そういう言い方、傷つく人もいると思いますよ と言ってくるやっかいな同僚の話聞く?
私が勤めるリーデル市役所には、少し面倒な人がいる。
「そういう言い方、傷つく人もいると思いますよ」
そう言ってくる、ちょっとやっかいな同僚の話を、聞いてほしい。
名前はセリーヌ・ヴァイス。私と同じ魔道具管理課で働いている。仕事がまったくできないわけじゃないし、愛想もいい。上司の前では特にいい。
ただ、何かあると必ず一言多い。
「ミレイさん、この書類って今日中でしたっけ?」
隣の机から聞かれて、私は手を止めた。
「昨日渡した更新申請? 今日中だよ。明日の朝、監督局に回すから」
「ああ、そうだったんですね。私、今日中って聞いた覚えがなくて」
「昨日言ったよ」
そう答えた瞬間、セリーヌが少し眉を下げた。
「……そういう言い方、傷つく人もいると思いますよ」
「え?」
「私は別に気にしませんけど。聞いてなかったみたいに言われると、責められてるように感じる人もいますから」
(出た。傷つく人。なお、この場にはいない)
「責めてないよ。今日中だから確認しただけ」
「そういうつもりがなくても、受け取る側がどう感じるかって大切だと思います」
「……じゃあ、今日中にお願いね」
「はい。最初からそう言っていただければ大丈夫です」
最初から言っている。
口にすると長くなるので、私は黙って仕事へ戻った。
リーデル市役所では、街で使われる魔道具の登録や営業許可、魔獣被害の申請なんかを扱っている。私たち魔道具管理課はその名の通り魔道具関係の手続きが中心で、毎日それなりの量の書類が積み上がる。
そして、なぜかセリーヌの書類は時々、私の机にも積み上がる。
「これ半分お願いしてもいいですか? 今日は窓口対応が多くて」
「午後ずっと席にいたよね?」
「そういう細かいところまで見られてると、ちょっと怖いです」
(怖いのはこっちだ)
そんなある日の昼前、隣の魔術安全課からクラウスがやってきた。
金髪で背が高く、庁内ではそこそこ有名な美形である。安全課とは仕事で関わることが多いので、私も以前から何度か一緒に仕事をしていた。
「屋外転送陣の申請、持ってきました」
「あ、それ私見ます!」
セリーヌが勢いよく立ち上がった。
十分前まで「今日はちょっと頭が痛くて」と言っていた人と同一人物とは思えない。
(治った。クラウス、回復魔法も使えるらしい)
「クラウスさん、最近お忙しいですよね。何かお手伝いできることがあったら言ってくださいね」
「ありがとうございます」
クラウスは書類を渡したあと、私にも声をかけた。
「ミレイさん、先週の南門の件ありがとうございました」
「ああ、あれ。もう大丈夫?」
「はい。助かりました」
「よかった」
クラウスが帰ると、セリーヌがすぐこちらを向いた。
「ミレイさん、さっきの話し方、少し馴れ馴れしく見えるかもしれませんよ」
「クラウスと?」
「もちろん仲がいいならいいんですけど、職場ですから。私は別に気にしませんけど、周りから見て誤解する人もいるので」
さっき身を乗り出していた人に言われた。
「……気をつけるね」
昼休み、その話を戸籍課のレナにすると、隣にいた会計課のマルタが吹き出した。
「セリーヌがそれ言ったの?」
「うん」
「私が昨日、資料運ぶの手伝ってって頼んだら『腰を痛めやすいので』って断られたけど」
「私も」
レナが手を上げた。
「箱持ってたら『女性同士で無理しない方がいいですよ』って言われた」
「手伝っては?」
「くれなかった」
三人で黙った。
「……何の助言だったんだろう」
「精神論?」
その時は笑って終わった。
セリーヌは面倒だ。でも、わざわざ上司へ訴えるほどではない。少なくとも、一件ずつなら。
状況が変わったのは一か月後だった。
リーデルでは毎年、夏の終わりに大きな魔法祭が開かれる。そこで使われる大型魔道具の使用許可が、処理されていないことが分かった。
「申請は三週間前に届いている。誰が担当した?」
課長の声に、課内が静まり返った。
受付記録はある。魔道具管理課へ届いた記録もある。その先がない。
「……私、一度見た気がします」
セリーヌが控えめに手を上げた。
「大型案件だったので、ミレイさんに渡したと思います」
「もらってないよ」
「でも、渡したと思います」
「見たことない」
「……また、そういう言い方」
こんな時までやるのか。
「今は言い方の話じゃないでしょ」
「私は覚えていることを話しているだけです。それを最初から否定されると、私だって傷つきます」
祭りまで十日しかない。監督局へ連絡すると、その日のうちに監査官がやってきた。
「正式書類ですので、魔力履歴を確認します」
役所の書類には偽造防止の魔法がかかっている。誰が受け取り、誰が処理し、どこへ回したのか。そのたびに担当者の魔力が記録される。
監査官が杖を向けると、宙に文字が浮かんだ。
「受領者、セリーヌ・ヴァイス。開封後、同日午後に保留処理。その後の移動履歴はありません」
