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輪廻は転生しました  作者: 叶あぞ
第二部 千里眼
28/31

28.ドキドキ☆お嬢様レッスン




「なあ……ダールトン、本当にこの格好をみんなに見せるのか?」

「今さら何怖気づいてるんですか隊長。僕たちはいずれ舞踏会に出席しないといけないんですよ」

「つってもよ……このフリフリは……」


アブリルはドレスの端をつまんで、恥ずかしそうに言った。

輪廻とヴァージニアも同様のパーティドレスを着ている。

つまり、潜入用の身分であるリップフェルトの三姉妹への変装である。


「他国の舞踏会に出席するくらいの社交的な貴族なんですから、そんなに恥ずかしがっていたら怪しまれますよ」

「お前、恥ずかしくないのか?」


アブリルが疑惑の視線を向けた。


「あ、た、隊長が恥ずかしがっているだけですよ。ほら、ヴァージニアも平気じゃないですか」

「まあ……」


ヴァージニアは曖昧に肯定する。


「こういうの、慣れてるのか?」

「…何度か舞踏会に出席したことが」

「そういやお前、キャスカート家の娘だったな」


アブリルとは対照的に、ヴァージニアは令嬢の服装自体には抵抗は無さそうだった。

ただし抵抗がないというだけで、特に仕草が普段と変わっているわけではなく、軍人らしく背筋をピンと張った立ち姿は、お嬢様というには少し堅苦しすぎる。


「ほらジニーも、僕たちはリップフェルトのお嬢様なんだから、もっとにこやかに」

「にこやかだろう?」

「そんな真顔で大嘘言われても……」


そのとき、隊長室のドアをノックする音が聞こえた。


「あ、二人が来たみたいですよ」

「う……この姿を部下に見られるのは……」

「どうぞ!」


輪廻は隊長に構わずにドアを開ける。

ヴィセンテとゴアーシュがそこにいた。


ヴィセンテは輪廻と目が合うと、すぐに隊長室の中へ視線を移した。

そして、ドレス姿のヴァージニアとアブリルを見ると、驚愕した表情で再び輪廻を見た。


「ってことはお前、ラディか!?」

「ヴィセンテさん、ごきげんよう」


輪廻はスカートの裾を両手でつかみ、軽く頭を下げる。

男二人はポカンと口を開けて輪廻を見ていた。


「……ど、どうしたの? ほら、早く中に入りなよ」

「お、おう」


ヴィセンテはうろたえながら頷く。

ゴアーシュはまだ口をあんぐり開けて呆然としていたが、輪廻が手を引こうとすると慌てて部屋の中に入った。


「君、本当にラディ・ダールトンなのかい?」

「そうだよ」

「う、うん……妙な感じがするよ……しかし相手は男……」

「趣旨はもう説明したよね? 僕たち、リップフェルトの三姉妹に化けて帝国に侵入するから、二人の目から見ておかしいところがあったら遠慮せずに指摘して欲しい」

「ふふ、任せたまえ。僕は社交界には造詣が深いからね。作法なら僕に頼りたまえ」


ゴアーシュが胸を張って答える。

一方のヴィセンテは、あまり乗り気ではなさそうだった。


「さて、じゃあまずは隊長から――」

「オレか!? か、勘弁してくれ……」


アブリルは椅子の上で縮こまって真っ赤になっていた。

普段の凛々しい彼女からは想像もつかないほどに萎縮してしまっている。


輪廻はため息をついた。


「それじゃあ、まずは僕から行きますよ。……ゴホン。今日はとても素敵な舞踏会に呼んでいただいて本当にありがとうございます。わたくし、公国から来ました、リィン・フェム・リップフェルトと申します。以後、お見知りおきのほど、よろしくおねがいしますわ」


