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婚約破棄令嬢 家柄…今は× 資金…今は× スパイ適正◎

掲載日:2026/04/25

長編の試験投稿的な作品です。

(こんなタイトルですが、主人公男です)

 草。

 これは現代日本で使われている様な(笑)から始まり、省略され頭文字のwになり…それを雑草に見立てて使われる草とは違うモノ。


 この世界…ラッテにおいて、他国へ根を下ろして活動するスパイの事だ。

 草は、引っ越した先の国から決して疑われることがない様、任務をこなさずただ世代を重ねる。

 そうして…祖国のために、たった一回の重要な任務をこなすためだけの存在だった。


 だからこうして200年間何も任務がなく、


「よぉ、キース! 仕事帰りで腹減ってるだろ?安くしとくぜ!」


 普通に生きる者もいるのだ。


「ああ〜…じゃあ焼き鳥パン2つで」


「あいよっ!」


 そうして馴染みのおっちゃんから手渡しされる。

 それはホットドッグの様に切り込みが入れられたパンに、レタスと醤油の様なタレがついた焼き鳥を挟んだモノ。

 この店で飯を買う時、絶対頼むメニューだった。

 それはやっぱり…美味しいからだ!


 家に向かって足を進めながらひと齧り。

 …ああ、肉体労働で疲労した体によく染みる…。

 そして、ガクンと肩を落とす。

 

 言葉の端々からきっと気づいてくれるだろう、俺が現代日本の記憶を持って産まれてきた人間だという事に。

 だからこの体で立ち上がれる様になる前の記憶も覚えているし、今いるのが異世界だと気づいて心の中でガッツポーズした事も覚えている。

 そしてスパイの家系という特別な生まれ、こんなの俺のための世界みたいじゃん!

 ……そう、思っていた時期が僕にもありましたって感じ。


 まず、草は別にスパイというほどかっこいいものでもない。

 だって、そんな露骨な行動を取ったらバレてしまうし。

 だから祖先の人達も、草としての能力を子供に受け継いではいたものの使う事はなく、ただただ普通の人間として200年を終えたのだ。

 まあ平和なのは良いんだけど…問題は、


「絶対目立っちゃいけないんだよなあ…」


 そう、枷をかけられているのだ。

 もちろん、鍛え上げた力で無双!なんてもっての外である。

 現代知識で荒稼ぎ!そのルートもしっかりと縛られていた。

 まあ、マヨネーズすら作れない人間が何の知識で無双すんねん!という感じなんだけどね。


 いくら魔法があるとはいえ、こんな事なら現代日本の方が幸せだよ……とほほ。

 娯楽も指で数えれるぐらいだし。

 その限られた娯楽を楽しもうにも、お金がかかる訳で…。


 そうして平和だけども、変わらない毎日。

 それに少し憂鬱になりながら、帰宅するため大通りから路地へと入っていく。

 草としての任務、その前払いとして送られた唯一?の報酬がこの先祖代々受け継いだ土地。

 両親を任務関係なく流行り病で亡くしてしまったから、少し広いこの家に一人暮らしだ。

 そんな家に帰ろうと思ったのだけど…


「…………誰?」


 薄暗い路地に佇む我が家。

 その玄関前に、謎の女性が体育座りで腰を下ろしているのだ。

 

 普通だったら開けてもらえますか?って話して、入っていく。

 …いや、こんなシチュエーションやった事ないし、普通でもないんだけど!

 

 ただ彼女が身につけている服は、庶民が働いても到底届かないレベルの代物だ。

 というか明らかにレベルが違いすぎて、無知な俺では値段をつけられない。

 でも明らかに生地の感じが、この世界では滅多にお目にかかれないレベルだと思う。


 豪商か、それとも……貴族か、どちらにしても厄ネタである。

 絶対、草としては関わらない方がいい案件。

 目立ってしまうし、下手したらスパイの身分が露見しなくても刑罰を受ける可能性があるし。

 

 …とはいえ、1人の人間として見てないフリをするのも忍びない…か。

 そんな訳で彼女に向かって歩いて行き、


「こんばんは」


 取り敢えず挨拶をしてみる。

 そしてビクッと、肩を大きく震わせた彼女へ続けて、


「良かったら、入って行きます?」


 そんなお誘いをかける。

 もし今まで考えていたのが勘違いで、たまたま休憩していただけだったら彼女も立ち去るだろう。

 迷子だったら、衛兵の詰所まで送っていくのもやぶさかではない。

 こちらの声は彼女に届いたのだろう、俯いて伏せられたままの顔がゆっくりと持ち上げられていく。


 よく言えば素朴な顔、悪く言えば特徴のない顔……こちらが顔の品評なんてできる立場ではないのだけど。

 そして何より目立つのは、腫れぼったい目元。

 多分、泣き腫らした跡だろうか。


 そんな顔を晒した彼女は、こちらへ視線を投げかけてくる。

 そして僅かな時が経ち…ハッと何かを思い出した様に、周りをキョロキョロと見渡す。

 でもこちらも同じ様に確認しても何も見当たらない。

 それを確認したからか、ホッと胸に手を当てて一息ついた彼女は、


「お願い…します」


 蚊の鳴く様な小さな声でこちらの誘いに答えるのだった。

 …分からないけど、案外表情豊かな人らしい。


 


「どうぞ」


「…ありがとう」


 部屋の中心に置かれたソファ、そこに腰掛けた彼女の前へカップを置く。

 湯気と共に、香り立つ紅茶の香り。

 他人に出すのは初めてかもしれない、それもこんなお嬢様?に。

 

 まだ夜風は体を凍りつかせるほど冷たい。

 それを温めるためにか、彼女は早速カップへ手を伸ばし口へと運ぶ。


「…美味しい」


「それは良かった」


 その感想を聞けて、ホッと一安心だ。

 ……いやいや、一応ここ俺が産まれてから20年住んでる家なんだけどね!?

 なんで、お茶を出すだけでこんな緊張しないといけないんだか。

 彼女の一つ一つの所作が洗練されすぎていて、つい緊張してしまった。

 気を取り直して…


「どうして…ウチの前に座り込んでいたんですか?」


 本題へ入る。

 夜も遅く、あまり女性1人で出歩くのは推奨できない。

 それが例え…王都だとしても。

 

 家出だったら、彼女の様な裕福な人間だけが住む地区でフラフラしていればいいだろう。

 友人の家にでも泊めてもらえば良いのだし。

 流石にこんな平民街まで降りてくるのは、リスクが大きすぎる。


 そんな事を思いながら問いを投げかけた。

 すると彼女の表情が再び曇ってしまう。

 

 ぎゅっと両手で握りしめられたカップ。

 何かを言いかける様に口が開かれるも、それは言葉にはならない。

 気まずい沈黙の時間、それを破ったのは、


ドンドンッッッ!!


