逢桜町に陽は落ちて
「おい、卑怯者。これではたい焼き男ばかりヘイトを集めて面白くないぞ。公平性を気にするお前ともあろう者が、このままゲームを続行する気か?」
「面白いかどうか以前に、まず俺をエサ扱いすんのやめような。あと誰がたい焼き男だ、誰が」
『それは誤解よ、天才のお姉さん。この子たちは人間さんをエサにしないわ』
「ワンッ!【意訳:ウソつけー!】」
「デタラメダー! タイ焼キ、タイ焼キ!」
おや? 鈴歌さんの発言に、ワンちゃんが援護射撃をしましたね。バーニーズ・マウンテン・ドッグのベルナルドくん。川岸さん宅の大きな「弟」です。
それから、羽田選手の膝の上から抗議する灰色の鳥。鳥かごの中にいても存在感抜群の彼は、ヨウムのアンリくんといいます。仲のいい佐々木選手の影響か「たい焼き」という単語が異常に好きで、よく口走っているそうです。
なお、施設のホームページによりますと、このサッカー場の隣にある多目的広場は狂犬病の集団予防接種会場でもあるのだとか。逢桜町のワンちゃんたちにとっては(嫌いだけど)馴染み深い場所なのですね。
さて、私ものんびりしてはいられません。この町の平和のため、町民有志の皆さんがフルパワーで戦う様を全力でリポートしなくては!
と意気込んでいたら、スタンドにつながる通路から足音が聞こえました。紙袋を携えた高野さんが遅れて登場する模様です。
「遅くなりました、陳謝します。自分もこれを――」
「高野君、危ない!」
「え?」
すでに、皆さんがお菓子のプレゼント会を終えたと勘違いなさったのでしょうか。準備していたであろう口上を言い切る前に、女帝の指示で〈モートレス〉の群れが高野さん目がけて殺到しました。
徳永さんが止めに入ろうとするも、間に合いません。敵は筋骨隆々とした腕を伸ばして、高野さんの荷物を奪い取りました。
その瞬間、私たちは信じられないものを目撃したのです。袋の口から金色のたい焼きが飛び出し、群れを成して空中に躍り出たのを。
「これは……たい、焼き?」
「そのようですね」
「ほかの何に見えるというんだ」
「うげっ、金ピカ! まぶしー!」
そして、彼らはキラキラと夕日を浴びながら女子高校生ズの頭上を越え――カメレオンのような舌に捕らわれて、化け物たちの口内に収まったのを。
「ウまぃ……うマ……」
「いィきミ……ザまァ……」
『ふ……ふふふ、あははははははッ! どうかしら、絶望した? あなたたちのプレゼントは、この子たちがぜーんぶいただいデッ』
こちらの神経を逆撫でするスピーカーの高笑いは、一発の銃声によって強制終了させられました。一同の視線が高野さんに集まります。
「……す」
「あの、高野さん? 気持ちは分かるよ。よーく分かるから落ち着いて――」
「殺す。殺します。駆逐、殲滅、皆殺しにして差し上げます。貴方たち全員、生きてここから出られないと思うことですね!」
「アオーッ!?【この人ブチ切れてるんですけどー!?】」
「シャッチョサン、大変ダァ! シャッチョサーン!」
「分かった、分かったからその名前で呼ぶのやめろアンリ!」
うーん……今日の敵は、本当に逢桜町民へ嫌がらせをしに来ただけのようですね。いつもなら問答無用で襲い掛かってくるのに、拳銃(本物!)を手に攻撃しようとする高野さんとそれを止める皆さんのことをじっと見つめています。
……ん? 見つめる? 待ってください、様子がおかしくありませんか?
あっ! 〈モートレス〉がふらふらと身体を揺らし、よろめき、口から泡を吹いて次々と倒れ込んでいきます! 一体、何が起きたのでしょうか?
