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「新庄先生・・・」

〈教会〉の制服を着た新庄が立っていた。

「・・・じゃなくて新庄一等陸尉、でしたっけ」

 帷月がふざけてそう言うと、予想通りに新庄は目をつり上げた。帷月はいつものようにペロッと少しだけ舌を出して降参の意を表した。

「どうしたんですか、わざわざこんなとこまで」

「お前にはプログラムだけじゃなくて普通の訓練もさせておけ、という上からのご命令だ」

 そういえば、いつの間にか隊長の姿がなくなっていた。

「・・・イヤですよ、面倒くさい。今海月にプログラム作らしてますから、物足りないこともないです。・・・しかも何で私だけですか」

 帷月は立て続けに言った。

「知るかそんなモン。オレに聞くな」

 帷月の文句は半ば予想済みだったのだろう。新庄は対して驚きもせずに言った。

 いつもと同じ。新庄の態度は何も変わっていなかった。

「まぁ、それもそうですね」

 帷月はアレスに向かって片手を上げて立ち上がった。アレスも合わせて片手を上げて答えた。帷月はそのまま空き缶をゴミ箱へと放り投げた。

「で。何処行けばいいんですか」

「・・・第二実践射撃訓練場だ」

 微かに帷月の肩がピクリと揺れた。

 ・・・よりによってあそこか。

「・・・〈教会〉も容赦ないな」

 誰にも聞こえないくらいの小さい声で、帷月はそうポツリと呟いた。そして新庄に連れられて第二実践射撃訓練場へ向かった。

 そこは帷月がよくクロノスと一緒に行っていた訓練場だった。そしてそこには、海月も知らない、帷月とクロノスのみが知っている二人だけの秘密の部屋がある場所でもある。帷月が訓練している間に暇を持て余したクロノスが退屈しのぎに作ってしまったものだ。

 やっぱり、いまもバレずに残ってるんだろうな。

 退屈しのぎでも、クロノスは一度作り始めたものには最高を要求するヤツだった。セキュリティから細部の構造まで、国内トップレベルのものと言っても過言ではないだろう。

 訓練場には昔の愛用の銃もまだ残っていた。帷月は迷わずそれを手に取った。同じ堅さ。同じ冷たさ。同じ重さ。

 懐かしさを感じたが、帷月は長くはひたらないようにした。

「何人出てくるんですか」

 帷月は操作室の鍵を開けている新庄に聞いた。

「お前の相手は五〇人だ」

 新庄は首だけを帷月の方へ回して言った。

 五〇・・・また大人数だな。

 ここで使われるのは、全て操作室で人間が操作する高性能ロボットだ。使用される銃も全てエアガンなのでケガをする心配もない。帷月にとってはそう難しいものではなかった。

 最後の一体になったところで、新庄がどれほど素早くロボットを操ることが出来るのか、それによって多少難易度は違ってくるが。

「わかりました。どうぞ初めてください」

 帷月がそう言うと、新庄は操作室へと入っていった。帷月は両手にエアガンを持って部屋の真ん中に立った。

「カウントを始める」

 新庄の声がスピーカーを通して聞こえてきた。

「五秒前」

 帷月は銃の安全装置をはずした。

「三」

 目を閉じて大きく息を吸い、気を落ち着かせる。

「二」

 トリガーに指をかけ、銃を持つ腕を持ち上げた。

「一」

 最後に全身の感覚を極限まで研ぎすます。

「スタート」

 新庄のその合図とともに、一斉にロボットが姿を現し、帷月にその銃口を向けた。そのわずかの間に、帷月は銃弾を的確にロボットの稼働部分へと撃ち込み、戦闘不能にさせていく。

 新庄の前では一度も見せたことのない身のこなしだった。

 昔逃げ出した世界に再び帰ってきた。帰ってきてしまった。

 もう二度と来たくはなかった、この血塗られた世界に。歪んだ世界に。

 ロボットは数が少なくなっていくほど、必然的に手強くなっていく。数が少ない方が操る者が操りやすいからだ。当然のことだろう。ロボットはすでに二〇体弱にまでその数を減らしていた。その動きは最初とは比べものにならないほどに俊敏で正確だった。