 扉が破壊されたと勘違いするぐらい激しいノック。

 こんな音、ドラマで借金取りが来たシーンぐらいしか聞いた事が無い。

 しかもこんな夜分になんて、異常事態だ。

 そして、落ち着いていたのに震え始める彼女の身体…ああ、何となく分かった。


「隠れないで良いから、喋らないで座ってて。

()()()()()()()()()()()()()


 小さく頷くのを確認した俺は、ドアへと駆け出しその鍵を開けた。

 扉の向こうにいた人達の姿を確認し、彼女の相手はなんとなく察せられてしまう。


「遅れてしまい、申し訳ありません。

古い友人との再会で、話が盛り上がってしまい…」


「…いや良い。

現在、王都全域にて指名手配犯の捜索が行われている。

これは、王太子殿下直々の命令のため強制である。

一応聞くが…良いな?」


 そんな、まるでこちらが罪人の様な問いかけ。

 心当たりは……すごいあるから、内心では焦りまくり。

 でもそんな感情はおくびにも出さず、


「どうぞ、どうぞ。

ただ、あまり荒らさないで頂けると助かります」


「それは、もちろん。では、失礼する」

 

 彼らを招き入れた。

 ドタドタと入ってくるのは数人の鎧を身につけた者達。

 そう、この王都での治安を維持する部隊…ルイス王国衛兵隊である。

 衛兵を証拠のない民家に突撃させれるなんて、相手はもう相当な高位貴族に違いない。

 …最悪だよ、本当。


 そして会話を交わしたのは、多分この小隊の隊長だろうか?

 名前は別に知らないけども。

 そんな彼は、他の部屋へ行く衛兵とは違い…真っ先に彼女の元へと向かう。


 口をアワアワとさせる彼女、こちらへチラチラと救いを求める様な視線を送ってくる。

 …あんまり、目立つ様な真似はしないで欲しい……バレるから。

 そんな彼女の顔や服装をジッと見ていた隊長の彼。

 きっと彼女にとっては生きた心地がしない時間が過ぎ…


「問題なしか。

お前達、誰か隠れていたかっ?」


「いえ、誰も確認されておりませんっ」


「そうか、ご苦労」


 後ろで目をぱちぱちとさせる彼女を置いて、衛兵達は言葉を交わす。

 そりゃそうだ、扉の向こうには誰も匿っていないし。

 そうして彼らはこちらへ振り向き、


「捜査への協力感謝する。

夜分遅くに失礼した」


「いえいえ、ご協力できた様で何よりです」


 家から去っていったのだ。

 …ふぅ、何とか上手くいった。

 流石に()()()()()()()()()()からね。


「…一体、どういう事なの?」


「いやいや、それはこっちが聞きたいんだけどね。

王太子に狙われるなんて、一体何をしでかしたのさ」


 彼女に問いを投げかけられるけども、流石に先にこちらが聞きたい。

 一応彼女を庇った訳だし。

 …とはいえ、あんまり物騒な案件だったら突き出すのも考えなければならないけど。


 そんなこちらの目線に気づいたのだろう。

 口をつぐんでいた彼女も、ポツポツと話し始めたのだ。



「…私の名前はハーティア・ド・ラ・バタイユ。

バタイユ侯爵家の長女であり…シュタイン王太子の婚約者でした」


 とんでもない爆弾発言から始まった彼女の話。

 バタイユ侯爵家…貴族事情に詳しく無い庶民の俺でも知っている。

 

 だって……現在この国の宰相を務めている家なんだから。

 そんな家系の彼女と、王太子が縁を結ぶのは別に不思議な事ではない。

 でもこんな婚約破棄なんて行為は、生まれて初めて聞いた。

 まあ…彼女が犯罪者なら、その限りはないけど。


「…将来の王妃として周囲から持ち上げられる日々。

それに乗せられ贅沢三昧、その間に王太子の気持ちが私から離れ…他の女性へ向けられていくのには気づきませんでしたわ」


「………」


「そうして迎えた王立学園の卒業記念パーティーにて…婚約を破棄すると宣言されたのです」


 そのあまりの怒りか、悲しみか。

 溢れ出た感情の揺れが、両手で握りしめられたカップにも伝わり水面を揺らす。


「あんな恥を公衆の面前でかかされたのは初めてでしたわ。

だから私は…王太子に抱きつくセーラ男爵令嬢を睨みつけたのです」


「そしたらどうなったと思います?

…他の生徒に羽交い締めにされて、バケツで顔にかけられたんですよ…水を」


「……水を?」


 彼女の怒りは話すたびに増していくばかり。

 流石に止める勇気もない。


「人生で一回だけのパーティー、気合を入れたドレスも…メイクも全て落ちてしまった」


「水溜まりの上で呆然とする私に対して、彼は……アイツは一言」



()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう言ってアイツは鼻で笑いやがって…」



「OK、OK一旦止まろうか。

お茶のお代わりも淹れるからさ」


「おーけー? …分かりませんが、お茶は頂きますわ」


 怒りが振り切れてしまったのか、力の入った手に握られたカップから変な音が鳴ったところで彼女を止める。

 そして湯気も立たないほど温くなったお茶を注ぐと、それは一気に飲み干され空となった。


「少し、はしたない所を見せてしまいましたね。

忘れて下さいまし」


「……少し?」


「何かおっしゃったかしら?」


「いえ、何もっ。…それで、その後は?」


 こちらの小さく溢した声は、彼女の地獄耳からは決して逃れられなかった。

 その時の迫力は、パレードで見たこの国の王を超えているレベル。

 流石に、いや少しじゃないですよね?…と真正面から指摘する勇気は俺にもない。

 そんな出来事を誤魔化す様に、俺は彼女の話を催促する。


「どれだけ怒っても、羽交い締めにされては何も出来ませんわ。

そうして特注したドレスを濡らした私は、王子とその取り巻き達に笑われ…無関係の者達に笑われ…元々の取り巻き達とも目を合わせてもらえないまま会場を去りました」


「…それで、何でここに?

侯爵家で、しかも宰相の家なら守ってくれるんじゃ…」


「守って貰えるのは…利用価値のある者だけですわ」


「え…」


「ご存知かしら、有力貴族達は王妃の妊娠に合わせて子どもを作るんですのよ。

そのため…バタイユ家と婚姻を結べる様な家は、今回のパーティーに居合わせていた」


「…ああ〜」


 これは…もう、相槌しかできない。

 いや、それもなっているのかどうか。

 

「次期当主としても、弟がいますし価値がない。

宰相である父は他からもその地位を狙われる身、次期当主の弟にも放置すると飛び火するでしょう。

だから…身内の恥ごと全て切り捨てるのが最適解」


「………」


「そうして切り捨てられる側の私は屋敷を追い出され…人目を避ける様に路地裏へ。

……歩き疲れてこの家の前で座り込んでいた所で、貴方と出会った…そんな経緯ですわ」


「そっかぁ〜」


 そうして全て吐き切った彼女、少しは気も晴れたのだろうか?

