5 父は燃やしたがり
その日の夜、母セニアがげっそりとした顔で帰ってきた。
魔導局での仕事を終え、帰宅してきた父クリフォードよりも更に遅い帰宅だ。今は一人暮らしをしているカナートを除く、家族3人で食卓についている。
「セニア、どうしたんだい?」
燃えるような赤い髪の魔術師クリフォードが驚いている。
「レイヴァンの好きな人、シェルダン殿のご息女だったの」
セニアがテーブルに手を置き、ため息とともに答える。
「それは、この子が10歳の時に唯一、希望した相手がそうだったじゃないか。忘れてしまったのかい?」
どこか悲しげにクリフォードが指摘する。妻セニアの忘れっぽさに振り回されたことは一度ではない。
「ええ。それで、シェルダン殿にお願いしに行ったら、その」
セニアが身を起こし、俯く。
(母上、忘れていたことを当然として話を進めないでください)
レイヴァンは心の内で呟くのだった。
「その、怒られてしまって。本人は来ないで、母親が来るのはおかしい。レイヴァンもリヴェットさんも子供じゃないんだからって」
全くの正論だ。自分がシェルダンでも同じ事を言うだろう、とレイヴァンは頭を抱えたくなった。
「そんな若者に娘を嫁がせたい父親はおりませんって、そう言うのよ」
更にセニアがシェルダンの言葉を伝えてくる。
レイヴァンの株がだだ下がりではないか。クリフォードも呆れ果てている様子だ。
「そりゃそうだ。レイヴァン、なぜ母さんを行かせたんだ?母さんにシェルダンを説得出来るわけがないだろう?」
いつもは温厚な父が珍しく怒鳴りつけてくる。
「あのシェルダンだぞ?」
更に念を押すかのようにクリフォードが言う。
一体、どんなシェルダンだというのだろうか。
(父上も父上で、一体、若い頃に何があったと言うんですか)
あまりの剣幕にレイヴァンの方が困ってしまうぐらいだ。
「でもね。ほら、シェルダン殿のところに押しかけたのは、私の独断でしょう?だから、レイヴァンの考えで、来たのではないことを、それはちゃんと伝えたの。誤解されてしまうもの」
セニアの言う事は部分的に正しいから始末に負えない。
「そしたら、そこから今度はくどくどと、私が叱られることになってしまって」
常識人に叱られるセニアの姿が目に浮かぶようであった。
「よほど、腹が立ったみたいで、カティアまで連れてきて。二人がかりで。あんなに怖かったの、聖騎士の修行をつけてくれた時以来だわ」
おそらくは本人も覚えきれていないぐらいの言葉で叱られたのだろう。
皇帝シオンにも容赦ない物言いをする人だという評判である。
「まったく君は。シェルダンが一筋縄ではいかないことぐらい、分かりきってるじゃないか」
クリフォードがため息をつくと、立ち上がり歩み寄って。微笑んで妻の肩を優しく抱く。レイヴァンに物心ついた頃から仲睦まじい夫婦であった。
どちらかと言うと夫クリフォードの方が惚れ込んでいて、愛情表現も豊富だ。
「ええ」
セニアも素直に頷く。
(こうして見ている分には良いご夫婦なんだが。しかし、それにしても、夫婦揃って、ビーズリー侯爵閣下と、何が昔、あったのですか)
怖くて聞けない。
レイヴァンも叩き上げの軍人としか知らない。
有名人ではある。軍の頂点である騎士団長の、その次に位置する人物だ。
「迂闊な接し方をすれば、レイヴァンの恋がかえって上手くいかなくなるよ。下手をすれば、そのリヴェット嬢を死んだことにされるかもしれない」
優しい所作や口調とは裏腹にクリフォードもおかしな言葉を並べる。
「リヴェット嬢が先日、長年の婚約者にその婚約を破棄されて自由となったらしい。だから、レイヴァンも動こうとしていたのに、母親の君がだめにするのかい?」
なかなか辛辣な言葉を優しく並べる。
苦笑いしながら執事のメイスンが近づいてきた。
「そんなにリヴェット嬢のお父上は大変な御仁なのか?」
ヒソヒソとレイヴァンはメイスンに尋ねる。
「例えばぼっちゃまをリヴェット嬢の婿にしたくないと、彼がそう考えたなら他国に移してから死んだことにし、戸籍からも消すでしょう。しかも、これぐらいは読まれそうだと。もっと手の込んだことをするでしょうな」
笑ってメイスンが言う。
「セニア様は聖騎士としては素晴らしい力量をお持ちなのですが、シェルダン殿に対しては仇になるのですよ」
更に涼しい顔でメイスンが加える。
「君のせいでレイヴァンの恋はだめになるかもしれない。リヴェット嬢がだめだったら、かねてからの話どおり、私が炎魔術師の女性を皇族から連れてくるからね」
さりげなく夫婦の間で、クリフォードが意見を通そうとし始めた。
このままでは自分の妻が勝手に炎魔術師とされてしまう。
父クリフォードは筋金入りの炎魔術好きである。酷い時は兄と2人並んで、何時間でも焚き火を眺めていられるぐらいだ。
「では、父上はどうすべきだったと思われますか?その、ビーズリー侯爵閣下に対して」
レイヴァンは介入して質問を投げかける。
「ん?うん」
クリフォードが考える顔になった。
「とりあえず、火をつけて燃やせばいいんだよ」
案の定、いつも通りの答えが返ってきた。
肩を抱かれて仲睦まじくしていた母セニアが正気に帰る。
「あなた?」
じとりとした視線を夫に突き立てている。
「いや、とりあえずシェルダンが誤魔化せないようにね。後はその令嬢をどこにも隠せないように、隠せそうな物も場所も燃やすしかないよ」
慌てたようにクリフォードが言う。むやみやたらに物を燃やせないのは、兄である皇帝シオンと妻セニアが制止してきたからだ。
(でなければ、俺も炎の大罪人の息子だったかもしれない)
かねてからレイヴァンは思っていたことだ。
「貴方に任せていたら、リヴェットさんは焼死体になってしまうわ」
セニアが身を起こす。
そこから夫婦でしょうもない言い争いを繰り広げ始めるのであった。