「何もしてないのに全員ぶっ倒れちゃったよ。どうなってんの?」
「流華さん、これは……食あたり。急性の食中毒です」
「さっきのたい焼きにあたったってこと? 冗談だろ一ノ瀬、俺の大好物がそんな悪さするわけないって。セナもそう思――」
『分析完了。アレは炭化したダークマターに金箔を貼っただけの物体だ。クソまずいのはもちろん、摂取すれば命に関わるおそれありと警告しておく』
ええ……何ですか、このオチ。戦わずして〈モートレス〉を無力化できたのはいいことですけど、化け物を昏倒させるだけの毒性を持つたい焼きって……。
「えっと、その……〈エンプレス〉、まだ戦る感じ……?」
『お……覚えていらっしゃい! 明日から本気を出すんだから――!』
「かくして、澪の無神経な勝利宣言により〈エンプレス〉は撤退。こうして逢桜町へいつもより楽に平和が訪れたのであった。完」
「ワン!【めでたしめでたし!】」
「変なモノローグつけないでね鈴歌さん!」
いつもならこのあとは〈モートレス〉が復活しないようトドメを刺すのですが、今日は皆さんなんとなく寛大なご気分の模様。怒り心頭の高野さんをなだめて話し合った結果、今日はこのまま施設を閉鎖して彼らを見逃すことになりました。
色々ありましたが一件落着ですね。きっと皆さん、これから仕切り直して余暇を過ごされるのでしょうけど、私がそこまで顔を出すのは野暮というもの。
今日のところは私も帰りますね。皆さん、お疲れさまでし――
「なぜ帰ろうとしているんですか皆さん? これでは自分だけ喰われ損です。改めて作り直しますので少しお時間を――」
「一ノ瀬君、夜道の独り歩きは危険だよ。私が学生寮まで送っていこう」
「よろしいのですか、徳永さん? では、お言葉に甘えて」
GMさんは余人が口を挟む隙を一切与えず、スマートに美少女アンドロイドを場外へエスコートしていきました。こ、この官僚……デキる……ッ!
「ショウとセナは強制参加として……公望。これから俺ん家でたい焼きパーティーするんだけど来る?」
「タイ焼キ、タイ焼キ! イエ――イ!」
「あ、行きます行きます~。最推しの自宅ご招待かぁ、楽し――えええええええ!? ちょっと待って何この急展開! 死ぬの? オレ今日死ぬの!?」
「気づくのおっそ! コイツもだいぶ疲れてんな」
『強制参加のくだりにはツッコまないんですかね幼なじみ氏』
チームスポーツだけあって、選手たちは結束力が強いですね。佐々木選手の音頭であっという間にサッカー男子会の計画がまとまり、彼らも家路に就きました。
「七海ちゃん、よかったらウチでご飯食べてきな」
「わ~、みおりんママ神~。やっさし~い!」
「一徹おじさん、早く車を。スーパーの閉店前値引きセールが始まります」
「オッケー、鈴歌ちゃん! 買い出しに行こう!」
「ルナール、おいで!」
「ワンッ!【さよならー!】」
最悪の展開を察知し、澪さんたちもダッシュで帰ってしまわれました。私も慌ててお借りした端末からプラグアウトし、サイバー空間に戻ります。
電子の海を漂い、網目のように入り組んだネットワークをたどって、帰り着いたのは私の自室。人間であったころと同じ間取りの部屋が、この世界にもそのまま再現されているのです。
ここは静かで、落ち着くけれど、どこか寂しく悲しい世界。
独りでいるには空しいけれど、世界はここからつながっている――。
部屋に置いてある有機ELモニターの電源をつけると、今日収録した映像が流れ始めました。賑やかで、楽しくて、忘れかけていた日常は、こんなにもそばにあったのですね。
少しだけ心が温かくなるのを感じながら、私はそっと目を閉じました。生命活動が必要なくなったこの身体が、穏やかな眠りの世界に引き込まれていきます。
ああ――どうか願わくは、この明るい希望がいつまでも在り続けますように。