう。

「中途半端なんだね、私たちは。人間でもない、でも化物にもなりきれていない、中途半端な哀れな生物」

「生物・・・か。ここでは生物扱いなんて全くと言っていいほどされない。〈教会〉にとって私たちの存在はただ、兵器と言う名の道具にすぎない」

 戸籍もない。名前もない。そんな大人に見捨てられた子供を集めて、国の存亡のための尊い犠牲にしてやった。 

 おそらく、改造人間計画を実行した研究者たちはそんな思いで実験を繰り返してきたのだろう。もちろん、そんな認識をしているヤツを生物として、ましてや人間としてなど、見るわけがない。

 だから・・・。

「だから、帷月はここから逃げた・・・?」

 海月の問いに、帷月は押し黙った。

 全く持ってその通りだ。弁解の余地などはない。

「・・・私はもう行く。ココは気分が悪い」

 帷月はそう言って話しを切ると、部屋の重い扉を押し開けた。海月はその扉を一人では開けることができないので、慌てて柊一から渡されていた書類をその場に置いて、帷月の後を追った。

「・・・帷月」

 海月は廊下を進む帷月にそう呼びかけた。帷月の足がすぐにピタリと止まる。そして、海月の方へと振り返った。

 呼び止めてしまったものの、海月は何を言えばいいのかわからなくて、目を泳がせながら沈黙してしまった。どうにかしてこの沈黙を打破しなければ・・・と、頭をフル回転させて考えていると、意外にも帷月の方が口を開いた。

「記憶がなくなったお前を、ココから連れ出した理由は、お前のその記憶の中にある」

「・・・え?」

 帷月の言葉に目を見開く海月を置いて、帷月はそれ以上何も言わずにその場から去っていった。




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