第3話:地域チームの初練習
放課後、俺を誘ってきたクラスメイトに連れられて、俺とユウトは地域のグラウンドに来ていた。
小学校の校庭とは全然違う。
きれいに整備された芝生と、ちゃんとした大きさのゴール。
練習している人たちも、みんな真剣な顔つきだ。
(うわ……、場違い感がすごい)
ただの助っ人、それも素人が来ていい場所じゃない気がして、少しだけ気後れする。
「監督! 春海くん、連れてきました!」
クラスメイトが大きな声で叫ぶと、練習の輪からジャージ姿の大人の男性が一人、こちらへ歩いてきた。
日に焼けた肌と、鋭い目つき。
いかにも監督、という感じの人だ。
「君が春海 悠くんだな。話は聞いてる。俺は監督の佐伯だ」
「は、はい! よろしくお願いします!」
俺は慌てて頭を下げた。
「堅くならなくていい。今日はゲーム形式の練習に参加してもらう。ポジションは右サイドだ」
「右サイド……」
「ああ。難しい指示は出さない。君にやってもらうことは三つだけだ」
佐伯監督は、指を一本ずつ折りながら言った。
「一つ、サイドの幅をめいっぱい使うこと」
「二つ、スペースが見えたら、縦に全力で走ること」
「三つ、ボールを奪われたら、全力で戻ること」
「……それだけ、ですか?」
「ああ、それだけだ。細かいことは言わん。君の武器はスピードなんだろ? それを活かすことだけ考えろ」
あまりにシンプルな指示に、俺は少し拍子抜けした。
でも、素人の俺にとっては、その方がありがたい。
「了解です。幅とスピードだけ、意識します」
俺がそう答えると、監督は満足そうに頷いた。
ビブスを渡され、俺は早速ゲーム形式の練習に参加することになった。
◇
「うわ、レベルたっけぇ……」
グラウンドの隅で練習を見ていたユウトが、思わずそんな声を漏らす。
その気持ちは、プレーしている俺が一番よく分かっていた。
パスのスピード、トラップの正確さ、体の強さ。
昼休みのサッカーとは、何もかもが違う。
(でも……!)
俺は監督に言われた通り、ひたすら右サイドのタッチライン際に張り付いていた。
ボールにはほとんど触れない。
でも、俺がここにいるだけで、相手チームのディフェンスが一人、俺を気にしてこっちに引っ張られているのが分かった。
おかげで、中央のスペースが少しだけ広くなっている。
(これか。監督が言ってた『幅を取る』ってのは)
ボールに触らなくても、チームの役に立てる。
サッカーって、面白いな。
そう思っていた時だった。
逆サイドでボールを持った味方が、大きく右足で振りかぶるのが見えた。
(来る!)
俺はボールの軌道を予測し、走り出す。
山なりの大きなボールが、俺の頭上を越えて、前のスペースに落ちる。
完璧なタイミングだった。
俺はトップスピードで走り込み、落ちてきたボールを右足のインサイドで優しく前に押し出した。
ボールが、足に吸い付くようだ。
顔を上げる。
ゴール前、ニアサイドに味方が一人、走り込んでいるのが見えた。
(あそこだ!)
俺はほとんど時間を使わず、右足を振り抜いた。
低く、速いボールが芝生の上を滑っていく。
相手ディフェンダーの足と、キーパーの手が届かない、絶妙なコース。
ボールは走り込んできた味方の足元に、ピンポイントで届けられた。
ドンッ!
味方は軽く足を合わせるだけ。
ボールはゴールネットに突き刺さった。
「ナイス、クロス!」
アシストした相手が、駆け寄ってきて俺の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「春海くん、すごい!」
「今の完璧だったぞ!」
チームメイトたちから次々と声をかけられる。
照れくさいけど、やっぱり嬉しい。
その後も、俺は言われた役割を徹底した。
縦に走って相手ディフェンスを混乱させ、ボールを奪われれば鬼の形相で自陣まで戻る。
そして練習の終盤。
カウンターの場面で、俺の前にボールが転がってきた。
前には、広大なスペースが広がっている。
(行くしかない!)
俺は一気に加速した。
相手ディフェンダーが一人、慌てて止めに来るが、スピードが違いすぎる。
簡単なフェイントで横をすり抜け、ゴール前まで独走する。
キーパーが前に出てくるのが見えた。
俺は冷静に、ゴール左隅を狙ってシュートを放った。
ボールはキーパーの脇を抜け、ゴールに吸い込まれていった。
これで、1ゴール1アシスト。
素人にしては、上出来すぎる結果だろう。
◇
「春海くん」
練習が終わり、着替えていると佐伯監督に声をかけられた。
「週末の地域戦、ベンチ入り決定だ。途中からになると思うが、必ず出番はある。準備しておけ」
「……! はい!」
思わず、大きな声で返事をしてしまった。
試合に出られる。
自分の力が、公式戦で試せるんだ。
「これ、着てけ」
監督から、一枚のユニフォームを手渡された。
チームのエンブレムと、背中には「18」という番号がプリントされている。
「ありがとうございます!」
俺はそのユニフォームを受け取ると、ぎゅっと胸に抱きしめた。
自分の背番号をもらえるなんて、思ってもみなかった。
嬉しくて、自然と顔がにやけてしまう。
「うわ、悠のやつ、すげー嬉しそう」
少し離れた場所で、ユウトがニヤニヤしながらこっちを見ている。
俺は少し恥ずかしくなって、ユニフォームを急いでバッグにしまった。
帰り道、ユウトと二人で並んで歩く。
「それにしても、いきなり試合とか、すげえな」
「うん。自分でも、ちょっとびっくりしてる」
「まあ、今日の動き見てたら当然か。お前、マジで怪物だよ」
怪物、か。
自分では、そんな実感は全くない。
ただ、言われたことを全力でやっただけだ。
でも、それで結果が出て、誰かに必要とされるのは、やっぱり最高に気分がいい。
俺はバッグの中のユニフォームにそっと触れた。
週末の試合が、今から楽しみで仕方がなかった。