第1章 内蔵風呂殺人事件 (④ 解決のラストピース 後編)
こちら、続きです!内蔵風呂殺人事件は、このエピソードで完結になります!
公安内
(年配の男)「…では、《内蔵風呂殺人事件》は解決を迎えたんですね?いや、それは良かった。お疲れ様でした、と《対狂人特別捜査部》の皆様に小鳥遊が労いの言葉をかけていた、とお伝えください。――それでは」
(一条)『――はーい。じゃ、お疲れ様でした〜』
分厚いカーテンが太陽の光を遮る薄暗い一室で、受話器に通話機を置いた年配の男は、部屋の端にいた男に声をかける。
『 公安本部長 小鳥遊助』
(小鳥遊)「――終わったそうですよ、《内蔵風呂殺人事件》。なかなか興味深い《狂人》だっただけに、もう少し捕まらずにいて、《狂人研究》にも、これから起こる《猟奇殺人》にも役立つ《殺人資料》を残して欲しかったものです…」
『公安員 山崎唯斗』
(山崎)「まぁ〜仕方ないっすね。早々に捕まったって事は、所詮それまでの《狂人》だったって事っすよ。…当分の《狂人研究》は、『田中碧』に任せましょーよ。アイツ程の《研究材料》は歴代の奴を探してもいないっすよ。――《狂人レベルVの狂人》でありながら、『一般の人間は殺した事はなく、同じ狂人しか殺した事はない』、『心理官である人間に好意を抱き、本来なら敵のハズの対狂人捜査員に協力し、働く狂人』なんて、普通ありえないっす。まるでフィクションの存在っすよ…あっ、というか《狂人》の時点で普通じゃないか!俺っちってば、天然〜!」
山崎は、何がそんなに可笑しいのか、ケラケラと1人で笑い声を上げる。
そんな山崎を一切見る事なく、小鳥遊はカーテンで覆われた窓の方を振り返り、柔らかだが、どこか不気味さを漂わせる微笑みを浮かべる。
(小鳥遊)「そうですねぇ…確かに『田中碧』には期待しかないですよ。ーー『田中碧』を『研究』し続ければ、やがて『アイツ』に手が届くー…。その為には…心理官であり、恐らく『田中碧』の最大の目的である『桜田汐里さん』には頑張って貰わないとね」
――――――
《〜内蔵風呂殺人事件解決から5日後〜》
(杉野)「…えっ、本当ですか!俺、正式な《対狂人捜査員》に決まったんですか!?」
(海)「ああ。次の事件からは、もっと本格的に捜査に参加してくれ。ーー次の事件、なんて本来なら起こらない方が良いんだがな」
杉野は、5日前の『捜査を行った日以来』、自宅にて休養…という名の捜査員の正式決定が決まるまで自宅待機していた。
――こんな自分ではきっと正式に決まらないだろう…と落ち込み続けた5日目の朝、海から《捜査部》に準備が出来次第来てほしい、という連絡を受けた。
正しく心臓が口から出そう、という表現がピッタリと当てはまる程に緊張しながら《捜査部》に行き、海と会った杉野だったが――正式決定の言葉を聞いて心底ホッとした。
肩の力を思い切り抜き、大きく息を吐き出す。
(杉野)「良かった〜〜!」
杉野は《捜査部》に響き渡る程の声を上げる。《捜査部内》にいた全員が杉野に注目する。
(杉野)「…あっ、すみませんー…」
杉野は、注目した全員を振り返り、深々と頭を下げた。
そして頭を上げる時、ふと碧と目線がぶつかり合う。
碧はタバコを咥えたまま、意味深に片方だけ口角をニヤリと上げる、とすぐに杉野から視線を逸らした。
杉野は怪訝に眉を寄せ、海に向き直る。
(杉野)「……あの、海さん。碧さんの事なんですが――」
杉野の出す言葉が最初から分かっていた様に、海は右手で杉野の次の言葉を制すと、「分かってる。……ちょっとこっちで話そうか」と廊下に繋がる扉を指す。
杉野は黙って、扉に向かう海に着いてく。と、そこである事に気付く。
(杉野)「海さん、そういえば汐里さんは?」
汐里の姿が《捜査部内》に見当たらないのだ。
緊張し過ぎて、周りをあまりにも見てなかった自分自身を杉野は呆れてしまう。
(海)「……ああ、汐里は今日、午前中は休みを取ってるんだ」
(杉野)「あっ、そうなんですね。何か予定があるとかー?」
海は、哀しさを含んだ笑みを浮かべた。
(海)「……報告に行ったよ」
と、たった一言呟いた――。
――――――――――
とある寺内
(汐里)「鷲谷先生!久しぶり!《内蔵風呂殺人事件》っていう事件を捜査してたんやけど……狂人に追われて、久々に死ぬかと思ったよ」
(汐里)「でも、《内蔵風呂殺人事件》は無事に解決に導けた。――少しでも被害者の方や、被害者の関係者の方…それから、最初の現場で会った刑事さんの救いになるといいけど……。今回も、恐ろしい狂人を相手に戦ったけれど、私や捜査員の皆も大きな怪我なく、捜査部に帰る事が出来た。きっと、ずっと先生が見守ってくれてるから……ありがとう。――あっ、そうや!聞いて!新人さんが入って来てくれたんよ!」
