第16話:無名の救世主
西峰FCの快進撃は、大会二日目も続いていた。
一回戦で俺が見せたプレーは、あっという間に他のチームにも知れ渡ったらしい。
二回戦、三回戦と駒を進めるたびに、相手チームの俺に対する警戒は、あからさまに強くなっていった。
そして、準々決勝。
相手は、優勝候補の一角である東北代表の強豪チーム。
試合前のミーティングで、溝口監督は難しい顔で言った。
「春海くん。間違いなく、君は徹底的にマークされるだろう。相手は、君を潰しにくるはずだ」
「はい」
「無理はしなくていい。いつも通り、君の思うようにピッチを駆け回ってくれれば、それでいい」
監督の言葉に、俺は静かに頷いた。
◇
試合開始のホイッスルが鳴る。
その瞬間から、俺は異様な感覚に包まれていた。
俺のすぐそばに、影のようにぴったりと張り付く選手が一人いる。
相手チームで一番足が速いと評判の、ディフェンダーだった。
俺が右に動けば、右に。
左に動けば、左に。
一瞬たりとも、離れようとしない。
完全なマンマークだ。
(なるほど、これが対策か)
ボールが、俺のいるサイドに展開される。
でも、その前に必ず、マークの選手が体を割り込ませてくる。
パスが、全く出てこない。
俺は完全に、試合から消されていた。
「くそっ……!」
初めて感じる、焦りと苛立ち。
自分の武器であるスピードを、完全に封じられている。
これでは、俺がピッチにいる意味がない。
ハーフタイム。
スコアは0対0。
重苦しい雰囲気の中、俺は一人、下を向いていた。
自分のせいで、チームが攻めあぐねている。
「春海くん」
そんな俺に、キャプテンが声をかけてきた。
「気にすんな。お前が一人引きつけてくれてるだけで、俺たちはすごく助かってるんだぜ」
「え……?」
「相手の一番速いやつが、お前に付きっきりだろ? その分、他の場所が手薄になってるんだ。だから、後半も気にせず、走り回ってくれ。俺たちが、お前が作ったスペースを必ず使うから」
キャプテンの言葉に、俺はハッとした。
そうか。
俺は、ボールに触らなくても、チームに貢献できるのか。
(俺が、囮になればいいんだ)
その瞬間、俺の中で何かが切り替わった。
後半、俺はただ、ひたすらに走り続けた。
ボールをもらうためじゃない。
俺についているマークを、相手陣地の奥深くまで連れて行くために。
俺がサイドに開けば、マークの選手もついてくる。
中央のスペースが、がら空きになる。
俺が中央に切り込めば、相手のディフェンスラインが、俺を警戒して中央に集まってくる。
サイドのスペースが、がら空きになる。
(面白い……。サッカーって、こんな戦い方もできるのか)
俺は、ピッチの上で相手ディフェンスを操る、指揮者のような気分だった。
そして、試合終了間際。
俺は、ゴールとは全く逆方向の、コーナーフラッグに向かって全力でスプリントした。
もちろん、マークの選手も必死でついてくる。
さらに、相手のセンターバックまで、俺の動きに釣られてサイドに寄ってきた。
(今だ!)
その瞬間、がら空きになった中央のスペースへ、西峰FCのエースが走り込んだ。
そこに、完璧なスルーパスが通る。
エースはキーパーとの一対一を冷静に制し、ボールをゴールネットに突き刺した。
決勝点。
試合終了のホイッスルが鳴り響いた時、俺は得点したエースよりも先に、チームメイトたちにもみくちゃにされていた。
「ナイスラン!」「お前のおかげだ!」
直接ゴールを決めたわけじゃない。
アシストをしたわけでもない。
でも、仲間たちは、俺のプレーが勝利に繋がったことを、ちゃんと分かってくれていた。
その事実が、今までで一番嬉しかった。
◇
試合後、スタジアムの通路を歩いていると、記者らしい人たちに囲まれた。
「君が、西峰FCの秘密兵器だね!?」
「無名の救世主が現れた、と大会ではもっぱらの噂だよ!」
俺は、そういう派手な呼び名が少しだけ苦手だった。
「俺は、何もしてません。チームのみんなが、すごかっただけです」
そう言って、取材の輪から抜け出そうとした時だった。
一人の記者が、信じられないようなことを言った。
「ところで、君。数日前に開催されていた野球の全国大会の決勝で、サヨナラホームランを打った選手と、名前も顔もそっくりなんだが……。まさか、同一人物なんてことは、ないよね?」
その言葉に、俺の周りにいたチームメイトたちが、一斉に俺の顔を見た。
俺は、ただ苦笑いを浮かべることしかできなかった。
どうやら、俺の夏は、まだまだ世間を騒がせることになりそうだ。




