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Imagedia  作者: SaikoroX
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【第二章:沈黙の兆し (Omen in Silence)】

金属臭と冷却材の匂いが、まだ眠りきらない整備室を満たしていた。


整備室の照明は、いつもよりも少し暗く感じられた。


シオン・エイセルは、未完成のギアフレームに装甲パネルを貼り合わせていた。


ギア――それは、二脚駆動式の汎用機動兵装。


推進ユニット、演算中枢、そして“コア”と呼ばれるエネルギー反応炉を内蔵し、


宇宙の複雑な環境下での近接戦闘や作業任務に適応する、多用途型の次世代兵器だった。


だが今、彼の前にあるのは、出力も制御もない、ただの“器”だった。


――けれど、今の彼にとっては、それだけで十分だった。


カシン。カシン。


パネルを仮止めする音だけが、室内に響いている。


背後から、静かにドアが開く音がした。


カイル・ブロムが入ってきたが、何も言わず、黙って作業台の反対側に立つ。


工具を手に取り、自然な動作で次のパネルを持ち上げる。


ふたりはしばらく、言葉を交わさないまま作業を続けた。


ただ、手と目と息だけで、何をしているかが伝わる。


無言のまま、工具が静かに動く音だけが、時間の流れを刻んでいた。


そんな時間。


「……なあ」


ふと、カイルが低く声を発した。


「コアエンジンの影も形もないギアに、側だけくっつけてどうすんだよ。

そもそも、推進ベクトルも姿勢制御もできないギアなんざ、

ただの巨大なスーツケースみたいなもんだろ。

そんな飾りで、何が守れんの?」


声には怒りも責めもない。ただ、真剣だった。


何度も同じ作業を繰り返しながら、見えない答えを探してきた。


それでも彼は、シオンの手を止めたことはなかった。

本当は、もっと強く言うこともできた。


でも、今のシオンには、それは必要な言葉じゃない――そう思ったから、選んだ問いだった。


シオンは手を止め、少し考えてからゆっくりと答える。


「……ダリオ先輩にも、言われたんだ」


「“周りを見ろ”って」


手に持った装甲片を見つめる。


自分が貼りつけていたのが、ただの鉄の板であることを、彼はよくわかっていた。


「……無力かもしれない。でも、動かすための時間を、諦めたくないんだ。

俺たちがつくるのは“武器”じゃなくて、最後に人を守る手段だろ」


そう言ったあと、ふと俯いて、小さく笑った。


それは自嘲でも後悔でもなく、少しだけ前を向こうとする、照れ隠しのような笑みだった。


カイルも、笑いを返す。


「……手、止まってるぞ」


シオンが一瞬きょとんとして、それからまた作業に戻る。


その後の数分間、ふたりの手はまた動き続けた。


カシン。カシン。


今度は少しだけ、音が軽くなったように思えた。


しばらくして、カイルが言った。


「……3時間後には、例の02系ギアの試験な。

ブースターとライフル、まとめて動かすやつだ。

あっちの準備もちゃんとしとけよ? なんたって、お前がテストパイロット様なんだから」


「……了解。主任様の期待には応えないとね」


その言葉に、シオンが小さく答える。


いつもなら笑いながら返していた冗談まじりの肩書き。


でも今は、それが少しだけ、重くて誇らしいものに聞こえた。


“飾り”だと言われたこの器で、誰かを守れる未来があるなら。


そう信じられるくらいには、彼の胸は、少しだけ前を向いていた。




静けさの中に、小さな音が割り込む。


艦内に、電子音のリズムが響いた。


直後、内部放送がゆったりと流れ出す。


スピーカーの向こうにいるのは、どこか眠たげで、それでも芯のある低音だった。


『こちらはDev-3小隊長、グラン・マルティノ大尉。

各員、試験出撃準備に入れ。

今回の試験内容は、新型バックパックユニット、および新型エネルギーライフルの挙動確認だ。

SD-TT-02t-E 搭乗のエルセイ少尉、ならびに SD-TT-02t-S 搭乗のレーン中尉。

最終調整終了後、出撃ハッチにて待機せよ 』


通信が切れると、格納区画の天井がゆっくりと駆動し始めた。


半透明の装甲扉が展開し、出撃ハッチへ通じるリフトが下がってくる。


それは艦全体の空気を、静かに切り替えるような音だった。


作業音も、足音も一瞬止まり、どこかに“これから始まる”という予感だけが漂っている。


その片隅。


シオンとダリオは、並んで腰を下ろしていた。


パイロットスーツの胸元を少し開け、ヘルメットはまだ足元に置いたまま。


沈黙。


それは、空気を重くする類のものではなかった。


けれどシオンは、どこかで言葉を探しているように、ほんのわずかに視線を落としていた。


「……お前の試験ギア、たしかバックパックの初期制御もやるんだったな」


先に口を開いたのは、ダリオ・レーン中尉だった。


相変わらずの低音。けれど、どこか笑いが混じっている。


「さっきみたいにボサっとしてて、技術中隊本部から預かってる試作ギア壊すなよ?