 空のカップへ自身で紅茶を注ぎ、口を付ける。

 

 何とも言えない壮絶な話だった。

 …ただ彼女には悪いけれど、もう終わってしまった話でもある。

 今重要なのは、


「何でここまで狙われているんだろう?

別に、婚約破棄されたなら関係ないはずじゃ…」


 そんな疑問。

 言ってしまえば、もう婚約破棄の取り消しは出来ないのだし、別にハーティアさんを探す必要もなさそうではある。

 あんな無理やりな家宅捜索も、少なからず反感は買うだろうに。

 その疑問に対しては彼女が答えてくれた。


「今までバタイユ家は、婚約を結ぶほどの第一王子派閥。

ですが婚約破棄されたという事は、袂を分かったということ」


「であればバタイユ家が他の第一王女や第二王子派閥に行かない様、私を手元に置いときたいのでしょう。

…私に過失があり婚約破棄と証言させるぞ、そう脅せば王になるまでは協力させれるでしょうから」


「なるほどなあ」


 そう言いながら、ソファに座った俺はゆっくり頭を抱えた。

 …貴族達の政争、しかも王の継承権争いとかいう本当のど真ん中に首を突っ込んでしまったらしい。

 草として明らかな領分違反である。

 許して…くれませんかね?


「そう言えば貴方、何か私にしたでしょう?

ドレスを着た状態であれだけ近寄られて、バレないはずがありませんわ」


「そうして話が戻ってくると…。

口で説明するより、見せた方が早いかな?」


 彼女の疑問も尤もだ。

 一応今までの人生で家族と草メンバー以外には隠してたんだけど…まあ、いっか。

 彼女も納得しないだろうし…偶には人に見せたい気分もあるしね。


 今までの訓練の成果で自在に操れる魔力。

 それを脳内で魔法として構築し…出力を行う。

 その魔法はこちらの体を覆っていき、


「これは……私?

変身…ではなく、幻影でしょうか?」


「そう、これは光属性系統の幻影ですね」


「なるほど…」


 そうしてソファから立ち上がった彼女は、こちらの体をペタペタと触ってくる。

 …淑女だよね、こういう行為はあんまり良くないのでは?そんな言葉はゴクンと飲み込んだ。

 決して嬉しいからではない…決して。


「しかも、瞬きも呼吸の際の胸の動きまで再現…」


「一応、喋ってる時の唇の動きなんかも合わせれるし…走っても大丈夫」


「それは…素晴らしいですね」


 彼女はどうやら、結構感動してくれているらしい。

 ただ、あくまで幻影。

 触られたら、嘘なのはバレてしまう。

 

 だから彼女には座っていて貰ったのだ。

 もし彼女が逃げようとしたら捕まり…男のガワを貼り付けていたのに、本当は女性なのがバレてしまうだろう。

 あくまで彼らは家宅捜索、しかも残業で…夜間に複数箇所を巡るだろうハードスケジュール。

 別にこちらが暴れず協力的ならば、わざわざ手を出しては来ないはず…そう考えていた。


「これほどの幻影、人生で初めて見ました。

しかも無詠唱で…」


「そりゃあ、そうですよ。

これだけ光属性の才能があったら…教会が黙っていません、回復魔法の担い手として」


「あっ…」


 この世界には、火水土風闇光の六つに分かれた魔法の属性がある。

 そもそも魔法を使える人間は限られているのだけど、闇光はごく少数。

 自慢じゃない…やっぱり自慢だけども、かなりの光属性の才能を俺は持っていた。

 きっと教会で回復魔法を習っていたなら、聖女と並ぶ地位…聖人やトップの教皇も目指せたと思う。

 ……こんな薄暗い場所で過ごさなくていいし。


 そんな輝かしい道を捨てる人なんて、スパイ…それも他国に潜入中でないとあり得ない。

 自国だったら絶対回復魔法を覚えさせて囲いたくなるだろうしね。

 ちなみに、スパイがこれ覚えてたら便利じゃね?…そんなノリだろう草本部からの命令によって、こちらのルートを強制的に選ばされた。


 後悔しているかだって?……月に一回ぐらいは後悔してるけど!!

 だって、仕事キツすぎるし!

 これでも良くなった方だ、労働1年目なんて毎日思ってたし。

 別に回復魔法で教会に潜入してても良くね?…ってね。


「まあ、気持ち程度なら回復魔法を使えるんだけど…」


 そう言いながら、彼女の足元へ手を翳す。

 手から放たれる柔らかい光は彼女の足を包み込み、疲れを癒していく。

 そして少し経ち、


「筋肉痛が…消えましたわ」


 彼女の言う通りの効能が発揮されたのだ。

 現代日本で例えるなら、湿布を貼って1日寝たぐらいの効果と言えば伝わるかな?


 …地味である。

 患部を冷やして寝れば良いんだから、本当に魔法でやること?って思ってしまう。

 失った手足がニョキニョキ生えてくる聖女レベルと比べると、あまりにも悲しいクオリティ。

 

「回復魔法ではなくそれだけ幻影魔法を極めて、貴方どんな職業に就いてますの?」


「……今は、老朽化した王都の城壁の修復工事。

その日雇いの肉体労働やってます…」


 疲れる肉体労働、その時だけはこの筋肉痛回復はまあまあ役には立っている。


「……バタイユ家に売り込みにいらっしゃったら、雇ってあげましたのに…」


「………」


 そうして俺はガクッと肩を落とす演技…でもないか。

 そんな事やったら、草として祖国を敵に回す事になるだろう。

 幻影魔法に白兵戦能力はなく、俺本体の戦闘能力は衛兵2人がかりで襲われて負けるレベル。

 そのため、貴族の雇われルートは取れない。


 だから叶わぬ、夢と現実の狭間で肩を落とすのだ。


「…それで、ハーティアさんは行く宛はあるんです?」


「……いえ、ありませんわ」


「そっか、じゃあここに住む?」


「えっ…良いんですの?」


 話題の振り方が悪かったんだろうか、彼女まで辛い現実に引きずり込んでしまった。

 そうして肩を落としていた彼女だったけれど、こちらの問いかけを聞いて上目遣いで答える。

 …それは、ずるくない?


