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輪廻は転生しました  作者: 叶あぞ
第二部 千里眼
24/31

24.女王暗殺(中編)




ヴァージニアとシャロの話は続いていたが、親衛隊の隊長ブラウ・リューゲンが部屋に入ってきて中断を余儀なくされた。

シャロが女王の顔になってリューゲンに尋ねる。


「どうしましたか?」

「分かりません。しかし何か異常が起きていることは確かです。すぐに避難しましょう。――お連れしろ!」


リューゲンが野太い声で呼ぶと、部下の親衛隊員たちが部屋に入ってきて、シャロの両腕を掴んで強引に部屋から連れ出した。


「ま、待ってください! ジニーも!」

「――ついて来い。遅れたら置いていく」


リューゲンが短く言い捨てて、早足で先に行く。

ヴァージニアは慌ててその後を追いかけた。


シャロの四方を親衛隊員が囲み、先頭をリューゲンが、一番最後尾にヴァージニアがいた。

人気のない廊下をずんずんと進んでいく。

ヴァージニアがシャロの部屋に来たときには、見回りの兵士がたくさんいたはずだった。


「西階段から一階に降りて、食堂の窓から外に出る」


リューゲンが言った。

ヴァージニアは最初その言葉が彼の部下に向けられた命令なのかと思ったが、親衛隊員が誰も返事をしなかったのでそれがヴァージニアに対する説明なのだとわかった。


「……! 止まれ!」


リューゲンが命じると全員が足を止めた。

ヴァージニアは、廊下の先に女が立っているのを見た。


女王の避難中に敵が待ち伏せしていた場合の行動は予め決められている。

シャロを護衛していた親衛隊員の何人かが敵の足止めを行い、残りはすぐに引き返して別の避難経路を行く。


「キャスカート! 戻るぞ!」

「きゃっ!」


リューゲンが走りだすと同時に、親衛隊員が乱暴にシャロを抱えて走り、二人の兵士が剣を抜いて女に切りかかった。


走りながら、ヴァージニアは振り向いて戦いの行方を見ていた。

女はしなやかに腕を前に伸ばすと、まるで舞踊のように体をくねらせ、しならせ、その場で回った。扇子を開き、片足で立ち、上体をそらし、腕を波打たせる。

すると、触れてもいないのに、女に襲いかかった兵士二人がばたばたと廊下に倒れた。


「リューゲン隊長!」

「構うな! 走れ!」


リューゲンがヴァージニアに大声で命じる。

女が走ってヴァージニアたちを追いかけてきた。


リューゲンが、シャロを運んでいた親衛隊員の肩を叩いた。


「陛下は俺が運ぶ。絶対に食い止めろ」


隊員は頷いて、シャロを隊長に任せると、剣を抜いて女の前に立ちはだかった。


しかし、結果は同じである。

女が死の舞を見せるだけで、兵士たちはうめき声を上げて倒れてしまう。


「化け物か…」


振り返りながらリューゲンが漏らした。失言だと気づいて、すぐに口を閉ざす。

王国軍の精鋭たる親衛隊ですら、ほんの踊るだけの時間しか女を足止めすることができない。


「キャスカート!」


ヴァージニアがリューゲンの方を見ると、リューゲンが短剣を差し出していた。


「こいつを使え。それから、陛下を頼む」

「…っ! 親衛隊長!」


シャロの声は悲鳴に近かった。


「――分かりました」


ヴァージニアは決意して、シャロの手を取った。

隊長が剣を抜く前に、ヴァージニアは走り始めた。隊長の名前を叫ぶシャロの感傷に付き合っている余裕はなかった。




リューゲンが剣を抜いて、低く構えた。

女の舞は二度、見ている。部下の命と引き換えに、トリックはおおよそつかめていた。


女は、とうとうリューゲンを前にして足を止めた。

二人が睨み合っている間に、ヴァージニアと女王はすでに階段を降りていた。


「貴様は一体何者だ? 誰の命令で来た?」


