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輪廻は転生しました  作者: 叶あぞ
第二部 千里眼
29/31

29.再会


その日はアンアディール要塞のハンニカイネンの部屋に客人が訪れていた。

信頼する一部の部下以外の人間が彼の部屋に入るのは、用心深いハンニカイネンにとってはとても珍しいことである。



その男は、腕も、足も、骨そのもののように細かった。

黒いマントを羽織り直立する姿は、老いた喬木のようであった。



魔導同盟「執行者」十三賢人がひとり、"鷹の目"のユートである。



「『烏』が全滅した話は、もちろん知っているな?」

「ええ? そうなんですか? それは初耳でした……それで、その『烏』というのは、一体何なんですかね?」


ハンニカイネンがわざとらしい調子でユートに聞き返した。

ユートはハンニカイネンの挑発に眉一つ動かさない。


「あなたの指示で烏が動いたことは、すでに調べがついている。だが、私たちは、あの作戦を許可した覚えはない」

「許可など必要ありませんよ。ワタクシがワタクシの力を行使するのに、どうしてアンタらの許可が必要なんです?」

「なぜならあなたが行使しているのは『私たち』の力だからだ。私たちはあなたに千里眼と、王国まで届く手を貸した。が、それは私たちがあなたを利用しているからであって、あなたに利用する価値がなければ、すぐに取り上げるだけだ」

「それは昔の話ですよ。状況はいつもめまぐるしく変わるのです。それについていけない古い人間は、それが分からずにいつも見当違いなことを言う。今や千里眼も、王国まで届く手も、すでにワタクシのものなのですよ」

「見当違いをしているのは、あなただ。私たちから与えられた力を自分の力と勘違いして――」

「アンタはワタクシを利用していると言った。結構、結構。それでいいではありませんか。アンタはワタクシの才能を利用しワタクシはアンタ方の目と手を利用する。一体どこに不満があるのです?」

「私たちがあなたに目と手を貸し与えたのは、同盟の目的を達するためだ。あなたが目と手をどのように利用しようと、個人的な欲望を満たすために使おうと、私たちはとやかく言うつもりはない。が、烏を無断で使った挙句に全滅させたのは、度を過ぎている。このままでは私たちの目的にも差し障りがある」


