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Imagedia  作者: SaikoroX
9/9

【第八章:静かなる起動(Silent Reawakening)】

――機械の律動。

――乾いた空調の風。

――白い天井。


ドラウスト圏・軍医療センター。


ぼやけていた視界が焦点を結ぶまで、

しばらく時間がかかった。


喉がひりつき、胸が妙に重い。

身体の輪郭だけがどこか他人のもののようで、

世界に触れている実感が薄かった。


それでも――

ゆっくりと瞼を開いた。


機器の心拍音が静かに刻むなか、

枕元で微かな動きがあった。


「……起きたのね」


椅子に座っていたリアナが、はっとして身を起こした。

目元に溜まっていた涙を、慌てるように指先で拭う。


制服の襟が少し乱れている。

ここで長く寄り添っていたのだと、

その姿だけで伝わった。


「……ほんとに、よかった」


その声を聞いた瞬間、

ようやく“生きて戻った”という実感が胸に落ちた。


検査が終わり、

再び病室へ戻された静かな時間。


シオンはベッドに腰を下ろし、

ゆっくりと深く息を吸った。

肺の奥に残る痛みが、生の証のように思えた。


窓際で外を見ていたリアナが振り返る。


「……数日、意識がなかったんだってな」


「うん……」

彼女の返事は短いが、穏やかだった。

その声の端に、何日分もの緊張が解けていく気配があった。


「みんなは、どうしてるんだ?」


リアナは少しだけ迷うように言葉を選んだ。


「グラン大尉は、本部とネルヴェリアへの報告。

ダリオ中尉は……ここ、ドラウスト圏で訓練に戻ってる。

カイルは……整備のあとで、どこかへ行っちゃって。

……しばらく、会ってない」


静寂が落ちた。


その寂しさは、

病室の白さよりも、よほど冷たかった。


シオンは小さく息を吐く。


「……そうか」


その一言が、

この数日の空白をゆっくりと埋めていった。




しばらくして、シオンはふっと弱く笑い、

自分でも驚くほど小さな声で呟いた。


「……なんか、全部夢みたいだな。

俺さ……ダリオ中尉みたいに腕が立つわけじゃないし、

カイルほどメカに詳しいわけでもない。

――どっちつかず、なんだよな。俺って」


リアナは、すぐには返さなかった。

けれど沈黙は、否定ではなく“言葉を探す間”だった。


小さく息を吸って、彼女はシオンの方へ向き直る。


「そんなこと、ないよ」


その声は真っ直ぐで、静かで、揺らぎがなかった。


「誰よりも夢中になってた。

誰よりも必死だった。

だからイマジディアは立ち上がったんだよ。

努力しなきゃ、パイロットにはなれない。

シオンは、それをちゃんとやってきたじゃない」


シオンが驚いたように顔を上げると、

リアナは少し照れたように笑った。


「……知ってるよ。入隊の理由。

“技術で守りたい、パイロットでも守りたい”。

――欲張りで、ちょっと笑っちゃった」


「……なんで知ってるんだよ」


「志願書、見たの。

技術部の回覧で流れてきて、つい……ね」


そしてリアナは、シオンの目をまっすぐ見た。


「でもね、その欲張りがあったから、

ここまで来れたんだよ。

シオンは、ちゃんと前に進んでる」


シオンは俯きながら、小さく息を吐いた。


「……この前の戦いのときさ。

光が……なんか見えたんだ。残像みたいな。

絵本の光に、ちょっと似てた」


リアナの目が優しく細められる。


「絵本の……“エーテル”の話?」


「……ああ。

子供の頃に読んだんだ。

争いの中で失われた光の力……“エーテル”。

――ただの作り話だと思ってたけど、

どっかで本当にあるんじゃないかって、ずっと思ってたんだ」


リアナはふっと笑った。


「シオンは、今でも絵本を信じてるんだね」


「……まあな」


「でもね――

その“信じる力”で、ここまで来たんだよ。