時間稼ぎのつもりで話しかける。返事をするときに隙が生まれれば儲けものである。


女は静かに息をすると、一礼した。

リューゲンは踏み込もうとした自分を必死に押し留めた。

これは隙ではない。

この姿勢からでも、否、この姿勢から奴の最速の攻撃が放たれる。


「わたしの名前はルーミル。ねえあなた、一緒に踊ってくださる?」






輪廻はずっとホテルの中をぐるぐるとさまよっていた。

目的地はホテルの外である。

ホテルの中に明らかな異常がある場合、外で警備をしている兵士たちにそれを伝えるのが先決だと考えたのだ。


が、一向にホテルの外に出ることができない。

民間人の宿泊施設がそのように複雑にできているはずがない。そもそも、輪廻がホテルの中に入ったときは普通に入れたのだから、出ようと思って出られないわけがないのだ。


「……何かおかしい」


輪廻はそう確信した。

本気で外に出るなら窓を蹴破ってもいいのだ。

いや、実際に輪廻は窓を破った。得物はさきほど輪廻が斬り殺した男の剣である。


――しかしその結果として、輪廻は未だにホテルの中にいるし、相変わらず外に出ることができない。


(これじゃあまるで迷宮だわ。外に出るのは諦めるしかなさそうね…)


これほどの異常事態が発生して、女王の身に危険が迫っているのは明白だった。

外を目指して歩いていた途中、警備兵の死体をいくつか見たが、生きている兵士とは合流できなかった。

輪廻は応援を呼ぶのを諦めて、自らの手でシャロを守ることに決めた。


ホテルのどこに女王が泊まっているのかは機密情報である。

輪廻はしらみつぶしにシャロを――あるいは敵を探すことにした。



もっとも可能性の高い、最上階の一番豪勢な部屋に着いた。

敵とは遭遇しなかった。運が悪かったのか、あるいは敵は輪廻の想像よりもずっと少数なのかもしれない。


慎重にスイートルームの中を確認したが、何者の気配もなかった。

中に入って驚く。

生きている人間はいなかったが死体はあった。

司令官のマイルズが下着姿で倒れていた。


「……司令官」


念のため声をかけたが返事はない。

死体には一見したところ外傷がなかった。

輪廻が不思議に思って近づいてみると、死体の胸と腹のあたりに、肌が紫色に変色して小さな円を作っている場所がいくつかあった。


屈みこんで目を凝らすと、円の中心にごく僅かな刺し傷が見えた。


「……毒針か」


素人が、それを毒針によるものだと判断するのは難しかっただろう。

しかし輪廻は、前世において更場武術団の仲間の一人が毒針を使う光景を日常的に見ていた。


(……こいつはかなりの使い手ね)


ひょっとすると、女王の護衛では歯が立たないかもしれない。

不安がさらに色濃くなる。シャロとヴァージニアの身を案じた。


輪廻は司令官の部屋を飛び出した。






ヴァージニアとシャロはホテルを下へ下へと移動していた。


「シャロ、急いで!」

「ま、待ってジニー!」

「早く!」


ヴァージニアは叫ぶように言った。

リューゲンがあの女をどれくらい足止めできるかは分からない。しかし、あの得体の知れない女を、たった一人でどうにかできるとは思えなかった。


あの女を止めることができる者がいるとすれば、それは――。


(……リンネ)


思い浮かぶのはたったひとりの名前だった。

シャロと繋いだ手に知らず力がこもる。


こんなところで死ぬわけにはいかない。

私には、もう一度会いたい人がいる。





「ジニー……」


一階に降りて出口を探していたとき、突然シャロが叫んだ。

もちろん、シャロが叫ぶ前から、ヴァージニアもその男に気づいていた。

待ち伏せされていたのだ。


「ルーミルは失敗したのか…否、成功しそこねたのか」


場違いなほどしっかりとした身なりの男である。

どこかの伯爵か公爵のように見えるが、そんな男がどうしてここに?

