第1章 内蔵風呂殺人事件 (③ 止まらない狂人)
ー『捜査本部 医務室』ー
(杉野)「…いってて…」
杉野の赤く腫れ、大きなたんこぶのなった頭部に、白衣を羽織った男のドクターは申し訳なさそうに消毒液をたっぷり含んだガーゼを当てる。
『対狂人特別捜査本部 専属ドクター 井口新』
(井口)「ごめんね、痛いよね…もう消毒終わったからね。よく我慢したね」
と、まるで小さな子供に接する様な口調で杉野に言う。井口は柔らかな笑みを浮かべ、ーよし、後は傷口にガーゼを当てて包帯するだけだ、と振り向く。
(井口)「恵美さん、ガーゼと包帯を用意してー…」
『対狂人特別捜査本部 専属ナース 桜田恵美』
(恵美)「どーぞ、ガーゼと包帯です。…ふふっ、もう用意してました〜」
専属ナースである恵美が誇らしげに笑みを浮かべ、ガーゼと包帯を井口に手渡す。井口はありがとう、と優しく微笑みながら受け取り、ガーゼを杉野の頭部に当てる。そして、恵美に対して賞賛の言葉を口にする。
(井口)「流石だね、恵美さん」
(恵美)「ふふ、もうこの仕事して20年のベテランですからね。井口先生こそ、相変わらずの治療の早さですね。先生もほんまに流石やわぁ」
その二人の様子に、しばし意識を失っていた杉野を担いで医務室に運んできた『狂人捜査員』の鈴木が、医務室中に響き渡る程の声量で二人に対して褒め言葉を送る。
(鈴木)「本当に二人はいいチームワークですね!とても信頼し合い、互いを尊敬し合い、仲の良さも安定している関係性…本当に素晴らしい!我々『捜査員』も見習わなければいけないな!な、キャプテン!」
(海)「……うん、まぁ『仕事上』ではね、信頼とか尊敬とか…仲の良さ?は必要ではあるからね。『仕事上』、だけでプライベートは特にそーいうのは必要ないとは思うけど…」
あえて『仕事上』を強調しながら、鈴木と同じように杉野の後ろに立ち、海は杉野の手当てを見守る。
(鈴木)「…ところで、キャプテンは何で一緒に来たんだ!?杉野くんを運ぶのは俺一人で充分だったし、後は怪我をさせた張本人の碧と汐里も付いてきてくれただけでパーフェクトだったんだが!!」
海はえっ、と短く狼狽える。少し動揺しながら向ける目線の先には、杉野の頭部を抑えて井口をサポートする恵美の姿があった。
不意に恵美が目線を上げ、海の目線とぶつかり合う。恵美は、首を傾げながら海に優しく微笑む。
「ゔっ…」海は呻き声を上げて軽く胸を抑える。そんな海の耳は真っ赤に染まっている。
(鈴木)「どうした、キャプテン!心臓発作か!」
海は鈴木の問いには返さず、ぎこちなく恵美に微笑み返す。そしてキリッとした顔付きに戻し――(海)「……嬉平。杉野くんは(仮)とはいえ、『捜査員』だ。『キャプテン』である俺が身を按じないでどうするんだ」と鈴木に言い切る。
海の若干無理な誤魔化しに鈴木は、ーなるほど!流石キャプテンだな!と全く気付く事なく褒め称える。
(井口)「…はい、大体の手当ては終わったよ。よく頑張ったね。……それにしても碧くんの蹴りを不意に受けて、これだけの傷で済んだなんて君は運が良いのかもしれないね」
(杉野)「あっ、ありがとうございます。…あの、あの人って碧って名前なんですか?あの人、何なんですか?いきなり人を蹴るなんてどうかしてる…」