「ま、まあ?1人暮らしだし?飯と寝床ぐらいは用意するよ」


 思ったより動揺してしまい、裏返ってしまった声。

 熱くなった頰は…見られてたら、幻影でも隠せないだろう。


「では…お言葉に甘えて、お世話になりますわ。

…そう言えば、貴方の名前を聞いてませんでしたね」


「名前はキース、ただの日雇い労働者。

少しの間かもしれないけど、よろしく」


 そうして婚約破棄され、貴族の地位から追い出された彼女…ハーティア。

 他国からのスパイとして代々潜伏し続けた草の一員である俺…キース。

 こうして、そんな異色の経歴の2人による奇妙な同居生活が始まりを告げたのだ。






「そろそろ一ヶ月かぁ〜」


 仕事帰り、そんな呟きが口から漏れる。

 そう、あの婚約破棄された侯爵令嬢…ハーティアとの出会いから数えてだ。

 

 あれから衛兵を始めとする誰も家へ訪ねて来なかった。

 まあ王都にはいくらでも家があるし、わざわざ同じ家には来ないだろう。

 …余程の確信がない限り。

 彼女には申し訳ないけど閉じ籠って貰ってるし、多分大丈夫なはず。

 

 それよりも今気になるのは…本国からの連絡。

 流石にこの案件をあちらに隠したままでは動けない。

 下手したら、両国を敵に回す最悪の事態も考えなければならないしね。


 いつもこちらが出した情報の返事は一ヶ月ぐらいで帰ってくるはずだから、そろそろと思いながら日々を過ごしていた。


「キャッ!」


「…あっ、すみません。よそ見してまして…」


 考え事しながら歩いていたのが悪かった。

 通りで誰かとぶつかってしまい、ボトボトと地面に林檎が転がってしまう。

 慌ててしゃがみこみ、一つ一つ地面から拾いあげていく。


「…ごめんなさい」


「いえいえ、こちらも悪いですから〜。

お礼に一個差し上げます〜」


「いや、それはっ………どうも」


 ぶつかってしまったのは、顔がフードで影になり見辛い女性。

 お礼という名目で強く押し付けられた林檎を無理やり握らされるが、追加でスッと隙間に入り込んで来たのは()()()()()()()()()()

 それで全てを察して、目立たないよう去る事にした。


 機密情報、間違ってもこんな所では見られない。

 貰った林檎と一緒に、ポケットへ突っ込むのだった。



「ただいま〜」


「お帰りなさい」


 親が亡くなり数年、静かだった家だけどもそんな言葉が帰ってくる。

 それは同居人のハーティア。

 最初はしおらしかった彼女、でも今は結構慣れてきたのだろう。

 ソファに寝そべり、本を読みながら皿に盛られたフライドポテトを齧っている。

 慣れてきた…ところか、もう我が家みたいな感じで過ごしてるし。


「これが…元侯爵令嬢?」


「何よ、聞き捨てならないわね」


 玄関を潜ってすぐに目に入る彼女の姿。

 それを見てこぼした言葉は、耳聡い彼女に聞かれてしまった。

 そうして不満を示す様に、片手に摘んだポテトの先をこちらへ向けながら抗議してくる。


「…ごめん」


 こういう時は早いうちに謝っとくのが吉。

 そうして歩きながら上着を脱いでいく。

 …流石に、地球時代の休日の親父みたいとは言えなかった。

  

 コトンッ


「あら、林檎を買ってきたの?」


「いや、なんか…貰った?」


「何よそれ…まあいいわ。

切って頂けるかしら?」


「へいへい」


 そうして、林檎を片手に台所へ向かう。

 流石に今回は俺が悪いし、その罪滅ぼしも兼ねて素直に従う事に。


 …こうしていると、地球とこの世界の母親に申し訳なくなってくる。

 あれ作って〜とか、何でも良いよ〜とか、言っているのを思い出すだけで身体中がむず痒く…。

 とはいえ、二人とももう会えないんだけどさ。


 皮まで剥くのは面倒くさいため、種だけ取り八つ切りに。

 フォークだけ添えて、彼女の横へそっと置く。


「ありがと」


 そんなお礼の言葉を聞きながら、俺も林檎の乗った皿を片手に筆記机へと腰掛ける。

 そこで開くのは、あのこっそり貰った紙だ。

 シャクッと、爽やかな音を鳴らしながら文章へ目を通していく…


「んんっっ!?」


 ガタッ


 つい勢いよく立ち上がってしまう。

 椅子が大きな音を立てて倒れてしまうが、それよりも重要なのは内容だ。

 

「大きな音を立てて、どうかしたの?

 

「いや、何でもないから」


「その紙のせいかしら。 ……気になるわね」


「えっ、ちょっ…」


 この反応は良くなかった。

 家から出れない生活という娯楽のない日々、そんな中だとこちらの反応は意図しなくても彼女の興味を引いてしまう。

 ソファから立ち上がり、ズンズンとこちらへ迫ってくる。

 そして、


「ん!」


 何かを求める様に手を出してくる。

 そんな彼女の手のひらの上に俺は…林檎を乗せた。


「ちっがうわよ!その紙見せてって言ってるの!」


「これはほんっとに見せれないやつだから…」


 彼女が必死に紙へと手を伸ばすも、こちらの方が身長が上。

 背伸びをしてしまえば、10cm以上余裕があるし彼女には届かない。

 そう思っていたら…


「ふんっっ」


「あがっ!?」


 彼女の鋭い蹴りがこちらの脛にクリーンヒット!

 すかさず体が地面に崩れていく。

 そして手に握られていたはずの紙も、その拍子にヒラヒラと床へ置いていくのだ。

 それは、彼女の手によって拾い上げられてしまった。


「幻影を解除しなさい」


「……はい」


 最後の抵抗として、紙の上にかけた幻影魔法も見破られてしまう。

 これを読んだら人間が立ち上がってしまうのも無理はない、そんな文章をこの一瞬で出力するのは流石に不可能だった。

 こうして絶対に見られてはいけない文章を、彼女に見られてしまった…。



「へぇ、ちなみにこの草って言うのは?」


「……敵国に数十から数百年潜伏して、来たる時に任務を実行するだけの存在」


「なるほど、そんな存在がいたなんてね。

しかも…私の目の前に」


 脛に治癒を施しながら応答する俺を、彼女は見下ろす。

 その表情からは、感情を読み取る事はできない。

 けれども溢れ出る威迫は、彼女が宰相の娘というのを納得させるだけのモノはあった。


「コイツを連れてったら、貴族の座に戻れないかしら」


「…2人ともお縄につく羽目になると思うけど」


「冗談よ、本気にしないで」


 床に座り込んだ軽口を叩く俺に対して、彼女はキッツイ目線を送ってくる。

 これが婚約破棄級の『にらみつける』か。


「今、何か失礼な事を考えていたかしら?」


「イエ、ナンデモ。

…それでそっちはどうするのさ。

この家から出ていく?」


 そう言いながら俺は、床に倒した椅子へ座り直す。

 さっきまでは、こちらが衣食住を無償で提供していたから立場は上だと思っていた。

 …見た目はともかく、状況的には。


 でももう、知られてしまった。

 この情報は漏れてしまえば、容易に俺を死に至らしめるモノだ。

 …とはいえ、あちらもこの情報を使ったらタダでは済まない。

 だから今は、対等の存在として相対する。


「私に何をさせようと…」


「そこに書いてある通り、ハーティア。

貴方の貴族としての知識と…そのメイク技術を借りたい」


「国を裏切れと…?」


「もしかして、心の奥底では王への忠誠心があったりした?」


「………」


 無言の返答、表情を見たら協力に対してYES寄りなのは誰でも分かる。

 彼女の屈辱を味わった気持ちをくすぐるこちらの話し方。

 きっと彼女は、自分が乗せられているのも理解している。

 

 でも、突き返すには…あまりに多くを失い過ぎた。

 しかも王太子が火種となったせいで。

 だからこそNoとも言わず、静かにその場で考え込んでいるのだ。


「報酬は書いてある通り、山盛りの金貨と名誉が…」


「うるさいわね!

