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第2話:昼休みサッカーの誘い

「おーい、春海! パス!」


昼休みの校庭。

俺は数人のクラスメイトと一緒に、ミニゴールを置いただけの即席サッカーに興じていた。

運動会のリレー後に声をかけられて以来、こうして昼休みにボールを蹴るのが半ば日課になっている。


(サッカー、面白いな)


走るのとはまた違う。

ボールという不規則なものを、どうやって自分の思い通りに動かすか。

その一点に集中するのが、新鮮だった。


俺は右サイドの、かなり広い位置に張っていた。

相手チームのマークもいない、がら空きのスペースだ。


味方からボールが転がってくる。

相手が一人、慌てて俺の方へ詰めてきた。


(トラップは、足の内側で……)


教科書通りのやり方で、俺はボールをピタリと足元に止めた。

そのまま、顔を上げる。

ゴール前には、味方が一人走り込んでいるのが見えた。


(あそこしかない)


俺は右足を振り抜き、ボールをゴール前に向かって蹴り出した。

ボールは綺麗な弧を描き、走り込んできた味方の足元へ、吸い込まれるように落ちる。


ドンッ!


味方がダイレクトで合わせたシュートが、ミニゴールに突き刺さった。


「ナイスパス、悠!」


「ナイスシュート」


俺たちは軽くハイタッチを交わす。

見ていたギャラリーの女子たちから、小さな歓声が上がった。


(うん、悪くない)


やっぱり、見られていると力が入る。

どうせなら、もっと観客が多い側でプレーしたいな、なんてことを考える。


「春海、お前、サッカー経験者か?」


試合が一段落した時、最初に俺を誘ってくれたクラスメイトが尋ねてきた。


「いや、全然。体育でやったくらいだよ」


「嘘だろ……。パスの精度とか、走り込むコースとか、どう見ても素人じゃねえぞ」


「そんなことないって。難しいことはしてないよ。広く陣取って、空いてる味方がいたら、そこに出すだけ」


俺はそう答えた。

実際に、俺がやっているのはそれだけだ。

ただ、他の人より少しだけ速く走れて、少しだけ正確にボールを蹴れる。

それだけで、相手ディフェンスは面白いように崩れていった。


特に、縦への突破。

俺がサイドでボールを持って、ただ真っ直ぐドリブルする。

相手は俺のスピードについてこれず、あっという間に置き去りにされる。

そこからゴール前にクロスを上げれば、簡単にチャンスが生まれた。


(重心とタイミング……かな)


相手がどっちに動こうとしているのか、重心の移動でなんとなく分かる。

足を出してくるタイミングも、予備動作で読める。

だから、その一瞬前にボールを動かせば、簡単に抜ける。

理屈は、たぶん鬼ごっこと同じだ。


その日の昼休み、俺はカットインからのシュートで追加点を決め、チームを勝利に導いた。


「はー……疲れた」


授業が始まる前の手洗い場で、俺は顔を洗いながら息をついた。

隣では、親友のユウトが同じように水を浴びている。


「お前、昼休みだってのに本気出しすぎだろ。見てるこっちがヒヤヒヤするわ」


「そうか? 結構楽しかったけどな」


「楽しいのはいいけどさ。そのうち絶対、どっかから声かかるぞ」


ユウトが呆れたように言った、その時だった。


「――春海くん、ちょっといいかな」


声をかけられて振り返ると、さっき一緒にサッカーをしていたクラスメイトが、少し緊張した面持ちで立っていた。

その後ろには、見たことのない上級生も二人いる。


「俺?」


「うん。実は、春海くんに頼みたいことがあって」


彼はごくりと唾を飲み込むと、意を決したように頭を下げた。


「俺、地域のサッカーチームに入ってるんだけど……今度の日曜、大事な試合があるんだ。でも、怪我人が出ちゃって、どうしても人数が足りない」


「……それで?」


「お願いだ! 一日だけでいい! 助っ人として、試合に出てくれないかな!?」


(助っ人)


予想外の申し出だった。

地域のチームなんて、本格的にやっている人たちの集まりだろう。

俺みたいな素人が行って、足手まといになるだけじゃないか?


俺が返事に困っていると、隣にいたユウトが助け舟を出してくれた。


「まあまあ、落ち着けって。悠だって、いきなりそんなこと言われても困るだろ」


「で、でも、本当に人がいなくて……!」


「春海くんのプレー、監督にも見てもらったんだ。そしたら、ぜひ練習に来てほしいって!」


必死な様子に、断りづらい空気が流れる。

俺は少し考えた。


知らない場所で、知らない人たちとサッカーをする。

それは、少しだけ怖い。

でも――。


(面白そうじゃん)


自分の力が、校庭の外でどこまで通用するのか。

試してみたい気持ちが、むくむくと湧い上がってきた。


「……練習に行くだけなら」


俺がそう呟くと、彼の顔がパッと輝いた。


「本当か!?」


「うん。試合に出るかどうかは、練習に行ってみてから決める。それでいいなら」


「もちろん! ありがとう、春海くん!」


彼は何度も頭を下げると、上級生たちと一緒に嬉しそうに走り去っていった。

その背中を見送りながら、ユウトがやれやれといった感じで肩をすくめる。


「ほらな、言った通りだろ。絶対こうなると思ったんだよ」


「まあ、いいじゃん。面白そうだし」


「お前はいつもそれだな……。まあ、俺も見に行くけどさ」


こうして、俺の初めての「助っ人」活動が決まった。

まだ、この一歩が、とんでもない未来に繋がっているなんて、知る由もなかった。

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