3 リヴェットの胸のうち
リヴェットは実家に帰ってきていた。
卒業式で学友と歓談していたところ、冷え切った関係の婚約者アラン・トラウトに婚約破棄を宣告されている。
(別に、それはいいんだけど)
それぞれの家と家が皇帝シオンの許可も得た上で決まった縁談である。当事者同士だけの問題ではないから、今まで我慢してきた。
(大変なのはこれからなのよね)
父親と話をしなくてはならない。一筋縄ではいかない人物だ。
「リヴェットのお嬢さん」
力強く扉をたたかれた。叩き方と自分の呼び方で父の腹心デレクだと分かる。あまりの腕力でドアが揺れるほどだ。
(普通、こういう時は執事のバートンさんが来るものではないの?)
内心、リヴェットは指摘する。
「隊長が来てほしいって言ってますぜ」
父のシェルダンが軍人であるから、部下のデレクも父のことを『隊長』と呼んでいる。叩き上げの軍人である父シェルダンが、一般兵士の時からの腹心だという。
小さい時にはよく抱っこしてもらった。
「はい。すぐ行きます。デレクおじ様もありがとうございます」
家の使用人ではないのだ。リヴェットは丁寧に応じる。立ち上がって身繕いを済ませた。
白いブラウスに臙脂色のロングスカート姿で、リヴェットは扉の外にいたデレクと合流する。なぜかデレクの方は黒い全身甲冑姿だ。
「髪色以外はカティアさんとそっくりだ。隊長も甘やかすわけだ」
鎧の内側からデレクが遠慮のないことを言う。前半はともかく後半はいただけない。
「両親にその御言葉、しっかりと伝えさせていただきますね」
満面の笑顔でリヴェットは告げる。
「いや、それは勘弁を」
両親からはさぞや容赦なく叱られることだろう。
「それはともかく。申し訳ありません。父が使用人みたいなことをさせて」
リヴェットは頭を下げる。
「いや、いいんでさ。俺が押しかけてた時に用件が出てきたみたいだから」
気さくに笑ってデレクが言う。
なお、言いつけるのは言いつけるつもりなので、後刻、デレクがリヴェットの両親に怒られるのは確定である。
今年で父と同年の45歳、デレクにも妻子がいて自宅もあるはずなのだが、あまり落ち着いた大人という感じがしないのだった。
「隊長、お嬢さんを連れてきましたよ」
がさつにドアを叩いてデレクが言う。
「あぁ、入ってくれ」
中から父のシェルダンが言う。
灰色髪の軍人だ。ドレシア帝国第1ファルマー軍団の総隊長を務める。一般兵士からの叩き上げであり、苛烈なことで有名な出世頭だ。
「お父様、皇都に戻られていたんですね」
リヴェットはお辞儀をしてから告げる。
連れてきたデレクが置物のように壁際に立つ。
「最近は大した仕事が無い。良いことだ。軍人が給料をタダ取りするぐらいのほうが、な」
シェルダンがニヤリと笑う。
「そんなことより、お前のことだ。話は聞いた。大変だったな」
誰から聞いたのだろうか。しれっと情報網を張り巡らせているのが、この強かな父親である。娘の自分にも活用するらしい。
「大したことではありません。どういう形でかはともかく、なんとなく、あの人とは結婚にならないんだろうって思っていたから」
父親の反応を窺いつつ、リヴェットは告げる。
「そうか」
シェルダンの返答が短い。頭の中は目まぐるしく動いているはずだ。
(でも、大前提として私の味方。どうするのが私に一番良いか、打算してくれてるんだと思う)
自分は特に末っ子だからか、姉や兄よりも可愛がられてきた方だと思う。
家の方針に左右されない立場だった。
気楽ではあるが、だからこそ両親に迷惑をかけたくない。
「トラウト公爵というか、公爵家からは何か?」
アランの人柄や行動はさておき、相手は公爵家なのだ。問題となれば、いかに父と言えど厄介なのではないか。
(私、この国にいない方が良い)
リヴェットはそう考えていた。
「何も言えんよ。言える立場でも無い。昔のアスロックじゃないんだ。シオン陛下も道理は理解しておられる。トラウト公爵家のほうの、今回は大失態だ」
苦虫を噛み潰したような顔でシェルダンが言う。
アスロック王国というのは、ドレシア帝国の西隣にあった亡国であり、父の出身国だ。腐りきっていて滅んだと歴史で習った。
「アランとやらが問題児なのは聞いていたが、お前が別に良いというから放置していた」
更にシェルダンが言う。
「私も様子を見ていたら、こうなってしまいました」
苦笑いでリヴェットは応じる。浮気されて挙句に破談されてしまった。
「あっちの浮気だろう。それと学校でお前が、小僧の浮気相手にいじめをしたことにされるはずだったらしい。だが、もう調べはついてる。完全な言いがかりだ。リヴェット、お前に非はない」
シェルダンが断じて、じっとリヴェットを見つめる。
何か図るような視線だ。
「お前がそれでいいなら、とりあえず、骨を砕いてどこぞにその小僧を埋めようと思う」
シェルダンがアランの処遇について提案する。
冗談ではない。本当にやりかねない父親だ。
(むしろ、アスロック王国の軍人時代は盗賊や犯罪者相手にやってたって、部下の人たちがみんな言うのよね)
今頃はどこに埋めるか思案している顔だ。
「お父様、埋めるのも骨を砕くのも駄目です」
リヴェットは父に歩み寄って告げる。
そしてその手にそっと触れた。
「違う手を考えておく」
仏頂面で父が横を向く。
(あっ、これは、もうやった後なのね)
決まり悪そうな父の顔で察する。おそらくもう、アラン・トラウトは無事ではない。
「だが、お前はこれからどうするんだ?母さんも頭を悩ませてる。俺としてはまず、リヴェットの希望を聞いておきたい。今回は肉親が勝手に決めて、このザマだからな」
絶対にされると思っていた質問だ。
リヴェットは大きく息を1つ吸った。
「お父様、私、軍人になりたいの」
かねてから考えていた進路だ。父シェルダンほど出世した先祖はいないものの、代々が軍人の家系であり、自分にもその血が流れている。
シェルダンの顔からすうっと表情が消えた。怒られるのよりも怖い。冷徹に自分が軍人になるべきかどうかを勘案しているのだ。
だが、ここで引いてはいけない。
「それもね。お父様やお兄様、ううん、ご先祖様たちと同じ、軽装歩兵になりたいの」
言い切った。父の反応を窺う。
「そうか」
そこから実に1時間、リヴェットは待たされるのであった。