井口は困り眉を浮かべて、海に目線を送る。海は井口に軽く首を振り、杉野の肩に手を置き、自分の方に振り向かせる。
(海)「……杉野くん、怪我をさせた事は本当に申し訳なかった。キャプテンとして心から謝罪する。碧は、その…汐里の事が…好きすぎる、というか…固執しすぎというか、それでよく暴走してしまうんだ。……特に汐里に近付いてる男に関しては、厳しいんだ」
(杉野)「はぁ?いくら汐里さんの事を好きで、恋人関係だとしても…やっぱどうかしてますよ」
(海)「……いや、あの二人は恋人関係でもない。特別な仲、といえば特別な仲ではあると思うんだが……」
(杉野)「…はい?恋人じゃない、ってもっと分かんないですよ!恋人でも無いのに、ちょっと近くで話してただけの俺を蹴るなんて異常です!」
杉野はますます眉をしかめ、声を荒あげる。海もそんな杉野に対して、眉を曲げて複雑そうな表情を浮かべ、ー本当に申し訳ない、と謝る事しか出来ない。
(海)「……碧には色々事情があって…今はまだ君には話せないんだが、いつか話せた時は改めて謝罪するよ」
(杉野)「……分かり、ました…」
(鈴木)「おおっ!事情も話せないのに怪我をした事を納得してくれるのか!君は根性もあるし、良い奴だな!ありがとう!」
ー納得なんて出来るわけない、と思いながらも杉野は一旦頷き、怒りの表情を緩めた。
無理やりにでも頷かなければ、(仮)とはいえ『狂人捜査員』として行動出来ない、『狂人捜査員』としてやっていくにはどうやらあの碧という男も重要になる、と察したからだ。
井口に手当ての礼を言い、杉野達が医務室を出ようとした所を恵美が杉野を呼び止める。
(恵美)「…杉野くん、ごめんね。汐里がもう少し周りに注意してれば…碧くん、汐里の言う事は大抵聞くから、蹴るのを止められたかもしれんのに」
(杉野)「あっ…いえ、汐里さんは悪くないですし…というか、恵美さんって汐里さんと親しいんですね」
(恵美)「あ〜親しいというか…あの子は、私の子やからね」
(杉野)「えっ!?」
(恵美)「ついでに常にスマホ持っとる『狂人捜査員』の子居ったやろ?あの子、海斗って言うねんけど…あの子も汐里のお兄ちゃんで、私の子供ね」
(杉野)「ええっー!?」
ー医務室前の廊下ー
医務室の前では、壁にもたれかかっている碧の正面に汐里が仁王立ちで立ち、碧の顔を覗き込んでいる。
(汐里)「……あ〜お〜くん?」
(碧)「……何〜?」
(汐里)「何〜?じゃありません!ったく、いきなり杉野くんを蹴るなんて!手当て終わって出てきたら、一緒に謝ってね!」
汐里の怒り顔をチラッと見た後に、碧はムッと子供が拗ねた様な顔をして、わざとらしくそっぽを向く。
(碧)「……ヤダ」
(汐里)「ヤダちゃうんよな〜。もう…『捜査員』の人達には怪我させないでねって約束したはずやねんけどな〜?」
(碧)「アイツ、捜査員(仮)なんだろ?なら、ちゃんと『捜査員』って認められてる奴らには怪我させてねぇんだから、約束は破った事にはなんないだろ」
(汐里)「屁理屈はイイから、ちゃんと謝ろね〜?」
汐里はそっぽを向いた碧の方に自分も顔を向け、碧と目線を無理やり合わせる。
(碧)「……何、そんなに今日会ったばっかのアイツがお気に入りなワケ?」
(汐里)「いや、お気に入りとかそんなんちゃうくて、怪我させたり、悪い事したらまずはごめんなさいやろって問題で――」
ガラッ!
