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ライムライト・メモリーズ  作者: 幸田 績
逢桜町民追想録
8/9

羽田 正一 - 3.27(上)

 どうやら、俺たちは神様から「混ぜるな危険」と認定されているらしい。


 だってお互い、いつもいっつも肝心な時に限って会えないだろ。つらくて苦しんでる時、寄り添ってやりたくても叶わない。顔を合わせた時にはすでに()()だ。

 ホントさあ、もう呪われてるとしか思えないのよ俺。そのうち神社でおはらいしてもらおうぜ。どうせならお前の地元に近い、富士山本宮(ほんぐう)浅間せんげん大社で。



「無理言うついでに、観光ガイドもやってもらうか。アイツなら楽に回れるコース選んでくれそうだし、介助が必要でも気兼ねなく頼めるしな」



 アイツ――というのは同級生の幼なじみで、静岡在住のプロサッカー選手・佐々木(ささき)シャルル良平(りょうへい)のことだ。五歳で知り合って以来、本当の兄弟みたいに仲良くしてたが……ちょっとしたすれ違いから、十七の時に一度絶交しちまった。

 誤解が解けてからも気まずくて、ずっと会わずじまいでさ。映像なしの念話でならワガママを言える関係にまで復縁した感じだ。



「アイツ、東海ステラで唯一の専業選手なんだっけ。今日も今日とて富士山のふもとでボール蹴ってんのか? おーおー、能天気なこった」



 脳内でヘラヘラ笑ってる金髪碧眼(へきがん)のイケメンにそう毒づくと、俺は車椅子(いす)の上で伸びをした。

 今日は三月二十七日、近くの川沿いを彩る桜並木は満開を迎え、この町は絶好の花見日和。社長じいさんも団子を買いに出て行ったきり帰ってこない。


 その間に仕事サボ……長めの休憩取ってJ3の試合動画観てたところで、うわさのサッカー男子日本代表から連絡が入った。

 ウェアラブルデバイス〈Psychic(サイキック)〉によって目の前に表示された仮想ディスプレイを一瞥いちべつし、俺は緑色の応答ボタンをスライドさせる。



「四月一日新装オープン、あなたの街の羽田はねだ不動産です。本日は開業準備のため留守にしております。ご用の方はメッセージをどうぞ。ピ――」


『もしもし? 俺、シャルル。今、逢桜町あさくらまちのどこかにいるの』


「帰れ!」



 通信終了。所要時間十秒。アイツは元気そうだと分かったから良しとする。

 三秒後、〈Psychic〉に再び着信。相手は言うまでもない。



『シャルロットって名乗るべきだったか……今、ヒマ? どこ? これから会える?』


「ナンパする相手間違えてんぞ、チャライカー男子日本代表!」



 通信終了。所要時間十五秒。アイツは相変わらずだと分かったから良しとする。

 ちなみに「チャライカー」ってのはシャルルのあだ名だ。チャラ男のストライカーだから、チャライカー。推定n股、遊び人って評判以上の下半身スキャンダルを出さないあたり、そこらへんの始末はしっかりしてんだな。


 五秒後、またまた着信音が鳴る。いい加減拒否すんぞこの野郎。



『なんでウザがるくせに念話テレパス出るんですかシャッチョサン』


「てめえが一方的に絡んでくるんだろうが! あと、()()社長じゃない!」


『相変わらず〝素直じゃない〟な、おまえ』


「うるせえんだーよー、てめえなんざ知らねーよー!」


『ははっ、それそれ! その語尾が伸びる横須賀弁、懐かしいな』



 三度目の着信は切らない。シャルルが合言葉を口にしたからだ。

 アイツと俺との接触は、あらゆる手段で第三者に監視されている。最初はマネージャーの差し金かと思ったが、どうも違う事情があるらしい。

 だから、俺たちの会話は「素直じゃないな」が出るまで前座。むしろ味方だったマネージャーが正規の通信経路に適当なデータを流し、こっそり開けてくれた裏口バックドア越しに腹割って話すのはここからだ。



「ったく……こんな田舎いなか町に何の用だ? まさか女とお忍び旅行じゃねえだろうな」


『いやいや、そんなことしないって。今回はおまえに会いたくて来たんだ』


「俺に?」


『河川敷でたい焼き買ってくるから、事務所でお湯沸かして待っててくれよ。掛川のお茶で一杯やろうぜ』


「待て待て待て、こっちは勤務時間中だ! 飲み食いしたけりゃ独りでやれ!」


『現社長さんの分も買ってくからさ。何味がいいかな』


「人の話聞いてたか? 邪魔だから来んなっつってんだーよー!」



 聞き分けのない相手にイラッときて、俺はついキツめに突き放した。

 ガキの頃のアイツは、そんなことしようものならすーぐ泣きべそかいてな。そのたびにギャラリーの女どもから「羽田サイテー!」と叩かれたもんだ。

 でも、今の俺たちはもう二十歳はたち過ぎの大学生。この程度でピーピー泣くとは思えないが、どうも相手の様子がおかしい。


 一抹の不安を覚えつつ、俺は念話相手の名を呼んだ。



「……シャルル?」


『おまえに、会いたい……会いたいよ、ショウ』



 返ってきたのはひどく震え、のどの奥から絞り出すような声。まだ日が落ちてないのに、俺のまわりだけ急激に冷え込んだような気がした。

 心臓が早鐘を打つ。血の気が引く。全身の毛穴から汗が噴き出す。コイツが弱音を吐く時は、その身に大変な何かが()()()()()と相場が決まっているからだ。


 ああ、まただ。俺はまた、間に合わなかったのか。

 憎い。恨めしい。もどかしい。お前のもとに駆けつけられない、自由にならないこの脚なんて、今すぐ切って捨てちまいたい。


 なんでだよ。なんで俺はいつも、シャルルを助けられないんだ――!



「……お前、今どこ? そこから動くな、迎えに行く!」


『え? いやいや、さっきまで〝来るな!〟って言ってたじゃん。おまえが嫌なら無理強いはしないよ。また今度改めて――』


「強がるんじゃねえ! 俺と直接会って話したいんだろ? だったら、相談料として薄皮粒あん用意して待ってろ。早まるんじゃねえぞバカ野郎!」


『っ……ごめん。もう切らなきゃ』


「シャルル? おい、シャル――くそッ!」



 通信終了。所要時間はおぼえていない。ただ事じゃないって分かったから。

 勢いで迎えに行くって言っちまったが、奥行きはあって横幅がない狭小物件の中で車椅子を取り回すのは一苦労だ。

 ワイシャツの上からおろしたてのブルゾンを羽織り、手元の車輪ブレーキを外す。ゆっくりと転回しながら、俺は自分の〈Psychic〉に命令を下した。



「〈Psychic〉! アイツの位置を特定しろ!」


【通信履歴を検索……〝アイツ〟 該当0件です】



 ああ、そうだ。俺はちっとも素直じゃない。お前のことをウザがりながら、ほかの誰よりも気にする自分がいる。

 お前の泣き虫をネタにするけど、実際泣かれると胸が痛む。万人を照らす太陽が雲に巻かれ、かげる姿なんて見たくもない。


 心も身体もままならぬ俺に、いつも変わらず接してくれるのが嬉しくて。俺より誕生日早い兄貴分なのに、弟みたいな危なっかしさが放っとけなくて。

 そんなお前に「会いたい」なんてこぼされたら、黙ってられるワケねえだろ!

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