ヴァージニアの疑問は、男が剣を抜いたことで吹き飛んだ。


「女王陛下。私はコブ・サザートン伯爵でございます。父の理想を実現するため、そして我が理想の実現のため、あなたにはここで死んでいただく」

「やってみろ!」


ヴァージニアが精一杯叫んだ。

素早く短剣を抜くが、無闇に切りかかったりはせず、態度とは裏腹に冷静に相手の出方を伺った。


コブは何も言わずにヴァージニアに斬りかかった。女王以外には掛ける言葉などないと言わんばかりに。


ヴァージニアは命からがら初撃を受け流した。

二、三撃目を受け止めて、慌てて後ろに下がる。背中にシャロがぶつかって、ヴァージニアの後退の足が止まった。


ヴァージニアの剣は普段よりも積極さを失っていた。

万が一にも負けるわけにはいかないという重圧もあったが、親衛隊員を屠ったルーミルの魔法のような技を見せられて、ヴァージニアは必要以上に敵を恐れていた。


無論、コブの剣術の腕前も、凡人のそれを遥かに上回るものである。


縦に振り下ろす剣をヴァージニアは頭上で受け止めた。

そこから鍔迫へと移行する。

コブの方へ思い切り剣を押し出したが、コブの方はふっと力を緩めてヴァージニアの体を横へ流した。


ヴァージニアは体勢を崩してたたらを踏む。

まずい、とヴァージニアは思った。自分が突破されれば後ろには無防備なシャロがいる。足止めのため、振り向きざまに頭を狙って斬りつけた。

踏み込みの緩い姿勢から放たれた一撃はコブに軽くいなされる。


「ああああっ!」


ヴァージニアが吠えた。

剣を構えてコブへ突進する。

捨て身の攻撃にさすがのコブも簡単には受け流せない。


「シャロ! 逃げろ!」


斬り合う、というよりは、互いの剣をぶつけ合うようにして、ヴァージニアとコブは何度も位置を入れ替えた。

短剣を持っているヴァージニアには、超接近での斬り合いが有利である。


――が、それも数秒の間である。

思わぬ捨て身に戸惑っていたが、一度場が膠着すれば地力はコブに分があった。


不用意に斬り払ったヴァージニアの短剣を受け止めて、ぐいとひねると肘でヴァージニアの体を打ち、足をかけて転ばせた。

流れるような技の連携に、ヴァージニアは受け身を取ることもできず顔面から床に落ちた。


殺される――と思った。

一瞬のうちに無数のことを考える。

剣を拾うよりも、起き上がるよりも、衝撃で真っ白になった視界が回復するよりも、コブが止めを刺すのはずっとたやすい。


(間に合え――っ!)


