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ヒント

 その姿を認めた瞬間、帷月は思わずそう怒鳴った。

 その帷月の視線で葵を発見した、一番階段に近い場所にいた男の一人が葵に急接近し始めた。その右手には蛍光灯の光に反射して鈍く光る刃を持つナイフが握られていた。今ので葵が人質として十分に役目を果たす存在だと判断したのだろう。この手に余る女生徒を黙らす絶好のカモだ、と。

 それを頭で認識する前に体が反応し、帷月の足は勢いよく地を蹴っていた。

 ・・・間に合え・・・ッ

 いきなりナイフを手に接近してくる男に恐怖したのか、葵は怯えてその場から動けなくなってしまっていた。逃げなければいけない。今すぐ、この階段を駆けあがって逃げなければいけない。頭ではわかっているのに、葵の体はまるで金縛りにでもあったかのように硬直して動かない。

 男の手は容赦なく葵へと延びる。そしてとうとう触れようかという、その次の瞬間だった。すさまじい速さで二人の間に割り込む人影があった。

 もちろん帷月だ。帷月が左腕で葵を自分の方へ抱き寄せ、葵と男との間に割るように入ったのだった。空いている右手は、しっかりと延びてきた不躾な男の手首を掴んでいる。

 つり目気味な瞳をさらにつり上げて、帷月は男を睨んだ。男の顔がみるみる青ざめていくのがわかった。

 帷月自身も、今自分がとても怒っているということが自覚できた。

 自覚しているところで何が変わるわけでもない。帷月は容赦なく、掴んだ男の手首を握り潰さんとばかりの勢いで力任せに握った。男は情けなく悲鳴を上げた。

 女生徒一人にテロリストがあっさりねじ伏せられる、というなかなかお目にかかれない何ともシュールな光景だった。

「こいつに手を出したら・・・消す」

 帷月はあえて、「殺す」ではなく「消す」と言った。それも、自分でも驚くほど冷たく、低い声で。そして、掴んだ手首を捻って折り、手首を押さえてうずくまる男の片足の上ににナイフを落とした。

 ・・・否。正確には垂直に投げた。ナイフは短い風きり音の後、深く足に刺さった。これでもう、一時この男は戦闘不能だろう。

 帷月はそれを確認してからテロリストに見えない階段の裏へ移動し、葵と向き合った。

「何故、来た」

 そして先程怒鳴ったときと同じ質問をした。

「え、何故って・・・だって・・・」

 心配するよ。

 そんな理由だった。

・・・あぁ、何て優しくて平和な子なんだろう・・・

 帷月はそう思いながらも怒りがおさまる訳もなく、葵に向かって厳しい口調で言った。

「相手はテロリストなんだぞ。危険であることくらいわかるだろう?お前は私みたいに戦場に慣れているわけじゃないんだ。下手したら死ぬんだぞ」

 「死」

 その言葉は帷月が口にするだけで、途端に現実味をおびる。どれほど普段、その言葉の本当の重みを忘れて軽々しく使っていたかがよくわかった。そして、その言葉を帷月が口にするということは、帷月を本気で怒らせ、同時に本気で心配させてしまったということだ。

「ごめん・・・」

 それを自覚し、葵は素直に小さく謝った。

 自分の無責任な行動は自分の身も危険にさらされる。しかし同時に帷月の身も危険にさらしたことになる。そう思うと、葵はどんなに謝っても謝り足りない思いだった。

 帷月はそんな様子の葵を見て小さくため息をつき、葵の額に軽くゲンコツを見舞った。反省しているように見えたので軽いおしおきですましたのだろう。

 そんなに長く葵にかまっている暇もなさそうであったこともまた理由の一つであるようだった。

「お前、出てきたからには利用させてもらうぞ」

 帷月はワルっぽく口角を上げた。

「へ?」

 葵は何か嫌な予感がして少し顔をひきつらせた。

 帷月はそれにわざと気づいていない振りをした。そして先程葵を襲おうとしてきて、今現在進行形で床でうずくまっている男の腰についているホルスターから二丁の銃を奪い取った。引き金の部分のに指を入れてくるくると回し、銃の感触を確かめる。

「間違って降りてきてしまった女子生徒が怯えて動けなくなってしまったので、守るためにやむを得ず銃を奪って発砲しました、だ。いいな」

 そういうと帷月は葵の抗議を完全無視して銃の安全装置をはずした。

「ちょっとっ」

 葵がしつこく言うと、帷月は葵の方を振り返らずにやっと口を開いた。

「とにかく、だ。お前はひたすらに怯えた風体を貫けばいいんだよ。簡単だろ。大丈夫だ。どんなことがあっても、絶対に私が守ってやる。お前には指一本触れさせないさ。怯えたように見せて、絶対にそこを動くなよ」

 いいな、と帷月は何度も釘を差して葵から離れた。

 帷月の周りの空気が一瞬にして張りつめたのが、葵にもわかった。帷月が引き金を引き、一人の男の膝を打ち抜いた。それを合図にして、激しい銃撃戦が再び幕を開けた。帷月の動きは、素人の葵が見ても周りのテロリストたちよりもはるかに勝っていると理解できた。