と、汐里の話の途中で扉が開く。海、鈴木に続いておずおずと杉野が出てくる。汐里は碧から離れ、慌てて杉野の方へ近付く。
(汐里)「杉野くん!怪我は大丈夫?」
「はい、あんまり大した傷じゃ無さそうでした」と無理に笑みを浮かべる杉野に、汐里は深々と頭を下げる。
(汐里)「杉野くん!ほんまにごめんなさい!何か医療費かかるんやったら、全額負担させて頂きます!」
(杉野)「いや、ほんとにそんな大袈裟なやつじゃなかったんで!大丈夫です!とりあえず頭上げて下さい!」
(汐里)「本当にごめんね…。私に出来る事なら、何でもさせてもらうので……」
(杉野)「本当に大丈夫ですって!俺の身体は割と頑丈なんですよ!それに汐里さんが謝る事じゃ……」
そんな二人の様子を、碧は楽しみにしていたイベントの予定がキャンセルになった時の様な心底面白くなさそうな表情をして見ていた。
汐里はそんな碧の方へ振り向き、ーほら、碧くんも謝ってと、なるべく怖い顔を作りながら言う。碧は気だるそうに汐里達の方を向き、「……さっきヤダって言った」と子供が駄々をこねた時の様な言い方をする。
(鈴木)「はははっ!まるで小さな子供だな!碧、謝るなら早く謝った方がイイぞ!」と、鈴木が廊下に響き渡る程の笑い声を上げる。
(汐里)「もう、碧くん!いい加減にしなさい!謝らなきゃ…アレや、えっと…お尻ペンペンするよ!」
(碧)「あ〜…まぁ、いーよ。本音を言うと逆のがイイけど、汐里ならどっちでも大歓迎」
(汐里)「ええっ?何故??」
(海)「……汐里、もういい。お前、人に怒るの苦手だろ?後は俺に任せろ」
困り果てた汐里の様子を見かねて、海が汐里の耳元でそっと囁き、碧に近付く。――碧、と海は名前を呼び、自分の方へ目線を向けさせる。
(海)「……(仮)とはいえ、杉野くんは現在の立場上は『狂人捜査員』だ。だから、『捜査員』に怪我をさせるという、俺達との約束を破ってるワケだ。約束を破った時はその約束の重さによって、それ相応の罰は受けてもらうって言ったよな?……という事でしばらく汐里と一緒に捜査する事や、むやみやたらに汐里に近付く事は禁止する」
(碧)「……ハァ?海さん、それ本気で言ってんの?本気で言ってんなら…俺も『それ相応』な対応するだけだけど」
碧は口元は笑みを浮かべながらも、鋭い殺意のこもった目で海を睨み付ける。しかし、海は全く動じる事なく、冷静に碧を見つめ返す。
(海)「……碧の『対応』次第では、二度と汐里には会わせないぞ。その諸々が嫌なら杉野くんに謝れ。今ならまだ許してやる。それから、これ以上は杉野くんには手を出すな、それも許す条件の一つだ」
(碧)「……チッ…。はぁ〜……分かりましたよ。スギノくん、だっけ?怪我させて悪かったよ、ごめん」
碧は眉を下げ、申し訳なさそうな顔を作り、杉野の前に行って軽く頭を下げる。
(杉野)「あっ、いえ…大丈夫、です…」
そんな軽い謝罪で許せるか…という気持ちは、また碧を怒らせて怪我をしたくないので言うのは止めた。
碧が許してくれてありがとねーと、ヘラヘラ笑いながら、杉野の肩をポンポン叩く。苛立ちが隠せなくなり始めた時、碧の首元が杉野の目に入る。
(杉野)ーん?首に黒いチョーカー?オシャレで付けるには随分ゴツくて、分厚いチョーカーだな…。まるで…犬に付ける《首輪》、みたいな……
(碧)「海さ〜ん、これでイイ?」 と、唐突に碧は杉野から離れ、海に近付いて可愛らしく小首を傾げてみせる。
(海)「うーん、まぁ碧にしては頑張った方か…うん、今回はもういいよ。――杉野くん、君は怪我もあるし、今日は一旦帰った方がいいな。明日、怪我の調子が良かったら、本格的に捜査に参加してくれるかな?」
杉野は、仕方なく頷く。
(杉野)「分かり…ました」
(汐里)「杉野くん、今日は本当にごめんね。……変な言い方かもやけど、一緒に捜査するの楽しみにしてるね」
汐里は優しく微笑み、そっと杉野に握手を求めた。杉野はその笑顔に少しホッとして、はい!と元気よく返事し、ガッシリと握手を交わした。
(碧)「……あ〜…マジで邪魔」
碧は誰にも聞こえないように杉野を見ながら、そう呟いた。
――次の日。『最初の内臓風呂殺人事件』から、4日後…『2件目の内臓風呂殺人事件』が発覚した。