(汐里)「杉野晴斗くんって名前でね、すごく《意思》の強い真っ直ぐな男の子なんよ!……先生が私の事を最初に褒めてくれた所も、《意思》が強いって事やったよね。いや、でもその後に、ん〜やっぱただの頑固やろうかも、って付け加えてたな……」
――《鷲谷家》と掘られた墓石の前で、汐里は表情豊かに、一人で喋り続ける。
一通り喋り終わった後、ふっー……と軽く一息付き、汐里 は寺内の墓地を見渡す。……どの墓石も太陽の光に当たって、ピカピカという効果音が聞こえきそうな程に輝き放っている。
それは忘れ去られずに、来る度に丁寧に、綺麗に磨かれた墓石でなければ、放てない輝きだ。
汐里はその墓石の光景を見て、いつも心底ホッとする。
――この墓地に眠る多くの者は、《対狂人捜査員》として命をかけて働き、そして……《狂人》に殺されて、その命を終えた者たちだったからだ。
汐里の師匠であり、『神の見解と分析力を持つ心理官』と名を馳せた鷲谷豊も――その一人だった。
(汐里)「……ねぇ、先生。もう少し、あと少しだけ待っててね。先生を殺した《狂人》を見つけるまで、捕まえるまで…頑張るから。《罪を犯す狂人》を全員捕まえていけば、きっと辿り着ける……その日まで、私は絶対に諦めないから……」
汐里は固く目を閉じながら、墓石にそっと触れる。
ーーあの光景を忘れた事など、あの光景を見て、湧き上がってきた感情が消えた事など、一度もない。
――その日は朝から、酷い曇天の日だった。『心理官の認定証』を持って、先生はどんな風に褒めてくれるだろう、と一人でにやけながら、先生の家に向かっていた。
……先生の家の扉を開けた瞬間、嗅いだこともない異臭がした。
『…先生?ねぇ、汐里です!先生!』……どれだけ待っても返事は返ってこず、声は暗い廊下に吸い込まれて消えた。
何だか嫌な予感がして、今までに感じた事がない恐怖が襲ってきて、身体が勝手に小刻みに震えた。
……震える足に力を入れ、意を決して廊下を進んで、先生が何時もいる書斎の扉を開ける。
カーテンに光を遮られた薄暗い部屋、乱雑に床に散らばった大量の本、倒れてるカバンをかける用のポール。
窓際の傍にある机に備えられた椅子には、確かに先生らしき人影が座っていた。部屋が薄暗いせいでよく見えないが、こちらから背を向けて座っている様だった。
――部屋の電気を付ければいいのに、何故かその時は電気を付ける、という簡単な事が思い付かなかった。
『先生…?』本を踏まないようにその人影に近付けば、足裏に冷たい『何か』が当たる。それに不快感を覚えて、顔を顰めて、足裏を目を凝らして見る。……足裏は真っ赤に染まっていた。
床に大量の赤い血が飛び散っていると、その時に気付いた。
――バクバク、バクバク、バクバク、バクバク…妙に早く刻まれる心音が、すぐ耳元で鳴っていて、夏によく聞くセミの鳴き声の様に鼓膜に響いて、うるさくて仕方なかった。
……殆ど声にならない声で、閉じた口を無理やり動かして、先生を呼びながら、人影の正面に移動する。
『せん、せ……』
ーー『ソレ』を見た時、言葉が消えた。
……一度切断された手足は、本来なら両手がある部分に両足が、両足がある部分には両手があった。
小さな子供が玩具の人形を壊して遊んで、両手両足をバラバラに付けたみたいに…黄色い糸で縫い合わせて、両手両足がそれぞれ逆の場所にくっつけられた遺体。
目玉はくり抜かれ、眼窩がどこまでも黒く、暗い穴の様にポッカリと空いてた。
一度横に大きく裂かれたであろう口も、微笑む時に口角を上げる形になる様、黄色い糸で縫われ…『お手本の様な笑顔』を作らされてた。
遺体の腕には、遺体本人の、先生の血で書かれた文字。
ーー『死ぬ時は、笑顔で逝きましょう! 〈凶喜〉』
ーー墓石に触れた手が自然とギュッと力強い拳を作り、込み上げる感情が表に出て、その拳を震えさす。言葉には到底出来ない強い憎しみと怒りが、心の底から、身体の底から溢れて止まらない。汐里の口から、憎悪のこもった声が漏れ出る。
(汐里)「ーー必ず捕まえてやる…《凶喜》」
ーー全ての《罪を犯す狂人》に、先生を殺した《狂人》に告ぐ。
私は、あなた達を決して許さない。必ず《対狂人特別捜査部》の全てで、《人として在る対狂人捜査員》の手で、あなた達を一人残らず捕まえる。
そして、必ずその罪をあなた達の《命》全てをかけて償ってもらう。
内蔵風呂殺人事件をご覧下さりありがとうございます!
次回のエピソードは、『純血のウェディングドレス事件』になります!
よろしくお願いします。