4 母は暴走気味
ルンカーク家に送った手紙が戻ってきてしまった。
「どういうことだ」
途方に暮れてレイヴァンは呟く。
自身の書いた手紙を凝視する。
読まれるどころか開けられてすらいない。封印もなされたまま、押印が1つ。『引受人不在』とドレシア帝国郵便のものだ。
「レイヴァン!」
前触れも無く、水色の髪をした女性が視界に飛び込んでくる。ノックの音もせず、気配がした頃にはもう、背後に密着しているのだった。
母親の聖騎士セニアだ。家ではよく地味な黒いドレスを身に着けている。
振り向くとニコニコの笑顔を浮かべていた。
「どうしたの?難しい顔で、手紙とにらめっこして」
気兼ねなくセニアが手紙を覗き込んでくる。
どこの世界に息子の恋文を詮索する貴族女性がいるだろうか。
「やめてください。個人的なものですから」
レイヴァンは隠そうとする。無駄だった。
「そうよね、親子とはいえ、ね。ごめんなさい。でも、もうリヴェット・ルンカークさん宛のラブレターなのが、見えてしまったわ」
無駄に視力が良い。神妙な顔でセニアが言う。せめて見えていないと言い繕う気遣いも出来ないのだ。
反省はしているようだが、いつもどおり粗相をしてしまうのだった。
「見えたのなら、見えた、ということを、おっしゃらないでください」
ため息をついて、レイヴァンは母としての心構えを実母に説く。
幼少期の頃から変わらない母親だ。悪気なく無神経なことをしてしまう。
「でも、知っていて黙っているのは悪いわ」
更に首を傾げてセニアが言う。
今年でもう40代も半ばの年齢だというのに、まるで少女のような仕草だ。ただ、容姿が若々しくて美しいので、困らされていない人々からは尊敬されていて『水色の髪の聖女』などと呼ばれている。
「もういいです」
レイヴァンは早々に道理をこの母に説くことを諦める。
どうにかしてリヴェット・ルンカークと連絡をつけたい。
(せめて気持ちを伝えないことには、諦めもつかないじゃないか)
レイヴァンは思案する。先だって手紙を送るということには失敗した。原因不明だが、とりあえずリヴェットには届かなかったのだから。
「そもそも、手紙ではなく。自分で直接、すぐに出向くべきだったか」
ポツリとレイヴァンは呟く。
「リヴェット・ルンカークさんって、シェルダン殿のご息女よね。小さい頃には遊びに来てくれてたはずだわ。あなたが言ってた、諦めきれない女性って、その人だったのね」
ウキウキと笑顔でセニアが言う。
それこそ10歳の時にも話した覚えがレイヴァンの方にはあるのだが。母の頭からはすっぽりと記憶が抜け落ちているらしい。
(まぁ、この人の息子をしていると、こんなことばかりだからな)
息子として諦めの境地なのであった。この母が優れているのは聖騎士としての技量ばかりなのだ。取り柄も兎に角、善良な人柄と容姿である。
配慮というものは、頑張っても出来ない。
「お母さんはね。シェルダン殿とは親しいのよ。それにその奥さんのカティアさんは、私の侍女をしてくれていたぐらいで」
セニアが胸を張って言う。
その上で10歳の時に縁談を蹴られたのである。
「えっ?」
余りの忘れっぷりにさすがのレイヴァンも驚く。
(確かに聖騎士として忙しく、忘れっぽい母上だが)
付き合いも広い方ではない。いつも話題に上がるのもヒュム男爵夫人かルフィナ騎士団長夫人ぐらいのものだ。
なぜ自分がこれまでのリヴェットとの経緯を知らないと思っているのだろうか。
「私のお父様もお世話になってて、私もお世話になって。あなたまでご息女と結婚するのなら、親子3代でお世話になるってことね」
ポンッと胸の前で手を合わせてセニアが曇りのない笑顔で言う。
(そうはならなかったうえ、それはお世話になったのではなく、こちらが迷惑をかけたのではありませんか?)
ふと、レイヴァンはそんな気がしてならなくなった。
10歳の時に訪れた、ビーズリー家との唐突な距離感もそのせいではないのか。
ぼんやりとそんな疑問を感じたのが良くなかった。
「私が、シェルダン殿と話をしてくるわ」
母セニアがもう動き出していた。
もう駆け出している。
「ちょっとっ!母上!」
レイヴァンは遅れて我に返る。
どこの世界に、母親に結婚の申し込みを代行してもらう男がいるだろうか。
(いや、いないでもないのかもしれないが、俺は嫌だ)
レイヴァンは母親を追う。
だが、追いつけない。
廊下に出た頃にはもう、母セニアがもう屋敷の正門を出て、通りを全力疾走していた。
恐ろしく速い。無駄に身体能力の高い女性聖騎士なのだ。
「レイヴァンぼっちゃま、どうされました?セニア様がただならぬ勢いで飛び出していかれましたが」
執事のメイスンがあらわれる。
「それが、リヴェット嬢のお父上のシェルダン卿に話をつけてくると。俺が止める間もなく」
肩を落としてレイヴァンは告げる。
決めつけも良くない気がするのだが。悪い予感しかしてこない。
だが、本気の全力疾走をしている母セニアに追いつくのはレイヴァンにも不可能だ。
(だって馬車より速いのだから)
実際に追い抜いていた。
「あぁ」
メイスンが遠い目をした。
どうやらシェルダンのことも母のこともよく知っている男だ。
「それは大変にまずいですな」
メイスンがこぼすのであった。