1件目の《殺人現場》から、1km程離れた木造のアパートの602号室で殺人は起こっていた。――何か物凄い異臭がする、というアパートの住民達からの通報があり、《現場》を見た警察官が直接《対狂人捜査本部》に連絡をしたのだった。
『殺害現場には、流石に連れて行けない』
そんな海の言葉を受け、杉野は待機となった。
《事件現場》は、前回とさほど変わりはなかった。浴室では風呂場に大量の内臓が所狭しと詰まっており、風呂椅子に切断された絞殺痕のある金髪の女性の生首が置かれていた。
そしてリビングが《殺害現場》であり、切断された手足、内臓を抜かれて空っぽになった上半身が並べられ、相変わらず切断に使ったと思われるナタやノコギリも置かれていた。
しかし、一つだけ前回と違った点があった。『被害者に対する暴力』が更に酷くなっていた。被害者の顔は長時間殴られた末に、ボコボコに青黒く腫れ上がっており、元の顔は分からない程だった。《事件現場》を見た狂人捜査員、そして特に『心理官』の立場である汐里は焦り出した。
(汐里)――マズイな。明らかに《暴走》してきてる。それに殺人の間隔が短すぎる、早く見つけな…捜査してる間にも、この《狂人》は人を殺していく…。やっぱり首を絞めた《凶器》だけは持ち去ってる…切断した《凶器》は置いていってるのに、何で首を絞めた《凶器》だけは持って帰る?なんか…《トロフィー》とは少し違う様な気する。とにかく早く会議を進めて逮捕を…恐らくもう殺されかけてる、または殺されている人が居るはず……
汐里の《感》は、悪い方にもよく当たる。
最初の『内蔵風呂殺人事件』から7日目の早朝……また新たな《内臓風呂殺人事件》が発覚した。
2度目の《内臓風呂殺人事件の現場》のすぐ近所の古いアパートの405号室内で、《殺害現場》に被害者は金髪の女性、そして絞殺して殺害するという方法は1度目、2度目と特に何も変わっていないが、被害者に与えられた暴力は先日発見された被害者よりも、更に酷く、目玉が殴られた事によって潰されていた。
しかし、そんな中でも幸いだったのが…――夜中、女の人の悲鳴が聞こえた気がして…でも気の所為だ、ってその時は思ったけど、やっぱり気の所為では無い気がして通報した…という近隣住民の迅速な対応により、3度目の被害者は死後まだ数時間程しか経っておらず、犯人の《狂人》と思われる血に塗れた足跡もまだハッキリと残った状態だった事だろう。
ー《対狂人特別捜査本部》ー
(杉野)「――おはようございます!また殺人があったって…!!」
(遠藤)「遅せぇよ、新人(仮)!」
杉野が入ると、既に会議用テーブルには捜査員達が並んで座っていた。
(汐里)「あ〜おはよう、杉野くん。来たばっかで申し訳ないけど…今から会議するから、そこ座ってくれる?」
(杉野)「はっ、はい!」
ガチャ!
杉野が座った瞬間、出入口の扉が開く。入ってきたのは、カメラを首にぶら下げ、ラフな格好をした男女2名だった。
《狂人捜査員(情報員) 仲川雄樹》
(雄樹)「――あっ、すみません。ちょっと取材で遅れました」
《狂人捜査員(情報員) 大園愛華》
「遅れましたけれども!い〜い情報が手に入りましたよ!」
(杉野)「あっ、あのすみません。誰ですか…?」
突然捜査室に入り、当然の様に会議用テーブルのシアターに持っていたスマホを繋げる二人に、杉野は困惑して隣にいた志田に聞く。
(志田)「あ〜そや、知らんのか。この二人は雄樹くんと、大園ちゃんいうて〜……本業は記者やねんけどな、《狂人捜査員》…その中でも、《情報員》っていう《狂人》の情報を集める専門役としても働いていてもらってんねん。俺ら《捜査員》が忙しくて、なかなか集められん情報を《情報員》は集めてくれる」
(結)「私達はだいぶ《情報員》にも助けてもらってるの。雄樹くん達以外にも《情報員》はいて、様々な場所で《狂人》に関する情報を集めてもらってるわ」
(杉野)「へぇ…凄いですね」
杉野が納得した所で会議は始まった。雄樹はまず、被害者達の写真をシアタースクリーンに映す。映った被害者達の写真は、とても楽しそうに笑う金髪の女性達だった。
