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輪廻は転生しました  作者: 叶あぞ
第一部 影の槍
13/31

13.蛇




王国軍の要塞攻略作戦は失敗した。


要塞に対する襲撃と包囲には成功した王国軍であったが、帝国軍の数が予想以上に多かったことと、帝国軍の別働隊が王国軍の補給線に度々の奇襲を仕掛けたことで、王国軍のマイルズ司令官は作戦の続行を断念した。


この判断には王国軍内から反対意見が噴出した。

陥落させるには至らずとも、前線での戦術レベルでの優勢は未だに王国軍にあったのだ。

兵士たちの士気も高かった。


実は総司令官のマイルズも継戦を望んでいたのだ。

しかし作戦会議で、このまま要塞を陥落させられずにいれば、黒の森が突破された場合、帝国軍に王国領内に侵攻されて二正面作戦を強いられる可能性があることを部下に指摘され、やむなく中止を命じたのである。

黒の森に残してきた陽動部隊には、帝国軍の攻勢を長時間支えられるだけの兵員も補給もないと考えられたためである。


実際のところ、黒の森の帝国軍には陽動部隊を突破するだけの戦力はなく、包囲部隊が対峙していた要塞の駐屯軍がこの方面における帝国軍のほぼ全軍であった。

王国軍は帝国軍の戦力を過大評価していたのである。


マイルズは、王国軍の退却に、要塞内部の帝国軍が沸き立つ声を聞いた。

王国軍がもう少し帝国軍よりも多勢であったならば、最初の襲撃で速やかに要塞を陥落させていたかもしれなかったのだ。


マイルズ司令官の握りしめた拳が屈辱に震える。





作戦失敗の報を受けて、黒の森の二番隊と三番隊も攻勢を中断し大きく後退した。


戦死者の数自体は少ないものの、戦場の状況が刻一刻とめまぐるしく変わるため、いちいちそれに対応させられた王国軍は休むこともままならず、後退を完了した際には安堵のために倒れる兵士が続出した。




今度こそ活躍しようと意気込んでいたヴァージニアだったが、そもそも今回の戦闘はまともに敵と斬り合う機会すらほとんどなく、この戦闘はただの徒労だったというのが実感だった。


ヴィセンテも、自分の内に秘めた戦意を爆発させる機会を失って、その日の夜は興奮が冷めずに眠れぬ夜を過ごした。

もどかしさを感じているのはゴアーシュも同様で、苛立ったヴィセンテとの間で何度も不毛な衝突を繰り返すことになった。

喧嘩のたびにヴァージニアに諌められた二人である。




帝国軍に弄ばれるかのように右往左往させられたことで、二番隊隊長アブリルの不機嫌は頂点を極めていた。

いや、不機嫌の理由は帝国軍だけではない。

輪廻の報告である。


「姿の見えない部隊」の偵察から戻ってきたときの輪廻は様子がおかしかった。

敵とは遭遇せず、という報告もどこかぎこちない。

その点を追求したアブリルだったが、輪廻は何もなかったの一点張りで、そういう普段と違う強情なところがまた怪しい。


(くそっ、一体何だよ……)


アブリルは不機嫌だった。

自分が不機嫌である理由がよく分からないことも機嫌をさらに悪くしている。


輪廻のことを考えると顔をぶん殴りたくなる。

しかし一方で輪廻の腕を完全に認めている自分もいる。


(…何でオレに相談しねーんだよ)


結局のところ、アブリルが不愉快なのはその一点なのである。





帝国軍は勝利に沸き立っていた。


このたびの戦場では、カリナは王国軍をほぼ完全に統制下に置くことができ、帝国の勝利のために自分はほとんど満点に近い働きができたと自負している。


カリナに反抗的だった一部の参謀たちも、勝利をもたらしたカリナに表立って逆らうことはしなくなった。

また、援軍を送った要塞の司令官に貸しを作ることもできた。

今後はいろいろなことが今よりもずっとやりやすくなるだろう。


(そう、問題は王国軍じゃない)


