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第23話:武道館への道

「――高峰先生! 今の選手は、一体……!?」


 市の交流戦が終わった直後、一人のスーツ姿の男性が、興奮した様子で高峰師範に駆け寄ってきた。

 その胸に光るバッジは、県の剣道連盟のものであることを示している。


「鈴木さんか。見ての通り、うちの道場の子ですよ」


「存じ上げております! ですが、彼の名前は県の強化指定選手リストのどこにもなかった! まるで、今日突然現れたかのようです! あの剣……特に二回戦で見せた出鼻面、あれは並の中学生に出せる技ではない!」


 鈴木と名乗った連盟の男は、俺のほうをチラリと見ながら、声を潜めて師範に何かを訴えかけている。

 その目は、逸材を見つけたスカウトのそれだった。


「単刀直入に申し上げます。来月、東京の日本武道館で開かれる全国大会、その団体戦メンバーに、彼を加えさせてはいただけないでしょうか」


「正気か、鈴木さん。春海くんが竹刀を握ったのは、ほんの数日前のことだ。いくらなんでも無茶だ」


「無茶は承知の上です! ですが、私は彼のあの目に賭けてみたい。彼は、相手の太刀筋を『読んで』いるのではなく、『視て』いる。あんな中学生、見たことがない!」


 二人の会話が、俺の耳にも届く。

 全国大会。日本武道館。

 その言葉の響きに、俺の心は静かに高鳴っていた。


「……春海くん」


 話がまとまったのか、高峰師範が、俺の方を向いて静かに口を開いた。


「県の代表として、全国大会に出てみる気はあるか。もちろん、強制はしない。君の意思だ」


 俺は、迷わなかった。

 知らない舞台、強い相手。

 面白くないわけがない。


「やります」


 俺の即答に、鈴木さんは「おお!」と喜びの声を上げ、師範は「そう言うと思った」と、小さくため息をついた。



 それから全国大会までの約一ヶ月。

 俺は行ける日だけ高峰師範の道場に通った。

 サッカーや野球のチームから練習の誘いもあったが、今は剣道が一番面白かった。


「いいか、春海くん。君の強さは技の多さではない。相手の起こりを視る、その一点に尽きる」


 師範は俺に多くの技を教えようとはしなかった。

 ただひたすら、構え、足さばき、そして相手の気配を読むための集中力を高める稽古を繰り返した。


「相手が動く前に、動く。相手が打つ前に、打つ。それだけでいい。余計なことは考えるな」


 師範の指導は、常にシンプルだった。

 だが、その言葉は不思議と俺の体に染み込んでいった。

 竹刀を握るたびに、自分の感覚が研ぎ澄まされていくのが分かった。


 そして、運命の日がやってきた。



「――デカい……」


 東京、九段下。

 目の前にそびえ立つ、日本武道館の大きな屋根を見上げ、ユウトが呆然と呟いた。

 俺の応援のために、わざわざ新幹線で駆けつけてくれたのだ。


「ここが武道の聖地か……。お前とんでもない場所まで来ちまったな」


「まあ、体育館がちょっと大きくなっただけだよ」


 俺はそう軽口を叩きながらも、その独特の雰囲気に圧倒されていた。

 全国から集まった強豪選手たちの、静かだが燃えるような闘気。

 肌がピリピリするようだ。


「春海くん、こっちだ」


 県の代表チームの仲間たちが、俺を手招きしている。

 俺は団体戦の「大将」という大役を任されていた。

 もちろん、他のメンバーは、全員が俺よりもずっと長く剣道に打ち込んできた先輩たちだ。


「……本当に大丈夫なのか? あいつ本当に強いのか?」


「分からない。市の交流戦で一度見ただけだが……化け物みたいだったとしか」


 チームメイトたちが、俺を遠巻きにしながらヒソヒソと話しているのが聞こえる。

 無理もない。

 どこの馬の骨とも分からない初心者が、いきなり自分たちのチームの大将になったのだ。

 不安に思うなという方が無理だろう。


「――静かにしろ」


 そんな空気を一喝したのは、チームの監督を任されている高峰師範だった。


「疑う気持ちは分かる。だが試合になれば分かるはずだ。我々がとんでもない『切り札』を手に入れたということがな」


 師範の力強い言葉に、チームの空気が少しだけ引き締まる。

 俺は何も言わなかった。

 こういう時は、言葉で語るよりも結果で示すのが一番早い。


「一回戦の相手は去年の準優勝校、九州代表の東明館だ。胸を借りるつもりで全力でいけ!」


 監督の檄が飛ぶ。

 いよいよ、俺の三度目の全国大会が始まろうとしていた。

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