(雄樹)「ーまず、1番目の被害者は谷真奈さん、2番目の被害者は佐藤渚さん、3番目の被害者は梶ルイさん…3人とも、23歳と年齢は一緒で、別々やけど都内の大学に通う学生。そして更に共通点を上げるなら、3人ともが建築関係を勉強する学科に在籍してた事やな。後は…彼女たちを恨んだり、付け狙ったりする奴らは友人達が知るかぎりは居らんかった様や」
(千家)「3人目の被害者は今日の早朝に発見されて、《現場》になった405の部屋を借りてた名前や残った指紋を調べて、被害者と一致させたばっかりなのに、情報集めが相変わらず早すぎるな。いつもどう調べてくるんだ?」
(大園)「あーそれは仕事上の守秘義務なんで言えないです!あ〜あとあと!《殺害現場》周辺の建築関係や土木関係を調べてたところ…一つだけ、社員寮付きのそこそこ大きな建築事務所がヒットしました!名前は、《サンサン建築事務所》です」
(海)「齋藤、海斗ー…」
(齋藤)(海斗)「もう調べてにゃす☆」「俺は作業員のデータを洗ってます」
齋藤と海斗は既に《サンサン建築事務所》に関する事、そして事務所の作業員達のデータを調べ始めていた。
(齋藤)「うーんとにゃー…《サンサン建築事務所》は今から35年ほど前に起業してて、丁寧親切な建築仕事だけじゃなく、建築に使う工具や諸々はぜ〜んぶ《サンサン事務所》が特注で作ったオリジナルなのが自慢みたいだにゃん!」
その言葉を聞いた汐里の眉が、ピクリと動く。
(汐里)「……建築に使う工具は全部オリジナル?ハンマーとか固定するヒモとか…細かいのも全部?」
(齋藤)「ん〜……ハンマーとか細かいのも、ほんとに全部オリジナルらしいにゃ!工事中で一時的に固定しなきゃいけないものにも、《オリジナルのロープ》が使われるってにゃー」
汐里は齋藤のパソコンを横から覗いた後、ゆっくりと被害者達の写真を見上げる。笑顔の被害者達に一瞬だけ哀しい顔を浮かべ、すぐに思考を巡らせる。
――頭の中に《狂人》に近付く一つの考えが浮かび上がる。
(汐里)「……なるほど…うん、ピースが揃った。これで《内臓風呂殺人事件》のパズルが、おおよそ完成する」
(杉野)「……ピース?パズル?」
(汐里)「あっ、ごめん。何だか厨二病みたいな、変な事言って。……《心理官》になったきっかけをくれた師匠が、いつも何か考え事とかしてた時に、よくパズルに例えてこう言ってて…私にもそれが移っちゃったみたい。齋藤ちゃん、その建築事務所って建築を勉強する学生とかに特別に建築業を教える機会とかなかったかな?」
――ちょっと待ってにゃーと言って、齋藤はパソコンとしばし睨めっこする。そして、少ししてあっ、と声を上げた。
(齋藤)「あったにゃすよ〜!ちょうど10年前から、建築事務所付近の大学限定で、建築学科にいる学生達に1週間の職業体験を与えて、事務所の作業員達が学生達に実際の建築業を教えてたみたいだにゃん」
(汐里)「うん、3人の被害者達は建築学科に居たんよな?そして例の建築事務所から、通ってる大学はどこも10km以内には収まってる…付近の大学には充分当てはまるよな」
(海斗)「……今、被害者達の情報改めて調べたら、時期は違うけどこの1年以内に《サンサン建築事務所》に職業体験に行ってる」
海斗の言葉に捜査員達は互いに目を合わせた。
(海)「…これで、その建築事務所と被害者達の接点は出来たな…汐里、後もう少しだけ犯人の狂人に迫る《ピース》は無いか?」
(汐里)「はい、キャプテン。先程、齋藤ちゃんがこの事務所はオリジナルの工具などを使ってると言ってましたよね?遺体の切断に使ったナタやノコギリは放置されたままなのに、唯一絞殺した《凶器》だけは持って帰ってたのは…《サンサン建築事務所のオリジナルのロープ》で被害者を絞め殺したからです。さっき齋藤ちゃんに、事務所オリジナルの工具をチラッと見せて貰った所…全部の工具に太陽のマークが描かれてました。恐らくロープにもマークが付いてる、やから調べられたらすぐバレると思い、持って帰ったのかと」
捜査員達は険しい顔付きながらも頷いているが、杉野はむむ、と頭を捻る。
(杉野)「あの…ナタやノコギリは事務所のオリジナルじゃなかったのに、何でロープだけはわざわざオリジナルのやつを…?」