もし自分に帝国軍の全権を与えてくれるなら――。

カリナは一年以内に王都を制圧する自信がある。


もちろんそのような根拠のない自信は凡庸な無数の用兵家たちですら抱くものである。

そして国家はそのような個人の幻想に無制限に権限を与えてくれるわけではない。


しかし何はともあれ、第一の課題は帝国軍内の掌握なのである。

自軍の掌握すらできない者が外敵に勝てるはずもない。




カリナはそこまで考えて、やはり頭に浮かんでくるのはイールズのことであった。


今回の戦場で、カリナが認識している範囲で最大の不確定要素がイールズであった。

そのイールズが、一度の出撃から帰ってきたきり、亀のように大人しくなってしまったのだ。

出撃前にぎらつかせていた闘争心もまるっきり失っているように見えた。

あれだけ自分の出番を欲していたイールズが、帰還してからは何一つカリナに要求しなくなった。


戦闘中、カリナは王国軍を統制するのに時間と知恵のすべてをつぎ込まなければならず、イールズの態度を不審に思いつつも彼を問い詰めることはできなかった。

しかし頭の片隅では常にイールズに対する不審と不安が渦巻いていたのだ。


戦闘が終わった夜、黙って自分の寝床に引き下がろうとしたイールズをカリナが呼び止めた。


「待ってください」


カリナは自分が驚くほどの不機嫌な声を出していた。

イールズは形だけの笑いを浮かべて振り向く。


「ずいぶんと機嫌が悪いんだな、アンタ。勝ったってのにその仏頂面は何だ」

「あのとき、あなたは単独で王国軍に乗り込んだ。そこで何があったんですか?」

「別に何もねーよ」

「そうでしょうか。『毒蛇のイールズ』。あなたの噂はたくさん耳にしていますよ。その噂と、今日のあなたの働きには、大きな隔たりがある」

「噂には尾ひれがつくもんだ。それに敵の小隊を二つばかり皆殺しにしたんだ。兵士ひとりの働きとしちゃあ十分だろう」

「ええ、もちろんその通りです。しかしあなたに求められているのは兵士ひとり分の働きではないし、ましてやあなたはこれまでも求められた分の働きをこなしてきたはずです」


――それは、戦略兵器としての。


「……あなたを帰還させ、その後一切出撃させなかったものに、あなたは王国軍で出会ったのですね。それは一体何ですか?」


イールズはばつが悪そうにわずかにうつむいた。

長い長い沈黙が続いたが、しかしイールズは決してカリナの追求からは逃げようとはしなかった。


「……昔の知り合いに会ったんだよ」

「王国軍に、ですか? 見逃したのですか?」

「だったらどうする?」


別にカリナはそのことでイールズを責めようとは思わなかった。

もちろん利敵行為は許されないことだが、一人の敵を見逃したところで大勢に影響はない。


カリナがそう言うと、イールズは豪快な笑い声を上げた。


「ははははっ。アンタは本当に変な女だ。普通の軍人ならこの場で俺を取っ捕まえて即席の軍法会議にかけてるところだ」

「あいにくとわたしは会議が嫌いなもので」

「そうだな。作戦会議のアンタはいつも面倒くさそうだ」


カリナの場合、作戦会議は作戦を話し合う場になることはほとんどなく、単にカリナの考えた作戦を参謀たちに披露する場になっている。

それゆえに、カリナにとっての作戦会議は、自分の提案した作戦に反対する人間をいかに説得するか、というだけの面倒くさい場になっているのである。


イールズに揶揄されて、カリナはすました顔をして咳払いをした。


「安心しろ。別に知り合いだからって見逃したわけじゃない。まあ、半分くらいはそれだが」

「もう半分は?」

「見逃してもらった」


こともなげにイールズは答える。


「俺は昔そいつとずっと一緒に戦ってたんだ。だからそいつの技量はちゃんと分かっていた。手加減をして勝てるようなやつじゃない。――無論、俺の槍がそいつに及ばないとは思わなかったがな。全力でやりあえば十中八九俺が勝つだろう。しかし確実に勝てる保証なんてものはない。十回やって、一回か二回は、負ける可能性があった。だから俺は、そいつを見逃すのと引き換えに、俺のことも見逃してもらったわけだ」

「ずいぶん弱気なんですね、蛇のイールズ」

「だから俺は今まで生き残ってこれたんだ。それにそいつは、そんなに簡単なやつじゃない。十回のうち一回しか勝てなかったとしても、最初にその一回を引き当てちまうような、わけのわからない部分があるんだ」

