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第14話:特別な契約

 中学最初の夏休み。

 陸上の地区大会を終えた数日後、俺とユウトは近所の公園にあるフットサルコートで、なんとなくボールを蹴っていた。

 別に練習というわけじゃない。

 ただ、じっとしているのが苦手な俺たちの、いつもの暇つぶしだ。


「やっぱ、お前のダッシュ、意味わかんねえな」


 俺が遊びで蹴ったボールを追いかけ、トップスピードでトラップする。

 そんな俺の動きを見て、ユウトが呆れたように笑った。


 その時だった。

 コートの脇を、揃いのジャージを着た集団が通りかかったのは。

 中学生くらいだろうか。胸には「西峰FC」と書かれている。

 地域の強豪として有名な、サッカーのクラブチームだ。


 彼らは、俺たちの遊びを何気なく見ていた。

 そして、俺がボールに触れるたびに、その足が止まっていくのが分かった。


「……おい、見たか今の」

「なんだあいつのスピード……」


 選手たちのささやきが、風に乗って聞こえてくる。

 集団の中から、ジャージ姿の監督らしき大人の男性が一人、ゆっくりとこちらへ歩いてきた。


「君、すごいな」


 その人は、感心したように俺のプレーを眺めながら言った。


「サッカー、どこかのチームでやっているのかい?」


「いえ、小学生の時に少しだけ。今は遊びです」


 俺がそう答えると、監督は信じられないという顔をした。


「遊びで、その動きか……。私は『西峰FC』で監督をしている溝口という。単刀直入に言おう。君、うちのチームで本格的にサッカーをやってみないか?」


 まっすぐな、熱意のこもった目だった。

 強豪チームからの、突然のスカウト。

 正直、少しだけ心が動いた。

 でも――。


「ありがとうございます。でも、今は陸上の大会が近いので。それに、他のことも色々やってみたいんです」


 俺は、正直な気持ちを伝えた。

 一つのことに縛られるつもりは、まだない。


 俺の言葉を聞いて、監督は少しだけ残念そうな顔をしたが、すぐに何かを思いついたように、ニヤリと笑った。


「そうか……。陸上もやって、他のこともやりたい、か。面白い。ますます君が欲しくなった」


 溝口監督は、前代未聞の提案をしてきた。


「分かった。なら、こうしないか?

 君を『西峰FC』の特別指定選手として登録する。

 普段の練習への参加義務はない。陸上や、君がやりたい他のことを最優先してくれて構わない。

 だが、公式戦のメンバーには登録しておく。もし君が『サッカーをやりたい』と思った時、そしてチームが君の力を必要とした時、お互いのタイミングが合えば、いつでもこのチームの一員として戦ってほしい」


 俺は、その言葉に耳を疑った。

 そんな都合のいい話、あるわけが……。


「もちろん、これは君の才能を特別に評価しての提案だ。君のような選手は、常識の枠にはめてはいけない気がしてね」


 監督は、楽しそうに笑っている。

 自分のやりたいことを、やりたい時に。

 でも、所属するチームがあって、仲間がいる。

 それは、俺が漠然と望んでいた、理想の形かもしれない。


「……それなら、面白そうです」


 俺がそう答えると、監督は「決まりだな!」と嬉しそうに手を叩いた。


 こうして俺は、「助っ人」ではなく、正式に「西峰FCの一員」となった。

 普段は顔も出さない、幽霊部員みたいなものだけど。

 それでも、俺には帰るチームができた。


 この特別な契約が、この夏、とんでもない伝説の始まりになることを、俺はまだ知らなかった。

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