(汐里)「うーん…ナタやノコギリは、よくさびやすく、すぐに切れ味が無くなるって聞いた事あるから、犯人はオリジナルとは別にスペアとしてナタ、ノコギリを常に持ってたと思う。それで切断には、そのスペアを使ったけど…殺しには《オリジナルのロープ》を使った…いや、《使ってしまった》、が正しいかもな」
(志田)「…なるほどなぁ…心理官ちゃんの最初の読み通り、計画的な犯行ちゃうくて、衝動的にやった《殺人》やったちゅーわけか」
志田の言葉に汐里は力強く頷いた。
(汐里)「はい、被害者が何故自宅のリビングで殺されたのか、犯人が窓を割って侵入した後や鍵を壊した後などの無理やり押し入った形跡も無い、あまり争った様子も無い事が気になってました。つまり、犯人の《狂人》は自宅の中までは被害者に招かれた、被害者の顔見知りの可能性が高いのでは…と考えていました」
(碧)「抵抗は少ししてたけど、結構あっさり殴られて絞殺された様子っぽいなって思ってたら、被害者は犯人に警戒心が最初は全然無かったのが原因だったんだな」
(汐里)「1番目の《殺人》は、被害者が犯人に建築の事で教えてほしい事がある、という様な事を言って、犯人もそれを聞き入れ…被害者は家の方がゆっくり話しやすいからなどの感じで…《狂人》を自宅に招き入れてしまった。もしかしたら、《狂人》も最初の方は快く教えていたかもしれない、けれど…ずっと想像で我慢出来ていた《殺人》がしたくてたまらない…《狂人》しか持たない《殺人衝動》が突然湧き上がってきて…被害者に殴りかかり、自分の手の届く距離にあった《ロープ》で殺した…」
それを想像し、杉野は軽く身震いした。多少なりとも信頼を置いていた人物に殺されるなんて被害者の人は可哀想だ、と心で呟く。
(汐里)「《最初の殺人》はほんまに衝動的で、気付いたら《オリジナルのロープ》を使ってしまっていた事に焦ったけど…きっとすぐ冷静になり、恐らくその《狂人》にとって理想やった《内臓風呂》の実現に行動を移した。切断する時は落ち着いてスペアのナタやノコギリを使ったけど…《内臓風呂》後は凄い興奮状態やったと思うから、残りの証拠隠滅はせずに少し残った理性だけで《ロープ》を持って帰った。……一度殺人を犯した《狂人》は、もう《殺人衝動》を止められない。後の二人の被害者も、建築の事を教えるという方法を使って、家まで行き…同じ手口で殺す。《ロープ》で絞殺するんは、多分それもその《狂人》の興奮材料の一つになったから。いつも持っているモノで殺し続ける事によって、何時でも快楽に浸れる、などの理由やと」
汐里の説明に捜査員達は、納得した様子で、海は既に事務所に狂人捜査員が行く旨を連絡していた。
(一条)「事務所に行って調べる価値は全然あるね。ただ作業員は多そうだから、後もう少し絞り込めたら楽なんだけどな〜」
(海斗)「…作業員のデータベースを調べてたら、いつも学生によく建築業の指導を行う人物を2名絞り込めました。…大泉正、安田宝という50代の作業員二人で、どちらも事務所の寮に住んでいます」
(一条)「わぁ〜!海斗ナイスゥー♡♡」
パソコンから操作し、指導をした作業員二人の顔写真を印刷している間、汐里は後もう一つ、と声を上げる。
(汐里)「この《狂人》は、金髪の彫りが深い顔付きをした女性を好む傾向があるので、被害者ではない…金髪の彫りの深い顔付きの女性の写真を何枚か印刷してもらえますか?……その写真を見せた時や、《内臓風呂殺人》の事を軽く話した時の反応で恐らく犯人は分かります」
汐里の言葉に、了解にゃーと齋藤が答え、何枚かの画像をリストアップして印刷する。
(結)「なるべく急がないと…《3度目の殺人》は今朝発見されたばかり、殺されたのは朝方に近い深夜。《現場》に残ってた血の足跡、あの感じは靴下で出来た足跡だから…そのまま寮に戻り、仕事に行ってたら、恐らくまだ完全に靴下の血の処理が出来てないはず。その靴下が見つかれば、《証拠》になり、完璧に《狂人》を逮捕出来るわ」
結の言葉に一同は頷く。
そこで電話を終えた海が捜査員達を振り返る。
(海)「……事務所捜査に行く捜査員を今から伝える。――今日で絶対に捕まえるぞ」
内臓風呂殺人事件 ④ 解決のラストピース へ続く