「…面白い人ですね、あなたをそこまで慎重にさせるなんて」

「そいつは女だよ。でも剣の技術なら一級だ。俺とまともにやりあえるのは、俺の知ってる限りじゃそいつを含めて片手で数えられる程度しかいないだろうな」

「その人は、どうして剣の道に?」

「……まあ、色々と込み入った事情があるんだ」


イールズは言葉を濁す。

他人の事情を勝手に暴くのを嫌ったのだ。

この男は意外とそういう細やかな部分での気遣いができるのだ。


「もしその人と戦うのが嫌なら、これからは――」

「いや、変な気遣いは無用だぜ。久しぶりに会えて懐かしいとは思ったが、戦場で会ったら殺し合いをするのがルールだ。やつを見逃したのは情でも何でもなく、単に今は戦うべきじゃないと判断したからだ。……次に会うときは、確実にやつを殺せる方法を用意するつもりだ」


そう答えるイールズの顔に、カリナは獣のような本能と人間ならではの殺意が同居しているのを見た。

それじゃあおやすみ、と言い残して、イールズは大あくびをしながら去って行った。





真夜中、輪廻はテントの中で目を開けた。

意識は完全に冴え渡っている。

兵隊仲間たちの寝息を聞いて、全員が眠っていることを慎重に確かめてから寝床を抜け出した。


夜の森の空気は湿気を含んで重厚感がある。

土を踏む音が静寂の中で非常に鮮明に聞こえていた。

空は木に覆われ、月明かりは届かない。


仲間たちのキャンプのはずれ、外と内を隔てる木の柵に輪廻は腰を降ろした。


どうせ暗闇ならば、目など閉じても開いても同じだ。

しばらく目を閉じて自分の呼吸音に聞き入っていた。


やがて、輪廻のものではない足音が森の奥から聞こえた。

暗闇の中でも、その男の気配だけはしっかりと認識できる。


「久しぶりだな、輪廻」

「そうだね、団長」


イールズが槍を肩に載せて立っている。反対の手に、布でくるんだ細長いものを持っていた。

輪廻は笑顔でイールズを迎えた。




それから二人は、隣同士仲良く並んで森を眺めながら語り合った。


「にしても驚いたぜ。お前、よりによって男か」

「そりゃ驚いたのはわたしだってそうだよ。おぎゃあと生まれてみれば股に見慣れないモノがついてるんだから」

「俺はてっきり、男に見えるだけの女かと思ったぞ。前のときのお前もそんな感じだったしな」

「失礼なっ。緒神輪廻が歩けば町ゆく男どもはみんなハッとして振り返ったもんさ。だろ?」

「振り向いたやつなんかいなかっただろ。すれ違いざまにお前がみんな斬り殺していた」

「いくらわたしでもそこまで見境なしじゃありませんっ」

「へへっ…喋り方は昔のまんまだな」


声は男だから気色悪いったらねえが、とイールズが続けて、輪廻がその脇腹を小突く。


輪廻が江戸で更場武術団として活動していたときと同じように、団員の緒神輪廻と団長の斧原一心は互いに軽口を叩き合った。


しかしイールズの片方の手はあの影のような槍を常に握っていたし、輪廻の腰には鞘に収まった剣がある。

輪廻は剣の柄に手を乗せるようなことはしなかったが、居合の達人である輪廻ならばイールズが奇襲しても十分に防げる速度で抜刀することができる。


それは逆もまたしかり。

輪廻が奇襲してもイールズはそれを槍で受けるだろう。


互いに心を許しても、自分の身の安全だけは決して明け渡さない。

腹の底では常に仲間を敵に回す覚悟を。

それが、斧原一心が率いる更場武術団の在り方なのだ。


「それにしても驚いたよ。日本からこっちに生まれ変わった奴には会ったことがあるけど、まさかわたしの知り合いもこっちに来てるとは思わなかった」

「他にも江戸から飛んできたやつと会ったのか?」

「まあ、正確には江戸じゃないんだけど……」


輪廻はシャルロット女王を襲った九条愛型のことを話した。

すべて話し終わらないうちにイールズはぽんと手を打った。


「ああ、あの五本差しのことか」

「知ってるの?」

「前に会ったことがある。同じ陣営だったがな」

「……確かそいつ、自分以外にも生まれ変わったやつがいるって知らなかったみたいだけど」

「そりゃそうだ。俺も生まれ変わりだってことはそいつには言ってないからな。お前も気をつけろよ。特に九条みたいなヤバい男には、あんまり自分の素性をぺらぺら話すようなもんじゃねえ」

