第1章 内蔵風呂殺人事件 (① 事件現場)
赤黒い浴槽の中から、『何か』を掴んだ左手を突き出す。
その、左手に掴んでいる『モノ』は…人の内臓、大腸の一部だ。つまり浴槽を埋め尽くす赤黒い『何か』とは、全て人の内臓だった。
「ーーふん♪ふん♪ふーん♪」
そんな『異常』、または『狂気』の一言に尽きる浴槽に浸かった人影が、ご機嫌な鼻歌をならす。
その表情は、まるで疲れた人々が温泉に浸かり、思わず笑みを漏らす様に…とても満足げに笑っていたーー。
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ウッー!ウウッー!ウウッー!と、けたたましいサイレンが、閑静な住宅街に響き渡る。『事件現場』である少し洒落た造りのアパートと、住宅街の境界線をハッキリと示すのは立ち入り禁止の黄色テープだった。
その立ち入り禁止のテープの前には、アパートの近所に住む者達や、騒ぎを聞き付けてやってきた記者や野次馬達が所狭しと並んでいる。
そしてそのテープを超えて一般人がやって来ない様に、テープの中から警察官達が目を光らせる。その野次馬達の少し後ろに、1台の灰色の車が止まる。
その車内から、四名の男女が降りてきた。
20代後半ぐらいの金髪の美形の男一人、20代前半に見えるタバコをふかした男と大人しそうな女、60代ぐらいの強面の男一人の4人組だ。
4人ともにスーツは着用しているが、60代ぐらいの男以外の三人はそれぞれ気崩している。
特にタバコをふかした、チャラついた男は両耳に金色のピアスが付けられ、若い女は白シャツの上にブカブカのピンク色のパーカーを羽織る等、自由自在だ。
警察官達は即座にその『一般の雰囲気』を持たない4人組に警戒の目付きを向けるが、4人組は気にせずに真っ直ぐに警察官達の元へ行き、美形の男が警察官の一人に声をかける。
(美形の男)「あ〜どーも。あの、警察本部から呼ばれた者でーす」
そして美形の男が見せたのは、警察手帳に似た、中心部分に金色の文字で『狂』と書かれた黒色の手帳だった。
(警察官)「あっ…失礼しました。中へどうぞ」
(美形の男)「では、お邪魔しまーす」
そして4人組は境界線であるテープを超えて『事件現場』の中へ入る。初老の刑事の一人が4人組を見つけると近寄り、挨拶もそこそこに『事件現場』について簡単な説明を語り出した。
(初老の刑事)「いや、わざわざすみませんね。これは普通の刑事なんかが解決出来る事件<ヤマ>では無いって…現場見てすぐに察したんで、そちらに連絡したんです。現場は、このアパートの2階の208号室の浴室なんですがね…いやぁ、私も長年この仕事をしていますが…こんな、酷い『仏さん』の状態や『現場』は初めてですよ…。あれは、本当に人が殺ったのかって…鬼かなんかの仕業じゃないかって…本気で思っちゃいましたよ」
初老の刑事は作り笑いを浮かべているが、よく見ると顔色が悪い、、いや、恐らく『事件現場』を見た刑事達は皆、同じ顔色をしていた。
階段を上り、刑事達が行き交うアパートの2階廊下を4人組は歩く。
(初老の刑事)「あっ、あの角部屋が208号室ー…」
(若い刑事)「ひっ……ぁぁぁぁああ!!!ゔゔおぇえ……」
『事件現場』である208号室から、若い刑事が叫びながら勢いよく飛び出してきて、廊下で思い切り吐いた。
(若い女)「……あっ〜…大丈夫ですか?」そう言いながら、女は若い青年の刑事の背中をさすってやる。
(若い刑事)「…うっ、はぁはぁ…すっ、すみま、せん…」
(若い女)「いえいえ…仕方ないですよ、凄い臭いですもんねぇ」
若い女は、チラッと208号室に視線を向ける。208号室からは、外にいても鼻を突く程に強烈な『死臭』を放っている。
(若い刑事)「いっ、え…臭い、もなんですけど…あの、ごっ、ご遺体?が…あんな、あれが人間?これが、『猟奇殺人』…?うっ、うぇ……。…えっ、あの…貴女、中へ入るんですか?やっ、やめた方がいいですよ、絶対に…!」
若い刑事は目線を右往左往にしながら、必死に若い女の腕を掴んで止める。
その刑事の腕を若い女の隣にいたタバコをふかした男が『害虫』を払うかの様に振り払い、「…なぁ〜こんな奴に構ってないでさ、もう行こうぜ」と女にニヤッと笑う。