「そんな……私、ミレイさんに渡したはずです」
「記録されていません」
「机に置いただけなら残らないんじゃないですか?」
「残ります」
即答だった。
セリーヌの机を調べると、下段の保管箱、その一番底から書類が出てきた。
「あ……」
「三週間ここに?」
「その日は忙しくて、あとで確認しようと思って……忘れたことは悪かったです。でも、大型案件なら誰かが進捗を確認する仕組みも必要ですよね? 私一人だけの責任みたいにされるのは違うと思います。 私はその日ほかの仕事もありましたし、全部を一人で把握するのは無理です。それに、皆さんも気づかなかったわけですよね?」
監査官が一度だけ瞬きをした。
「では、確認しましょう」
「え?」
「他職員にも責任があるとのことですので、過去半年分の処理履歴も確認します」
余計なことを言ったな、と思った。
案の定、出てきた。
「こちら、担当者はヴァイスさん。実処理はミレイさん」
「手伝ってもらっただけです」
「こちらはレナさん」
「戸籍情報が必要だったので」
「処理全体を転送しています」
「……」
「こちらはマルタさん。こちらは別部署の職員。まだありますね」
気づけば、あちこちの部署から人が呼ばれていた。
「それ私やりました」
「え、あれセリーヌさんの担当だったんですか?」
「私も頼まれました」
横でレナが小声で言った。
「被害者の会できそう」
「会費いる?」
「本人負担で」
笑いそうになった。
半年分を並べてみれば、みんなが少しずつ同じことをされていた。仕事を頼まれ、注意すると言い方を注意され、上司への報告ではなぜかセリーヌが処理したことになっている。
「皆さん何も言わなかったじゃないですか」
セリーヌが声を上げた。
「今になってこんなふうに言われるなんて、私、すごく傷つきます」
「私も傷ついてたよ」
「え?」
「仕事を押しつけられて、確認したら責めてるって言われて、普通に仕事の話をしただけなのに言い方が悪いって言われて」
「でも私はそんなつもりじゃ――」
「そういうつもりがなくても、受け取る側がどう感じるかが大切なんでしょう?」
セリーヌの口が止まった。
「私も」
レナが言った。
「私もです」
マルタも続いた。少し離れたところから新人まで「私も……」と手を上げる。
「でも、皆さん普通に接してくれてたじゃないですか」
「仕事だからね」
課長がさらっと答えた。
その時、監査官が祭りの手続きについて安全課へ確認を取ることになり、担当者としてクラウスが呼ばれた。
事情を知らないクラウスが部屋へ入ってくる。
「お呼びですか?」
セリーヌは彼を見た瞬間、助けを求めるように身を乗り出した。
「クラウスさん、聞いてください。私、皆さんと普通に仕事していただけなのに、私だけが悪いみたいに言われてるんです」
クラウスがきょとんとした。
「……え? 何の話ですか?」
「私が仕事を人に押しつけてたとか、人によって態度を変えてたとか……そんなつもり全然なくて。困ってる人がいたら普通に手伝ってましたし、皆さんとも仲良くしてたと思うんです」
「はあ」
「クラウスさんにも、いつもそうしてましたよね?」
「僕にはいつも親切でしたね」
セリーヌの顔が少し明るくなった。
「ですよね?」
「はい。なので、僕にだけ親切なんだと思っていました」
「……え?」
「以前、マルタさんが資料の箱を運んでいる横を通り過ぎたあと、僕が同じ箱を持ったら『手伝います』って来てくださったので」
セリーヌの顔が固まる。
「それは、たまたまで……」
「レナさんの時も見ましたよ。あと新人の方が書類を大量に抱えていた時も」
「でも、それはその時の状況が――」
「そうかもしれません」
クラウスは普通に頷いた。
「ただ、何度も続けば、周りから見てどう感じるかって大切なんじゃないですか?」
今度こそ、セリーヌは何も言えなかった。
レナが俯いた。
肩が震えている。
私も机の端を見た。
ここで笑うのはよくない。
最終的に、セリーヌは解雇にはならなかった。ただし魔道具管理課から外され、単独業務の多い記録管理室へ異動。今後は担当した仕事をすべて記録し、他人へ回す場合も理由を残すことになった。
異動を告げられたセリーヌは、最後まで納得できない顔をしていた。
「でも私、皆さんとは普通にやれていたと思うんですけど」
課長は書類をまとめながら答えた。
「君と同じ部署を希望する人は、今のところいないからね」
「……え?」
「では、来週から記録管理室へ」
話はそれで終わった。
セリーヌは二か月後に辞めた。
理由は「もっとお互いを尊重できる職場で働きたいから」だったらしい。
そして先日、別の役所に勤める知り合いから連絡が来た。
『前の職場では人間関係に恵まれなかったっていう人が入ってきたんだけど、知ってる?』
名前を聞いた。
セリーヌだった。
『どんな人?』
私は少し考えた。
説明しようと思えば、いくらでもできる。
たぶん、ちょっと長くなる。
「そうだなあ」
私は笑った。
「その人の話、聞く?」