 それとは裏腹に、帷月の体力はどんどん削られていく。少し息が上がってきていた。


 ――お前は強いんだから、絶対に焦るな。お前が勝てない相手など、この世に存在しない。


 脳裏にクロノスの声が、言葉が、勝手に蘇ってきて帷月の頭の中を支配した。

 あぁ、何故貴様は今になって現れる。いつまで私をこんなところに縛り付けておく気だ。


 ――今日からお前は私の娘だ。


 初めて会った日、クロノスは開口一番そう言った。


 帷月・L ・アマラ。


 それがクロノスから与えられた名前だった。


 ――帷月の帷は「とばり」全てを覆い隠すものだ。


 クロノス。それはどういう意味だ。時が過ぎれば何れわかると貴様は言ったが、私には今もその言葉の真意がわからない。最後まで教えずにどこかへ消えて、貴様の大嫌いな中途半端ではないか。


 ――帷月。もし私がテロリストとつながっていたら、仲間だったら、どうする?


 ある日突然クロノスがそう問うてきたことがあった。最初は何を言っているのかわからなかった。ここは国内唯一の対テロ組織 教会 だ。その 教会 の人間がテロリストとつながっていたら?仲間だったら?そんなの一度も考えたことも無いのにすぐに答えられるわけがなかった。

 今思えば、もう少し違った答え方をすればよかったと思う。でもそれはあまりに唐突すぎて、帷月は今まで教えられてきた通りに答えてしまったのだ。


 ”テロリストなら、どんなヤツでも命令に従って始末するだけだ”


 あの時の何とも言いがたいクロノスの表情は今も鮮明に思い出すことが出来た。

 そんなことを考えていると、気づけばロボットは後一体になっていた。新庄の操るそれは、人間の速さでは決して追いつけない速度で動き回り、帷月を攻めてきた。

 さすがにこのままじゃキツいか・・・

「あれ、解除していい感じですか」

「最初からそのつもりだ」

 帷月の言う「あれ」とは、強すぎる力を制御している言うならば「封印」のようなものだ。改造人間の中で飛び抜けた戦闘能力を持つ帷月は、常にその力を出し続けると人間の身体には負担が大きすぎた。そのため、一人だけ日常ではその力のほとんどを封印し、戦闘の時にのみ解除することを許可する、という異例の措置がとられたのだ。

 せっかく多くの人間と金を犠牲にして造った最高傑作を過労死させては笑い事にもならない。

 新庄としてはもっと早くに解除をするだろうと思っていた。帷月はそんな造られた力に頼らなくても、素で想像以上の戦力を持っていたようだった。

「それじゃ、遠慮なく」

 帷月がそう言った次の瞬間、両頬に逆三角形のような形の赤い模様が現れた。口元からは微かに鋭さを増した八重歯がのぞいている。そして、言葉通り、目にもとまらぬ速さで、一瞬にして残りの一体のロボットをバラバラにした。重力まで帷月の速さに追いつけなかったのか、ワンテンポ遅れるようにしてロボットは火花を散らしその場にくず折れた。

 帷月が振り返ったときには模様はキレイに、何事もなかったかのように消えていた。

 帷月の速さは新庄に操作する暇を与えなかった。

「気持ち悪いですよね」

 帷月は銃を元あった場所に戻しながら言った。新庄はまだ操作室でプログラムをシャットダウンしている。帷月はその後も、自身を蔑む言葉をはいた。

「人間の格好をした化物です。一から薬品で出来たクローンまでならまだしも、まさか人間の身体をいじって改造して兵器に使うなんて、誰も考えても実行しようとなんて思わないですよね」

「・・・上矢」

 操作室から出てきた新庄が、帷月の名を呼んだ。

「ここでその名前を呼ばないでください。今の私はアルテミスです。改造人間のアルテミスです。それ以外の何者でもありません」

 こんなことを言って、新庄を困らせたいわけじゃない。なのに、帷月はそう言葉を紡いでしまった。

 新庄と視線が絡み合う。

 やめて・・・そんな可哀想な顔、しないで・・・

「・・・見てみるか」

 新庄が唐突にそう言った。話題をそらしてくれるのは有り難かった。

「何を、ですか」

「・・・〈教会〉が造った、お前のクローンたち」

 ドクンッ。

 心臓が跳ね上がるのがわかった。



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