(若い女)「あ〜…そやね、ボサボサしてたら遠藤さんにま〜た小言言われるわぁ。…あっ…碧くん、ここからはタバコはアカンよ。ほいっ、これ」
そして若い女は、『碧』と呼んだタバコをふかした男に、棒付きのアメを渡した。
碧はタバコを携帯灰皿に入れ、アメを受け取って舐め出した。
若い女は、腕を振り払われた刑事にペコッと軽く頭を下げ、微かに微笑みながら言う。
(若い女)「…あの…腕、すみません。あとご心配ありがとうございます。でも…私、こういうのが専門なんです」
4人組は、『事件現場』に足を踏み入れた。
その『現場』は、『浴室』と『リビング』の二つだった。『浴室』では、壁や床は真っ赤な血でベッタリと染まっており、風呂椅子には切断された金髪の女性の生首が乗せられており、浴槽の中には人間の赤黒い内臓がギュウギュウに詰め込まれており…すぐに確認出来る限りは、大腸、小腸、胃、肺等の内臓があり、恐らく上半身の内臓は全て浴槽に詰まっているだろう…というのが『捜査員』の見解だった。
首と内臓は少し腐っている様で、208号室内では浴室が一番強烈な臭いを放っていた。
生首は首の中心部分に青い線がくっきりとあり、ヒモかロープか何かで絞められた『絞殺痕』と判断された。生首となった女性の顔は、左頬は青黒く腫れており、目は恐怖で大きく見開いていて、口からはダラーンと長い舌が飛び出ていた。
初老刑事が鼻をつまみながら、浴室から必死に目を逸らしている間も、4人組は顔色も変えずにジッ…とその『現場』を見ていた。特に女は『現場』を隅々まで見回していた。
第2の『現場』である『リビング』は、『殺害現場』でもあった様で、浴室内よりも大量の血痕が壁や床だけでなく、家具等にも飛び散っており、切断に使った『凶器』と推定されるノコギリやナタがそのまま床に放置されていた。
そして『凶器』の横には、切断された手足、そして胸から腹までを縦に切り裂かれ、内臓が全て抜かれた上半身が整列して、まるで『オブジェ』の様に置かれていた。
(若い女)「……うーん…?足りひん((ボソッ」
(初老の刑事)「……これが、『殺害現場』の全てです。いやぁ…ほんっとに恐ろしい…これを本当の本当に人間が…?」
(美形の男)「そうですねぇ…確かにコレは、俺らの管轄下だな。桜田、もうコレさぁ、決定でいいよね?」
美形の男は『桜田』と呼びながら、若い女の方へ振り返る。
女…桜田汐里は改めて『リビング』を見渡した後、美形の男…一条大我に向かってゆっくりと頷く。
(汐里)「はい、この事件は常人には出来ません。『狂人』が起こした『猟奇殺人事件』で私達が捜査して大丈夫です。…では一条先輩〜。刑事の方達に『捜査宣言』をお願いします」
(一条)「OK〜!……よし!刑事のみなさ〜ん!もうこの事件からは引いてもらって大丈夫です!後は俺達…『対狂人特別捜査部』が、この事件を捜査しま〜す!」
刑事の全員がバッと4人組を振り返る。刑事達はそれぞれ顔を見合わせ、4人組にそれぞれの表情を向けた。
その表情には困惑、驚き、事件の捜査を突然横取りされた僅かな怒り、、だが、どの表情にもどこか少し(…もうこの事件に関わらないでいいのか…)という安堵感も滲み出ていた。
しかし、たった一人…血の気の多い刑事が不満を顕にした。
(血の気の多い刑事)「…はぁ?俺ら刑事が捜査しねぇでいいってどーういう事だよ!お前ら、『狂人捜査員』って事か!?…こんな女見てぇなツラした奴と明らかにヤクザみたいなツラした奴!それにピンクのパーカー地味女に…チャラついた、変な黒チョーカーした男!お前ら、本当にあの『対狂人特別捜査部』なのかよ!?」
刑事の言葉に今度は4人組が顔を見合わせる。そして微かに頷きあった後、一条はわざとらしく困り眉を作り、スーツのポケットから立ち入り禁止のテープを超える際に使った『狂』と書かれた黒い手帳を取り出し、手帳を持った右手を刑事達の前に突き出す。
(一条)「えっ〜…と…『女みてぇなツラした狂人捜査員』、一条大我でーす。…次、女みてぇって言ったらぶん殴るからな」と笑顔で『狂人捜査員』である事を示し、名を名乗った。
