10 エピローグ
レイヴァンはリヴェットの実家であるビーズリー家を訪れる。
フェルテア大公国に向かう途上で追いついてから、既に10日が経っていた。言葉の限りを尽くして、なんとかリヴェットにフェルテア大公国入りや軍人への道を保留してもらっている。
「また来たのですか?聖騎士というのは有事でないと何もすることがないのですか?」
開口一番にリヴェットの実父シェルダン・ビーズリーが皮肉を飛ばしてきた。
もう何度もリヴェットのもとを訪うレイヴァンに対して、わざわざ正門にまで出てきて、威嚇するのである。
(こんなことを言うくせに、やってることは、協力的な親なんだよな)
単に娘を溺愛しているだけの父親だ。威嚇してくるのもリヴェットが可愛くてならないからだろう。
「俺がリヴェット嬢に相応しくないとおっしゃるのなら、俺は身を引きますよ」
微笑んでレイヴァンは応じる。
シェルダンが深々とため息をつく。
(本当は、俺の熱意を買ってくれているくせに)
現に何度も会わせてくれていることが、その証拠だ。
「あの娘はルンカーク家の人間だというのに、なぜ当家を逢引に使うのやら」
尚もシェルダンが文句を言う。
フェルテア大公国への旅路から自分が連れ戻して以来、リヴェットの滞在しているのはビーズリー家のほうだ。
「嫌なら、部屋など与えなければ良いのに」
シェルダンの甘やかしを遠回しにレイヴァンは指摘した。
「逢引に向かないという話ですよ。うちは庭園も殺風景だし、家屋も貴族としては普通だ。高貴なる公爵家ご子息様をおもてなしするのには到底、至らぬあばら家ですから」
娘が可愛くてしょうがなく、その娘が会おうとしている以上、本当は受け入れているくせにシェルダン・ビーズリーがこんなことばかりを言ってくる。
「俺たちが本気で交際するなら、身分差を突かれるぞ、と教えてくださるのですね。対応策を考えておきます」
言葉の裏に隠された意図をレイヴァンは暴露してやった。
「そういうことは、黙ってやるのですよ」
忌々しげにシェルダンが告げて立ち去っていく。
(母さんが懐くわけだ)
突き放すようでいて面倒見が良い。
母である聖騎士セニアも、この調子で何度も冷たくも丁寧に助けられ導かれてきたのだろう。
歩み去っていくシェルダンの背中を見てレイヴァンは思う。
「失礼します。ビーズリー家の執事バートンと申します」
シェルダンと入れ替わりに初老の執事がやってきた。武骨なクライン家の執事メイスンとはまるで印象が違う。
「リヴェットお嬢様がお待ちですので。ここからは私が案内を致します」
先に立ってバートンが連れてきた先。
「レイヴァン様っ!」
こぢんまりした四阿にリヴェットがいた。
飛び上がるようにして立ち上がり、こちらに笑顔とともに手を振ってくる。
短くなった灰銀色の髪が軽快に揺れていた。
「リヴェット殿っ!」
レイヴァンも手を振り返す。自然と笑顔になってしまう。
リヴェットが駆け寄ってくる。
すると今度は執事のバートンがすぅっと離れていくのだった。
「また、お父様に何か嫌味を言われたのではありませんか?」
駆け寄ってきたリヴェットが上目遣いに尋ねてくる。
「あれぐらいで退いていたら、貴女に言い寄る権利なんて得られない。あれは御父上なりの、娘への求婚者への試練なのでしょう。耐え抜くことが出来ているから、俺は有望なのです」
胸を張ってレイヴァンは言い切ってやった。
自分の場合は、かつてシェルダンに対する粗相まみれの父母のせいで、候補にすら挙げられなかったのである。
「それ、普通、ご自分でおっしゃりますか?」
リヴェットが苦笑いだ。
「ご存知です?あのアラン・トラウトは、私がお父様の、シェルダン・ビーズリーの娘だとすら、知らなかったんですよ?ちょっと調べれば分かるのに」
更にリヴェットが口を尖らせて告げる。つまりリヴェットを破談することの危険性すらも意識していなかったらしい。
「そうですな、やつは貴女との好機を無駄にした愚か者です。俺だったなら」
拳を握りしめてレイヴァンは言う。
自分も生かし切るまでに時間はかかってしまったのだが。
2人で四阿へと向かう。
並んで歩いているだけでも、レイヴァンは満ち足りた気持ちになる。
四阿の小テーブルの上に手紙が置いてあった。
「これは」
レイヴァンは差出人に気付く。
アラン・トラウトだ。
「復縁してほしいそうですよ?却下ですけど。お父様に締められて、かなり弱っているみたい」
たとえ公爵家とはいえ、通常の典型的な貴族であるトラウト家に対し、生粋の軍人であるビーズリー家だ。
肩をすくめるリヴェットが可愛らしい。
「ビーズリー侯爵に生き埋めにされてしまえばいい。貴女を苦しめる者には相応の報いを与えるべきですよ」
鼻息あらくレイヴァンは言い切った。
「あら?まるでお父様の生き写しのようですわ。同じ事をおっしゃってますよ」
花開くようにリヴェットが微笑む。
惚れた時から、思っていた通りに進まなかった。それでも一途に思い続けたことが、ようやく本人や家族の目に留まり始めている。
「シェルダン侯爵閣下がなさったように、俺は貴女のために尽くします。一切遠慮しないでくださいね」
好機を掴めたが、それがそのまま目的には繋がらなかった。それでも縁というのはとこかで繋がるものなのだ。
レイヴァンは悟り、無言で愛しい恋人の肩を抱くのであった。