きっと、まだまだ先に行ける」


病室には雲間から差し込んだ朝の光が満ちていた。

その柔らかな光が、

まるでシオンの目覚めを祝福するかのように

二人を包み込んでいた。




――軍病棟・退院許可日


朝の光が軍病棟のガラス窓をやわらかく照らす中、

医官の説明をシオン・エルセイは真剣に聞いていた。


リアナ・クローデルはその隣に立ち、

時折不安を感じるようにシオンを見守っている。


「経過は順調だ。脳波、神経反応ともに安定している」

軍医は端末を操作しながら淡々と告げる。


「ただし、強い負荷をかけた場合、

以前の共鳴波形が再発する可能性がある。

短時間の搭乗は許可するが、急激なG負荷は避けろ。

――それが条件だ」


シオンは静かに頷いた。

自分の足にまだわずかな重さが残っている気がする。


「……ありがとうございます」


医官は最後にイマジディアの診断データを送信すると、

「気をつけて」と短く告げて部屋を出ていった。


その直後、ノックが響く。


入ってきたのは、艶のない薄色の髪をきちんとまとめた女性――

監査局所属、ティアナ・ゼルトス。


微笑んでいるのに“温度が測れない”眼差しが印象的だった。


「快復されたようで何よりです、シオン少尉」


「……ティアナ監査官」


リアナも軽く会釈する。


ティアナは二人の姿を確認し、

柔らかな声で、しかし事務的な口調を崩さずに言った。


「本日をもって、あなたの一時離脱記録は解除されます。

ただし、再搭乗については軍医の言葉にもあった通り、

負荷制限下での“段階的復帰”となります」


端末に表示された文書を示す。


「イマジディアについては、ネルヴェリア技術部にて解析が進行中です。

あなたには後日、正式な面談をお願いすることになります。

――あなたの経験は、今後の軍の技術指針に深く関わりますので」


言い回しは優しい。

だが内容は、逃げ場を塞ぐかのように“重い”。


シオンは無意識に息をのんだ。


ティアナはそこで声を少し落とし、

二人だけに聞かせるように言った。


「……それと、少尉」


「はい?」


「復帰後の訓練区画では、

保守派の方々と意見が衝突する可能性があります」


リアナが小さく眉をひそめた。


「彼らは、あなたが“特例扱い”であることを良く思っていません。

もし、何かあっても――あまり気にしないこと。

あなたは軍務局の管理下にありますから」


言いながら、ティアナは穏やかに微笑む。


優しい。

だが、その笑顔は“あらかじめそうなると知っている者の笑み”だった。


ティアナは軽く息を整えてから、穏やかな声で言った。


「何か困ったことがあれば、遠慮なく連絡してくださいね。

あなたの立場が安定するよう、こちらも最大限配慮しますから」


それは決して押しつけがましくなく、

むしろ軍の監査官としては珍しいほど“親切な言葉”に聞こえた。


リアナはその気遣いに、ほんの少し肩の力を抜く。


「……ありがとうございます、ティアナ監査官」


シオンが礼を述べると、ティアナは控えめな笑みを返し、

書類をまとめて丁寧に一礼した。


「では、復帰初日の今日は無理をせず。

お二人とも、お疲れさまでした」


静かに扉が閉じる。


その場に残ったのは――

気まずさでも、疑いでもなく、

ただ「優しい人だったな」という素朴な印象だけだった。





軍用のトレーニング施設は、病棟とは別棟にある。


シオンは軽装でランニングマシンに立っていた。

リハビリ用に調整された負荷をかけながら、何周目かの走行に入る。


心拍数上昇。肺活量維持。筋力データ:やや低下。

横の診断モニターが、冷静に彼の状態を示している。


「……はあ、……っ、はあ……くそ……」

息が荒く、汗が顎から落ちていく。


あの時――戦場で操縦席にいた時のような鋭さは、まだ戻らない。

身体だけでなく、胸の奥で微かに脈打つ“共鳴の残滓”が、違和感を訴えていた。


(まだだ……こんな体じゃ、あそこに戻れない)


