残っていた言葉
麻美子の運転する軽自動車が、閉店した酒屋の駐車場に滑り込んだ。
いつものようにエンジンを止めるとライトが消え、暗闇に包まれる。
高林が麻美子と会う時は、酒を飲まない麻美子が車を出すの慣習だった。
帰りは高林の家の近くの酒屋まで送って、駐車場で5分10分話して別れる。
いつもなら居酒屋の楽しい雰囲気のまま話が弾むのだが、とうとう居酒屋で話を切り出せなかった高林の口は重かった。
「麻美子」
「何? 何か変だよ今日の高林くん」
「麻美子……。俺と別れてくれ」
「は? そんな、来年結婚しようって」
「西坂部長から娘さんとの縁談を持ち込まれたんだ」
暗闇が沈黙に沈んだ。
「何よそれ。自分には決まった人がいるってちゃんと断ればいいじゃない」
「そのつもりだった。何度か会って義理を果たしてから適当な理由を付けて断ろうと思ってたんだが、その間に話が進んでいて、今更断れないんだ」
「はあ? つまり二股かけてたってこと? さいってー!」
「麻美子を傷つけるつもりはなかったんだ」
「いやもう『傷つく』なんてレベルじゃないわ。あきれ返った」
「…………」
高林の方が傷ついてる顔をするが、暗くて分かってもらえない。
「もういい! 二人で結婚式の積立預金してたでしょ。あれを慰謝料に貰って別れてあげるわ」
「…………い」
「何?」
「あれはもう無い」
「……は? あれ、半分はあたしのお金でしょ? 使い込んだっての? 何それ!」
逆上して「西坂部長に言いつけてやる!」とか「金返せ! 泥棒!」と騒ぐ麻美子を黙らせるために口を塞ぐ。ジタバタするのを落ち着かせようと力ずくで押さえつけていた高林が、やっと静かになったと手を離すと麻美子は軟体動物のようにシートとハンドルの間に沈み込んだ。
「ど、どうしたんだよ麻美子。大丈夫か?」
バクバクする心臓を隠して明るく声を掛けるが、返事は無い。握った手は力なく落ちる。
麻美子が既に息をしていないと認めるしかなかった。
翌日、車の中の麻美子の遺体が発見され、高林の会社に刑事たちがやって来た。
昨夜、高林は隠ぺい作業を何もしなかった。自分が麻美子と居酒屋にいたのを、たくさんの人が見ている。下手に誤魔化さず、自分と別れた後に通り魔に襲われたと思わせる事にしたのだ。大丈夫、自分が殺した証拠は何もない。
会社の応接室で刑事と対峙した高林は、別の縁談がある事も、麻美子と別れようとしている事も隠さずに言った。
麻美子を悼み、こんな事になるのならちゃんと車が戻るのを見送れば良かったと。
「所で、被害者の車にドライブレコーダーが付いているのをご存知ですか」
「はい、近くの駐車場で車に傷を付ける事件があったから付けたと言ってました。何か映ってましたか」
大丈夫だ、ドライブレコーダーは車のエンジンを止めると録画も止まる、と高林は自分に言い聞かせる。
「暗いので映ってはいないのですが、声だけはバッチリ録音されてましたよ」
「え……」
ザッと音を立てて血の気が引いた。
「エンジンを止めると録画を止めるタイプのドライブレコーダーだと、車にイタズラされても犯人を録画してないんですよ。そうならないように、彼女はバッテリーを外付けして24時間録画するようにしてたんです」