俺の報告書の方が大破するわ」


「それ、ギアより繊細な書類事情ですね……

でも、壊すつもりはないですよ。

ちゃんと持って帰りますから」


シオンも苦笑して返す。


肩の力が、ほんの少しだけ抜けた。


ダリオは軽く息を吐いてから、少しだけ真面目な表情に戻す。


「――いいか、今回の試験宙域、例の未確認出現区域の近くだ。


何もなけりゃそれでいい。けど……何かあったら、俺が先に出る。お前は、後ろを頼む」


言葉は淡々としていたが、その目には揺るぎない確信があった。


シオンはわずかに頷き、言葉を返す。


「……お願いしますね、中尉」


それは、単なる返事ではなかった。


誰かに“背中を預ける”という、信頼のこもった一言だった。


しばしの静けさのなか、シオンが立ち上がる。


「準備、できたみたいですよ。


先輩――試験用ライフル、間違って僕に当てないでくださいね」


それは、ほんの冗談。


けれど、ダリオはニヤリともせず、軽くシオンの背中を小突いた。


「当てねぇよ。……でも、動きが鈍かったら照準で後ろから煽るけどな」


「やめてくださいよ、それ絶対プレッシャーになるやつですって……」


ふたりの笑いが、ハッチの金属音に溶ける。


……そのとき、整備区の奥でカイルが立ち上がった。

手についたグリスをタオルで拭きながら、ふたりに向けて軽く頷いてみせる。


機体の起動チェックは、もう済んだという合図だった。


警告灯がゆっくりと赤く点滅を始めた。


「じゃあ、行くぞ」


その一言を合図に、ダリオはギアへと向かう。


シオンもその背を追うように、機体の脚部へと歩を進めた。


試験とは名ばかり――


だが、彼らにとっては、未来を知るための第一歩だった。


警告灯が赤く点滅を始める。


ハッチゲートが、艦内の静けさを押し広げるように開いていく。


明滅の光が、整備区画の天井にゆらめきを落とし、


重低音が鳴る中、出撃リフトが格納区画を貫いてせり出していく。


その中、二機の**試験用ソルディギア(SolDiergear)**がスタンバイを完了していた。

ソルディギア――“ギア”と呼ばれる汎用機動兵装のうち、アグノテウム技術試験隊が開発する次

世代型を指す総称だ。

一機はダリオ・レーンの機体――新型エネルギーライフルを搭載した SD-TT-02t-S。

もう一機は、シオン・エイセルが搭乗する新型バックパックユニット試験機――SD-TT-02t-E。

いずれも、この分類に属する実験機だった。


機体の各パネルが明滅し、内部フレームがわずかに軋む。

やがて、通信パネルが一斉にオンラインへと切り替わった。


『こちらオペレーター、リアナ・ヴェレシア。出撃シーケンス、リンク完了。

SD-TT-02t-E、SD-TT-02t-S、両機試験起動確認。出撃を許可します』


一瞬の間の後、回線越しに小さな声が加わった。


『……さっきは、取り乱してごめんね』


それは、誰にでも向けた言葉ではなかった。


優しく、そしてほんの少しだけ、震えていた。


シオンは、一瞬だけ通信に言葉を返すべきか迷った。

けれど、余計なことは何も言わず、短く答えた。


「……SD-TT-02t-E、シオン・エイセル。出撃します」


名乗ったその名に、ほんのわずかだけ、確かな決意が宿っていた。


試験機の足がリフトを踏みしめ、宇宙空間へと静かに飛び出していく。


すぐ後ろで、もう一機のソルディギアが続いた。


通信を聴いていたダリオ・レーンは、ヘルメットの奥で小さく笑う。


「……くすぐったいねぇ。青春ってのは、回線越しでも照れるもんだな」


ニヤけた声をそのまま残しながら、彼もまたブースターを吹かす。


「SD-TT-02t-S、ダリオ・レーン。出るぞ!」


青黒い宇宙へ――ふたりのソルディギアが、静かに滑り出していった。

その背に、まだ誰も知らない運命の風が、そっと吹き始めていた。


宇宙は静かだった。


音なき宙域を、二機のソルディギアがゆっくりと漂う。


その姿はまるで、死者たちの骸を縫うようにして飛ぶ、生者の影だった。