そのとき。


「へぇ……これが“虚構のパイロット”ってやつか」


不意に背後から投げられた声は、冷たく、どこか見下すような響きを持っていた。


振り返ると、鋭い目つきをした軍服の男が腕を組んで立っていた。

ヴァーグ・ヘルスト中尉――ラズベルト02小隊。アグノテウム軍上層からの派遣精鋭。


「データじゃずいぶんと派手な動きしてたらしいが――現実はこの程度か?」


値踏みするような視線が、シオンの全身をゆっくりなぞる。


「……あの黒いのに乗ったからって、自分まで特別になったつもりか?」


言い返したかったが、息が整わない。

声が出ない自分に、シオンは腹の底で悔しさを噛みしめる。


「ま、夢を見たいなら勝手にどうぞ。

ただし――現場に出るなら“本物”の足を引っ張らないことだな」


皮肉めいた笑みを残し、ヴァーグは踵を返して去っていった。


「……まったく、口が悪いのはあっちの圏域の伝統かよ」


ドアの向こうから、軽い調子の声が飛んできた。


ユルク・バレンタ――ブレミュール03小隊所属の少尉。

ラフな訓練服に袖をまくり、タオルを肩に掛けたまま中に入ってくる。


「よう、“未来の救世主”さんよ。あいつの言葉は気にすんな。

ヴァーグってさ、昔から“理屈で割り切れないもの”が大嫌いなんだよ。

虚構? 妄想? そういうの聞くと発疹出るタイプ」


ユルクは笑いながら近づき、モニターを一瞥する。


「……まあ、身体はまだ戻ってねぇな。けど――」


そこで壁にもたれ、声のトーンが少しだけ落ちた。


「セリグマ戦。見たぜ」

「お前のギアと、お前自身の動き……あれは、普通じゃできねぇよ」


ユルクは息をつき、続けた。


「うちの隊長――セラ・ヴィネリス少尉な。

昔、“グレアミト小隊”とやり合ったらしくてさ。

あそこはセリグマの中でも別格の“断罪者”だ。戦術というより、執念の塊みたいな連中だよ」


「で――お前は、そのうちの一人と、たった一機でやりあった」


少しだけ間を置き、ユルクは真剣な目で言った。


「正直さ、俺も最初は“ほんとに乗ってた?”って疑ってた。

でもデータを見て、分かったんだ。あれは……技術屋の動きじゃねぇ」


「だから言っとく。今まだフラフラでも――

お前は、“ひ弱”なんかじゃなかったって、俺は認めてる」


シオンは、息を整えながら小さく笑った。


「……ありがとな。ユルク少尉」


「“ユルク”でいいよ。年も近いしな。

どうせ模擬戦で共闘するか、殴り合うかの仲だ。堅くすんなって」


軽口のようで、どこか温かい言葉だった。


トレーニングルームに流れる空気が、少しだけ軽くなる。


それは、再び始まる“戦いへの準備”であり――

同時に、思いがけない“新しい仲間”の始まりでもあった。




トレーニングを終えた後、シオンはタオルで汗を拭いながら、

ユルクと別れて施設裏の連絡通路を歩いていた。


金属板の床にブーツが響き、

奥からは工具の打音と油の匂いが漂ってくる。


訓練場隣接の簡易ハンガー――

そこでは整備員たちが忙しなく動き回り、

再調整を終えたイマジディアが静かに鎮座していた。


「……来たか、シオン」


振り返ると、訓練スーツ姿のダリオ・レーン中尉が立っていた。

腕を組み、どこか落ち着かない表情をしている。


「ダリオ中尉……まだドラウストの本隊に戻らなくてよかったんですか?」


シオンの問いに、ダリオは頭をかきながら苦笑した。


「戻される予定だったんだがな。

イマジディアみたいな“イレギュラー機”のいる部隊に、

新しい奴を突っ込むのは現場が嫌がったらしい」


「……じゃあ」


「ああ。ネルヴェリアもドラウストも、“元のDev-3のままで動かせ”って判断した。

お咎めなし、だとよ。ま、運命みたいなもんだな」


軽く肩をすくめると、ダリオはイマジディアを顎で指し示した。


「グラン大尉の指示だ。

調整を終えた機体で、軽く動作確認してこいってさ。

お前のリハビリも兼ねて、な」


そう言ってシオンの肩を軽く叩く。

その手は強いが、どこか優しさを含んでいる。


「……無理はすんなよ。

この機体はお前を選んだんだ。なら、ちゃんと応えてやれ」


ハンガーの天井から差し込む白い光が、

漆黒のイマジディアの装甲を鈍く反射していた。


イマジディアは、以前と同じ黒を沈ませたまま佇んでいた。

――だが、どこか違う。


胸部の一部には新しい増設フレームが組み込まれ、

脚部には見慣れない補助スラスターが追加されていた。

ネルヴェリア技術部のテストタグが、まだいくつも貼られたままだ。


「……変わったな、お前」


シオンは一歩近づき、指先で装甲に触れた。

微かに冷たく、前とは違う鼓動のような感触が返ってくる。


(俺が眠っている間に……お前は、お前で前に進んでたのか)


嬉しさでも、不安でもない。

ただ純粋に――置いていかれそうな、奇妙な焦りが胸に残った。


「やきもち焼くなよ」

ダリオが隣でニヤッと笑った。


「期待されてんだよ、お前も、この機体も。

……ほら、乗れ。そいつは“お前の相棒”だろ」


ダリオに背中を押され、シオンはコックピットへ乗り込む。

シートに腰を沈めた瞬間、胸の奥がわずかに揺れた。


硬質な振動。わずかに油の匂い。

――そして、身体に馴染むはずのシートが、今日は少し遠い。


(……こんなに、狭かったか?)