「九条って一体何者なのさ」

「魔導同盟の実行部隊さ」


魔導同盟。

魔女の保護と魔女の力による国家間の均衡を目的に結成された組織である。

現在大陸に残っている組織の中でもっとも古い起源を持つとされている。


当時、大陸の覇権を争っていた七大国の部分的な同盟によって結成され、莫大な資金と人員が提供されたという。

現在もその流れを汲み、魔女の力が一国に集中しないよう国家間の調停を行ったり、魔女の力を持つ者が不当に扱われないように保護するといった活動を行なっている。


「でもあいつ、バリバリの武闘派だったよ? あんなのが魔導同盟にいるっての?」

「魔導同盟は表向きはただの調停機関だが、実際はああいうのをいくつも飼って暗躍しているらしい」

「嫌な話だね」

「それから、魔導同盟は魔女の力で作られた道具の回収もやってる。もし回収に応じないやつがいた場合は子飼いの武闘派を使って無理やり奪わせる。ちなみに俺が奴らと一緒だったときも魔導具の回収が仕事だった。と言っても、魔導具は途中で俺が頂いたわけだが」

「え?」

「影の槍だ」


イールズが槍を持ち上げた。

天に突きあげたところで、槍は夜暗に溶け込んで鮮明には映らない。


「おかげで俺も魔導同盟に追われる身だがな。しかしこれはただの槍じゃない。魔女の力で作られた槍だ」

「普通の槍と、何が違うの?」

「それは言えん。戦場で会ったとき、確かめてみればいい」


イールズは不敵に笑った。輪廻もそれに応える。


「そうだ、忘れるところだった。お前にこいつを渡そうと思っていたんだ」


イールズは布でくるんだものを輪廻に手渡す。

輪廻は受け取り、布を取った。


わずかに反りのある黒い鞘。剣のように見える。しかし鍔はない。

輪廻は剣を抜いた。


「これは……打刀……」

「に、見えるだろう。特注だぜ。俺がこの槍をいただく前に使っていた剣だ。九条も似たようなのを使っていたよな。やっぱり俺たちは昔の武器を忘れられねえんだ」

「もらっていいの?」

「俺はもっと良い武器を持っているからな」


輪廻は素早く刀を抜き闇の中に突き出した。

その抜刀の速度と剣筋の正確さに、イールズが口笛を吹いて囃し立てる。

刀を鞘に戻すと、なめらかな感触で滑るように収まる。


「すごいわね、これ。見た目はちょっと違うけど、手応えは刀そのものだ」

「それを使えば、多少は前の腕を取り戻せるんじゃないか?」

「ここの世界の剣は重すぎる」

「お前も槍を使え。槍は良いぞ」


イールズはそう言ったが、そう簡単に槍術家に転向できればそんなに楽な話はない。

斧原一心は剣、槍、弓、全てに秀でた武芸者だった。





そのとき、輪廻はキャンプの方から駆け寄るひとつの足音を聞いた。


「ラディ!」


ヴァージニアの声だった。


走りながら剣を抜き、一跳びで柵を越え、イールズに斬りかかる。

イールズは余裕を持った動作でその剣を槍で受けると、ヴァージニアが跳びかかった速度よりもずっと素早く後ろに下がった。


イールズが構える。

ヴァージニアは彼我の実力差をまだ理解していない。

危険だ、と輪廻は思った。


輪廻はヴァージニアの前に立った。

剣は抜いていない。無防備な体をイールズに晒す。


「ラディ!?」


ヴァージニアが戸惑った声を上げる。


イールズは構えを解くと、来たときと同じように槍を肩にかけた。

そのまま別れの挨拶もなく、イールズは森の奥に跳躍した。





よしわかった、説明しよう。

これは影の槍だ。

魔女が創り出した知恵のひとつ。いや、武器か。

人類が決して辿り着くことのできない魔女の英知として、魔女が我々に与えたものだ。

昔大陸で起きた大きな戦争の時にな。あの時は本当…まいったよ。

さあ、まずは振ってみるか。

…ふっふっふ。

見ての通り、継ぎ目すらない美しいフォルムだろ?

懐かしいなぁ…私も見るのは久しぶりなんだ。

一体どんな素材でできているのか調べればわかるだろうが、すまない、私には興味がないんでね。

詳しいことはまた魔女たちにでも聞いてみるんだな、誰か知ってるんじゃないか?

神はこれを爪楊枝に使っていると噂を聞いたことがある。私はそんなところは見たことないがね。



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