ハンニカイネンは軽薄な笑みを浮かべてユートのことを見上げていた。

今すぐにこの男を殺すべきではないか――ユートの内心にわずかな葛藤があった。


「あまり図に乗ると、私たちだけではなく、帝国もあなたを粛清するぞ」

「おやぁ? 心配してくださってるんですか?」

「まさか。あなたの口から同盟のことが帝国に漏れるくらいなら、先にこちらがあなたを始末する」

「今この場で、ワタクシを殺せますかね?」


ハンニカイネンは挑発的だった。

その態度がただの張り子であることは、すでに調べがついている。

この男には、今この場でユートに殺されないだけの算段も確信もない。


「――これは警告だ、ハンニカイネン。これ以上お前が暴走するのなら、我々は静観はできない」

「肝に銘じておきますよ、執行者殿」


立ち去るユートの背中にハンニカイネンが声をかけた。




ハンニカイネンと別れてから、ユートは誰にも見られることなく要塞の外に出た。

少し離れた場所に、ユートが連れてきた伝令が隠れている。


「決裂した。これ以上放置すると危険だ。予定通りヤツを始末しろ」


それだけを伝えてユートはすぐに姿を消した。






道中の村で御者役の男を雇い、輪廻たちはリップフェルトの三姉妹になりきってアンアディール要塞を訪れた。


もし正体がバレれば、いくら輪廻とて敵の砦の只中、無事に逃げ出せる保証はない。

が、招待状を見せると、拍子抜けするくらいあっさりと砦の中に入ることができた。


用が済んだ御者役の男には、金を払ってすぐに帰らせた。


「ではリィン、また後で」


舞踏会の会場で、すっかりお嬢様然としたアブリルが言った。


アブリルとヴァージニアがハンニカイネンを探し、輪廻が退路を確保する。

そういう手はずになっていた。


招待客がぞろぞろと会場に集まり、やがて音楽隊が演奏を初めて、ゆっくりと舞踏会が始まった。

その多くが帝国の貴族と軍人だった。帝国以外からの招待客は、全体の二割程度だろうか。

ただし、招待客の中に王国貴族の姿は見えなかった。



音楽隊の演奏に合わせてダンスを踊る人たち。


輪廻は彼らには目もくれず、会場を警備している兵士の数とその動きに細心の注意を払っていた。

しばらく経ってから、輪廻は中央の一団を抜けて、ホールの端へ移動しようとする。

外の見張りの様子を知りたかった。


そのとき、会場に一人の女性が遅れてやってきた。爽やかな淡い赤色のドレスを着ている。

ひとだかりを抜けたばかりの輪廻とすれ違った。


輪廻は道を譲ろうとして右に避けたが、間が悪くその女性も同じ方向に道を譲った。輪廻はすぐに左に避けようとしたが、ちょうどそのとき同じように女性も左に避けている。

右に左に、二度三度と互いに道を譲り合ったところで、輪廻は吹き出した。


「どうも噛み合わないわね」


輪廻は女言葉で言った。


「運が悪いんです。お気遣いなく」


女性は無表情に答える。

ぼんやりとしていて、何を考えているのかよく分からない女性だと輪廻は思った。


そのまま別れようとした輪廻に、なおも女性が話しかける。


「もう帰ってしまうんですか? 舞踏会は始まったばかりですよ」

「少し人に酔ってしまって」


輪廻は咄嗟に言い訳した。

今度こそ立ち去ろうとしたが、なぜかその女性もついてくる。


「……どうしてついて来るのかしら」

「私も人に酔ってしまったんです」

「たった今来たばかりなのに?」

「……そういうことにしておいてください。実を言うと私、舞踏会って苦手なんです。踊れないから」


女性は恥ずかしそうに言った。輪廻が頷く。


「わたしも……踊り方は、よく分からないわね」

「それなのにどうして舞踏会に?」

「上の姉二人が来たいと言うものだから」


アブリルとヴァージニアのせいにした。

女性は、納得したような、納得していないような、それとも実はまるで興味がないのか、いずれとも取れる表情で頷く。


「あなたこそ、苦手なのにどうして舞踏会に来たのかしら?」


輪廻は女性に問い返した。


「私、今ここに住んでいるんです」

「ここ、って――」

「仕事です」

「軍の人なの?」

「はい」

「それじゃあ、今日の主役ね」


輪廻がホールの人たちへ目をやると、女性もつられてそちらの方を見た。

背の高い軍人たちに、貴族のお嬢様が群がっている。

これは戦勝パーティなのだ。主役は、勝利を手に入れた軍人たちである。


「戦いに勝っても舞踏会で躍らされるのなら、いっそ戦うのを辞めてしまいたくなります」

「それはいい考えかもしれないわね。戦わなくてもいいのなら、戦う必要はないわ」

「実際、私は今は戦っていませんからね。いえ、戦ってはいるんですけど、その、誰と戦っているのかは、非常に難しい問題がありまして」


ぶつぶつと、言い訳じみた、抽象的な言葉を続ける。

そして、白い長手袋を着けた右手を輪廻に差し出す。