胸のベルトを締め、深く息を吸う。

コックピットが閉じられると、外の喧騒がすっと消えた。


イマジディアの起動シークエンスが淡々と走り、

パネルの光が順に灯る。


『ID-NV-01tC 起動準備完了』


(……いける。まだ完璧じゃなくても)


背部スラスターが低く唸り、機体が浮き上がる。

金属の床を離れ、無重力に近い独特の“浮つき”が全身を包んだ。


「……ッ!」


脊椎に刺さるG。視界がわずかに揺れ、額に汗がにじむ。


(これ……前より推進制御が鋭い……!

俺の動きが、追いついてない……)


右手でスティックを握ると、指が一瞬だけ震えた。

その微細なぶれすら、イマジディアは即座に拾う。


まるで“置いていくな”と急かされているようだ。


そのとき、すぐ横を飛ぶSD-NV-02Lから通信が入った。


『無理すんな。頭で動かそうとすんなよ』

ダリオの落ち着いた声。


『お前のギアは、考える前に身体で合わせるタイプだろ。

焦んな。まずは息を合わせろ』


「……了解、先輩」


呼吸を整え、ほんのわずかにスティックを押す。

機体が滑るように旋回し、空気が裂ける音がした。


短いテスト飛行はあっという間に終わり、

二機はゆっくりとハンガー前に着地した。


振動が消え、足が地面に触れた瞬間、

シオンは初めて大きく息を吐いた。


ハンガーに戻った直後――


「おやおや、さすが“伝説のテストパイロット”様だな」


嘲笑混じりの声が、整備音に紛れて鋭く響いた。


ヴァーグ・ヘルスト中尉。その隣には、同じラズベルト02の

トール・ディナルト軍曹が腕を組んで立っていた。


「背中、ぐらついてたぞ? あれで“戦場に立つつもり”か?」


「ほら、妄想の産物にまた取り憑かれたんじゃないのか。

幻でも見てフラついたのかと思ったぜ」


トールが鼻で笑う。

ふたりの視線は、明らかにイマジディアとシオンを見下していた。


シオンの拳が、小さく震えた。

何かが喉まで出かかったとき、足が勝手に一歩前へ――


「やめとけ」


短い制止の声。

ダリオが前に出て、シオンの肩をそっと押し戻した。


普段の軽口とは違う、硬い光がその目に宿っている。


「ここは訓練施設だ。無用な挑発に乗るな。

……お前たちが本当に“本物”なら、口じゃなくて模擬戦で証明しろ」


淡々とした言葉だが、その奥に押し殺された怒気があった。


ヴァーグは肩をすくめた。


「はは。まあいいさ。

“虚構式”がどこまでやれるか……楽しみにしてるよ」


吐き捨てるように言い残し、ふたりは背を向けて去っていく。


その背中が見えなくなった瞬間、シオンはヘルメットを外した。

額から汗がつっと落ちる。


「……すみません、中尉」


「気にすんな。俺だって、昔なら殴ってたかもしれん」


ダリオは苦笑しながらも、一瞬、鋭い視線で去っていった方向を睨んだ。


「今は“言葉”じゃなく“結果”を見せる時だ。

……あの機体はな、本気を出すとき、お前にしか光らない」


シオンは静かに息を吐き、肩の強張りを少しだけ緩めた。


ふと、歩き出しながら呟く。


「……そういえば、カイルに会ってないな。

整備が終わってから、どこに……」


ハンガー奥の薄暗い通路に視線を向ける。

その先で何かが動いたような気がしたが、シオンは気のせいだと思い直した。


――だが、それは“次の変化”の始まりだった。


その日の夜。

シオンは小隊艦アルヴィエルの自室にいた。

天井に薄く浮かぶ照明が、船の微かな振動に合わせて淡く揺れている。


着替えも終え、横になろうとしたそのとき――

ドアが静かにノックされた。


「失礼する」


入ってきたのは、グラン・マルティノ大尉だった。

黒の制服に身を包んだ彼は、相変わらず隙のない佇まいで、部屋に一歩足を踏み入れる。


シオンは慌てて立ち上がり、敬礼する。


「大尉……!」


「楽にしていい。勤務時間外だ」

