あつまれ! 逢桜町民ズ 女性陣編
はい――というわけで、本日は町内唯一の高校・逢桜高校へ来ています!
こちらは前身となった旧校名を「逢桜実業高校」といいまして、普通科のほかに農業科と商業科がありました。いや~、赤レンガ張りの外壁が美しい校舎ですね!
今からおよそ一年前、自らを完全自律型と称するAI〈エンプレス〉が起こした事件……〈黄昏の危機〉と呼ばれていますが、それをきっかけに町内在住の学生たちと児童・生徒の多くが町外避難を禁じられる事態になってしまいました。
そこで、国と県は民間企業「アステラシア社」の協力を得て、ちょうど学校再編の予定があった逢桜実業高校を大幅にリニューアル。普通科へ新たに専攻科目制を導入し、旧校舎を大学生・大学院生向けのサテライトキャンパスに改築するなど、若い世代の学ぶ意欲と可能性を全面的に後押しする姿勢を打ち出したのです。
『そろそろ来る頃だよ。準備はOK?』
『おけまる水産~!』
『おけ……? 新しい言葉ですか?』
『ギャル語に意味を求めてはいけません。思考回路がショートします』
えーと……待ち合わせの場所はここ、二つある校舎のうちA棟と呼ばれるほうの一階にある調理実習室ですね。
私、市川晴海は実体がありませんので、備え付けの電子黒板にプラグイン。画面上部のカメラを用いた双方向通信で、見たものをリポートしたいと思います。
皆さ~ん! 本日はお忙しい中、取材にご協力いただき――
「忙しいと分かっているなら来るな」
「鈴歌!」
あ、あはは……予想はついてましたが、やっぱり塩対応でした……。
黒髪ロング、ブレザー姿の水原鈴歌さんはクールな一匹狼。天才少女との呼び声高い、頭脳派女子高校生です。
「事実を指摘しただけなのに何の問題が?」
「そういうのは思っても言っちゃダメ! 市川さんに! めっちゃ! 失礼!」
そんな彼女を諫めたのは、茶髪の左サイドハーフアップがトレードマークの川岸澪さん。小説を書くのが趣味という、鈴歌さんの幼なじみです。
彼女こそが、本編『トワイライト・クライシス』で物語の鍵を握る女性主人公。今回、この場に私を招いてくださった取材協力者でもあるんですよ。
「えーっと、一ノ瀬ちゃん? このあと、どうすればいいんだっけ」
「わたしのことは、どうぞ〝マキナ〟とお呼びください。このあとはムース生地を作成して型に流し込み、冷やし固めて完成です」
「いいね、簡単! これなら小学生にも作れそうだよ」
「そうですか。お役に立てて光栄です」
おや、手前の調理台が賑やかですね。キャッキャウフフしてらっしゃるのは、澪さんのお母様。確か、流華さん……とおっしゃいましたっけ。
緩く波打つ長い赤毛のポニーテールが、どこか凛としてカッコいい逢桜南小学校の先生。四年生の学年主任だそうです。
そして――調理の補助に入っている、おっとりした雰囲気の女子生徒。アステラシア社から派遣された美少女アンドロイド・一ノ瀬マキナさんですね!
聞くところによれば、彼女はこの学校で生徒会副会長を務めているとか。銀髪、ツーサイド……ハーフアップ? お嬢様系の子がしていそうな髪型に、ルビーのような赤い目が特徴の人間離れした綺麗な子です、はい!
「これは焼かなくてよいのですか?」
「しーちゃむ、レシピ読もう。『焼かない生チョコタルト』って書いてあるゾ」
……なんか、一番奥の台から不穏な会話が聞こえてきましたね。ちょっと興味――いえ、心配なので様子を見てみましょうか。
黒髪ウルフカットの小柄な女性と、金髪パリピギャルのコンビがチョコレートを溶かす工程に勤しんでいます。
レシピを無視して耐熱ボウルを手にしたほうが、高野四弦さん。防衛省からやってきた現役自衛官とのことです。
この中で唯一割烹着姿とは、別の意味で戦闘力高そうですね。
そんな彼女を〝しーちゃむ〟と呼び、冷静なツッコミを見舞った女子高校生が工藤七海さん、といいます。
この子、全方位にフレンドリーなんですよね……相手が誰であろうと、独特のあだ名をつけて呼ぶ。怖いものないんですかあなた!?
「生ものには菌が潜んでいるといいます。やはり熱を通さないと不衛生では?」
「あのね、これ、自衛隊の炊き出し訓練じゃないの。よーく手を洗って食品加工用の手袋をする、調理台と器具は作る前に消毒。清潔な環境は確保できてんの」
「はあ」
「しーちゃむは、なーんも説明聞かずにライフルぶっ放さないっしょ? 料理も同じ。手順と分量と注意書きをきっちり守って作れば安全安心なのだよ」
工藤さんの言葉に、ほかの女性陣もうなずいています。ここで、彼女たちと親交のあるわが町の主要な男性陣について、情報を整理してみましょう。
詳細は後々お伝えするとして……肩書きでいうと、
「内閣府の官僚」 ※既婚者
「兼業主夫の役場職員」 ※既婚者
「女性が苦手な不動産屋社長」
「経験豊富(意味深)なプロサッカー選手」
「もはや人間ですらないマネージャー」
「クラスの中心、人気者の男子生徒」
おおぅ……これはなかなかクセ強――いえ、錚々たる顔ぶれですねぇ……
乙女ゲームなら、攻略難易度ノーホープモードといったところでしょうか。
「彼らの事情など知ったことではありません。なんでもない日に自分の手料理を口にするという身に余る栄誉を味わわせてやります」
「うーん、このテンプレ勘違いヒロインフラグ。自信エベレスト級でななみん大草原なんだが」
「しーっ、言わないであげて工藤さん!」
高野さんはまわりのツッコミに一切聞く耳を持たず、手近にあった箱と缶と袋の中身をスプーンでボウルに量り入れると、調理台の下のオーブンレンジに投入しました。
チョコレートに何か混ぜたのだと思い、私もあまり気に留めなかったのですが……今、明らかに「ぼこん」と異音がしませんでしたか?
「そういえば先輩、黒板の前にドライイーストの箱ありませんでしたっけ?」
「ベーキングパウダーの缶も見当たらないな」
「わたしはどちらも見ていません。ところで、薄力粉の袋はどちらに?」
「……まさか……」
ここで澪さんと水原さん、一ノ瀬さんの発言を聞いて顔色を変えた工藤さんが、先ほど耐熱ボウルに混ぜ込まれた添加物の表記を確かめました。
一同の足元では、ぼこん、ぼこん――と地獄の釜が煮え立つような発泡音がどんどん加速していきます。
ようやく事態を理解した高野さん。とても、とてもよく通る大声で、室内にいる全員に呼びかけました。
「総員、退避――ッ!」
「だからレシピ読めって言ったじゃないですか――!」
大爆発に巻き込まれる前に、私は間一髪で電子黒板から脱出しました。昼間の和やかな町の様子をリポートしに来ただけなのに、何をどうしたらこんな放送事故になるんですかぁぁぁぁぁ!
果たして私は無事に取材を終え、逢桜町と本作の魅力を発信することができるのか……。続いては男性陣編、場所を変えてリベンジです!