それを合図に残った三人も順番に手帳を取り出し、刑事達に見えやすい様に手帳を持った手をゆっくりと前に出して、それぞれ名を名乗る。
(遠藤)「……『ヤクザみたいなツラした狂人捜査員』、遠藤浩一だ。ヤクザみてぇなツラで悪かったな。こっちは産まれた時からこのツラでよ」
(汐里)「あ〜……『ピンクのパーカー地味女の狂人捜査員』、桜田汐里です。なんかすみません…」
(碧)「……どーも、『チャラついた変な黒チョーカーした狂人捜査員』、田中碧で〜す。…あとこのパーカー女、地味だのなんだの貶していいの俺だけなんで。その辺も含めてよろしく、お巡りさん達」
(汐里)「……ん?なんか一部分、変な自己紹介あった気するんやけど…まぁいっか…」
『狂人捜査員』の証である、『捜査員手帳』を見せられ、血の気の多い刑事も黙るしか無くなった。
(一条)「…納得してもらった様で何よりです。じゃあ俺、今から『捜査部』に連絡するんで静かにしててもらえたら嬉しいで〜す」
そう言いながら、一条は携帯を取り出していじり出した。
(血の気の多い刑事)「……納得なんて、出来ねぇよ。こんな殺しの現場見せられて、刑事が簡単に納得できるわけ、ねーだろ…。そりゃ俺らは『猟奇殺人事件』、『狂人』しか捜査しねーお前らにとっちゃ力不足かもしんねーが……」
(汐里)「…刑事さん、お気持ちは分かります。ですが…無理矢理にでも納得して貰わなきゃいけないんです。…刑事さん方が殺人だけでなく、強盗や詐欺等の様々な犯罪に対応される『プロ』であるならば…『狂人』には『対狂人特別捜査部』という『狂人』の『プロ』が対応しなければならない。…『狂人』相手には『プロ』で無ければ、『簡単に狂人達によって欺かれたり、殺されるから』です。決して刑事さん方が力不足とかそんなんじゃないです。刑事さん方に死んでほしくないだけなんです。……すみません。刑事さん達の思いも背負い、この事件は必ず解決に導きます」
(血の気の多い刑事)「…………」
一条はそのやり取りを横目で見ながら、電話をかけた。
(一条)「……あっ、もしもし?海さんですか?今朝の警察本部からの通報、アタリでした。本格的な捜査を開始しますので、『捜査部』の皆にも伝えてくださーい」
(海)《……了解。じゃあ、『現場』は改めて鑑識に任せるから、お前らは一度『捜査部』に帰って来てくれ。汐里の『現場』を見た感じの『考察』も聞きたいしな》
(一条)「はーい、了解です。ではまた後ほど……遠藤さん、桜田、碧〜!一旦『捜査部』に帰るよ〜。……はぁ…『狂人レベルIII』の本格的な捜査か…。またしばらくは忙しくなりそうだな…」
『対狂人特別捜査部』
やや薄暗いオフィスの様な室内は、『異様』な雰囲気に包まれていた。
どのルームも窓全てに黒く分厚いカーテンに覆われ、中央のルームは会議テーブルと壁掛けシアターが一つだけ壁に貼られたシンプルなルーム、残り二つのルームは一つは端から端まで様々な個性的なデスクが横に一列に整列されてあり、二つ目のルームでは『壁一面』に様々な場面の監視カメラの映像が映し出されていた。
中央のルームにいた電話を終えた男…海一生が振り返り、会議テーブルに座っている『狂人捜査員』達に宣言する。
(海)「……よし、大体は察していたと思うが…やっぱり俺達の『捜査』が決定した。まずは当面の事件の呼び名だな。そうだな…直接的だが、呼び名は……『内臓風呂殺人事件』だ」
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とある大学内では、パソコンの画面に黒髪の明らかに真面目そうな青年が文字通り顔を張り付けている。
ピコン♪とパソコンのメール音が響き、黒髪の青年が勢いよく顔を上げ、微かに震えた手つきでマウスを操作して、メールボックスを開く。
そして最新メールを表示した。
{…『対狂人捜査員』に貴方の採用が決定されました…。準備が出来次第、コチラの住所へ……}
(青年)「……よっしゃーーー!!」
(金髪の青年)「うぉ!?どうした、杉野!?」
(杉野)「村上!俺、大学辞めるわ!!」
(村上)「はぁ!?優等生のお前が何言ってんだ!?」
(杉野)「…杉野陽斗!本日を持って…『対狂人捜査員』だ!!」
『内臓風呂殺人事件(②捜査開始)』に続く