淡々とした声の裏に、少しだけ張りつめた空気があった。


グランは部屋の隅の小さな椅子に腰を下ろす。

シオンもそれに合わせて、ベッドの縁に座った。


「体の調子はどうだ?」


「……あと数日で、完治するそうです」


言葉こそ素直だが、シオンの胸の奥には“説明しきれないざわつき”がまだ残っている。

グランはそれを察したように、視線を一度だけ床へ落とし、短く息をついた。


「少し前に――イマジディアを一時的にこの艦へ戻した。

本部の機構施設ではなく、この《アルヴィエル》に、だ」


シオンは驚きに息をのむ。


「……どうして、ここに?」


グランは立ち上がり、ドアに手をかけた。

決して焦ってはいないが、どこか“言葉を選んでいる”ような仕草だった。


「明日の朝、ギアのところに行け。そこで分かる。

……そう伝えろと、上から言われている」


少しだけ振り返り、低く付け加える。


「――お前の知らないところで、いろんなものが動いている」


それだけ言い残し、グランは静かに部屋を後にした。


翌朝。

まだアラームも鳴る前の時間。

シオンは制服を整え、薄い朝光の差し込む甲板を歩いていた。

早朝の船内は静かで、空気はどこか澄んでいる。


向かう先は、艦内整備ブロックの一角――

イマジディアが格納されている、試験ギア専用の格納室。


扉を開け、ゆっくりと足を踏み入れた瞬間。


天井の投光が薄明かりを落とす中、そこには確かに“彼”がいた。


漆黒の装甲――イマジディア。

その表面には、以前にはなかったわずかな虹色の反射が走り、まるで呼吸するように光を返している。


そしてその足元。

機体の影に寄りかかるようにして、ひとりの青年が眠っていた。


「……カイル?」


整備工具を抱えたまま、だらしなく口を開けて。

それは、まるで機体を守る番犬のようにも見えた。


――カラン。


金属の落ちる乾いた音で、カイルは目を覚ます。


「……ん、あ?」


寝ぼけた目をこすりながら顔を上げると――

そこに整った制服姿のシオンが立っていた。


「……っ、お前!? なんでここに……いや、まじかよ」


カイルは跳ね起き、イマジディアとシオンを交互に見た。


「……おまえ、こいつに振り回されてばっかりだろ?」


口をへの字に曲げ、相変わらずの嫌味。

だがその横顔は、睡眠不足の淡い“隈”が残っていた。


「……あのなぁ」


呆れたように言い返そうとするシオンを、カイルが真顔で遮る。


「パイロットシートとスーツ、一から全部変えたぞ」


静かに。

だが、はっきりと。


「カルナ=ゼルヴァ域の市場や、採掘惑星まで回ってさ。

体に負荷がかからないよう、設計も一から見直した。

アークディナスとヴォールダイト、両方使ってる。

高耐圧も振動分散も、内部フレームの反応時間も全部強化した」


シオンの目が大きく開く。


「……そんなとこまで!?

それに、おまえ……どっからそんな予算降りたんだよ?」


カイルは鼻で笑う。


「小隊の予算なんかじゃ無理に決まってんだろ。

ネルヴィリア機構まで戻って、技術本部で頭下げてきた。

――フェリオさんには、盛大に怒鳴られたけどな」


シオンは言葉を失う。

驚きと、何か温かいものが胸の奥に広がっていく。


カイルはその表情を見て、ふっと笑い、軽く肩を叩く。


「……これなら、お前でも乗りこなせるよ。

おもちゃってのはな、振り回されるもんじゃなくて――振り回すもんなんだよ」


また嫌味っぽい表情に戻りながら、どこか嬉しそうでもあった。


シオンは苦笑する。


「……ありがとな」


格納庫に響いた笑い声は、少しだけ昔に戻ったような温かさを孕んでいた。


けれど――その静けさの先に、再び嵐のような運命が近づいていることを、

二人はまだ知らない。


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