「バックパック制御、問題なし……推力ベクトル良好。


左右補助スラスターも反応確認。切り替えシークエンス、完了」


シオン・エイセルの操縦する SD-TT-02t-E は、残骸の間を縫うように飛行していた。


細かい破片や浮遊物の密度が高く、軌道変更を繰り返すたびに、光の反射がランダムに舞い踊る。


宙域を包む微粒子の残滓が、センサーを曇らせることもなく、ただ沈黙していた。

音も光も、どこまでも鈍く、空間そのものが何かを“拒んでいる”ようだった。


「よし、じゃあこっちも始めるか」


ダリオ・レーンの搭乗する SD-TT-02t-S が、ゆっくりとライフルを構える。


「ターゲットロック。出力レベル中域、照準固定……発射」


――シュッ。


ライフルから放たれた青白い光線が、ひとつの残留物をかすめ飛んだ 。


破片は軽く弾かれ、遠くへと漂っていく。


それからしばらく、ふたりは試験項目を黙々とこなした。


だが、異様な“静けさ”は、空気の隙間にひそかに入り込んでくる。


「……しかし、酷い量の残留物だな」


ダリオがオープン回線で呟く。


「まるで、P.E時代の末期みたいじゃねぇか……」


その言葉は、冗談めいていたが、応える者もなく、ただ虚無の空間に消えていった。


「この周域で……未確認と大隊が戦ったんですよね」


シオンが反応する。


「記録では、防戦してなんとか凌いだって話だったけど……

敵機の破片が、ほとんど見当たらない。残ってるのは、俺たち側の残骸ばっかりだ」


センサーにも、敵機特有の粒子反応や熱残留は一切なかった。


まるで最初から“敵などいなかった”かのように、空間そのものが均されている――そんな異様さ


があった。


『未確認は、抗戦後にこの宙域に留まって、全てを回収したそうよ』


リアナの声が、少しだけ緊張を孕んで入ってくる。


『なんでなのかは……わからない。軍本隊もそこを不思議に思ってて、調査を進めてるらしいわ』


通信越しにわずかに息を呑む気配が混じる。


『……でも、あんなに綺麗に“敵だけが”消えてるなんて、普通じゃない』


その言葉に、ダリオが小さく舌打ちする。


「回収ねぇ……機密でも、証拠でも、戦果でもなく……“すべて”か」


口調は軽いが、その目は沈んでいた。


見慣れたはずの戦場跡に、妙な“意志”を感じた――それが敵のものだとしたら、なおさら不気

味だった。


ダリオは、わずかに眉をひそめた。


その徹底ぶりに、軍の常識では測れない異様さを感じていた。


ソルディギアの光が、静かな宙域に影を落とす。


その時、ダリオが再びライフルを構え、浮遊するパネル状の残留物へ照準を定める。


「距離、200。ターゲット固定……発射」


――しかし、命中の感触も、衝撃もなかった。


反応なし。衝撃なし。ただ、光が――ほんのわずかに揺らいだだけだ。


「……ん? 当たったよな、今の。出力が落ちたか?」


訝しげにパネルを確認しながら、ダリオが呼びかける。


「シオン、ちょっと見てくれ」


「了解。……近寄ります」


シオンの SD-TT-02t-E がスラスターを噴かし、そちらへ向かう。


光を散らしながら、ゆっくりと物体へと接近していく。


視界の先、ひときわ大きな破片の影。


それは、他の残骸とは違っていた。


光が――歪んでいた。


まるで空間そのものが“息をしている”かのように、周囲の光線が、なめらかに折れ曲がる。


シオンは内部センサーの読み取りを試みたが、反応は限りなく薄かった。


残骸の構成材質、形状、密度――どれも一致しない。

だが、それ以上に、“何も検知されない”こと自体が、技術士官としての直感をざわつかせた。


それは明らかに、ただの残骸ではなかった。


それは――“何か”だった。


これまで知ってきた物理法則すら、……近づくたびに、現実が壊れていくようだった。


それは、ただの残骸ではなかった。

――それは、“静かに口を開けた何か”の入口だった

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