わかってもらえない自由
自分の考えを否定されると、人は反発したくなります。
「そんな考えはおかしい」「どうして理解してくれないのか」
そう思うのは自然なことです。
たとえば、入れ墨や明るい髪色を理由に、仕事で評価されなかったとします。そんなことで人格まで判断するな、と感じる人は少なくないでしょう。
その考えには理由があります。しかし同時に、「入れ墨や派手な髪色の人は信用できない」と考える人がいるのも事実です。
私は、その考えが正しいと言いたいのではありません。人にはそれぞれ、自分の価値観で判断する自由があると言いたいのです。
「そんな偏見を持つな」と言う自由もあれば、「私はそう思う」と言う自由もある。どちらか一方だけに認められた自由ではありません。
私たちは、自分と違う考えを否定したくなる一方で、自分の考えは認めてほしいと思っています。でも、それは相手も同じです。
これは頭では誰もが知っています。ところが、自分が否定された瞬間、その当たり前を忘れます。
だから、わかってもらえないことに苦しみます。
相手の考えを変えようとすることはできます。でも、変えなければならないと思った瞬間、自分もまた相手の自由を認められなくなります。
人には、自分と違う考えを持つ自由があります。そしてその自由の中には、自分を理解しない自由も含まれています。
相手を受け入れるとは、相手の考えに賛成することではありません。自分とは違う考えを持つ人もいる、という現実を受け入れることです。
それができるようになると、自分の考えを必要以上に守ろうとしなくなります。
相手には相手の自由があり、自分には自分の自由がある。そう思えたとき、人はようやく、本当の意味で自分の考えを大切にできるのだと思います。