こっちは一生懸命考えてるんだから!」


「あっ、はい。

……いや、違う違う!」


 今までの生活に慣れ過ぎて、ついいつも通り返事をしてしまった。

 これでは…マニュアルNo.15『協力者には非日常を匂わせる誘いをし、最初の一歩を踏み出させよ』が失敗しちゃうんだけど!?

 

 …まあ、良いや。

 マニュアルに『婚約破棄された貴族の令嬢を仲間に引き入れる方法』なんて無かったし。

 しかもこんな我儘お嬢様の手綱なんて、最後まで握りきれる気もしない。


「一応この提案をしているのは、誠意だと思って欲しい。

だってこちらには、ハーティアさんを差し出すタイミングなんて幾らでもあった訳だし」


「…脅しかしら」


「いや、もう意味は無いし…断られてもしないよ」


 そんな方法で仲間に引き入れて…最後に裏切られたら、たまったもんじゃないし。

 

「さっきも言ったけど協力したら、報酬はしっかりと出る。

資産を持ってないハーティアからしたら、悪くない条件だと思うけど?」


「それじゃあ、ダメね。

最悪私がお父様に頭を下げて、妻を失った老貴族の後妻にでもして貰えば贅沢は出来るでしょう。

わざわざ成功するかも分からない危険な橋に乗る必要も無いし」


 きっとそれは彼女のプライドが許さない、そういう指摘も出来る。

 でも、やりかねないとも心のどこかでは思ってしまう。


 …正直分かっていた。

 だって彼女が侯爵家の令嬢をやっていた時なら、この報酬額ぐらい簡単に動かせるだろうし。

 そもそも、今着ているドレスが売れるだけでひと財産だ。

 だから最後の取引を持ちかける。


「復讐って、興味ある?」


「…何よ急に」


「いや、ただの世間話…的な?」


 彼女の復讐というワードへにピクッというほんの僅かな反応。

 いつもなら気づかなくとも、草としてのスイッチが入った今なら見逃す事も無い。

 

「復讐ってさ、ドロドロしてるし…1円も生まないじゃん?」


「…まあ、そうね」


「でもさ、人間そんな上手くは飲み込めないよね。

…だったらいっそ、全部そのままそっくりやり返しちゃおうよ」


「……?」


「ハーティアには、婚約破棄される側からする側へと変わってもらう。

そして、そのための舞台も用意する。

…どう、かな?」


 そう言いながら片手を差し出す。

 彼女の視線はこちらの顔に向けられ…差し出した右手へ向けられた。

 その返答に彼女は、右手を大きく振りかぶる。



 …ああ、これはビンタかなぁ。

 静かに目を瞑り、心の中であまり痛くありません様に…と祈る。


 バチンッッッ


「最ッッッっ高の提案をありがとう、キース!

これから…よろしくね?」


 …通ってしまった。

 どうしよう…ダメで元々の案だから、実際の所ノープランなんだけど…。

 片手を握られているから、頭を抱える事すら許されない。

 

「うわッッッと」


 強く彼女に引っ張られ、体が前のめりになる。

 何とか前に片足を出し、床に倒れる事だけは避けた。

 何すんのさ…という非難を送ろうとしたところで、


「無計画は許さないから」


 耳元へ囁かれるその一言。

 意味を理解した瞬間、全身を悪寒が走り抜けていく。


「あはは……」


 もう俺には乾いた笑みを浮かべる事しか出来なかった。

 きっとこの瞬間…いや、もっと前から上下関係は決まっていたのかもしれない。

 上に立つ者としての教育を受けた彼女と、上の命令には逆らわない様に教育された俺なのだから。

 

 

 こうして密約を結んだ俺達は、手を取り合ったのだ。

 この国を、めちゃくちゃにする為に。







 この世界の夜は月明かりが支配している。

 だからこそ夜を行く人々は釣られていくのだろう。

 明かりの灯る酒場に、わが家に、そして…パーティー会場に。


 馬車を降りた俺は、その中へと手を伸ばす。

 そうして差し出した手には、そっとシルクのグローブに包まれた手が乗せられ、彼女は姿を現す。

 エメラルドグリーンのドレスを身に纏い、亜麻色の髪を後ろで一纏めにした女性。

 屋敷の周囲に置かれた明かりを、まるで舞台のスポットライトかの様に独り占めにする彼女。

 コツン、と石畳の上へヒールを接地させた彼女は、こちらへ会釈を返してくる。


 御者へ料金とチップを握らせ見送ると、隣へ少し曲げた左腕を差し出す。

 そこに彼女を掴まらせると、会場へ歩き出すのだ。


「ガウディ商会様、ご夫妻ですね。

招待状確認致しました、どうぞごゆるりとお楽しみくださいませ…」


 そうして俺達は門を潜り抜け、モリッジ男爵家の屋敷へと足を踏み入れた。



「ふぅ…」


「…まだ、入っただけよ?」


「まあ、そうなんだけどさ…」


 流石に緊張しちゃうでしょ?

 だって…俺にとっても初めての任務なんだから。

 それも、()()()使()()()()()の潜入だし。


 今は、彼女のメイク…というかそれを超えて変身の域までいってる技術で、ガウディ夫妻に変装していた。

 ちなみに2人とも実在する人物である。

 本人達は…今頃ぐっすりベッドの上で眠っているだろう。

 強力な睡眠薬によって…ね?


 本当は幻影をかけてやりたかったんだけども、それはある物に阻まれて出来なかった。

 その物とは…受付で潜り抜けて来た門だ。

 ある高名な魔法使いが生み出した『魔力識別門』は、魔力の込められた道具や魔法がかかった人間が通った際反応を出す。

 そんな、まるで前世の空港に設置されていた金属探知のゲートみたいなものが置かれているのだ。

 

 言い方が悪いかもしれないけど、男爵家にも置かれているぐらいには普及しているコイツ。

 もしパーティーに潜入するならば、絶対に通らないといけないだろう。

 本当に厄介この上ない。

 開発者と会ったら一発殴りたいところだよ、本当に。


「とはいえ、凄いクオリティだよ…コレ」


「お褒め頂き光栄ですわ」


 そんな俺の言葉を受けて鼻高々なリアクションを返してくるハーティア。

 本当にクオリティが素晴らしい。

 少し褐色の肌も鼻の下のちょび髭も、肉付きの良い腹や頬なんかも、しっかりと道具を使いこなして再現されていた。


 魔力識別門はアレだけど、入ってしまえばこっちのモノ。

 もう自由に幻影を使っても問題ない。

 まあ、流石にこんな公衆の面前でやったらバレてしまうし、一旦お手洗いで…


「やあ、ケイン!君も来てたのか!」


 …あ〜、会っちゃった。

 ちなみに俺がケインで、ハーティアはナミン役だ。


「…やあ、サイネル久しぶりだね」


「久しぶり、って言っても二週間前に飲みに行ったけどね。

というか、声…なんか変わった?」


 ……不味い、ボロが出まくってる。

 商談の記録とかだったら潜入した際に覗いた帳簿にあったけども、流石にプライベートの情報まではカバーしきれていない。

 しかも声だけは、2人とも変えれないのだ。

 

 …というかハーティア、静かにこっちの腕をつねってくるのやめてくれるかなあ!?

