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第15話:フィールドの支配者

 全国クラブユースサッカー選手権大会の数日前。

 俺は初めて、『西峰FC』の練習グラウンドに足を踏み入れた。

 特別指定選手とはいえ、大会前に一度は顔を合わせておく必要がある、と監督に言われたからだ。


「……あいつが、監督の言ってた『秘密兵器』か?」

「陸上部のやつなんだろ? サッカーできんのかよ」


 集まった選手たちの視線が、突き刺さるように俺に向けられる。

 歓迎ムードとは程遠い、疑いと好奇の入り混じった空気。

 無理もない。彼らにとっては、大事な全国大会のメンバー枠を、どこの馬の骨とも分からない素人に一つ奪われたようなものなのだから。


「よし、じゃあミニゲームを始める!」


 溝口監督の号令で、練習が始まった。

 俺はBチームのビブスを渡され、レギュラー組であるAチームと戦うことになった。

 明らかに、俺の実力を見定めるためのテストだ。


 試合が始まると、俺はまず、味方と敵の動きを観察することに集中した。

 誰がパスが上手くて、誰が足が速いのか。

 このチームの戦い方は、どういう形なのか。

 数分もすれば、全体の力関係と流れが、頭の中に地図のように広がっていく。


(……なるほど、左サイドの裏が空きやすいな)


 俺は、そのスペースに向かって全力で走り出した。

 味方のボランチが、俺の動きを信じて、ふわりとしたパスを出す。


(もらった!)


 俺はトップスピードでボールを受け、そのままゴール前に切り込んだ。

 相手ディフェンダーが慌ててカバーに来るが、もう遅い。

 俺はキーパーの位置を冷静に確認し、逆サイドのネットにボールを突き刺した。


「なっ……!?」


 Aチームの選手たちが、信じられないという顔で俺を見る。

 Bチームの仲間たちは、「すげえ!」と駆け寄ってきた。


 俺の本当のショーは、ここからだった。

 一度俺のスピードを認識したAチームは、俺への警戒を強める。

 だが、それは最悪の一手だった。


 俺にマークが集中すればするほど、他の味方がフリーになる。

 俺は囮となってピッチを駆け回り、味方への完璧なアシストパスを、何本も繰り出した。


 ミニゲームが終わる頃には、あれほど懐疑的だった選手たちの目が、驚きと尊敬の色に変わっていた。


「……お前、本当に何者なんだよ」


 試合後、チームのエース格の選手が、呆然とした様子で俺に話しかけてきた。


「春海悠。よろしく」


 俺が短くそう言うと、彼は「ああ……よろしく」と、少しだけぎこちなく拳を突き出してきた。

 俺も、その拳に軽く自分の拳を合わせた。

 ほんの少しだけ、仲間として認められた気がした。


 ◇


 そして、全国大会一回戦。

 夏の太陽が照りつける緑のピッチで、西峰FCは九州代表の強豪を相手に、苦戦を強いられていた。

 スコアは1対1。試合は完全に相手のペースだった。


 後半15分。

 溝口監督が、動いた。


「春海くん、行くぞ」


「はい」


 俺の名前がコールされると、スタンドが「誰だ?」とざわついた。

 だが、ピッチ上の仲間たちの目は違った。

 そこには、練習の時に見た、期待の色が浮かんでいた。


 俺は、ピッチに入ると、まず相手ディフェンスの裏へ向かって走り出した。

 練習の時と同じように。

 俺のスピードを警戒し、相手のディフェンスラインが、ずるずると後ろに下がっていく。


(よし、これで中央が空いた)


 俺が作ったスペースに、味方が走り込む。

 そこに、絶妙のタイミングでパスが出た。

 決定的なチャンス。

 シュートは惜しくもキーパーに防がれたが、試合の流れは、明らかに変わり始めていた。


 そして、後半25分。

 ついに、俺の足元にボールが来た。


(行く!)


 俺は、一気に加速した。

 相手ディフェンダーが止めに来るが、スピードが違いすぎる。

 あっという間にキーパーと一対一になり、冷静に勝ち越しゴールを流し込んだ。


「っしゃあ!」


 今度は、チームメイトたちが心からの笑顔で駆け寄ってくる。

 俺も、その輪の中心で、拳を突き上げた。


 試合終了のホイッスルが鳴った時、スコアボードには5対1という数字が刻まれていた。

 圧勝だった。

 スタジアムは、無名の10番が巻き起こした衝撃に、言葉を失っている。


 相手チームの監督が、ベンチで頭を抱えているのが見えた。

「なんだあいつは……。まるで、フィールドの支配者じゃないか……」


 そんな声が、風に乗って聞こえてきた気がした。

 でも、俺自身は、そんな大げさなことをしたつもりは全くない。


(ああ、楽しかった)


 ただ、最高の仲間たちと、全力でピッチを駆け抜けただけ。

 俺にとって、サッカーは最高の「遊び」の一つになっていた。

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