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断罪された天才魔導技師ですが、その処刑台は私の制御端末です。愚かな皇太子の悪事、全国配信で逆に公開処刑して差し上げます  作者: 今井 幻


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第1話「処刑台の女」

 よく晴れた日だった。


 処刑にはうってつけの、残酷なほど澄んだ青空。帝都中央広場を埋め尽くす数万の群衆の上に、初夏の陽光が平等に降り注いでいる。


 その光の中心に、処刑台があった。


 広場の石畳から数段せり上がった白い石壇。その上に組まれた大きな舞台を、四方の巨大な魔導スクリーンが取り囲んでいる。壇上の光景を拡大し、帝国全土の街角へ同時に送り届ける中継装置。全国中継。帝国最大の娯楽。


 ――断罪ショー。


 群衆の最前列で、赤い光の粒が弾けた。


 祝福貨。配信映像に紐づけられた魔力通貨。視聴者が熱狂を金額に変えて投じる、この帝国が誇る文明の華。赤色は「娯楽」のカテゴリ。つまり見物料だ。


 一つ、二つ、十、百……数えきれない赤い光が広場の空気を染め上げていく。まるで血の霧のようだった。


 その赤い光の雨の中で。


 処刑台の上に、女が立っていた。


「――死ね!」


「税金泥棒!」


「平民の血で私腹を肥やした魔女が!」


 罵声が四方から飛んだ。怒号に煽られるように赤い祝福貨がさらに噴き上がり、処刑台の周囲に殺意の色をした光の柱を立ち昇らせる。この群衆は石を投げるまでもない。罵倒を叫び、赤い光を叩きつけるだけでいい。それがこの帝国における断罪の作法だった。声と金で、罪人を圧し潰す。


 女は――ヴィオレッタ・エーデルシュタインは、微動だにしなかった。


 汚れた濃紺のドレス。タイトなシルエットはかろうじて原型を留めているが、裾には地下牢の泥と黴がこびりつき、袖口は石壁に擦れてほつれている。拘禁が刻んだ、惨めな痕跡だった。


 けれど、その姿勢に卑屈さはない。


 漆黒の髪は乱れてなお重力に従い、一筋の狂いもなく背を流れている。手枷に繋がれた両手は、だらりと垂れるのではなく、腹の前できちんと組まれていた。


 そしてその瞳。


 深い紫――アメジストの冷光を宿した双眸が、群衆の罵声を浴びながら、一切の感情を映していなかった。恐怖も。怒りも。悲しみすらも。


 まるでガラス玉だ、と最前列の男が思った。人を人として見ていない、あの目。噂どおりの冷血女だ。


 赤い祝福貨の光が、さらに激しく舞い上がった。


「見ろよ、あの顔。反省の色もねえ」


「さっさと首を落せ!」


 広場全体が一つの生き物のように膨れ上がり、群衆は自らの怒号にさらに酔い、さらに叫ぶ。


 ――と。


 魔導スクリーンの映像が切り替わった。


 処刑台の前縁。ヴィオレッタが立つ位置から十歩ほど前方に、一段低く張り出した演壇がある。断罪ショーの司会者が立つための舞台。そこに、一人の男が姿を現した。


 光り輝くような黄金色のウェーブヘア。澄んだサファイアブルーの瞳。白を基調とした皇室礼装には金糸の刺繍が隅々まで施され、胸元には色とりどりの勲章が所狭しと並んでいる。


 帝国第一皇太子、レオンハルト・ヴァルムブルク。


「民の声を聴く、新時代の象徴」。


 少なくとも、帝国の大衆はそう信じていた。


 レオンハルトが片手を上げた。


 それだけで十分だった。怒号が、赤い光の奔流が、数万の群衆ごと一瞬で凪いだ。水を打ったような静寂。見事な統制だった。いや、統制というより――調教に近い。大衆は彼の手のひらの上で、いつ吠え、いつ黙るかを躾けられている。


「――帝国の善良なる民よ」


 よく通るバリトンが、魔導スクリーンの増幅を受けて広場に響き渡った。


「今日、この場で裁かれるのは一人の罪人です」


 レオンハルトは群衆を見渡し、慈悲深い微笑を浮かべた。歯の一本一本まで計算された、完璧な笑顔だった。


「ヴィオレッタ・エーデルシュタイン。かつてこの帝国のインフラ整備に携わりながら、その立場を悪用し、平民を――あなたがたを、貨幣で操ろうとした女です」


 群衆がどよめいた。赤い祝福貨が雪崩のように飛んだ。レオンハルトはそれを浴びるように両手を広げ、光の粒を纏いながら続ける。


「彼女は数字しか見ていなかった。帳簿の列、送金の流れ、トランザクションの束。その冷たい目に映っていたのは、人の温もりではなく――ただの数値だった」


 うまい、とヴィオレッタは思った。


 唐突に、そして場違いなほど冷静に。


 感情に訴える語彙の選び方。「数字」と「温もり」の対比。具体的な証拠は何一つ示さないまま、感情の総量だけで有罪を確定させにくる話術。大衆の怒りを効率的に膨らませる導線としては、まあ及第点だろう。