 確かにやらかしたけど、これのせいで思考が纏まらないんだけど!?

 そんな地味な痛みに耐えながら、必死に頭を回転させ…


「ゴホッ、ゴホッ」


「どうしたんだ、ケイン?

…もしかして体調悪かったのか」


「ああ、少し風邪気味でな。

今日も軽く挨拶するだけで、帰ろうと思っている」


「そうか、じゃああんまり長話するのもアレだね。

…では、後日という事で。ナミンさんも」


 そんな彼に対して俺は軽く手をあげ、ハーティアは静かに頭を軽く下げた。

 …彼女は俺の失敗を見て、学習したらしい。

 なんかちょっとずるくないです?

 まあ、何はともあれ、

 

「上手く切り……何でもないです」


 上手く切り抜けたと言いたかったけど、横からその冷たい眼光を向けられたら出てこなくなってしまった。

 …ちょっと怪しまれた気もするけど、捕まってないならOKの精神で行こうと思う。

 そうして途中途中で知らない知り合い?と出会いながら、


「こちらでございます」


「ありがとう…では」


「はい、後ほど…」


 使用人の1人にお手洗いまで案内してもらった。

 言葉を交わし、男女別々のため別れる。

 そして個室の一つに入り…鍵をかけた。

 

 もう人目は無い。

 こっからは、俺の時間だ。





「おっとっと…」


「大丈夫ですか?半分持ちますよ」


「ありがとうございます、え〜と貴方は?」


 使用人の姿に擬態した俺は、この屋敷のメイドだろう彼女に手を貸す。

 とはいえ、今回は実在の人物ではないため彼女は知らないだろう。


「パーティーの間派遣されているセイと申します」


「セイさんですか?

でも、屋敷内での打ち合わせにはいなかった様な…」


 一応貴族のパーティーの際、外部から派遣されてくるのは不思議な事ではない。

 実際今屋敷にいる使用人の半分近くは、派遣だし。


 ただ彼女の記憶力が良いのだろうか、少し怪しまれてしまっている。

 でも今回はしっかりと考えていた。


「担当は屋敷の外回りなのですが、ヤルス様に内の方が忙しそうだから応援に行ってやってくれと言われまして…」


 用意して来た言い訳。

 ちなみにヤルスというのは、外での警備を任されている者。

 わざわざ内側には入ってこないだろうし、多分大丈夫だろう。

 打ち合わせも、外は外同士で屋敷内はその中でしておる事を確認している。

 外と内が話すのはトップ同士だろうけど、この状況ではわざわざ話さないだろう。


 そんな言い訳は…通用したらしい、


「なるほど!それは非常に助かります!

実際忙し過ぎて、ゴブリンの手も借りたいぐらいですし…」


「それは良かった!

では、これはどちらまで?」


「えっと、厨房までですね。

この木箱の中は、食材の予備なので」


「なるほど、了解しました」


 そうして木箱を持った俺は、メイドに着いて行く。

 これでは全くスパイではなく、ただ無償で肉体労働している人である。

 …我慢だ、チャンスは来るはずだ。

 

 厨房へ辿り着いたところで、そこにいたトップの人へ同じ様な説明を行う。


「そうですか…ヤルスも気が利きますね。

ぜひよろしくお願いします」


 そんな言葉を交わしている所に、


「申し訳ありません、遅れました」


「遅いぞ、ケイ」


「本当に申し訳ありません…。

メイドのケイ…ヤルス様の命で、こちらへ参上致しました」


「いえいえ、手助けが多くて嬉しいわ。

じゃあ時間も勿体無いし、早速食材運び手伝ってもらえるかしら?」


「はいっ!」


 ケイ…ハーティアは、元気よくターンをして厨房を出て行く。

 …場所、知っているんだろうか?


「あの…食材はどこに…?」


 ズコーッとこけたい気分。

 でも流石に、今やったら迷惑すぎるしやらないけどさ。

 …本当にやったのか、ドジっ娘を演出したのか、全く分からない。

 

 計画にないアドリブを入れるんじゃないよ、本当に。

 …口にしたら、ブーメランが突き刺さるから心の中に留めておくけど。


「あはは、私が案内しますから大丈夫ですよ。

着いて来てください」


「ありがとうございます、先輩!」


「では、自分も行きますね」


 とはいえ、彼女のアドリブは良い結果を呼び込んだらしい。

 3人で食材置き場から厨房へ持って行く、そんな力仕事を何度もこなす。

 

 …今日、どれだけ料理を作るつもりなのさ。

 きっと今日使った食材だけで、我が家の食材一年分…いや、それ以上かもしれない。

 本当に豪勢なパーティーだ。

 ガヤガヤと盛り上がっている様子が、壁を何枚も挟んだ向こうからでも聞こえてくる。


 そうして仕事に没頭している俺たちに向かって、


「ご苦労様、次は会場内で配膳を手伝ってもらっても良い?」


「「了解しました!」」


 次なる指示に、俺たちは元気よく返事をする。

 そりゃそうだ、ジャガイモとかを運ぶだけで情報なんて得られるわけがなく。

 パーティーの裏方達は、雑談するほど余裕もないのだし。


 そうして俺達は、会場の大皿へ食材を補充する役目を貰う。

 これで念願の…パーティー会場へと足を踏み入れたのだ。



 ギラギラと照りつけるシャンデリアの明かり。

 それを受けて光るドレスやスーツ、色とりどりの食べきれないほどの量がある料理達。

 異世界よりは基本的に現代のほうがいいけども、この空間だけは前世でも滅多にお目にかかれない。

 もちろん前世も庶民側の俺では、縁がなかった。

 流石に同窓会では、ここまで豪華にはならないしね。


 …あ、ホームシック来たかも。

 家というより、地球(アース)シック的な?