「私、カリナ・エーデルといいます。あなたとは気が合いそうですね」

「リィン・フェム・リップフェルトよ」

「なんとお呼びすればいいですか?」

「……近しい人は、わたしを輪廻と呼ぶわ」

「変わったお名前ですね」


輪廻はカリナの手を握った。

カリナが眉を顰める。


「あの、もしかして男の方ですか?」

「失礼ね」

「すみません、ずいぶんと鍛えられた手だったもので」


内心の動揺を必死に隠して、輪廻はさっとカリナの手を放した。






アブリルは知らない男たちと踊りながらずっとハンニカイネンの姿を探していた。

演奏が三曲目に移ったあたりで、どうやらハンニカイネンは会場に来ていないということが分かった。


アブリルはハンニカイネンの顔を知らない。

よってハンニカイネンを見分けるには、会場に来ている人間から聞き出すしか方法がない。


「そういえば、ティモ・ハンニカイネンという方はここにいらっしゃるのかしら。何でも、帝国軍の勝利の立役者だとか」

「どうでしょうなあ。あの方は、こういった場所を好みませんから」


帝国軍の将校が顎を撫でながら答えた。髭に白毛が混じっている。

会話の間、彼の目はずっとアブリルの首や腰に注がれている。


「舞踏会がお嫌いなんですか?」

「人前に出るのが苦手なのですよ。暗殺されるのを恐れているのです。いくら『千里眼』の持ち主でも、ナイフを持った刺客には無力ですからな」

「せっかくの機会に、一度お顔を拝見してみたかったですわ。噂の千里眼とやらも」

「きっと今頃、要塞最上階のスイートルームで舞踏会の演奏を聞いていることでしょう。どうしても会いたければそちらに行かれたらどうです? もちろん、会ってくれるとは限りませんがね」

「忍び込んでみるのも面白そうですわね」

「それは辞めたほうが良い。軍関係者以外は、このホール以外は立ち入り禁止ですよ」


最上階――。

王国軍の調査で、要塞最上階には将校の宿泊用の部屋が並んでいることは掴んでいる。


「彼の部屋からは、今夜の月が見えているのかしら」

「さて、どうでしょうなあ。ハンニカイネンの部屋は西向きですからね。今夜の月は、東に昇っていますから」


(西側――。よし、これで候補はかなり絞られたな)


別の男と踊っていたヴァージニアとすれ違う。

目が合うと、彼女もアブリルに頷き返した。どうやらアブリルたちの会話にずっと聞き耳を立てていたらしい。


アブリルは、怪しまれないうちに会話を切り上げて、その男と別れた。


さて、会場を抜け出すのはいいとして、どうやって警部を突破しようか――そう考えながら会場を歩いていたとき、アブリルはその男を見つけた。



全身の血が沸騰しそうになる。

体に隠している短剣を使いたくなる。



「どうしました?」


ヴァージニアが近づいて、小声でアブリルに尋ねた。

リップフェルトの振りではない、素のヴァージニアからの質問だった。


「少し用ができた。先に外で待っていろ。すぐに追いかける」


男から視線を動かさずに、アブリルも素の自分で言葉を返す。

ヴァージニアが小さく抗議の声を上げるのを無視して、アブリルはその男に近づいた。




男の目の前に立ち、アブリルは微笑んだ。


「オレと踊ってくれるか? ――リンド」


かつての自分の部下、王国を裏切り帝国に寝返った男、自分の腹を斬った男、リンドがそこにいた。

リンドの周りにはたくさんの貴婦人と帝国の兵士がいた。

王国を裏切り帝国に勝利をもたらしたリンドは、間違いなく今夜の主役だった。


アブリルが目の前に立っても、リンドは寡黙だった。


アブリルが手を差し出すと、少し迷ってから、リンドはその手を取った。


会場に流れている曲調が変わる。

優雅でゆっくりとした曲であったが、アブリルには、途切れることのない深い憎悪を表しているように感じられた。


お互いに視線を外さず、まっすぐに見つめ合いながら踊る。

アブリルは、リンドの肩に添えた手に力を込める。


「……っ!」

「失礼」


肩の痛みにリンドが悶えた。

アブリルに蹴られた肩は、リンドの肩の骨を完膚なきまでに砕いていたらしい。


リンドの瞳の奥に自分に対する何がしかの感情を見つけ出そうとアブリルは必死だった。


アブリルの腰に回していたリンドの手が、アブリルの腹の傷痕を強く掴んだ。


「――っ、つ!」

「失礼」


傷口が開いて、アブリルは痛みに声を上げそうになる。が、眉をしかめただけで、それは我慢する。

痛みが引いた後は、今度は笑い声を上げたくなるのを我慢しなければならなかった。

アブリルを見るリンドは相変わらずの仏頂面である。裏切りの前と何も変わらない。


「いいぜ、お前。見直したよ、その根性」


かつての部下の耳元で、今にも噛み付きそうなねっとりとした声で囁いた。





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