 ――及第点、か。


 ヴィオレッタの視線が、レオンハルトの背中からゆっくりと外れた。


 群衆を見たのではない。


 スクリーンを見たのでもない。


 彼女の視線は、自分の足元に落ちた。


 処刑台の床面。白い石壇の表面に刻まれた、薄い魔力の線。一般の観衆には見えない。技師でもなければ気づかない。だが彼女の目は、それを読んでいた。


 術式配列。


 中継用の魔力増幅陣。視聴窓の遷移順を制御するルーティング回路。そして、祝福貨の決済導線が処刑台を経由して国家魔導銀行へ接続される優先パスの配置。


 ヴィオレッタの唇が、わずかに動いた。


 誰にも聞こえない声で。


「……遷移順が違う」


 群衆の怒号の壁に掻き消される独り言。だが彼女の紫の瞳は、足元の術式を追うように左右へ動き続けている。


「増幅陣の直列接続も雑。視聴窓の優先度が儀礼プロトコルを無視して娯楽カテゴリ側に振られてる。……ああ、準備が間に合わなかったのね」


 処刑台の床面を、まるで図面を検収するかのように走査する目。その目には、死への恐怖など微塵もなかった。


 あるのはただ、技術者の批評だけだった。


「決済導線の分岐も甘い。カテゴリ判定がUI層で止まってる。こんな雑な仕事をさせたのは――」


 視線が一瞬だけ、前方の演壇へ向いた。


 金色の髪を風に靡かせ、群衆の歓声を浴びるその背中。万雷の拍手に酔いしれる「新時代の象徴」。


 ヴィオレッタの目に、初めて明確な感情が灯った。


 侮蔑だった。


「――皇太子殿下は、感動を押し売りする才能だけは一流ですこと」


 魔導スクリーンには映らない程度の、針の先ほどの冷笑。


 レオンハルトの演説は続いている。


「私は知っています。この国のインフラが誰に作られたか。そして、その設計者が何を企んでいたか」


 彼は声を落とし、悲痛な表情を作った。舞台役者のように。


「彼女は、祝福貨システムの裏に仕掛けを施していた。平民の送金を操作し、自らの意のままに世論を動かせる――そんな、おぞましい罠を」


 嘘だ。


 無論、嘘だ。


 だがそれを知っているのはヴィオレッタと、もうこの場にはいない何人かの技師だけだった。そして群衆は、真実よりも「わかりやすい悪役」を求めている。


「だから私は決断しました」


 レオンハルトが振り返り、処刑台の上のヴィオレッタを指差した。


 その指先が、まっすぐに彼女を貫く。


「この女の罪を、全国民の前で清算する。透明な裁きを。公正な断罪を。それが、新しい帝国の在り方です」


 ――透明。公正。


 よくもまあ、とヴィオレッタは思った。


 自分が何を壊しているか、その仕様書すら読んでいない男が。


 祝福貨の赤い光が、これまでで最も激しく噴き上がった。広場全体が赤く染まり、処刑台を包み込む。殺意の光。見物料の光。群衆の快楽を可視化した、美しい地獄。


 レオンハルトが、処刑執行人へ頷いた。


 処刑台の奥に控えていた黒衣の巨漢が、ゆっくりと前に出る。両手に握られた大剣が、初夏の陽光を弾いて白く光った。


 群衆が息を呑んだ。


 赤い祝福貨の奔流が止まり、一瞬の静寂が広場を支配する。


 風の音だけが、処刑台を撫でていった。


 執行人が、大剣を頭上に掲げた。


 ヴィオレッタは、その刃を見上げなかった。


 彼女はまだ、足元を見ていた。


 術式の線。増幅陣の配置。決済導線の分岐点。視聴窓の遷移パス。


 この処刑台の設計図が、彼女の頭の中で完全に再構成されていく。この場所が何であるか。何ができるか。そして――何が「甘い」か。


 全てが、視えた。


 組まれた両手の先――手枷から覗く右の人差し指に、無骨な銀の指輪が嵌まっている。陽光を受けても光らない、装飾性の欠片もない金属の輪。


 ヴィオレッタ・エーデルシュタインは、薄く、笑った。


 恐怖でも、諦めでも、狂気でもない。それは、ずさんな納品物を突き返す直前の――検収者の笑みだった。


《《式次第の順番が甘い。》》


《《決済の導線もガタガタ。》》


《《……バカね。》》


《《まだこの舞台システムは、私のものよ。》》


 大剣が、振り下ろされる。


 白銀の軌跡が、初夏の青空を断ち切るように落ちてきて――


  *


 視界が、暗転した。


 石の天井。


 黴と湿気の匂い。遠くから滴る水音。


 手枷の冷たさは変わらない。だが、首はまだ胴体に繋がっている。


 ヴィオレッタは、薄暗い地下牢の天井を見上げていた。


 格子窓から差し込む細い光が、石壁に斜めの線を引いている。その角度と色から――早朝。まだ日は低い。


 体が重い。


 だがそれは刃の痛みではなく、硬い石床で眠った夜の名残だった。指先に残る銀の指輪の感触を確かめ、彼女は瞼を閉じた。


 何度目かの夢だ。同じ光景を、もう幾度となく頭の中で組み立てている。


 赤い祝福貨の雨。レオンハルトの空っぽな微笑。群衆の殺意。そして――足元の術式配列の、あの「甘さ」。


 ヴィオレッタは、ゆっくりと目を開けた。


 紫の瞳に、地下牢の暗がりが映る。


 その暗がりの中で、彼女の口元が、かすかに歪んだ。


「――ひと月、というところかしら」


 声は掠れていた。正確な日付はまだ通達されていない。だが帝国法の手続きを知っている。逮捕から処刑執行までの標準的な所要日数も。いずれ自分が立つ場所を、彼女はもう知っている。


 あの処刑台。あの全国中継。あの「舞台」。


 そして、あの舞台に刻まれた術式の全てが――自分の設計であることも。


 ヴィオレッタは手枷を鳴らしながら、地下牢の壁に背を預けた。


「ひと月あれば、十分」


 湿った石壁が、その呟きだけを静かに吸い込んだ。

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