 …とはいえ、もう戻れないモノを考えてもしょうがない。

 頭をブンブンと振り、追い出した所で仕事へと再度集中する。



 そうして新たに与えられた、皿の上に空きが目立つ料理を取り替える仕事を黙々とこなす。

 でも先ほどまでと違うのは、やはり参加者との距離。

 300人近くも参加者がいれば、酒の力も相まってか話も盛り上がるのだろう。

  

 子どもや孫自慢の様な他愛のない話に始まり、商売や…猥談まで多岐に渡る。

 他には、


「フィエルメ様が遠征先への道中、口にされて美味しいと言われた茶葉があるそうだぞ。

ウチでも取り扱っているが、相場より多少高くなってしまう。

だが、その事実が広まれば絶対…絶対、儲かるはずだが…どうだ?」


「第一王女様が、そんな事を!?

ぜひ買わせてください!!」


 そんな、怪しげな商談まである。

 …金儲けに絶対って言葉を使う奴は信用しちゃアカンと、ばっちゃんも言ってました。

 買おうとしているのは俺より少しだけ年上の男で、売り手側はグヘヘと笑いそうな小太りの中年男性。

 内容というより、見た目で判断しちゃっている気もするけど…まあ良いか。

 彼とは関係ないし、商いは自己責任だしね。



 そんな一つ一つの会話に聞き耳を立てながら、仕事をこなしていく。

 一応草の一員として叩き込まれた、マルチタスクの訓練の成果が出ているはずだ。

 そうして料理を取り替えようとした所で、演奏していたオーケストラがピタリと止まる。

 何だ何だと釣られる参加者達が舞台へ目を向けると、つい俺も一緒にそちらへ目線を送ってしまう。

 

「長らくお待たせしました。

モリッジ男爵家一族の入場です、皆様拍手でお出迎え下さい!」


 そうして開かれた扉から現れるのは、このパーティーを主催する男爵一家。

 会場中を包む拍手の海の中、その一家は堂々とステージの中央へと歩いて行く。

 

 あれが……貴族か。

 男爵という貴族の中でも位は一番下、でも庶民とは隔絶した自信と王者の風格を漂わせている。

 だからこそ尊敬を集め、人の上に立てるのだろう。

 

 ハーティアも元貴族ではあるんだけど、こういう表舞台での姿は見た事ないしね。

 彼女は侯爵家だしこれより上…そう考えると、同じ屋根の下で過ごしているのが不思議な気持ちになる。

 あのステージに立つ当主のモリッジ男爵も、屋敷のソファに寝転んでポテトを貪ったりするのだろうか?

 と少し余裕が出来たからか、頭の中を覗かれたら不敬罪でしょっぴかれそうな事も考えてしまう。

 

 そんな彼の、日本とも変わらないお偉いさんの退屈な挨拶は聞き流し…


「では、本日の主役をお呼びしよう…フレイナ」


「はい、お父様」


 再び開かれた扉、そこから当主の呼びかけに答える女性の声が。

 そうして扉を抜けて現れた女性の姿。

 その瞬間、

 

『ほぅ…』


 感嘆とした吐息が参加者から漏れ出る。

 雑談をしていた人達も全員舞台の上の彼女へ視線を釘付けに。

 それはやはり…彼女が美しすぎたからだろう。


 夜闇の様に黒く、星々の様にキラキラ光るラメが散りばめられたドレス。

 自信を持って体のラインを出せる、スタイルの良さ。

 盛り上げられた真っ赤な赤髪に…何よりも、クールビューティーな印象を受けるその美貌。


 参加者達は金持ちで、何人も美女を囲っている事だろう。

 でもきっと、その人たちでは敵わない。

 

 そうして会場中の視線を独り占めする彼女は、舞台の中央まで行き拡声効果がかけられたメガホンを受け取った。


「ご紹介に預かりました、モリッジ男爵家三女、フレイナでございます。

本日は、私の誕生日パーティーへこれだけ多くの方へご来場頂いた事へ、心より感謝を申し上げます」


 始まるのは、彼女の挨拶。

 それは特別なモノではなく、形式ばったもの。

 でも、明らかに参加者達の興味は違う。

 …なんて現金なんだ。

 まあ、俺もその一員なんだけどさ。

 

 そうして挨拶は終わり、舞台上で彼女がぺこりと挨拶をすると万雷の拍手が送られた。

 …なんだこれは。

 ただの挨拶なのに、下手したらアンコールと言い始めそうな雰囲気が漂っている。

 

 そうして再びガヤガヤとした雰囲気に会場は変わった。


「やはり、お美しくなりましたなフレイナ様」


「本当に見違えました、これは婚約者のサミル様にも嫉妬してしまいます」


 やはり話すのは、主役であるフレイナ様について。

 ちなみにサミルというのは、この国の伯爵家嫡男の名前だ。

 そう、彼女は男爵家の三女という庶民と結婚することが殆どの地位。

 そこから玉の輿の座を手に入れた女性だった。


「さすが…」


 つい、溢れてしまった本音。

 もちろん、フレイナ様へ向けたモノではない。

 貴族にそんなこと言ったら、極刑モノだ。

 それは隣にいる、


「当然でしょう?私の弟子の1人なんだから」

 

 ハーティアへ向けて。

 聞かれない様に小声だけども、声色から鼻高々なのは伝わってくる。

 あくまでフレイナ様も当時はただの男爵家三女、きっと取り巻きの中の1人に過ぎなかったはず。

 でもしっかりとメイク技術を教えるのを鑑みるに、案外ハーティアは面倒見が良いのだろうか?


 舞台から降り…今は婚約者の男と歓談している彼女、フレイナ様。

 一応婚約破棄の場面にも居合わせたし、庇うことも無かったそうだ。

 でもハーティアの反応からは、復讐しようという感情は見当たらない…完璧に隠しているだけかもしれないけど。

 その辺りは、彼女のみぞ知るという感じ。



 それは置いておいて元取り巻きという事は、他家よりは多少の勝手が分かっている。

 男爵家…しかも商人達が通りやすい道を管理しているというのも相まって、平民の商人の参加が多い。

 流石に貴族に変装は最初からだとリスクが高すぎるとの判断だろう。

 そんな経緯により本部から最初に選ばれたのが今回の潜入先であるモリッジ男爵家のパーティーだった。


 今回の任務は良い情報を持ち帰るのが重要だけども、ハーティアが使えるかどうかの見極めも兼ねているはず。

 結果としては、杞憂だったと思うけどね。

 

 とはいえ、情報があまりにもしょっぱすぎる。

 まともな情報は、ハーティアのメイク技術を伝授された取り巻きは男を熱狂させる、本当にそれぐらいしかない。

 このままだと、俺まで能力を疑われかねないんだけど!?

 だけども、無理やりやるのはスパイの仕事か?というジレンマ。


「無理する必要はないわよ?

無事終わらせるのが、今日の…仕事なんだから」


 どうやら彼女にも心配させてしまうぐらい、顔か仕草に出てしまったらしい。

 流石に反省しよう、彼女の言う通りすぎるし…


「そういえば、本当なのか? 

