第4話:サッカー地域戦
日曜日。
雲一つない青空の下、地域のサッカー大会が開催された。
観客席には親御さんや友人たちが集まり、グラウンドには選手たちの声が響き渡っている。
「春海、緊張してるか?」
ベンチに座る俺の隣で、同じく補欠メンバーのクラスメイトが話しかけてきた。
「んー、まあ、少しだけ」
正直に言うと、かなり緊張していた。
初めての公式戦。初めてのユニフォーム。
何もかもが、昼休みのサッカーとは違っていた。
試合は前半から動いた。
俺たちのチームが先制点を決めるも、すぐに追いつかれ、シーソーゲームの様相を呈している。
俺はベンチから、ずっと味方の動きを見ていた。
誰がどのポジションで、どんなプレーが得意なのか。
足が速いのは誰か。パスが上手いのは誰か。
頭の中で、パズルのピースをはめるように情報を整理していく。
(……なんとなく、分かってきた)
ハーフタイム。
ロッカールームで、佐伯監督が俺に声をかけた。
「春海、後半頭から行くぞ。やることは練習の時と同じだ」
「はい」
「だが、一点だけ追加だ。前半を見て分かったと思うが、うちの10番は中央でボールを受けるのが上手い。お前がサイドで相手を引きつければ、必ず中央が空く。そこを狙え」
「了解です」
監督の指示は的確だった。
俺が前半ずっと考えていたことと、全く同じだったからだ。
◇
後半開始のホイッスルが鳴る。
俺は右サイドのポジションにつき、深く息を吸った。
(やることは、変わらない)
俺はひたすら、右サイドで幅を取る動きを繰り返した。
相手ディフェンダーが、明らかに俺を警戒して一人、ぴったりとマークについてくる。
(よし、食いついた)
その瞬間、俺は中央にいる10番の選手と、アイコンタクトを交わした。
味方が左サイドから、大きなサイドチェンジのボールを蹴る。
ボールは俺の方へ向かってくるが、少し短い。
俺のマークについていたディフェンダーが、先にボールに触ろうと前に出た。
(今だ!)
俺はその動きを読んで、あえてボールには触らず、ディフェンダーの裏のスペースへ向かって走り出した。
俺を追い越したボールは、走り込んできた味方のボランチが拾う。
そして、がら空きになった中央のスペースへ、スルーパスを出した。
そこには、フリーで待ち構えていた10番の選手がいた。
「もらった!」
10番の選手は冷静にボールをコントロールし、キーパーとの1対1を制してゴールネットを揺らした。
「ナイス!」「よくやった!」
チームメイトたちが、得点を決めた10番の選手の元へ駆け寄っていく。
俺もその輪に加わり、ハイタッチを交わした。
「ナイスランだったぞ、春海!」
「いえ、パスが完璧でした」
俺が囮になって生まれた、チームプレーでの得点。
自分が決めるより、何倍も嬉しかった。
◇
試合は終盤。
スコアは2対2の同点。
両チームとも疲れが見え始め、足が止まりかけていた。
相手チームの最後の猛攻。
左サイドを突破され、俺たちのゴール前に速いクロスが上がる。
ディフェンダーがクリアするも、ボールは相手選手の前へ。
まずい、シュートを打たれる――!
そう思った瞬間、俺は全力で自陣のペナルティエリアまで戻っていた。
シュート体勢に入った相手選手の前に、体を滑り込ませる。
ドンッ!
腹部に、ボールがめり込むような鈍い衝撃。
(……ぐっ!)
息が詰まる。
でも、なんとかシュートはブロックできた。
こぼれたボールを、味方のキーパーががっちりとキャッチする。
「春海、ナイスカバー!」
キーパーの声に、俺は立ち上がった。
まだだ。まだプレーは終わってない。
俺はキーパーに向かって叫んだ。
「最後はライン上げます! 奪ったら、縦一本!」
キーパーが、こくりと頷く。
俺はそのまま、相手陣地に向かって走り出した。
守備から攻撃への、最短の切り替え。
俺の動きを見て、相手チームのディフェンダーたちが慌てて戻っていく。
キーパーは俺の動きを信じて、前線へ向かって大きくボールを蹴り出した。
ボールは、相手ディフェンスラインの裏へ。
俺はトップスピードで、そのボールだけを追いかける。
追いつける。絶対に。
相手ディフェンダーより一歩早くボールに触り、前に押し出す。
ゴール前には、もうキーパーしかいない。
(……もらった!)
俺は冷静にキーパーの動きを見極め、逆サイドのゴール隅へ、ボールを流し込んだ。
ゴール。
試合終了間際の、劇的な勝ち越し点だった。
その直後、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
「やったぞー!」
チームメイトたちが、俺の元へ駆け寄ってくる。
もみくちゃにされながら、俺は勝利の喜びを噛み締めていた。
◇
「今日のヒーローだな、春海!」
表彰式が終わり、チームで記念写真を撮る前。
佐伯監督が、笑顔で俺の肩を叩いた。
「ありがとうございます。でも、みんなが繋いでくれたおかげです」
「ははっ、謙虚だな。どうだ? 正式に、うちのチームに入らないか?」
最高の誘いだった。
このチームで、もっとサッカーをしたい。
でも――。
「ありがとうございます。でも、今はまだ一つのことに絞るんじゃなくて、楽しそうなことを色々やってみたいんです。すみません」
俺がそう言うと、監督は少し驚いた顔をしたが、すぐに納得したように笑った。
「そうか。欲張りなやつだな。分かった。なら、これからも『助っ人』として、いつでも力を貸してくれ」
「はい! 喜んで!」
写真撮影が始まる。
俺は優勝カップを持ったキャプテンの隣に並び、少しだけ誇らしい気持ちで胸を張った。
どうせなら、一番目立つ位置で写りたい。
最高の形で終わった、初めてのサッカー公式戦。
この時の俺はまだ、次の挑戦がすぐに始まることなんて、全く予想していなかった。
体育の授業で、あの白いボールに出会うまでは。