輪廻はしなを作り、女の声色を使ってお嬢様を演じる。

ゴアーシュが手を叩いて賞賛した。


「素晴らしいじゃないか! どこからどう見ても貴族の令嬢だよ。100点満点だ」

「お褒めに預かり光栄ですわ」


輪廻はゴアーシュの手を取って、目を輝かせて言った。

う、うん、と応えながら、ゴアーシュは若干引いていた。


「じゃあ、次はどっちがやりますか? ジニー、やる?」

「わ、私か……ん、分かった」


ヴァージニアはヴィセンテとゴアーシュの前に立つと、ピンと背筋を伸ばして仁王立ちした。


「わ、私の名はリア・フェム・リップフェルト! ぶ、舞踏会へのご招待、感謝の極みである!」

「0点」


ゴアーシュの採点は厳しかった。

ヴァージニアがゴアーシュに詰め寄った。


「な、なぜだ! 立派な名乗りだっただろう!?」

「あのねヴァージニア。戦場で敵の将軍を討ち取るんじゃないんだから、そんなに気合を入れて挨拶されたら、相手だって身構えるんじゃないかね」

「ぐぅ……」

「あと睨みつけるのも良くない」

「元からこんな顔だ!」


ヴァージニアはそっぽを向いてしまった。


「ヴィセンテはどう? 何か意見はある?」

「つっても俺、舞踏会になんか行ったことないしな。令嬢とか言われても分からねえぜ」

「いや、それでいいいんだよ。思ったことを素直に言ってくれればいい」

「じゃあ言うが……もしパーティでさっきみたいなのに会ったら、俺なら怖くて近づかないな。下手に口説こうとしてぶん殴られちゃかなわねえ」

「あははははは!」

「……おいリンネ、なぜ笑う」

「ううんジニー、僕笑ってないよ?」


輪廻は真顔で嘘をついた。

輪廻を睨みつけるヴァージニアには、お嬢様らしさは欠片もなかった。


「じゃあ次は隊長……隊長、ほら、勇気を出して」


輪廻はアブリルの手を引いて無理やり立たせた。

アブリルはしばらく抵抗していたが、部下二人が先にやったのだ、ここで逃げては隊長の沽券に関わる…ということをゴアーシュに諭されて、アブリルはとうとう腹を決めた。


「あ……あの……リーナ・フェム・リップフェルト、です………ほ、本日はお日柄もよく、た、大変素敵な舞踏会に――」

「隊長、舞踏会は夜です」

「ん、ゴホン。……よろしくお願いします。ほら、これでどうだ! やってやっただろ! どうせオレはこんなちゃんとした挨拶なんてできねえよ! 悪かったな!」


アブリルが顔を真っ赤にして当たり散らす。


ゴアーシュが、顎に手を当ててうーんと唸ってから言った。


「恥ずかしがる隊長……これはこれでアリだな!」

「いや無しだろう。潜入任務なんだし」


ヴィセンテが冷静に突っ込んだ。






ヴィセンテとゴアーシュの協力のもと、「お嬢様」になるための訓練が二日ほど続けられ、それと並行して潜入作戦の細部の確認が行われた。




そして、出発当日。



輪廻、ヴァージニア、アブリルの三人は、貴族の令嬢が普段着るような、上下がひとまとまりのフリルのついた服である。


荷物は巨大なトランクケースが3つ。

中には舞踏会で着るためのドレスと、道中に必要な生活用品。

そしてケースの二重底の下には剣が隠してある。念のため、果物を剥くための小さなナイフを、輪廻はこっそりと胸の下に忍ばせていたが。


荷物はすべて馬車に載せられていた。

これからアンアディール要塞までの一週間、ずっと馬車に揺られて進むことになる。

ちなみに服も、荷物も、馬車も、すべてアブリルの「友人」が調達した本物である。


「御者は必要ないのですか?」

「御者は真っ先にマークされるからな。現地で適当なのを雇えばいいだろう」


ヴァージニアの疑問にアブリルが答えた。

それを聞いて輪廻がたしなめる。


「お姉さま」

「う。…御者は、あちらで雇えばよろしくてよ」

「お姉さま、くれぐれも言葉遣いにはお気をつけください」

「お前、何でそんなに張り切ってるんだ…」


ヴァージニアは呆れたように言った。




三人の見送りにはヴィセンテとゴアーシュがやって来た。それ以外の隊員には秘密である。


人目を忍ぶように、出発は明け方であった。


「そんじゃ、行ってくるぜ」

「アブリル隊長、お気をつけて」

「ラディ、ちゃんと帰って来いよ」


ヴィセンテが輪廻に片手を挙げた。

輪廻も、片手を挙げて返した。


「ヴァージニア、無茶はしないでね」

「……ふん。大きなお世話だ」

「それもそうだね」

「お前も、隊長がいないからって好き放題するなよ」


ゴアーシュとヴァージニアが、パン、と手を打ち合わせた。



輪廻たちは馬車に乗り込んだ。

ヴァージニアが馬の手綱を握り、静かに馬車が走りだした。






輪廻たちの乗る馬車は、リルムウッドを出ると一度王国領を北に抜け、山間部の交易路を通り山中から帝国領に入る。


山から降り、平地をしばらく進むと見慣れない街並みを見る。

ときどき帝国軍兵士の姿を見つけて、そのときになって輪廻は自分が帝国領にいることを初めて実感できた。


「油断するなよ、リンネ」


ヴァージニアが小声で輪廻に話しかけた。

今はアヴリルが馬の手綱を握っている。


「ここは帝国軍のまっただ中、言わば魔神の庭だ。何か騒ぎが起きれば敵にあっという間に囲まれる。絶対に目立たないよう、細心の注意を払うんだ」

「ジニーこそ、その顔ヤバいよ。ほら、わたくしたちはリップフェルト家の令嬢ですのよ。もっとにこやかに、にこやかに」

「……こうか?」


ヴァージニアはかなり不自然な形で頬にくっと力を込めた。


「うん、まあ仏頂面でいるよりはずっといいと思うけど。笑顔は人の心を明るくするものでしてよ」

「お前は不安にならないのか?」

「お姉さま」

「…リィン、あなたは不安にならないのかしら?」

「上手い上手い。…死の可能性を意識する、という意味では緊張はしているわ。でもそんなことばかりを考えていてもしかたがないでしょう? 不安になるだけで助かるのなら、いくらでも不安になるわ」

「……前から思っていたんだが」

「リアお姉さま」

「ゴホン! 前から思っていたのだけど、あなた、ずいぶん場馴れしているのね。潜入というか、戦うということ全般に。どうしてかしら?」

「そうね。故郷で道場に通っていたから、かしら」

「私だって、軍に入る前は師範代から剣の指南を受けているわ。でもあなたは、私を軽くあしらったわ。……キャスカート家の人間に剣術を教えるのは、ただの師範代じゃないわ。元王国軍の、王国でも指折りの剣術家よ。その男から剣を学んだ私よりずっと強いなんて、あなたの師匠はさぞお強いのでしょうね」

「ジニー、その言い方だと少し皮肉っぽいわよ」

「そろそろはぐらかさずに答えてほしいものね」


そう言って、ヴァージニアは憂鬱そうにため息をついた。

その仕草は輪廻が文句のつけようがないほどお嬢様然としていた。





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