…シャウナイ伯爵領の鉄鉱山で落盤事故って」


「ああ、本当らしいぞ。

…馴染みの商人によれば、大規模らしくて長引きそうだとさ」


 静かに、与えられた仕事をこなすだけ。


「他だと…タボナタ男爵領か?確かあの家は…」


「ここに来て、第一王女派閥に追い風か。

第一王子様も運がねぇな」


「…まあ何はともあれ、その情報助かったよ。

流石に鉄がなきゃ、ウチも武器が作れねぇしな」


「お礼は、ワインで良いぜ。

うちの息子もそろそろ成人だしよ」


 という話を溢しながら男達は、上機嫌にグラスを交わしながら去っていった。

 それを確認してなんとなく隣で配膳を終えた彼女の方へ視線を送ると、しっかり目が合う。

 そうして俺たちは、静かに親指を立て合った。


 どうやら今日は運が良いらしい。


「そろそろ、戻ろうか」


「…そうね」


 指で合図する方向、そちらに厨房はない。

 その壁を抜けた先の先、そこには…屋敷のゲートがあった。

 

 トイレへ向かった俺たちは、周囲に誰も人がいないことを確認し、幻影で…メイクで、元のガウディ夫妻へ戻る。

 まだ参加者達は、料理に舌鼓を打ち会話を楽しんでいる頃。

 だけども、俺たちはもうこの場に用はない。


 そうして堂々と、廊下を…庭を歩いてゲートまで辿り着く。


「お早いお帰りですが、何かありましたでしょうか?」


 流石にまだ帰る人もいない様で、受付に問いかけられてしまう。

 でも、ここはしっかり準備済みだ。


「いやいや、何も問題はないさ。

少し飲みすぎたみたいで…な」


「そうでしたか。

馬車の方は、ご要望とあらば用意させていただきますが…」


「それは、大丈夫だ。

夜風に当たって酔いを覚ますのも悪くないだろう」


「分かりました、どうかお気をつけて」


 そんな問答を交わして俺は…魔力識別門を()()()()()()()()

 本来あるはずの反応は、一切ない。

 

 そりゃそうだ、こんな燃費の悪いモノつけっぱなしには出来ない。

 地球の金属探知ゲートがどうかは知らないけど、これは結構な金食い虫の装置だ。

 というか、そもそも目的は危険物を持ち込まれない為のもの。

 わざわざ出ていく人間に使う必要はどこにも無いのだ。

 まあ一応、起動中を示すランプが点いているかどうか、ぐらいは確認した上でだけどね。


 

 屋敷を背に歩いていた俺たち、もう時間的に良い子は寝る時間。

 街行く家々も、明かりが消えてしまっている。

 もちろん人通りもない。

 道を照らす月明かりだけが俺たちの頼りだ。

 

 そうして歩き続け、最初の曲がり角を曲がった所で幻影を今の姿から重ね掛けする。

 これでもうバレる事はない。


「ふぅ……お疲れ様」


「お疲れ様。 まあ…良かったんじゃない?」


 そう言いながら俺は右手の甲で、彼女は左手の甲でハイタッチをする。

 こうして地味ながら誰にもバレず、初めての任務を遂行したのだった。










「…というのが、ルイス王国王都配属キースからの報告となります」


「そうか、ご苦労。

…遂に、『陽喰(ようぐい)』の子孫の初仕事か」


 そうした会話がなされているのは、ルイス王国に隣接した国…サンドラ王国。

 キースにとっては訪れた事のない祖国である。

 その王都の、それも暗がりの1室で会話は行われていた。

 

「陽喰様…ぜひ生きているのであれば、お会いしたかった…」


「まあ、それは僕もさ。

とはいえ、もう二百年前だからね。

流石に生きてないさ」


 執務室に腰掛ける彼は、お手上げの様な仕草を見せた。

 そして報告を行う彼女は若干夢見心地な部分を見せるも、今はあくまで仕事と割り切ってはいる様だ。


 彼らがあげる『陽喰』という二つ名を持つ者。

 その人間は、かつてあったはずの国を実質的に1人で滅ぼしたとされる伝説のスパイだ。

 従来は夜に活動するはずのスパイ。

 その常識を覆し、完全にその国の住人へ溶け込み…白昼堂々活動を行う。


 そして緻密に練られた計画による破壊工作は、国が真っ二つになるほどの破壊力を示した。

 この国…サンドラ王国が軍を派遣する頃には、度重なる内戦によりまともに抵抗する力は残っておらず、いとも容易く陥落した。

 

 そうしてつけられた二つ名が『陽喰』。

 白昼堂々動き、太陽の化身を崇める国を喰った事に由来する人物だ。

 草、という組織も彼の行動方針を元に作られた組織であった。


 ちなみに、彼はこの二つ名を固辞した。

 理由は、


「スパイというのは、本来目立ってしまってはいけない存在ですから。

こうして目立ってしまった事により、他国に潜入する仲間達にも迷惑をかけてしまったでしょうし」


 との事。

 実際に『陽喰』という名前が付けられた事は、ルイス王国で作った実の子どもでも知らないそうな。

 

 もちろん、キースも知らない。

 親に教えられて、名前だけは知っている程度。

 ただ歴史上の人物だと思って、スゲーと言っているだけだった。

 自分がその子孫だなんて、夢にも思っていない。


「『陽喰』の子孫が、スパイ活動に最適な最高位の幻影を使いこなすなんてね」


「…私は正直、本国へ連れ帰って回復魔法を覚えさせた方が良いと思いましたけど」


 ちなみに彼が、キースへ幻影の道を選ぶ様に指示した者である。

 その判断の中に、『陽喰』の子孫が彼の様になってくれれば…なんていう浪漫がなかったか?と問われたら彼はきっと閉口するだろう。

 もしキースが知ったら、彼を何発殴るか考え始めるかもしれない事実だが、そんな機会はない。

 

 ただこの草部門を統括する彼も…その存在を知る王国の高位貴族も、サンドラ王でさえも期待を寄せているのは事実。

 その相手が例え、大陸一の大国…ルイス王国だとしても。

 



 

 でも、彼らは本当の意味では知らない。

 

 前人未到の地位まで鍛え上げられた幻影の実力も。

 

 どんな女性でも傾国の美女に仕上げてしまう、他の追随を許さないメイク技術も。


 それが合わさった時の化学反応は、誰も…予想できなかった。

 最終的な結果を突きつけられる前までは。







「ただいま〜、無くなったジャガイモはしっかり買ってきたから」


「おかえりなさい。 じゃあ早速、お代わりをお願いしても良い?」


「…あのさ、皮剥きぐらいは手伝ってくれない?」


「私がやると、中身が少し減っちゃうじゃないの」


「それもそっか〜……いや、練習しないと俺一生皮剥き奴隷なんだけど!?

ほら、立った立った」


「……しょうがないですわね」


 そんな2人が、仲良く?厨房に立っている事も誰も知らなかった。

最後まで読んでいただきありがとうございました!

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