そのときだった。

ヴァージニアのものではない剣の音が響き、コブの後退する音が聞こえた。

すぐに視界を取り戻してヴァージニアが起き上がると、自分を守るようにして立っている輪廻の背中があった。


「リンネさん!」


名前を呼んだのはシャロである。

ヴァージニアも同じ気持だった。


「ジニー、大丈夫?」

「ああ、私は平気だ」


ヴァージニアは鼻を拭った。熱いものが後から後からあふれる。自分の手を見て、鼻血が出ているのに気づいた。


コブは構わずに輪廻に斬りかかった。

輪廻はその一撃をすれ違うようにかわす。しかしコブもさるもので、背後に回った輪廻の方へ視線も送らずに剣を振った。

――が、輪廻はそれすらも避けると、手品のようにコブの死角へ回り込み、素早くコブの肩を撫で斬った。


「がっ――」


さすがにコブからも声が漏れる。

血を流して、輪廻から背を向けて離れた。廊下に膝をつきながら振り向いたが、輪廻はコブを追いかけなかった。


「貴様……お、俺の理想を……俺の理想を踏みつけたな……」

「それはお互い様だよ。あんただって、僕の大切なものに手をかけようとした」

「ぐっ…畜生…」


コブは立ち上がろうとしたが、出血がコブの上半身を真っ赤に染めていた。

ずるずると後退る。

が、何かを見つけてコブは表情を変えた。


輪廻が振り返ると、娼婦の格好をした女が立っていた。


「ルーミル! こいつらを殺せ!」


コブが叫ぶと、ルーミルは閉じた扇子を肩の位置まで持ち上げて「踊り」の準備をした。






「リンネ、こいつは――」

「分かってる」


輪廻も剣を構えた。


そろり、そろりとルーミルが近づく。


「坊や、そう怖い顔をしないで」

「止まれ」

「踊るのは嫌い?」


輪廻は駆けた。

ルーミルが扇子を振った。

事前にその攻撃を想定していたので、扇子を持つ手が動いた時点で後方に飛び退いた。

扇子からは無数の針と糸。輪廻に刺さるはずだった毒針は、輪廻の目前をかすめてあらぬ方へ飛び去った。


ルーミルはするりと扇子を床に落とした。

毒針を外したことなど意に介さずに前進する。

くるりと一回転して一歩前に。伸ばした左の手首に仕込まれた極小の毒針が飛び出す。


輪廻は廊下に転がるようにして毒針を避けた。

大げさな回避動作だったが、毒針が見えない以上、そうやって避けるのがもっとも安全なのだ。


ルーミルが両腕を頭上に伸ばしてくねらせた。が、それはフェイントで、本命は前に伸ばした足である。つま先を素早く動かすと、三本の毒針が飛び出す機構である。


――ルーミルの衣装や持ち物には毒針が仕込んである。

それは緩急をつけた特殊な動きによって飛び出すように仕込まれており、この仕掛で攻撃する様はまるで踊っているかのように見えるのだ。


輪廻は、マイルズの死因となった毒針からヒントを得て、一目見てルーミルの毒殺術の術理の大部分を看破していた。


問題は、高速で飛来する毒針を、肉眼で捉えることが非常に困難である点にある。

ホテルの廊下にはランプがついていたが、それでは十分な明るさとは言えず、炎の光がわずかに揺らめくだけで、高速で飛来する毒針など簡単に見失ってしまうのだ。


「ヴァージニア、下がれ」


輪廻は静かに言った。

目はルーミルから一刻も離していない。

射程を見誤ればあっという間にマイルズの後を追うことになる。


「あらあらどうしたの? そんなに必死に踊ることはないのに。そんなにわたしが怖いのかしら」


――が、しかし。


「毒針使いの調理法なんて、生まれる前から知ってるわ」


輪廻は剣を横に構えた。

それに回転を加えて、ルーミルに投げつけた――!


しかしルーミルとて、これまでの生涯で一度もそのような攻撃を受けたことがないはずもない。

剣は、頭を狙った高めの軌道を描いている。ルーミルは素早く反応して腰を落として剣を回避した。


――しかしそのときにはもう手遅れだった。

ルーミルの眼前に、手ぶらで突進する輪廻の姿があった。


輪廻は低い軌道で飛び上がるとルーミルの顔面につま先を叩き込んだ。

ルーミルは衝撃を受けきれずに後ろに倒れる。


仰向けに倒れたルーミルの顔面を続けて踏み潰した。

何度も、何度も。

ルーミルが動かなくなってからも、顔が潰れて血が出てからも、輪廻は踏み続けた。

手負いのコブが逃げたのが分かったが、そちらに構っている場合ではなかった。


毒針を剣で防ぐことはできない。

だったら、剣など捨てて、身軽に動ける方がずっとマシである。

どうせ不要な剣ならば、相手との距離を詰めるのに使い捨てればいい。

これが、前世において初めて仲間の毒針使いを見た時に、輪廻が頭の中で出した結論だった。


また、毒針使いはその性質上、武装を解除させることが非常に困難である。

どこに毒針を隠しているか分からない。

だから毒針使いに対しては、意識を奪ったら、目覚める前にそのまま殺してしまうしか方法がないのだ。


靴の踵に嫌な感触が続いていた。

骨を砕くまで踏み続ける。

二度と目覚めないように。

輪廻にとって安全になるまでに。


ぐしゃっ。

ぐしゃっ。

ぐしゃつ。

ぐしやつ。




輪廻はシャロの悲鳴を聞いた。

別の敵が来たのかと慌てて振り向いたが、そこには誰もいなかった。


「シャロ……?」

「リンネ、もういい。やめろ」


代わりに答えたのはヴァージニアだった。

輪廻をルーミルの死体から引き剥がす。輪廻はルーミルが起き上がらないかまだ不安だったが、ぐちゃぐちゃになった彼女の顔面を見てほっと安心した。


「行こう、リンネ。シャロも……」


ヴァージニアに言われて、輪廻は歩き出した。

シャロは怯えたように輪廻のことを見ていた。


(ああ……そうか……この子は、わたしに悲鳴を上げたのね)


輪廻の心の裡にほの暗い感情が沸き上がってくるのを必死に押し留めた。

廊下を歩くたびに、右のかかとから血の感触が蘇る。





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