 弾をかすめながら、的確に急所を狙って引き金を引く。

 その繰り返しだ。

 ・・・これが帷月のいる世界なんだ。

 自分のような、平和しか知らない一般人とはまるでかけ離れた世界。自分がずっと憧れを抱いていた、ヴァンパイアが生きる世界。戦う世界。戦場。

 これが帷月を苦しめる現実。

 これが帷月を苦しめるテロリスト。

 その全てが許せなかった。

 そして何より、こんな隅っこでただ見ているしかできない自分が憎くてしかたがなかった。護ってもらうばかりの自分がこの上なくイヤだった。

・・・あ・・・

 壁の陰で、携帯電話片手に銃で帷月を援護する海月の姿がチラリと見えた。海月もまた、この戦場に慣れているようだった。的確に銃弾を放って、帷月の背中をしっかり護っている。

 それに比べて、自分は勝手にのこのこと出てきて、何もできずに足を引っ張るだけ。

 葵は一人俯いた。

 その後、二〇分ほどしてやっと 教会 が到着した。

 真っ先に新庄が走ってきて帷月に怒鳴った。

「許可は出してないはずだ。勝手に発砲するな、貴様ァッ」

 新庄が開口一番予想通りのお怒りの言葉を発した。

 帷月は慌てることもなく、考えていた言い訳をそのままつらつらと並べた。

「それに、ほとんど無傷でこんだけのテロリストを殺さずに沈めたんだから誉めてほしいです」

 ついでにお前等の尻拭いまでしてやったんだぞ、と心中で付け足した。

 実際問題、帷月が銃を持ってからは早かった。

「そう怒るな新庄」

 目をつり上げて再び怒鳴ろうとした新庄を止めに入ったのは、新庄の所属する部隊の隊長だった。あの夜、帷月と会話をしていた人物と同一のようだ。

「今回はこの子のおかげで生徒に被害は出ていない。我々は感謝しなければ」

「そうですよ~」

 隊長なんかに味方されるのは超が付くほど不本意だったが、ここは空気を読んで便乗してみた。

「・・・しかし、相当な訓練を受けているな」

 隊長がさりげなく探りを入れてきた。

「お褒めに与り光栄です」

 キャラではないが、帷月はかなりふざけて言ってみた。

 新庄がかなり微妙な顔をしている。が、帷月が明らかにキャラ作りをしているとわかったからか、口出しはしてこなかった。

「どこかで訓練でもしているのか?」

「いえ、特には。さっきのも結構必死で・・・。火事場のバカ力、ってヤツですよ。あ、でも運動神経は結構いい方かも・・・。これ、ちょっと自慢です」

 ニコニコとわかりやすい作り笑いを浮かべて、帷月はさりげなく隊長の探りをかわした。

「ほう・・・それほどの能力があるのなら 教会 に入らないか」

 ・・・きた。

 半ば予想済みのお誘いだった。

「え・・・どうしてですか?」

 これはいろいろと情報を手に入れるのに好都合かもしれない、と帷月は内心でほくそ笑んだ。

「・・・ヴァンパイア、というのを知っているか」

 その単語に、新庄と海月がピクリと反応した。

 帷月は「もちろん」と肯定した。

「我々は彼女たちを仲間に引き入れたいと考えているのだ」

「・・・それは、何故ですか? 教会 はもうテロリストに対抗できるくらい、十分強いでしょう?」

「いや、実際のところそうでもない。集団で行動しているから強く見えるかもしれないが、隊員一人一人の戦闘能力はヴァンパイア一人に劣るだろう」

「・・・なるほど。 教会 はかなりヴァンパイアのことを高く評価してるんですね」

 ちゃんとわかってるじゃないか。

 一応自分たちの戦闘能力と帷月たち、ヴァンパイアの戦闘能力は比較するまでもないほどの差があることは自覚しているようであった。

 ここは素直に関心しておこう。

「あぁ。ヴァンパイアの実績は凄まじいからな。とにかく、有能な隊員がほしい訳だ。どうだ」

 そこでもう一度、隊長が入隊を促してきた。

「・・・とても面白そうなお話なんですけど、私もいろいろ忙しいですし、職種が職種ですから・・・。少し考える時間を頂いてもいいですか」

「あぁ、かまわない。考えておいてくれ」

 最前線の戦闘職種だ。あくまで帷月は女なので、そこらも考慮してくれたのだろう。隊長は一応の連絡先を渡してきた。帷月も、そこは礼儀として連絡先を渡した。

「あ、隊長さん」

 帷月は背を向けた隊長を呼び止めた。隊長は足を止めて振り返った。

「何だ」

 帷月は完璧に普段の帷月に戻り、無表情に口角を上げた。

「ヴァンパイアの正体はすぐにわかる。そろそろ潮時だから」

 そう言って不敵に笑んで、何事もなかったかのように葵と海月を連れて階段を上がった。

 オープニングはこの辺で十分だ。

 帷月がそう判断したのだった。

「おい」

 そんな帷月を新庄がすかさず呼び止めた。

「傷の手当ては」

「かすり傷程度です。特に手当てが必要なケガはしていません。・・・この程度のテロリスト」

 帷月は最後にそう呟くように言った。

「お前、名前は」

 新庄に呼び止められているうちに、今度は隊長の方が質問してきた。帷月は先程とはまるで別人のような冷たい視線を向けた。二人の視線が、お互いを探り合うように絡み合った。

 長いような、短いような沈黙が二人の間を流れた。

「・・・帷月」

 やがて口を開いたのは帷月の方だった。

「上矢帷月」

「上矢か・・・。また会いたいものだな。今度は夜に」

 帷月はそれ以上何も言わずにきびすを返して再び階段を上り始めた。




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